英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。
第484回の今日はこの言葉です。
“No attack, no chance.”
「挑戦しなければチャンスもない」
「挑戦なくしてチャンスなし」
という意味です。これは日本出身のレーシングドライバー佐藤琢磨(Takuma Sato, 1977-)の言葉です。
今年(2017年)の5月にアメリカのインディアナポリス・モーター・スピードウェイ(Indianapolis Motor Speedway)で開かれた「インディ500(Indy 500)」と呼ばれる世界最高峰のレースの一つ、インディアナポリス500マイルレース(Indianapolis 500)で優勝した人物です。
海外での活躍が長く、スタッフやチームメイトやファンからは親しみをこめて「タク(Taku)」と呼ばれます。

佐藤琢磨(2013年撮影)
By Wolkenjaeger (Own work) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons
佐藤琢磨は1977年に東京都新宿区に生まれます。父親は弁護士、母親は元舞台女優です。保育園では片足で地面を蹴って進む「スクーター」(今のキックボードのようなもの)で遊んだり、3歳の頃に買ってもらった自転車にあっという間に補助輪なしで乗れるようになったそうです。その後町田市に転居して小学校に入ります。
10歳の時に琢磨は鈴鹿サーキットで初めて「F1」と呼ばれるフォーミュラ・ワン(Formula One)の日本GP(グランプリ)のレースを観戦します。F1もまた自動車レースの最高峰で、日本では10年ぶりの開催です。決勝ではフェラーリ(Ferrari)のゲルハルト・ベルガー(Gerhard Berger)がポールトゥフィニッシュで優勝し、ロータス・ホンダ(Lotus Honda)のアイルトン・セナ(Ayrton Senna)が2位、そしてセナのチームメイトだった日本人初のフルタイムF1ドライバー中嶋悟(Satoru Nakajima)が6位に入賞します。
琢磨は高校に進学し、自転車競技を始めます。琢磨が通う和光学園には自転車部はありませんでしたが、クラスの担任に顧問になってもらい部員一人で自転車部を創設し、3年の時にはインターハイで優勝する快挙を成し遂げます。早稲田大学(Waseda University)に進学してからも全日本学生選手権で優勝するなど華々しく活躍します。
(琢磨が10歳の時に見た1987年F1日本グランプリ)
【動画】“F1 1987 FIA Review 15 Japão (F1 1987年 FIAレビュー 第15戦 日本GP)”, by EdwardEaton15, YouTube, 2009/08/18
1996年、ホンダと鈴鹿サーキットが「SRS-F」と略される鈴鹿サーキット・レーシング・スクール・フォーミュラ(Suzuka Circuit Racing School Formula)を設立します。鈴鹿サーキットの国際レーシングコースで専用のフォーミュラカーを使い、トップクラスの現役プロレーサーの指導で年間100時間以上走行できるという本格的なレーシングドライバー養成プログラムです。校長はあの中島悟が務めます。
琢磨はこのチャンスを活かして憧れだったモータースポーツの世界に飛び込みます。大学を休学してレーシングカートを始め、競争率10倍の難関だったSRS-Fの試験に年齢制限ギリギリで一発合格します。そして文句なしの主席で卒業してスカラシップを獲得し、1998年に名門チーム無限×童夢プロジェクトから全日本F3選手権にデビューします。琢磨は2戦に出走しますが、目標のF1ドライバーになるにはイギリスで活動するしかないと考え、シーズン半ばで渡英します。そしてF3より格下のジュニアフォーミュラを経て、満を持して2000年に全英F3選手権に参戦します。琢磨は2000年にはシーズン3位となり、2001年には日本人初のイギリスF3チャンピオンを獲得し、さらにF3の世界一決定戦ともいえるマカオ・グランプリ(Macau Grand Prix)で優勝します。
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全英F3参戦時の佐藤琢磨(2000年撮影)
Photo by Max Getty Images / Staff [Rights-managed], via Getty Images
その年の10月に琢磨はジョーダン(Jordan)と契約し、日本人史上7人目のフルタイムF1ドライバーとなります。初めてレーシングカートに乗ってからわずか5年でF1レーサーとなるのは奇跡に近い快挙と言われます。
デビューシーズンの2002年はチームが資金不足に陥ったこともありなかなか本領を発揮できませんでしたが、最終戦となる第17戦日本GPで5位に入賞します。
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鈴鹿サーキットで5位に入賞し喜ぶ佐藤琢磨(2002年撮影)
Photo by Paul-Henri Cahier / Contributor [Rights-managed], via Getty Images
