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2017年10月08日

第466回:“I thought it was a hoax.”―「いたずらかと思いました」(カズオ・イシグロ)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第466回の今日はこの言葉です。
“I thought it was a hoax.”
「いたずらかと思いました」
という意味です。
“hoax”は「ホウクス」と読み、人をだまそうとして仕掛けるいたずらという意味があります。
これは日本出身のイギリス人作家、カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro, 1954-)の言葉です。
2017年10月5日、ノーベル文学賞(The Nobel Prize in Literature)をカズオ・イシグロが受賞したと発表ました。誰もが予想しなかった受賞者に、世界中があっと驚きました。
イギリス国籍を持つ作家としては、2007年にイラン出身の女流作家ドリス・レッシング(Doris Lessing)が受賞して以来10年ぶりのノーベル文学賞受賞ということで、イギリスでもテレビやネットで大きく取り上げられており祝福モードです。
受賞理由は、
“who, in novels of great emotional force, has uncovered the abyss beneath our illusory sense of connection with the world.”
「壮大な感情の力を持った小説を通し、世界と結びついているという、我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた」
だそうです。難しいですね。

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カズオ・イシグロ(2015年撮影)
Photo by Ian Gavan/Getty Images [Rights-managed], via Getty Images

カズオ・イシグロは1954年に長崎市で生まれます。海洋学者だった父親がイギリス政府の国立海洋学研究所(National Oceanography Centre)に招かれたため、カズオが5歳の時にロンドン南西郊外にあるギルフォード(Guildford)という街に移り住みます。カズオは現地の小学校からグラマースクールへ進学します。グラマースクール卒業後は北米を旅行して旅行記を書いたり、音楽のデモテープを制作してレコード会社に送ったりします。23歳の頃にケント大学(University of Kent)の英文学科に入学し、2年後イースト・アングリア大学(University of East Anglia)大学院の創作学科に進学して小説を書き始めます。そして卒業制作として小説を書き、“The Pale View of Hills”(1982年)として発表されます。イギリスに住む長崎出身の女性の回想を描いた作品です。この作品は王立文学協会賞(Winifred Holtby Memorial Prize)を受賞し、9ヶ国語に翻訳されます。日本では『女たちの遠い夏』と題され、後に『遠い山なみの光』と改題されます。


A Pale View of Hills, Kazuo Ishiguro (著)

1982年、カズオは第2作『浮世の画家(An Artist of the Floating World)』を発表します。長崎を思わせる戦後間もない架空の日本の町を舞台に、戦前の思想を持ち続けた一人の画家を描いた作品です。この作品はウィットブレッド文学賞(Whitbread Book Awards)を受賞します。今のコスタ文学賞(Costa Book Awards)です。


An Artist of the Floating World, Kazuo Ishiguro (著)

1989年、第3作『日の名残り(The Remains of the Day)』が発表されます。
主人公であるイギリス人執事のスティーブンス(Stevens)による一人称で語られる物語で、1956年の「現在」と1930年頃の回想を往復しつつ話が進みます。失われつつある伝統的な英国が描かれているとして感動と話題を呼び、英国最高の文学賞であるブッカー賞(Booker Prize)を受賞します。
この作品は1993年にスティーブンスをイギリス出身の名優アンソニー・ホプキンス(Anthony Hopkins)が演じて映画化されます。アカデミー賞では作品賞、主演男優賞など計8部門にノミネートされます。


【動画】“Remains of The Day trailer (『日の名残り』予告編)”, by The Royal Butler, YouTube, 2014/09/01

カズオは1995年に第4作の『充たされざる者(The Unconsoled)』を、2000年に第5作の『わたしたちが孤児だったころ(When We Were Orphans)』を発表します。
2005年に発表された第6作の『私を離さないで(Never Let Me Go)』はSF的なテイストの作品です。主人公である「介護人(carer)」のキャシー(Kathy)は「提供者(donor)」と呼ばれる人たちを世話しています。キャシー自身もヘールシャム(Hailsham)という全寮制の学校で育てられた「提供者」の一人でした。物語はキャシーの子供時代の回想を通して、ヘールシャムの驚くべき秘密を明らかにして行きます。


Never Let Me Go, Kazuo Ishiguro (著)

