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2017年12月15日

第483回:“I'm just a bloody amoeba.” ―「僕はアメーバみたいなものさ」(エディンバラ公フィリップ殿下)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。

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Photo by Max Mumby/Indigo / Contributor [Rights-managed], via Getty Images

第483回の今日はこの言葉です。
“I'm just a bloody amoeba.”

「僕はアメーバみたいなものさ」
「僕はアメーバにすぎないさ」
という意味です。
これはイギリスのエリザベス2世女王(Elizabeth II)の夫であるエディンバラ公フィリップ殿下(Prince Philip, Duke of Edinburgh, 1921-)の言葉です。
女王(Queen)の夫の場合、王(King)ではなく「王配(consort)」と呼ばれますが、報道などではほとんど使われません。フィリップの称号は「王子(Prince)」で敬称は「殿下(His Royal Highness)」ですから、もっぱら「フィリップ殿下(Prince Philip)」と呼ばれます。
“I'm nothing but a bloody amoeba.”
と伝えるメディアもあります。意味はどちらも同じです。bloodyブラディは「血まみれの」という意味から転じて「いまいましい」という意味もありますが、深い意味もなく単に強調したい時にイギリス人がよく使う言葉です。
アメーバって、どういうことでしょうか。英国女王の夫は人間ではないのでしょうか。つか、微生物じゃないですか。

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エディンバラ公フィリップ(1992年撮影)
By Allan warren (Own work) [CC BY-SA 3.0 or GFDL], via Wikimedia Commons

1921年、フィリップはギリシャ王国(Kingdom of Greece)西部のイオニア諸島(Ionian Islands)のコルフ島(Corfu)で生まれます。父親のアンドレアス王子(Prince Andrew)は時のギリシャ国王コンスタンティノス1世(Constantine I)の弟で、フィリップは国王の甥に当たります。
意外ですが、フィリップはギリシャ王国の王子だったのです。ギリシャ語では「フィリッポス」と呼ばれます。また当時のギリシャ王室はデンマーク出身だったこともあり、フィリップはデンマーク王子でもあったのです。
それではまず、フィリップの故郷であるギリシャ王国のそれまでの歴史を簡単に振り返ってみましょう。

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コルフ島のフィリップの生家(2012年撮影)
By Marc Ryckaert (MJJR) (Own work) [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons

ギリシャ王国はギリシャ独立戦争を経て1832年にオスマン帝国(Ottoman Empire)から独立し、英仏露の列強の干渉のもとでバイエルン王国(Kingdom of Bavaria)の国王ルートヴィヒ1世(Ludwig I.)の次男オットーが即位して初代国王オソン1世(Otto of Greece)となります。オソンは政府の中枢をドイツ人の官僚で固めて先制政治を敷きますが、国内外の情勢は安定せずギリシャ人の不満も高まります。そして二度のクーデターが起きて1862年にオソン1世は退位して亡命、英仏露3国は新たにデンマーク王国(Kingdom of Denmark)の国王クリスチャン9世(Christian 9.)の次男をギリシャ王に迎え、ゲオルギオス1世(George I)として即位させます。フィリップの父方の祖父に当たる人物です。

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ゲオルギオス1世(1912年以前に撮影)
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

しかし国内外は安定せず、ゲオルギオス1世は1913年に暗殺されてしまいます。そして長男が王位を継いでコンスタンティノス1世として即位します。フィリップの叔父です。
やがて第一次世界大戦(World War I, 1914-1918)が勃発し、ギリシャは同盟国と連合国のどちらにつくかで内戦一歩手前となり、コンスタンティノス1世は退位して長男の王太子と共にスイスへ亡命します。王位はギリシャに残った次男が継いでアレクサンドロス1世(Alexander)が即位し、ギリシャは結局連合国側で参戦して連合国軍の勝利に貢献、戦勝国となります。しかしアレクサンドロス1世は1920年に27歳の若さで急死し、国民投票の結果コンスタンティノス1世が復位して親政を開始します。