翌2003年、琢磨はジョーダンからB.A.Rに移籍します。リザーブ兼テスト・ドライバーとしての移籍です。最初のシーズンは最終戦である第16戦日本GPにしか出場できませんでしたが、琢磨はそのチャンスをものにして6位に入賞します。
そして迎えた2004年のシーズンで、琢磨はB.A.Rのレギュラードライバーに昇格してフル出場を果たし、第9戦のアメリカGPで日本人最高位タイの3位に入賞し、表彰台に上ります。
続く2005年はチーム内の混乱もあって琢磨はなかなか結果を出せずに苦労します。結局第12戦のハンガリーGPでの8位入賞で1ポイントを取得したに留まります。

2004年アメリカGPで3位入賞を決めて喜ぶ佐藤琢磨
By さららゆら [GFDL], via Wikipedia
2006年、元F1ドライバーの鈴木亜久里(Aguri Suzuki)が設立してオーナーを務めるスーパーアグリF1チーム(Super Aguri F1 Team)が独立系コンストラクターとして日本で初めてF1に参戦します。そして琢磨はスーパーアグリに移籍して参戦します。初年度のチームは準備不足もあり入賞なしに終わりますが、2年目となる2007年シーズンでは第4戦スペインGPで8位に入賞しチーム初ポイントを上げ、第6戦カナダGPでは6位に入って3ポイントを獲得する健闘を見せます。
しかしスーパーアグリは慢性的にスポンサー不足に苦しんでおり、2008年には資金不足が深刻化して第4戦スペインGPを最後のF1から撤退し、琢磨は所属チームを失います。
琢磨はフランスのル・マン24時間耐久レース(24 Hours of Le Mans)やアメリカのインディ・レーシング・リーグ(IRL : Indy Racing League)など世界の最高峰のレースからのオファーを断り、F1にこだわって交渉を続けます。しかし2008年も2009年も交渉は不備に終わります。
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2007年カナダGPで6位に入賞した佐藤琢磨
Photo by Paul-Henri Cahier / Contributor [Rights-managed], via Getty Images
2010年、琢磨はアメリカのインディ・レーシング・リーグのKVレーシング(KV Racing Technology)と契約し、インディへ参戦します。今のインディカー・シリーズ(IndyCar Series)のことで、インディ500から発展する形で1996年に始まった比較的新しいカテゴリーです。
アメリカのレースはインディ500やディズニーアニメ『カーズ(Cars)』(2006年)のようにオーバル(oval)と呼ばれる巨大な競馬場や陸上競技場のような楕円形のコースをひたすらぐるぐると周回するイメージが強いですが、インディカーシリーズでは年間17戦のうち6戦に過ぎません。残りは常設のコースや市街地、空港の滑走路など、バラエティに富んだコースで開催されます。
車体を製造するコンストラクターが宇宙規模の予算と技術力を注ぎ込んでしのぎを削るF1に対して、インディでは車体がイタリアのダラーラ(Dallara)製のワンメイク(単一メーカー)のものを各チームが使います。タイヤはファイアストン(Firestone)とグッドイヤー(Goodyear)(今はファイアストンのワンメイク)、エンジンはホンダ(Honda)とシボレー(Chevrolet)から選ぶことしかできません。自然に実力が拮抗し、メカニックとドライバーの技量が問われるレースとなります。そしてオーバルの単純なコースではF1を超える最高時速350キロを超える過酷なレースが繰り広げられます。
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2010年第16戦インディジャパン300で走行する佐藤琢磨
(写真の先頭が佐藤、場所:ツインリングもてぎ)
Photo by Jonathan Ferrey / Stringer [Rights-managed], via Getty Images
2012年、琢磨はRLRと略されるレイホール・レターマン・ラニガンレーシング(Rahal Letterman Racing)に移籍します。第4戦ブラジルのサンパウロで琢磨は自己最高の3位となり表彰台に上ります。そして第5戦のインディ500で、琢磨は予選の結果19番手からスタートして順位を上げ、200周中119周でトップに上がります。一度順位を落としますが199周目に2位へ浮上し、琢磨はラスト1周のファイナルラップのターン1で追い抜きをかけますが白線を踏んでスピンし、日本人初優勝を逃し17位に終わります。しかし観客は琢磨の健闘を称え、“Hard Charger Award”も受賞します。「猛突撃賞」といったところでしょうか。
また、第11戦エドモントンで琢磨は日本人最高位タイの2位となります。
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第11戦エドモントンで2位の表彰台に立つ佐藤琢磨(2012年撮影)
Photo by Jonathan Ferrey / Stringer [Rights-managed], via Getty Images
