英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。
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Photo by Bloomberg / Contributor, 05 April, 2011 [Rights-managed], via Getty Images
第498回の今日はこの言葉です。
“Apparently, there is a car in orbit around Earth.”
「どうやら地球周回軌道に乗っている車があるようだ」
という意味です。
これはアメリカの起業家イーロン・マスク(Elon Musk, 1971-)の言葉です。
ロケットや宇宙船の開発・打ち上げを手がけ宇宙輸送を業務とするスペースX(SpaceX)の設立者で、電気自動車を開発しているテスラモーターズ(Tesla Motors, Inc)の代表でもあります。イーロン・マスクの半生とその事業については、以前ご紹介したことがありました。
先週、スペースXがまた大きな話題となりましたね。
【関連記事】第299回:“I would like to die on Mars. Just not on impact.” ―「僕は火星で死にたい。衝突じゃなくてね」(イーロン・マスク), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年04月08日
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イーロン・マスク夫妻(2015年撮影)
Photo by Bloomberg / Contributor, 08 July, 2015 [Rights-managed], via Getty Images
イーロン・マスクは1971年に南アフリカのプレトリアに生まれ、10歳の時に買ってもらったコンピュータでプログラミングを独習します。カナダのキングストンにあるクイーンズ大学からアメリカのペンシルベニア大学ウォートン・スクールという名門ビジネススクールに移って卒業します。その後スタンフォード大学の大学院に進学しますが、中退して事業を立ち上げます。
1995年、マスクは24歳の時にジップ2社(Zip2)を立ち上げて企業向けのインターネット・シティガイドを開発します。同社は1999年にコンピュータ大手のコンパック(Compaq)に買収され、マスクは2200万ドル(約25億円)を手にします。
また2001年にマスクは電子メールで送金できるサービスを提供するペイパル(PayPal)を設立します。同社は翌2002年にネットオークション最大手のイーベイ(eBay)に買収され、マスクは1億6500万ドル(約200億円)を手にします。
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ペイパル本社(2014年撮影)
Photo by Bloomberg / Contributor, 30 September, 2014 [Rights-managed], via Getty Images
そして2002年、マスクはスペースX(SpaceX)を起業して宇宙事業に参入します。目標は何と火星(Mars)への移住です。
同社は自社技術による2段式ロケット「ファルコン1 (Falcon 1)」を開発し、2008年に衛星を模したダミーの軌道投入に成功。そして2009年に初めて商業衛星の軌道投入に成功します。
2010年6月にはより強力で大型の2段式ロケット「ファルコン9 (Falcon 9)」により宇宙船「ドラゴン(Dragon)」の模型の軌道投入に成功します。ドラゴンはスペースXがNASA(アメリカ航空宇宙局)との契約で開発した民間初の商業用衛星で、ISS (国際宇宙ステーション, International Space Station)への物資補給を目的としたものです。そして同年12月にドラゴンは初の試験飛行に成功し、翌2011年5月には民間機として史上初めてISSとのドッキングに成功。さらに同年10月に初めてISSに物資を補給することに成功します。
また、2015年12月にはファルコン9の第1段ロケットが切り離された後に回収地点まで飛行し、逆噴射と着陸脚を使用した軟着陸による回収に成功します。これによって使い捨てだったロケットの再利用により劇的なコスト削減が可能となります。
なお、ドラゴンは地球周回軌道からの帰還だけでなく、火星からの帰還時の大気圏再突入にも耐えるように設計されています。また、改良して有人飛行に利用する計画も推進中です。
すべては火星移住のためなのです。
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ISSへ物資を届けるドラゴン宇宙船(2016年撮影)
Photo by Tim Peake / ESA/NASA via Getty Images, 10 April, 2016 [Rights-managed], via Getty Images
さかのぼって2004年、マスクは電気自動車を開発しているテスラモーターズ(Tesla Motors)に出資して取締役会長となります。
2006年にテスラはスポーツタイプの「テスラ・ロードスター (Tesla Roadster)」のプロトタイプを発表し、2008年に販売が開始されて大人気となります。また2009年にはセダンタイプの「テスラ・モデルS (Tesla Model S)」を発売します。2015年には遅れに遅れていたクロスオーバーSUVタイプの「テスラ・モデルX (Tesla Model X)」が発売されます。さらに2016年にはより低価格のセダンタイプ「テスラ・モデル3 (Tesla Model 3)」のプロトタイプが発表され、2017年7月から限定販売が開始されます。
