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2017年12月23日

第485回:“There is little success where there is little laughter.” ―「笑い声のないところに成功はない」(アンドリュー・カーネギー)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第485回の今日はこの言葉です。
“There is little success where there is little laughter.”

「笑い声のないところに成功はない」
という意味です。これはアメリカの実業家アンドリュー・カーネギー(Andrew Carnegie、1835-1919)の言葉です。鉄鋼会社を創業して成功し、「鉄鋼王(Steel King / King of Steel)」と呼ばれた人物です。

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アンドリュー・カーネギー(1905年撮影)
By Johnston, Frances Benjamin, 1864-1952, photographer, cropped by Jim Saeki in 2017 [Public domain], via Wikimedia Commons

1835年、アンドリュー・カーネギーはイギリスのスコットランドのダンファームリン(Dunfermline)という町に生まれます。日本は江戸時代の天保年間。幕末の志士たちや最後の将軍徳川慶喜と同世代です。父親は手織り職人をしていましたが、イギリスの織物産業は蒸気機関(steam engine)を用いた工場生産に移りつつあり、仕事を失ってしまいます。産業革命(Industrial Revolution)の副作用の一つです。1848年に一家は借金をしてアメリカに渡り、ペンシルバニア州のピッツバーグ(Pittsburgh)に隣接した貧民街アラゲニー(Allegheny)に移り住みます。アンドリューが13歳の時です。

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スコットランドのダンファームリンにあるカーネギーの生家(2009年撮影)
user:kilnburn [Attribution], via Wikimedia Commons

アンドリューは家計を助けるために綿織物工場で働き、後に電報局で電報配達の仕事をして働きます。給料は1週間に2ドル50セント(今の76ドル)です。
近所に住んでいた退役軍人のジェームズ・アンダーソン大佐が400冊の蔵書を土曜の夜に働く子供たちに開放しており、アンドリューは働きながら大佐の家に通って本を読み、知識を増やすと共に読書好きになります。また電報配達という名目で劇場に無料で入れることから、アンドリューは劇場に通ってシェイクスピア劇のファンになります。
アンドリューは非常に働き者で、ピッツバーグの企業の位置と重要な人物の顔をすべて記憶して、仕事に役立てながら人脈を築いていきます。そしてモールス信号を耳で聴き分ける特技を身に着け、1年もたたずに電信技士に昇格します。

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16歳の頃のアンドリュー・カーネギー(向かって右)
弟のトーマスと(1852年頃撮影)
Photo by Unknown, from the Project Gutenberg [Public domain], via Wikimedia Commons

アンドリュー・カーネギーは17歳の頃、ペンシルバニア鉄道(Pennsylvania Railroad)の駅の駅長だったトマス・アレクサンダー・スコット(Thomas Alexander Scott)に秘書兼電信技士として雇われます。給料は週4ドル(今の125ドル)となります。
そして24歳の頃、カーネギーはペンシルバニア鉄道の副社長に昇進したスコットに代わって同社西部地区の最高責任者となります。アメリカで最初の大企業の一つであるペンシルバニア鉄道で、カーネギーは経営と原価管理を叩きこまれます。

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トマス・アレクサンダー・スコット
Photo by Unknown, from the Project Gutenberg [Public domain], via Wikimedia Commons

カーネギーはペンシルバニア鉄道の社長であるジョン・エドガー・トムソン(John Edgar Thomson)とも密接な関係を築きます。トムソンとスコットはカーネギーに投資のやり方についても丁寧に指導します。カーネギーは世界初の寝台車や長距離の一等寝台車の発明に出資したり、鉄鋼や橋梁建設などの鉄道関連の会社に投資したりして資金を築きます。

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ジョン・エドガー・トムソン
By Thomas J. Scharf, cropped by Jim Saeki in 2017 [Public domain], via Wikimedia Commons

1860年、南北戦争(American Civil War)が勃発します。スコット副社長は陸軍次官補となって軍隊輸送を管掌し、カーネギーは輸送網と通信網の最高責任者を任されます。補給と通信は、戦争に勝利するために最も重要な要素の一つです。
南北戦争では武器弾薬や艦船に使用する鉄鋼の需要が高まり、ピッツバーグは軍需産業の一大拠点となります。鉄鋼に投資していたカーネギーは富はますます大きくなります。
そして、カーネギーの指揮のもとで部隊移動や補給、通信は効率化され、北軍の勝利の一因となります。

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南北戦争の頃の鉄道(1863年撮影)
By Mathew Brady, or his assistant [Public domain], via Wikimedia Commons

南北戦争終結後、カーネギーはペンシルバニア鉄道を退職してユニオン製鉄所(Union Ironworks)キーストン鉄橋会社(Keystone Bridge Works)を設立し、本格的に鉄鋼業界に乗り出します。カーネギーはペンシルバニア鉄道からの注文でユニオン製鉄所で生産したレールを納入したり、ユニオン製鉄所で生産した鋼材を使ってキーストン社が鉄橋を建設したりします。キーストン社はセントルイスでミシシッピ川をまたぐイーズ橋(Eads Bridge)を建設し、1874年に完成します。当時世界で最も長いアーチ橋であり、主な材料に初めて鋼鉄を用いた大きな橋としても知られます。