2013年、琢磨はA.J.フォイト・エンタープライズ(A. J. Foyt Enterprises)に移籍します。
第3戦ロングビーチの決勝で琢磨は4番手からスタートし、29周目にトップに躍り出ます。琢磨はその後は一度も抜かれることなく圧倒的な速さを見せつけて優勝します。琢磨はインディカー・シリーズで優勝した初の日本人ドライバーとして歴史に名を残します。続く第4戦のサンパウロでも琢磨は残り1周までトップを快走しますが、残念ながらファイナルラップで抜かれてしまい、2位となります。琢磨は総合順位1位で第5戦のインディ500を迎えますが、前年のような見せ場もなく、13位に終わります。その後もミスやマシントラブルで下位が続き、シーズン総合順位は17位に終わります。
琢磨は2016年までフォイトで戦います。また、2014年には初の電気自動車によるフォーミュラカーレースであるフォーミュラE(Formula E)の開幕戦にスポット参戦します。
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第3戦ロングビーチで優勝して喜ぶ佐藤琢磨(2013年撮影)
Photo by Jonathan Robert Laberge / Stringer [Rights-managed], via Getty Images
2017年、琢磨はアンドレッティ・オートスポーツ(Andretti Autosport)に移籍します。
琢磨は第1戦セントピーターズバーグで5位、第3戦アラバマで9位とまずまずの滑り出しです。
そして迎えた第5戦のインディ500で、琢磨は予選で日本人過去最高の4位につけます。決勝のスタートで琢磨は出遅れて7位まで7位まで順位を落としますが、粘り強い走りで順位を上げ、44周目で3位に浮上します。
スタート後30分ほど経った52周目、琢磨の後続で大クラッシュ事故が起こり、レースは中断してマシンは全車待機となります。無線でチームとの打ち合わせを終えた琢磨は意図せず眠ってしまいます。この短時間の睡眠が体力温存と集中力の回復に大きな効果があったそうです。
レース再開後、琢磨は65周目で首位に立ちます。しかしこれは作戦で、上位3位がすべてアンドレッティのチームメイトだからできたことです。空気抵抗を強く受ける先頭を交代することで、マシンとドライバーの負担を分散し、先頭での運転フィーリングを全ドライバーに体験させるという意味があります。強豪チームだからこそできる贅沢な戦略です。
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首位を走行する佐藤琢磨(2017年)
Photo by Jared C. Tilton / Stringer [Rights-managed], via Getty Images
81周目、ピットイン時のタイヤ交換でピッククルーのミスのため約2秒余計に時間がかかってしまい、琢磨は5位から10位に順位を落とし、その後17位まで後退します。しかし琢磨は冷静な走りで徐々に順位を上げ、160周を過ぎて5位へ順位を戻します。琢磨は車体を地面に押し付けるダウンフォース不足で車体のコントロールに困難を感じていたため、168周目のピットインで燃料補給とタイヤ交換のわずかな時間でフロントウイングの角度を0.1度ほど増やします。これでダウンフォースを回復した琢磨は果敢に攻め、順位をさらに上げます。
残り7周を切った時点で琢磨は2位。1位はブラジルのエリオ・カストロネベス(Hélio Castroneves)です。琢磨は残り5周でカストロネベスを追い抜き、そのままトップでチェッカーフラッグを受けます。アジア人として初めてのインディ500の優勝です。
【動画】“佐藤琢磨 インディ500優勝後に全米で流れた短編映像。”, by So Far So Good, YouTube, 2018/12/29
ゴールした琢磨は叫び声を上げて喜びを爆発させます。そして無線でクルーの一人一人の名前を呼びかけ、感謝の気持ちを伝えます。
“Unbelievable feeling!”勝利後インタビューでの琢磨の第一声です。そしてその後にも琢磨はクルーへの感謝の言葉を発します。
「信じられない気持ちです」
“It’s beautiful. I dreamed of something like this since I was 12.”琢磨の夢が叶った瞬間です。
「最高です。こうなることを12歳の時から夢見てきました」
【動画】“2017 Indy 500 Takuma Sato post-race comments (2017年インディ500の佐藤琢磨のレース後のコメント)”, by autoracing1com, YouTube, 2017/05/29
琢磨はインタビューで、2011年に日本を襲った東日本大震災のことを何度も語ります。多くの人が大切な人や家を失い、今でも苦しんでいる人がいる。そんな日本に力を送りたいと琢磨は話します。
そして後進たちに伝えたいメッセージはあるかと訊ねられた琢磨は即答します。
“Keep your dream.”そして琢磨は続けます。
「夢を見続けよう」
“No attack, no chance. That’s my motto.”いやー、素晴らしいコメントです。そして、長年海外に腰を据えて活動してきただけあって英語がとても上手ですね!
