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2017年01月21日

第401回:“When a bubble's bursting confirmed its existence.”―「バブルは、崩壊して初めてバブルとわかる」(アラン・グリーンスパン)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。

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By Brocken Inaglory. The image was edited by user:Alvesgaspar (Own work) [GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons

第401回の今日はこの言葉です。
“When a bubble's bursting confirmed its existence.”

「バブルは、崩壊して初めてバブルとわかる」
という意味です。
これはアメリカの経済学者アラン・グリーンスパン(Alan Greenspan, 1926-)の言葉です。1987年から2006年まで20年間にわたってアメリカの連邦準備銀行(FRB, Federal Reserve Bank)を統括する連邦準備理事会(FRB, Federal Reserve Board)の議長を務めた人物です。

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アラン・グリーンスパン
(撮影年未詳)
By While provided by the Bureau of Engraving and Printing, it is a Federal Reserve image. [Public domain], via Wikimedia Commons

アラン・グリーンスパンは1926年にニューヨーク・シティに生まれます。高校卒業後にジュリアード音楽院でクラリネットを学び、サクソフォーン奏者としても知られていましたが、その後ニューヨーク大学で会計と金融を学び、24歳の時に経営学修士を取得します。グリーンスパンは経済に特化したシンクタンクで経済アナリストとして働いた後に、1955年に自らの経済コンサルティング会社(Townsend-Greenspan & Co., Inc.)を設立して社長兼会長を務めます。またアルミニウム大手のアルコア社(Alcoa)やテレビ局のABC、食品大手のゼネラル・フーズ(General Foods)、金融大手のJPモルガン(J.P. Morgan & Co.)、石油大手のモービル(Mobil)など錚々たる大企業の役員を歴任します。
そして1987年、ロナルド・レーガン大統領(Ronald Reagan)の指名でFRB(連邦準備理事会)の議長に就任します。日本でいえば日銀(日本銀行)の総裁です。61歳の頃のことです。

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ロナルド・レーガン大統領
(1981年撮影)
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

グリーンスパンがFRB議長に就任してわずか2週間後に、ニューヨーク証券取引所で株が大暴落して世界同時株安となります。「ブラックマンデー(Black Monday)」です。FRBは翌朝「流動性を提供する準備ができている」という短い声明を発表します。この短い声明は市場の崩壊を防ぐ効果を発揮したとされ、グリーンスパンの手腕は高く評価されます。
グリーンスパンはその後もジョージ・H・W・ブッシュ大統領(George Herbert Walker Bush)ビル・クリントン大統領(Bill Clinton)ジョージ・W・ブッシュ大統領(George Walker Bush)のもとでFRB議長を5期20年務めます。巧みに市場金利を望ましい水準に誘導するその手腕は「金融の神様」「マエストロ」などと賞賛されます。



一方日本では、ブラックマンデーの影響で日経平均株価も過去最大の暴落となります。しかし翌日の日経平均は過去最大の上げ幅で反発します。日本の株価はその後も順調に回復を続け、ブラックマンデー後の世界同時株安の影響を世界で最初に脱出します。当時好調だった日本の株はこれによってさらに信用を得て、投機が投機を呼ぶ連鎖反応が起こり、岩戸いわと景気」(1958-1961年)や神武じんむ景気」(1954-1957年)を超える長期間の好景気となります。資金は株だけでなく不動産にも投入され、不動産価格が高騰します。
1988年に来日したグリーンスパンは、日本銀行で「日本の株価は高過ぎるのではないか」と発言して警戒しています。



もともとこの好景気は、1985年のプラザ合意(Plaza Accord)で急激な円高が進行したことで起きた円高不況を克服するために日本政府がとった低金利と公共投資の積極財政の成果です。長期的な金融緩和によって景気拡大が実現しますが、株式や土地への投機が過熱していきます。日本は国内の土地にとどまらずニューヨークの土地や建物を買いあさり、日本脅威論も喧伝されます。
1986年頃から急上昇を始めた日本の株価は1989年の年末には38915円の最高値を記録し、1985年と比べると4年間で約3倍の上昇となります。また地価も1985年から1990年の5年間で約4倍に上昇します。

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ニューヨーク・シティのロックフェラー・センター
1989年に三菱地所が買収してアメリカ国民の危機感と反感を買った
(2009年撮影)
By UpstateNYer (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