いずれのモデルもそれまでの小型のエコカーという電気自動車のイメージを打ち破るスポーティーでスタイリッシュなデザインと性能、そして自動運転機能などを備えているのが魅力です。
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テスラ・モデル3(2017年撮影)
Photo by Patrick T. Fallon / Bloomberg / Contributor, 30 November, 2017 [Rights-managed], via Getty Images
そして先週、スペースXは新たに火星に向けた大きな一歩を踏み出します。巨大ロケット「ファルコンヘビー(Falcon Heavy)」の打ち上げです。全高70メートルの2段式液体燃料ロケットで、アポロ宇宙船を月に送った超巨大ロケット「サターン5型(Saturn V)」の全高110メートルに次ぐ大きさです。使用済みのファルコン9の第1段ロケットを再利用したブースターロケットを2本使って計3本の第1段ロケットを束ね、27基のエンジンを備えます。現在運用されている中では最もパワーのあるロケットで、ボーイング747の18機分の推力を出すことができます。
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ファルコンヘビー(2018年撮影)
Photo by Joe Raedle / Staff, 05 February, 2018 [Rights-managed], via Getty Images
2018年2月6日、技術的な問題で遅れに遅れていたファルコンヘビーの打ち上げがフロリダのケネディ宇宙センター(John F. Kennedy Space Center)で行われます。
“Just bear in mind that there is a good chance this monster rocket blows up.”イーロン・マスクは発射に先立ちこのようにコメントしています。それだけ難しいミッションなのです。
「この怪物ロケットが爆発する可能性があることを忘れないで下さい」
しかしファルコンヘビーは無事発射に成功し、爆発せずに宇宙空間へ上昇します。

ファルコンヘビー・ロケットの打ち上げ(2018年2月6日撮影)
By SpaceX (Falcon Heavy Demo Mission) [CC0], via Wikimedia Commons
今回の打ち上げのペイロード(搭載物)はなんとイーロン・マスクが個人的に所有している初代のテスラ・ロードスターです。
そう、イーロン・マスクは自分の愛車を宇宙に打ち上げたのです。
今回の打ち上げは「デモンストレーション・ミッション(Demonstration Mission)」とも呼ばれる試験飛行(Test Flight)ですが、新型ロケットの試験飛行の時、普通は外形や重さが本物と同じぐらいの人工衛星や宇宙船の模型を打ち上げます。スペースXでもこれまでそうしてきました。
しかしマスクは、どうせ打ち上げるならと自分の愛車を打ち上げることにしたのです。
とても面白く、夢のある話ではないですか。
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テスラ・ロードスター(2011年撮影)
Photo by Joe Corrigan / Stringer, 25 May, 2011 [Rights-managed], via Getty Images
また今回のミッションでも、スペースXは第1段ロケットの回収を目指します。大気圏落下時の熱対策や海面落下時の腐食対策、軟着陸時の複雑な姿勢制御など、技術的にとても難しい回収ですが、これができればコストを劇的に削減することができます。
ファルコンヘビーの2基のサイドブースターは発射2分29秒後に噴射を終了してその3秒後に切り離され、帰還プロセスに入ります。中央のメインエンジンは発射3分04秒後に噴射を終えて切り離されます。
そして発射7分58秒後、サイドブースターは2基揃ってケネディ宇宙センターに帰還し、軟着陸に成功します。複数ロケットの軟着陸による回収は世界初の快挙です。まるでSF映画のような未来的な光景で、僕はとても感動しました。
なお、メインエンジンは発射後8分19秒後に洋上の無人ドローン船に軟着陸を試みますが、残念ながら回収には失敗したと伝えられています。

サイドブースターロケットの軟着陸(2018年2月6日撮影)
By SpaceX (Falcon Heavy Demo Mission) [CC0], via Wikimedia Commons
発射後28分52秒、第2段ロケットが噴射を終えます。
ミッションを見守っていたイーロン・マスクがツイートします。
“View from SpaceX Launch Control. Apparently, there is a car in orbit around Earth.”マスクの愛車テスラ・ロードスターが無事に宇宙に到達したのです。
「こちらスペースX発射コントロール。どうやら車が1台地球周回軌道にあるようだ」
ツイートには運転席からの映像が添付されています。僕はこの映像を見て「えっ!」と驚いてしまいました。運転席には宇宙服を着たドライバーがハンドルをにぎって座っていたからです。
実はこれ、「スターマン(Starman)」と名づけられたダミー人形なのだそうです。一昨年に亡くなったイギリスの歌手デヴィッド・ボウイ(David Bowie)の1972年のアルバム『ジギー・スターダスト(原題:The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars)』や同アルバムの収録曲『スターマン(Starman)』を彷彿とさせるネーミングです。
さすがイーロン・マスク。なかなか粋なサプライズです。

テスラ・ロードスターからの映像(2018年2月6日撮影)