「挑戦しなければチャンスもない、それが僕のモットーです」
【動画】“Sato becomes first Japanese driver to win Indianapolis 500 (佐藤が日本人で初めてインディ500に優勝)”, by CNN, YouTube, 2017/05/28
“No attack, no chance.”
挑戦しなければチャンスもない。
モータースポーツで頂点に立つという子供の頃からの夢を実現させた佐藤琢磨。
琢磨の人生は決して順風満帆ではありませんでした。
しかし常にどうしたら夢に近づくことができるかを常に考え、一歩一歩挑戦を続けてきました。
そしてついに世界の頂点に立ちました。
今年世界で最も活躍した日本人の一人と言ってよいでしょう。
これからもどんな新しい挑戦を見せてくれるか、今から楽しみです。
【動画】“Takuma Sato's Indy 500 Winner Media Tour (佐藤琢磨のインディ500優勝メディアツアー)”, by indycar, YouTube, 2017/06/03
それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。
【関連記事】第153回:“Racing is in my blood.”―「レースは僕の血の中にある」(アイルトン・セナ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年12月31日
【参考】Wikipedia(日本語版,英語版)
【参考】“佐藤琢磨 オフィシャルサイト”
【参考】“Takuma Sato becomes first Japanese driver to win the Indianapolis 500 (佐藤琢磨が日本人として初めてインディ500で優勝)”, By James F. Peltz, Los Angels Times, MAY 28, 2017
【参考】“佐藤琢磨選手のインディ500優勝は大変な快挙”, By 冷泉彰彦, プリンストン発 日本/アメリカ 新時代, Newsweek日本版, 2017年05月30日
【参考】“佐藤琢磨の快挙、米紙記者が「不愉快」と書いた理由”, By マンガ家、京都精華大教授 すがやみつる, Yomiuri ONLINE, 2017年06月10日
【参考】“佐藤琢磨が語る、F1とインディの違い”, TOKYO FM+, 2017-11-05
【参考】“インディ500勝者の佐藤琢磨に異常事態。移籍先チームの戦闘力は?”, text by Masahiko Jack Amano, photo by Hiroaki Matsumoto, web Sportiva, 2017.09.27
【動画】“F1 1987 FIA Review 15 Japão (F1 1987年 FIAレビュー 第15戦 日本GP)”, by EdwardEaton15, YouTube, 2009/08/18
【動画】“佐藤琢磨 インディ500優勝後に全米で流れた短編映像。”, by So Far So Good, YouTube, 2018/12/29
【動画】“2017 Indy 500 Takuma Sato post-race comments (2017年インディ500の佐藤琢磨のレース後のコメント)”, by autoracing1com, YouTube, 2017/05/29
【動画】“Sato becomes first Japanese driver to win Indianapolis 500 (佐藤が日本人で初めてインディ500に優勝)”, by CNN, YouTube, 2017/05/28
【動画】“Takuma Sato's Indy 500 Winner Media Tour (佐藤琢磨のインディ500優勝メディアツアー)”, by indycar, YouTube, 2017/06/03
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