Embed from Getty Images

32歳の頃のカーネギー(1868年撮影)
Photo by Hulton Archive / Stringer [Rights-managed], via Getty Images

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建設途中のイーズ橋(1874年以前撮影)
By Kbh3rd (Unknown) [Public domain], via Wikimedia Commons

カーネギーは技術革新にも取り組みます。イギリスの技術者ヘンリー・ベッセマー(Henry Bessemer)が発明したベッセマー転炉(Bessemer converter)を採用し、鋼鉄を安価に大量生産できるようにします。またカーネギーは原材料を供給する鉄鉱石の鉱山や炭鉱から鉄を生産する製鉄所、鉄橋会社や鉄道、大型貨物船までのすべてを自社でまかなう事業の垂直統合(vertical integration)を達成します。

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ヘンリー・ベッセマー(1890年代撮影)
By Unknown (Mondadori Publishers) [Public domain], via Wikimedia Commons

カーネギーは病気の母の看病に専念するため結婚していませんでしたが、母親が亡くなった翌年の1887年に21歳年下のルイーズ・ホイットフィールド(Louise Whitfield)と結婚します。カーネギーが51歳の時のことです。
そして1888年、カーネギーは垂直統合の結果として、傘下の会社をすべてまとめたカーネギー鉄鋼会社(Carnegie Steel Company)を設立します。56歳の時のことです。
カーネギーが61歳の時、一人娘のマーガレット(Margaret)が生まれます。

Embed from Getty Images

カーネギーと妻ルイーズ(1905年撮影)
Photo by Hulton Archive / Stringer [Rights-managed], via Getty Images

そして1901年、カーネギーはカーネギー鉄鋼会社を銀行家ジョン・ピアポント・モルガン(J.P. Morgan)に売却します。J・P・モルガンは自らが保有する連邦鉄鋼会社(Federal Steel Corporation)などと合併し、総合製鉄会社「U.S.スチール(U.S. Steel / United States Steel Corporation)」を設立します。株式時価総額が10億ドルを超え、アメリカの鉄鋼生産量の3分の2を生産する巨大企業の誕生です。
株式売却益は莫大なものとなり、カーネギーは「世界一の大富豪」と呼ばれます。そしてカーネギーは経営の第一線から引退します。

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ニューヨークシティのエンパイア・ビル(1898年撮影)
設立当時のU.S.スチールの本社となった
By American Architect and Building News [Public domain], via Wikimedia Commons

引退後のカーネギーは篤志家としても活躍します。
アメリカやイギリスや英語圏の国々に次々と図書館を設立し、貧しい子供たちが使えるように無料で開放します。これらの多くはカーネギー図書館(Carnegir Library)と呼ばれています。
1901年、ピッツバーグにカーネギー工科大学(CIT: Carnegie Institute of Technology)を設立します。今のカーネギーメロン大学(CMU: Carnegie Mellon University)です。
ニューヨークシティにある音楽の殿堂カーネギー・ホール(Carnegie Hall)も有名です。
ほかにもカーネギー博物館(Carnegie Museums of Pittsburgh)カーネギー研究所(Carnegie Institution for Science)カーネギー教育振興財団(Carnegie Foundation for the Advancement of Teaching)カーネギー国際平和基金(Carnegie Endowment for International Peace)ニューヨーク・カーネギー財団(Carnegie Corporation of New York)などは、すべてカーネギーの寄付によって設立されたものです。

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カーネギーメロン大学(2006年撮影)
By -cpt- (CMU Uploaded by mewtu) [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

“There is little success where there is little laughter.”
笑い声のないところに成功はない。

家族と共ににアメリカへ移住し、子供の頃から働きながら一代で巨万の富を築いた鉄鋼王アンドリュー・カーネギー。まさにアメリカン・ドリームを体現した人物です。
カーネギーはその財産を惜しげもなく教育や文化の振興、世界平和のために寄付しました。
彼は実業家として優れていただけでなく、人間的な魅力と文学的素養も備えていましました。そして多くの人がカーネギーに協力し、その事業を支えました。
彼自身の言葉のように、きっと彼の周囲にはいつも笑い声が絶えなかったことでしょう。


【動画】“Andrew Carnegie and His Early Rise From Poverty (アンドリュー・カーネギーとその貧しい少年時代)”, by American Heroes Channel, YouTube, 2015/03/10

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


【動画】“Almanac: Andrew Carnegie(アルマナック:アンドリュー・カーネギー)”, by CBS Sunday Morning, YouTube, 2018/11/25

【関連記事】第465回:“Bigger is better.” ―「大きいことはいいことだ」(森永製菓、アメリカ人の価値観), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年10月04日
【関連記事】第467回:“Small is beautiful.” ―「小さいことは美しい」(E・F・シューマッハー、清少納言), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年10月12日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版

【動画】“Andrew Carnegie and His Early Rise From Poverty (アンドリュー・カーネギーとその貧しい少年時代)”, by American Heroes Channel, YouTube, 2015/03/10
【動画】“Almanac: Andrew Carnegie(アルマナック:アンドリュー・カーネギー)”, by CBS Sunday Morning, YouTube, 2018/11/25




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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | 実業家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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