1990年、加熱しすぎた地価の高騰を抑制するために大蔵省が「土地関連融資の抑制について」という通達、いわゆる「総量規制」を発表します。金利も前年から急速に引き上げられて6%台となり、マネーサプライも引き締められます。この急激な金融引き締めによって株価は急落し、年明けからの9ヶ月で一時20000円割れと、半値近くまで下げてしまいます。不動産価格も急落して実体経済も縮小が続き、大手金融機関が破綻したり雇用の抑制が起こったりします。日本は長い不景気に突入し、そのまま「失われた10年」、さらに「失われた20年」となってしまいます。
これが「バブル景気(Bubble boom)」「バブル崩壊(Bubble collapse)」です。実体がない泡のように大きく膨らんだ景気が泡とはじけて消えてしまうことからこう呼ばれています。

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ゴッホの「ひまわり」
(東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館 蔵)
1987年に安田火災(当時)が約57億円で購入した
Vincent van Gogh [Public domain], via Wikimedia Commons

「バブル景気」という呼び名は、バブルがはじけてからつけられた名称です。
好景気が続いているうちは、それが泡のようにはかないものであることに誰も気がつきません。
実際に日本のバブル期も「平成景気」などという言葉が使われていました。日本の土地は決して値下がりしないという根拠のない土地神話を誰もが信じ、庶民も高額のローンを組んで不動産に投資していました。
しかしバブルがはじけた後は、誰もが夢から覚めたように株価や地価は下落し、多くの個人や企業が借金や不良債権に苦しむことになったのです。

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船橋にあった屋内スキー場
「ららぽーとスキードームSSAWS」
(2003年撮影)
by Morio (Own Work) [GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons

2002年に、グリーンスパンはワイオミング州ジャクソンホールで行なわれた中央銀行関係者会議(The annual symposium of the Federal Reserve of Kansas City)で次のように語ります。
“It was very difficult to definitively identify a bubble until after the fact - that is, when its bursting confirmed its existence”
「バブルは終わってみないと明確にバブルと確認することは非常に難しい。つまり、崩壊して初めてバブルとわかるのだ。」
まさにバブルの本質をついた名言だと思います。

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アラン・グリーンスパン
(2004年撮影)
By User:Amgine ([1]) [Public domain], via Wikimedia Commons

バブル時代の日本の話は、今から見るとにわかに信じられないものも多いです。
「深夜の六本木では一万円札を振りかざさないとタクシーを拾えない」
「クリスマスイブには大学生が高級ホテルのスイートでパーティー」
「企業が就活生を銀座の高級クラブで接待」

などは、定番ネタとして有名ですよね。
バブル期の狂乱ぶりをネタにしたマンガや映画などもあって面白いですよね。
僕は阿部寛と広末涼子が出演した『バブルへGO!』が大好きです。
時代の雰囲気もよく出ていてとても面白い映画ですので、未見の方はぜひご覧になって下さい。



“When a bubble's bursting confirmed its existence.”
バブルは、崩壊して初めてバブルとわかる。

日本が歩んだバブル景気とその崩壊を詳細に分析し、その後のアメリカの金融政策の参考にしたと言われるグリーンスパン。
その手腕は高く評価される一方で、グリーンスパン退任後のアメリカの住宅バブルやサブプライム問題を招いたという批判の声もあります。
しかし20年という長期にわたってアメリカの経済の舵取りをして、日本が失われた20年に苦しんでいる間にもアメリカが比較的順調に経済成長を続けた事実は高く評価されるべきことだと思います。


【動画】“The Greenspan economic era (グリーンスパン・エコノミックの時代)”, by DocsOnline, YouTube, 2013/09/23

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Remarks by Chairman Alan Greenspan”, The Federal Reserve Board, August 30, 2002
【参考】“Asset Price Bubbles and the Case for Asset-Based Reserve Requirements”, by Thomas Palley, Challenge, vol. 46, no. 3, May-June 2003
【参考】“【狂乱の時代】バブル期の凄すぎるエピソードまとめ”, by code6119さん, Sleep or Die, 2013.05.05
【参考】“バブル時代の今では考えられない!おもしろエピソード”, by M.E.さん, ミドルエッジ, 2016年4月29日
【参考】“今では絶対あり得ない!バブル時代の最強すぎる伝説エピソード16選”, by 心電図てっぺい さん, CuRAZY, 2016/01/15
【参考】“平成バブル崩壊の思い出。校長先生が朝礼で中学生の僕に話したこと=東条雅彦”, by 東条雅彦, Money Voice, 2016年6月16日

【動画】“The Greenspan economic era (グリーンスパン・エコノミックの時代)”, by DocsOnline, YouTube, 2013/09/23




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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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