抑制された文体でショッキングな内容を描いた本作は大きな話題となり、英米を中心に絶賛されます。発売後ただちにタイム誌(TIME)のオールタイムベスト100(TIME 100 Best English-language Novels from 1923 to 2005)に選ばれ、ニューヨーク・タイムズ紙(The New York Times)など主要各紙に2005年のベストブックの一冊に選ばれます。ブッカー賞の最終候補にも残ります。
2010年にはイギリスの女優キャリー・マリガン(Carey Mulligan)がキャシーを演じて映画化されます。カズオ・イシグロも製作総指揮を務めます。


【動画】“NEVER LET ME GO | Official Trailer | FOX Searchlight (『私を離さないで』公式予告編)”, by FoxSearchlight, YouTube, 2010/06/15

2015年、カズオ・イシグロは現在の最新作でもある第7作『忘れられた巨人(The Buried Giant)』を発表します。物語の舞台は6世紀頃のブリテン島。ブリトン人が暮らしていたこの島にサクソン人が侵入し、それに対抗してアーサー王(King Arthur)とブリトン人たちが戦った後、王の死後も小康状態を保って両民族が山地と平地に住み分けていた時代の話です。
ブリトン人の老夫婦が息子を訪ねて旅に出ます。読者は老夫婦と共に、ブリテン島の森と霧と鬼の世界にいざなわれ、不確かな追憶の世界にも引き込まれます。ファンタジーの要素を多分に含んだ作品です。


The Buried Giant, Kazuo Ishiguro (著)

カズオ・イシグロのノーベル賞受賞は、誰もが予想していませんでした。
イギリス人は賭けが大好きで、ブックメーカーが何でも賭けの対象にしてしまいます。
今年のノーベル賞予想で最も賭けの倍率であるオッズ(odds)が低かったのは、ケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴ(Ngũgĩ wa Thiong'o)の4倍です。賭け率が最も低いということは、最も有力と見られていたということです。
次いでオッズが2番目に低かったのが村上春樹(Haruki Murakami)の5倍です。村上春樹はノーベル文学賞予想の常連になっていますね。
続いてはカナダの女性小説家マーガレット・アトウッド(Margaret Atwood)の6倍です。彼女の言葉は以前このブログでもご紹介したことがありましたね。
カズオ・イシグロにはオッズのリストにすら載っていませんでした。

Embed from Getty Images

村上春樹(2004年撮影)
Photo by Jeremy Sutton-Hibbert/Getty Images [Rights-managed], via Getty Images

ノーベル文学賞を受賞したことは、カズオ・イシグロ自身にとっても意外だったようです。
受賞後のインタビューで、カズオは次のように語ります。
“I thought it was a hoax in this time of fake news, I didn't believe it for a long time.”
「いたずらかと思いました。フェイク・ニュースの時代ですから。今でも信じられません。」
また、次のようにも語っています。
“It's a magnificent honour, mainly because it means that I'm in the footsteps of the greatest authors that have lived, so that's a terrific commendation.”
「この上ない栄誉です。これまでの最高の作家たちの足跡に連なることを意味するのですから。とてつもない褒美です」



【動画】“イシグロ氏、ノーベル文学賞「間違いかと思った」”, by BBC News Japan, YouTube, 2017/10/05

“I thought it was a hoax.”
いたずらかと思いました。

日系人として初めてノーベル賞を受賞したカズオ・イシグロ。
登場人物が他人を思いやる優しさに満ちた作品が多いのが特徴です。
アマゾン(Amazon.com)の創業者ジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)や、今回も受賞とならなかった村上春樹も、カズオ・イシグロの作品が好きなことを公言しています。
心から祝福し、共に喜びたいと思います。
受賞にあたってのスピーチも今から楽しみですね。

0466-nobel_prize.jpg
"Nobel Prize" by Photograph: JonathunderMedal: Erik Lindberg (1873-1966) - Derivative of File:NobelPrize.JPG. Via Wikipedia