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コンスタンティノス1世(1921年頃撮影)
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

しかし1922年にクーデターが起きてコンスタンティノス1世は王位を追われ、今度はイタリアへ亡命します。
王弟だったフィリップの父アンドレアスも死刑を宣告されたため、一家はイギリス国王ジョージ5世(George V)が派遣したイギリス海軍の巡洋艦に乗ってギリシャを脱出します。フィリップが1歳の時のことです。フィリップの母のアリス(Alice of Battenberg)はイギリスのかつての女王ヴィクトリア(Victoria)の曽孫(ひまご)にあたる人物で、フィリップは玄孫(やしゃご)ということになります。もともとイギリスと縁の深い一家だったのです。

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フィリップの母アリス(1907年の肖像画)
Philip de László [Public domain], via Wikimedia Commons

ギリシャの王位はコンスタンティノス1世の長男が継いでゲオルギオス2世(George II)として即位しますが、1924年に国民投票で王政廃止が決まって王家はスイスに亡命し、ギリシャは国王のいない共和制の国家となります。
フィリップの一家はパリ郊外へ逃れて親類の別荘で暮らします。しかし父親アンドレアスは家庭を顧みず、家を不在にして次々と愛人を作ります。母アリスはそれを苦に精神を病み、南仏の病院に入院します。
フィリップはパリのアメリカンスクールに入学し、7歳の時にイギリスのロンドンへ移って母方の祖母や叔父と共にケンジントン宮殿(Kensington Palace)で暮らします。13歳の時にドイツ南端のサレムにある姉の夫が所有する学校に移りますが、ナチスが台頭してきたため1年もたたずにスコットランドのマレーにある学校に移ります。そして間もなく第二次世界大戦(World War II, 1939-1945)が始まります。フィリップが18歳の頃です。

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フィリップの父アンドレアス(1913年の肖像画)
By Philip Alexius de László (1869-1937).Carolus at nl.wikipedia (Konink. Verzam.) [Public domain], from Wikimedia Commons

フィリップはダートマス(Dartmouth)イギリス海軍兵学校(Britannia Royal Naval College)に入ります。この頃にイギリス国王ジョージ6世(George VI)が長女のエリザベス王女(Princess Elizabeth)と次女のマーガレット王女(Princess Margaret)と共に海軍兵学校を訪れます。そして姉妹の世話役をした18歳のフィリップに13歳のエリザベスは恋に落ちます。2人とも英国のヴィクトリア女王とデンマーク王クリスチャン9世の血を引く遠縁の親戚に当たります。エリザベスとフィリップは文通を始め、愛をはぐくみます。

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13歳の頃のエリザベス王女(1939年撮影)
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

フィリップは海軍兵学校を卒業し、士官候補生として海軍へ入ります。そして戦艦や駆逐艦に配属されてインド洋や地中海で任務につき、幾多の海戦や上陸作戦に参加します。お飾りだけの貴族将校ではない勇猛な軍人として海軍史上最年少の昇進を重ね、ギリシア十字勲章(Greek War Cross)を受けたこともあります。
フィリップとエリザベスは遠距離恋愛となり、フィリップは軍艦の船室に、エリザベスは宮殿の一室にお互いの写真を置いていたそうです。
またフィリップの故郷のギリシャはナチスドイツに占領されて大きな被害を受けますが、1945年の連合国軍の勝利で解放されます。



海軍時代のフィリップ(1942年撮影)

戦争が終わった翌年である1946年の夏、フィリップはエリザベスの父王のジョージ6世の許しを得てエリザベスに求婚し、エリザベスは快諾します。
フィリップは1947年2月にイギリスに帰化し、母の実家の家名であるマウントバッテン(Mountbatten)を姓として名乗ります。ドイツ姓であるバッテンベルク(Battenberg)を英語化したものです。また、ギリシア正教会(Greek Orthodox Church)から英国国教会(Church of England)へと改宗し、ギリシャおよびデンマークの王子の地位をも放棄します。
二人の婚約はこの年の7月に発表され、11月にロンドンのウェストミンスター寺院で婚礼が行われます。フィリップが26歳、エリザベスが21歳の時のことです。長く激しい大戦に疲れた世界中の人々が世紀のロイヤル・ウェディングを喜び、祝福します。そして結婚の翌日、ジョージ6世からフィリップへエディンバラ公爵(Duke of Edinburgh)などの爵位が授与されます。