(ダッシュボードに“DON'T PANIC!”の文字が見える)
By SpaceX (Falcon Heavy Demo Mission) [CC0], via Wikimedia Commons
窓の外には漆黒の宇宙に青く輝く地球が大きく見えています。まさに宇宙まで行った最初の自動車です。
センターコンソールのディスプレイには、
“DON'T PANIC!”と表示されています。いったい何なのでしょうか。
「パニくるな!」
これはイギリスのSF作家ダグラス・アダムズ(Douglas Adams)が書いたおバカSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド(The Hitchhiker's Guide to the Galaxy)』に出てくる言葉です。作中に出てくる銀河ヒッチハイク・ガイドという本の表示にこの言葉が書かれていることへのオマージュです。イーロン・マスクは10代の頃に読んで以来、この作品の大ファンなのだそうです。

地球を横に見るテスラ・ロードスターとスターマン(2018年2月6日撮影)
By SpaceX (Falcon Heavy Demo Mission) [CC0], via Wikimedia Commons
このテスラ・ロードスターはこのまま地球を回り続けるのでしょうか。
いえいえ、そうではありません。イーロン・マスクは昨年12月に次のようにツイートしています。
“Destination is Mars orbit.”なんとマスクの愛車は火星に向かうのです。正確には火星遷移軌道と呼ばれる、地球の軌道付近を近日点、火星の軌道付近を遠日点とする、太陽の周囲を回る楕円軌道にテスラ・ロードスターは投入されるのです。
「目的地は火星軌道です」

地球をバックにしたテスラ・ロードスターとスターマン(2018年2月6日撮影)
By SpaceX (Falcon Heavy Demo Mission) [CC0], via Wikimedia Commons
3度目のロケット噴射は成功し、テスラ・ロードスターは火星へ向かう軌道に乗ります。しかし予想以上に推力を受けたため、火星軌道を越えてアステロイド・ベルト(Asteroid Belt)と呼ばれる小惑星帯にある、最大の小惑星セレス(Ceres)の軌道のすぐ手前まで到達することになるそうです。
ハーバード・スミソニアン天体物理学センター(Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics)に勤務する天文学者ジョナサン・マクドウェル(Jonathan McDowell)が新たな軌道を厳密に計算したところ、火星や地球やその他の小惑星に落下したり衝突したりする可能性はまずないと予測されています。

地球を後にするテスラ・ロードスターとスターマン(2018年2月6日撮影)
(送られて来た最後の映像)
By SpaceX (Falcon Heavy Demo Mission) [CC0], via Wikimedia Commons
イーロン・マスクに限らず、ビジネスで大成功した実業家は宇宙を目指す人が多いです。
イギリス人の我らがリチャード・ブランソン(Sir Richard Charles Nicholas Branson)は、航空会社や鉄道、音楽、映画、金融など多くの会社が含まれるヴァージン・グループ(Virgin Group)を創設して軌道に乗せた後、2000年にヴァージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)を設立します。そして同社は宇宙観光用の宇宙船「スペースシップ・ツー(SpaceShipTwo)」を開発しています。
社名からして夢があっていいですよね。同社は2014年の試験飛行で初号機がモハーヴェ砂漠に墜落し、乗員2名中1名が死亡する悲劇に見舞われます。しかし2016年2月に事故の経験をもとに改良された2号機が公開されます。
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母機となる双胴のホワイトナイト・ツーに搭載されたスペースシップ・ツー(中央)(2011年撮影)
Photo by David Paul Morris/Bloomberg / Contributor, 06 April, 2011 [Rights-managed], via Getty Images
また、おなじみのアマゾン(Amazon.com)の設立者であるアメリカのジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)は、2000年に有人宇宙飛行を目指すブルーオリジン(Blue Origin)を設立します。2006年に垂直離着陸型の弾道飛行宇宙船「ニューシェパード (New Shepard) 」の試験飛行に成功し、その後2016年までに4度の打ち上げ実験をしています。また、全長最大95メートルの大型ロケット「ニューグレン(New Glenn)」や、さらに大きなロケット「ニューアームストロング(New Armstrong)」を開発中です。ロケットの名前にはアメリカで偉大な業績を成し遂げた宇宙飛行士たちの名前が使われており、このネーミングからもベゾスの宇宙への愛が伝わってきます。
また、日本のホリエモンこと堀江貴文(Takafumi Horie)も宇宙開発事業に投資しています。
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ブルーオリジンのニューシェパードの打ち上げ(2015年撮影)
Photo by NASA 382199 / Contributor, 29 April, 2015 [Rights-managed], via Getty Images
“Apparently, there is a car in orbit around Earth.”