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第246回:“For the greatest benefit to mankind.”―「人類への最大の利益のために」(アルフレッド・ノーベル), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年10月12日
【関連記事】第114回:“Just great.”―「やれやれ」(村上春樹), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年10月24日
【関連記事】第242回:“Nobody likes being alone that much.”―「孤独が好きな人間なんていないさ。」(村上春樹『ノルウェイの森』より), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年10月01日
【関連記事】第182回:“The Eskimos had fifty-two names for snow.” ―「エスキモーは雪をあらわす52の呼び名をもっていた」(マーガレット・アトウッド), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年02月16日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“The Nobel Prize in Literature 2017”, Nobel Media AB, 5 October 2017
【参考】“Kazuo Ishiguro: Nobel Literature Prize is 'a magnificent honour' (カズオ・イシグロ:ノーベル文学賞は「素晴らしい名誉です」)”, BBC News, 5 October 2017
【参考】“Kazuo Ishiguro wins Nobel Prize in Literature(カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞)”, by Laura Smith-Spark, CNN, October 5, 2017
【参考】“'I thought it was a hoax': Kazuo Ishiguro on winning the Nobel prize in literature – video (「いたずらかと思いました」カズオ・イシグロがノーベル文学賞受賞を語る - 動画)”, The Guardian, 5 October 2017
【参考】“カズオ・イシグロ氏「最高の名誉」受賞連絡にいたずら疑う 英BBCに明かす”, 産経ニュース, 2017.10.5
【参考】“Kazuo Ishiguro just won the Nobel Prize. Here’s a brief guide to his bleak, beautiful world. (ノーベル賞を受賞したばかりのカズオ・イシグロ。彼の荒涼たる美しい世界を簡単に紹介)”, by Constance Grady, Vox, Oct 5, 2017
【参考】“Nobel prize in literature set to reveal 2017 winner on 5 October. (2017年のノーベル文学賞受賞者が10月5日に発表)”, by Alison Flood, the guardian, 3 October 2017
【参考】“イシグロ氏、ノーベル文学賞に喜び 村上氏より先「気まずい」とも”, AFP BB NEWS, 2017年10月6日
【参考】“【アマゾン】、驚愕の真実!カズオ・イシグロ氏の「日の名残り」でアマゾンが生まれた?”, by 後藤文俊, 激しくウォルマートなアメリカ小売業ブログ, 2017年10月06日

【動画】“Remains of The Day trailer (『日の名残り』予告編)”, by The Royal Butler, YouTube, 2014/09/01
【動画】“NEVER LET ME GO | Official Trailer | FOX Searchlight (『私を離さないで』公式予告編)”, by FoxSearchlight, YouTube, 2010/06/15
【動画】“イシグロ氏、ノーベル文学賞「間違いかと思った」”, by BBC News Japan, YouTube, 2017/10/05




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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(2) | TrackBack(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
のざわさん、こんにちは。ジム佐伯です。 コメントありがとうございます。そしていつもブログをご覧になって頂きありがとうございます。イギリスに住む日本人の子供は、ロンドンの日本人学校に通う以外は普通イギリスの現地校に通いながら土曜日に日本人補習校に通って日本語で国語や算数を学びます。それでもイギリス生活が長いと言葉もメンタリティも英国人に近づきます。カズオ・イシグロは補習校にも通わなかったみたいですし、口調も表情も完全に英国人ですね。イギリスの人々も同胞(=英国人)の受賞としてとても喜んでいるようです。僕もその作品をもう一度読んでみようと思います。コメントとても励みになります。これからもよろしくお願いします!!
Posted by ジム佐伯 at 2017年10月11日 05:47
ジム佐伯さま、おはようございます。ブログを拝見して、カズオ・イシグロ氏のことをもっと知りたく思い、白熱文学教室をyoutubeで観ました。カズオ・イシグロ氏が学生たちを前にして、フィクションの存在意義を語るのですが、なるほどと思いました。学生たちが質問をし、それに即座に答え、講義を作り上げていくスタイルに、日本人との違いを痛感させられました。日本人は質問をすることを躊躇します。これはいいことだと私は思わないです。カズオ氏も最後に「みなさんからのよい質問のお蔭で今日のお話をまとめることができました」と締めくくっておられました。歴史やノンフィクションだけでは満足できないで、心情を共有し合うことを求める人間の性向がフィクションを求め続けるのだろうと。記憶を通して表現することを「失われた時を求めて」のプルーストから得たこととか。ジム佐伯さまのブログのお蔭で世界が広がりました。感謝します。
Posted by のざわ at 2017年10月10日 09:46
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