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結婚式でのエリザベスとフィリップ(1947年撮影)
Photo by Popperfoto / Contributor [Rights-managed], via Getty Images

1948年、待望の王子が誕生してチャールズ(Charles)と名付けられます。また1950年には王女が誕生し、アン(Anne)と名付けられます。
1952年、ジョージ6世が死去してエリザベスは即位し、女王エリザベス2世(Elizabeth II)となります。
翌1953年の6月、ウェストミンスター寺院で戴冠式が行われます。フィリップは王室内の反対を押し切ってBBCによるテレビ中継を実現させます。当時の最新メディアだったテレビで、戴冠式の様子は世界中に中継され、多くの人が見守ります。
フィリップは王冠をかぶったエリザベスを見て、
“Where did you get that hat?”
「どこでその帽子を手に入れたんだい?」
とジョークを飛ばします。

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戴冠時のエリザベスとフィリップ(1953年撮影)
Cecil Beaton, cropped by Jim Saeki in 2017 [Public domain], via Wikimedia Commons

そう、フィリップはジョークが好きなことで世界的に有名です。また、正直でお世辞が言えない性格から、空気を読まない数々の失言でも知られています。
“British women can’t cook.”
「英国女は料理ができない」
(1961年、スコットランドの婦人会にて)
“You have mosquitoes. I have the Press.”
「君たちは蚊に悩まされているが、僕はマスコミに悩まされている」
(1966年、カリブ諸国訪問時に病院を視察して)
“You are a woman, aren’t you?”
「君は女だよね?」
(1984年、ケニア訪問時に現地女性に向かって)
“You’ll all be slitty-eyed.”
「そのうち目が細くなっちゃうぞ」
(1986年、中国訪問時に英国人留学生に向かって)
“Ghastly.”
「ひどいもんだ」
(同年、中国訪問からの帰国時に感想を訊かれて)
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中国訪問中のエリザベスとフィリップ(1986年撮影)
Photo by Anwar Hussein / Contributor [Rights-managed], via Getty Images

“If I were reincarnated, I would wish to be returned to Earth as a killer virus to lower human population levels.”
「生まれ変わったら、死のウイルスになって人口問題を解決させたい」
(1987年、著書の序文にて)
“Oh, no, I might catch some ghastly disease.”
「いやだよ。ひどい病気にかかるかもしれない」
(1992年、オーストラリア訪問時にコアラをなでるように頼まれて)
“Aren’t most of you descended from pirates?”
「君らのほとんどは海賊の末裔だよね」
(1994年、カリブ海の英領ケイマン諸島訪問時に現地住民に向かって)
“Ghastly.”
「ひどいもんだ」
(1997年、イングランド中部の町ストーク・オン・トレントの印象を訊かれて)
“You managed not to get eaten then.”
「よく食べられずに済んだね」
(1998年、パプアニューギニアの徒歩旅行から戻った英国人に向かって)
“Get me a beer. I don't care what kind it is, just get me a beer!”
「ビールをくれ。どんな種類でもいいから、とにかくビールをくれ!」
(2000年、イタリア訪問時にジュリアーノ・アマート首相(Giuliano Amato)から最高級のイタリアワインを勧められて)
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エリザベスとフィリップとアマート首相(2000年撮影)
Photo by Franco Origlia / Contributor [Rights-managed], via Getty Images