どうやら地球周回軌道に乗っている車があるようだ。
自分の愛車を世界で初めて宇宙へ打ち上げたイーロン・マスク。
テスラ・ロードスターは地球周回軌道から火星遷移軌道に乗り、火星に向かいました。
これ、けっこう凄いニュースだと思うのですが、日本ではあまり大きく報道されていないみたいですね。なぜだかわかりませんが。
テスラ・ロードスターをを宇宙へ打ち上げているヒマがあったら、予約販売してお金を支払い済みの顧客に早くテスラ・モデル3を納車しろとイーロン・マスクを批判する(というか皮肉る)声もあります。しかし僕は技術的にも画期的な成果で、何よりもとても夢のある素晴らしい試みだと思います。
スペースXの挑戦はこれで終わりではありません。むしろ火星移住へ向けた始まりなのです。
このテスラ・ロードスターは5ヶ月後の2018年7月ごろに火星軌道付近に到達する見込みです。
スターマンの旅の安全を祈りましょう!
【動画】“Watch SpaceX Launch A Tesla Roadster To Mars On The Falcon Heavy Rocket − And Why It Matters (スペースXがテスラロードスターをファルコンヘビー・ロケットで火星に打ち上げるのを見よ - そしてなぜそれが凄いことなのか)”, by Tech Insider, YouTube, 2018/02/06
それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。
【動画】“Falcon Heavy Animation (ファルコンヘビーのアニメーション)”, by SpaceX, YouTube, 2018/02/05
【関連記事】第299回:“I would like to die on Mars. Just not on impact.” ―「僕は火星で死にたい。衝突じゃなくてね」(イーロン・マスク), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年04月08日
【参考記事】第300回:“Screw it, let's do it!” ―「どうでもいい。やっちまおうぜ!」(リチャード・ブランソン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年04月13日
【参考記事】第306回:“Please don't flush nappies down this toilet.” ―「トイレに紙おむつを流さないで下さい」(ヴァージン・トレインズ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年04月26日
【関連記事】第482回:“Work hard. Have fun. Make history.” ―「よく働こう。楽しもう。歴史を作ろう」(ジェフ・ベゾス), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年12月11日
【関連記事】第56回:“NASA encourages you to keep reaching for the stars!”―「NASAは君が星を目指し続けることを応援する!」(NASAよりデクスター少年へ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年07月14日
【関連記事】第272回:“Look up here, I’m in heaven.” ―「見あげてごらん、僕は天国にいる」(デビッド・ボウイ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年01月17日
【関連記事】第121回:“Planets move in ellipses.”―「惑星は楕円を描く」(ケプラー), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年11月05日
【参考】Wikipedia(日本語版,英語版)
【参考】“SpaceXの超巨大ロケット、ファルコン・ヘビー打ち上げ成功! 乗っかったテスラ・ロードスターが何これもうSF映画の世界”, by 翻訳・編集/Mathilda, Record China via exciteニュース, 2016年7月25日
【参考】“Elon Musk's Tesla Roadster Says 'Don't Panic' - And It's Quite Apt Now (イーロン・マスクのテスラ・ロードスターが「パニくるな」 - まさに適切な表示)”, by Chris Ogden, LAD BIBLE, February 07, 2018
【参考】“Good news for Starman: Spacefaring Tesla Roadster will miss Mars and asteroids (スターマンに朗報:宇宙を旅するテスラ・ロードスターは火星にも小惑星にも衝突しない)”, by Alan Boyle, Geek Wire, February 8, 2018
【参考】“What will happen to Elon Musk’s Tesla on its space journey to Mars? (イーロン・マスクのテスラの火星への宇宙旅行で何が起こるのか?)”, by Eric Ralph, TESLARATI, February 8, 2018
【動画】“Watch SpaceX Launch A Tesla Roadster To Mars On The Falcon Heavy Rocket − And Why It Matters (スペースXがテスラロードスターをファルコンヘビー・ロケットで火星に打ち上げるのを見よ - そしてなぜそれが凄いことなのか)”, by Tech Insider, YouTube, 2018/02/06
【動画】“Falcon Heavy Animation (ファルコンヘビーのアニメーション)”, by SpaceX, YouTube, 2018/02/05
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