“You look like a suicide bomber.”
「自爆テロの犯人みたいだねえ」
(2002年、スコットランドのルイス島で防弾チョッキを着た若い女性警官に向かって)
“Do you still throw spears at each other?”
「君らはいまだに槍を投げ合っているのかい?」
(同年、オーストラリア先住民族であるアボリジニ系の実業家に向かって)
“You look like you’re ready for bed.”
「もう寝る気満々の恰好だね」
(2003年、民族衣装のローブをまとったナイジェリア共和国大統領に向かって)
“You’re too fat to be an astronaut.”
「君は太ってるから宇宙飛行士は無理だ」
(2009年、宇宙飛行士を目指す13歳の少年に向かって)
“Oh, what, a strip club?”
「え、何? ストリップ・クラブ?」
(2010年、海洋青年団の24歳の女性に普段はどこで働いているか訊ねて「クラブです(In a club.)」と答えられて)
“Children go to school because their parents don't want them in the house.”
「子供たちは、親が家にいさせたくないから学校に行ってるのさ」
(2013年、子供の教育の重要性を説いた自書を女王に手渡したパキスタン出身の女性活動家マララ・ユサフザイ(Malala Yousafzai)に向かって)
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エリザベスとフィリップとマララ(2013年撮影)
Photo by WPA Pool / Pool [Rights-managed], via Getty Images

どうですか。すごいですね。まだまだありますが書ききれません。
クスリと笑える気の利いたジョークもありますが、差別的だったり子供の夢を壊したりエロオヤジ発言だったりという完全にアウトなものもあります。日本の政治家だったらマスコミに叩かれて何度も辞任しなければいけないレベルです。
イギリスでも、フィリップは「失言王子(Prince of Gaffes)」などと呼ばれています。
“I know I am rude, but it is fun.”
「わかってるさ。僕は無礼だ。でもそれが楽しいんだよ」
(2015年、フィリップのことを書いた本のタイトルの一部)
本人もこう言っているぐらいですから、十分自覚はあるのでしょう。


I Know I am Rude, but it is Fun: The Royal Family and the World at Large - as Seen by Prince Philip (英語) ペーパーバック, Nigel Cawthorne (著)

しかし、いつもふざけているフィリップがつい本音をもらしたこともあります。
イギリスの伝記作家ガイルズ・ブランドレス(Gyles Brandreth)が、フィリップに自分がどう見られていると思うかと訊ねたことがあるのです。この時フィリップは次のように答えています。
“A refugee husband, I suppose.”
「ひょっとしたら『難民おっと』かもね」
祖国を追われてフランスへ逃れ、ドイツなどを経てイギリスに帰化した波乱の人生を想っているのでしょうか。そんなフィリップがエリザベスと婚約した時も、外国出身であることで反対する声が王室にもあったといいます。

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ガイルズ・ブランドレス(2017年撮影)
Photo by Jeff Spicer / Stringer [Rights-managed], via Getty Images

そして最も本音が出ているのが、フィリップが友人に愚痴った次の言葉です。
“I’m nothing but a bloody amoeba.”
「僕はアメーバみたいなものさ」
そしてフィリップは続けます。
“I am the only man in the country not allowed to give his name to his children.”
「僕はこの国でただ一人、自分の名前を子供たちに与えることのできない父親なんだ」
これは、息子や娘たちがフィリップの姓であるマウントバッテンを名乗ることを許されず、女王一家の姓であるウィンザー(Windsor)を名乗るように決められたことを言っています。
それまで少々のことは我慢していたフィリップも、このことには酷くプライドを傷つけられたようです。
しかし結局1960年に、夫妻の子孫の姓は「マウントバッテン=ウィンザー」とすることに決まります。

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エリザベスとフィリップと子供たち(1987年撮影)
中央の奥側が長男のチャールズ王太子(Prince Charles, The Prince of Wales)
向かって右が長女のアン王女(Princess Anne)
向かって左が次男のアンドルー王子(Prince Andrew)
中央の手前が三男のエドワード王子(Prince Edward)
By Archives New Zealand from New Zealand (Christmas cards) [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

また、ヴィクトリア女王の夫アルバート公子(Prince Albert)とは異なり、フィリップには共同統治者をあらわす「王配殿下(Prince Consort)」の称号は与えられていません。そのため国家機密書類の閲覧権もありません。ヴィクトリア女王の時代とは王室の役割が変わったからかもしれませんが、このことにもフィリップは屈辱的な思いを味わったそうです。
フィリップが周囲を気にしない発言をするようになったのは、そんな心の屈折があったからかもしれません。

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アルバート公子(1840年頃の肖像画)
By John Partridge (1790-1872) (The Royal Collection) [Public domain], via Wikimedia Commons

しかし、フィリップは失言ばかりしていたわけではありません。
女王のエリザベスと共に国内外を訪問したり、国内外の賓客を出迎えたり、公式行事に参加したりした回数は数知れません。
フィリップは170以上の国を訪問し、800以上の組織を後援し、5000回以上のスピーチをします。
公務中は常にエリザベスを気遣い、決して自分だけが目立たないようにふるまいます。エリザベスに花を渡そうとしている子供に気づいて教えてあげることもよくあります。
そしていつも笑顔を絶やさず、得意のジョークで周囲を笑わせます。そのおかげでエリザベスとフィリップの周囲には笑顔と笑い声が絶えません。

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エリザベスとフィリップ(2007年撮影)
By Photo Credit: NASA/Paul E. Alers [Public domain], via Wikimedia Commons

今年(2017年)の6月、96歳のフィリップは公務を引退しました。
そして11月、エリザベスとフィリップは結婚70年のプラチナ婚(platinum wedding)を迎えました。
この時2枚の写真が話題となりました。1枚目が結婚直後に新婚旅行でマルタに滞在した時の写真です。2枚目は結婚60年目に同じマルタで撮影されたものです。60年の時の流れと共に、いつまでも変わらぬ2人の愛が伝わって来る素晴らしい2枚です。
高祖母の女王ヴィクトリアと共に、エリザベスもまた好きな人と相思相愛で結婚することができた幸せな女性であると言えましょう。

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フィリップとエリザベス(1947年撮影)
Photo by Topical Press Agency / Stringer [Rights-managed], via Getty Images

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フィリップとエリザベス(2007年撮影)
Photo by Tim Graham / Contributor [Rights-managed], via Getty Images

“I'm just a bloody amoeba.”
僕はアメーバみたいなものさ。

ギリシャとデンマークの王子に生まれながら誕生直後に祖国ギリシャを追われ、流浪の果てになんとイギリス女王の夫となったフィリップ。
英国王室内では決して厚遇されず、自らを「アメーバ」とまで表現しますが、数々の失言を残しながらも長い間エリザベスの治世を影で支えて来ました。今やその失言は彼のキャラクターの一部となっており、彼が失言をやらかして報道されるたびにイギリス国民は「またやってくれた」と大喜びするほど愛されています。
彼がエリザベスに寄り添う時は、長身の自分がエリザベスよりも目立たないように常に気を配っています。アメーバほど顕微鏡レベルに小さくなるわけではありませんが、その気配りは見事なものです。そんな目立たないところが、彼の偉大さなのだと思います。


【動画】“Prince Philip's finest moments in 65 years of service (フィリップ王子の65年の公務における最高の瞬間たち)”, by ODN, YouTube, 2017/08/02

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第234回:“A long life can pass by many milestones.”―「人生が長くなると多くの節目を通り過ぎるものです」(エリザベス2世), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年09月10日
【関連記事】第455回:“I shall do my utmost to fulfil my duty towards my country.” ―「全力で国への義務を果たします」(ヴィクトリア女王), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年08月25日
【関連記事】第456回:“I will love you until my last breath.” ―「息が絶えるまで君を愛する」(アルバート公子)(『ヴィクトリア女王 世紀の愛』より), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年08月29日
【関連記事】第75回:“One pen can change the world.”―「一本のペンが世界を変えられる」(パキスタンの少女マララ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年08月17日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“英女王の夫フィリップ殿下、知られざる「孤独な幼少期」”, By Katie Jones, Translation: Noriko Sasaki (Office Miyazaki Inc.), 2017年10月20日
【参考】“フィリップ殿下、エリザベス女王の伴侶となるまでの人生”, 英国ニュースダイジェスト, 15 May 2014
【参考】“実は遠縁!? エリザベス女王とフィリップ殿下の結婚秘話”, CELEB, ELLEgirl, Sep.01.2015
【参考】“Prince Philip's gaffes from decades on royal duty (フィリップ殿下の王室の日々における失言)”, by Maya Oppenheim, INDEPENDENT, 4 May 2017
【参考】“Prince Philip to stand down from public life: 95 gaffes in 95 years (フィリップ殿下が公務から引退:95年間における95の失言)”, by Maya Oppenheim, INDEPENDENT, 4 May 2017
【参考】“48 of Prince Philip's greatest gaffes and funny moments (フィリップ殿下の48の偉大な失言と面白エピソード)”, by Helena Horton and Robert Midgley, Telegraph, 2 AUGUST 2017
【参考】“イギリス王室フィリップ殿下の自由すぎる発言が常軌を逸しているらしい”, by ny0kkiさん, NAVERまとめ, 2012年05月28日
【参考】“09「イギリス文化論(2017/11/28) エディンバラ公フィリップ殿下の問題発言集”, xapaga
【参考】“‘I am rude but it's fun’: Prince Philip in his own words (「僕は無礼だが、それが楽しいのさ」フィリップ王子が自ら語る)”, by Olivia Goldhill, The Telegraph, 4 MAY 2017
【参考】“エリザベス女王とフィリップ殿下のプラチナ婚式”, 翻訳/mayuko akimoto, ヴァンサンカン・ウェディング, 25ans, 2017/11/09
【参考】“【英国王室】フィリップ殿下 さすが女王が愛する人♡目立たぬ賢さと”, by 瞳さん, Time Tested Beauty Tips * Audrey Hepburn Forever *, June 30, 2016
【参考】“63年でこうなった…エリザベス女王とフィリップ殿下のビフォー・アフターに感動の声”, らばQ, 2011年06月26日

【動画】“Prince Philip's finest moments in 65 years of service (フィリップ王子の65年の公務における最高の瞬間たち)”, by ODN, YouTube, 2017/08/02




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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(2) | 皇室・王室・王家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
のざわさん、こんにちは。ジム佐伯です。 コメントありがとうございます。そしていつもブログをご覧になって頂きありがとうございます。アメリカのトランプ大統領も失言大王ですが、自己顕示欲が強くて攻撃的ですよね。それに比べてフィリップ殿下の失言は正直で温かみがあります。セクハラ発言もまあ許せる範囲で、言われた女性も笑って話しています。差別的な発言は頂けませんが、陰湿なものではなく、あまり考えずについ口が滑った感じです。そんな脇の甘さも含めて、やんちゃで温かい人柄が愛されているのでしょうね。コメントとても励みになります。これからもよろしくお願いします!
Posted by ジム佐伯 at 2017年12月20日 05:02
ジム佐伯様、とても興味深く拝見しました。bloodyと言う言葉は単に強調の意味なのですね。アミーバに自分を例えているセンス、面白いですね。相愛のお二人、いつも女王を気遣う愛、でも自分の姓を子どもに名乗らせることができなかったやるせなさ。最後に両者の苗字が合体した姓になってよかったです。私はデンマークに興味がありますので、フィリップ殿下がデンマークの王子だったと知り、とても惹きつけられました。こんな素敵な相愛夫婦ですが、チャールズ皇太子とダイアナの不仲はとてもショックでした。王室への過度の関心やマスコミの過熱報道などが人間女王、人間皇太子で存在できなくさせています。イギリス人はユーモアが得意と学んだことがあります。フィリップのユーモアの中にはどぎつい、セクハラもありますが、反面人を引き付ける魅力があります。とても楽しい記事をありがとうございます。
Posted by のざわ at 2017年12月17日 20:01
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