英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。
第338回の今日はこの言葉です。
“Adventure is just bad planning.”
「冒険とは悪い計画にすぎない」
というのが文字通りの意味です。
「冒険というのは準備が足りない時の言い訳にすぎない」
と意訳するとわかりやすくなります。
これは、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセン(Roald Amundsen, 1872-1928)の言葉です。日本では「アムンゼン」とも呼ばれます。
世界で初めて南極点に到達した人物です。

ロアール・アムンセン
Ludwik Szacinski [Public domain], via Wikimedia Commons
アムンセンは1872年にオスロの南東にあるボルゲ(Borge)という町に生まれます。父親は海運業を営んでいました。1888年に同じノルウェー人の探検家フリチョフ・ナンセン(Fridtjof Nansen, 1861-1930)がグリーンランド横断に成功します。少年だったアムンセンは感動して探検家になることを決意します。アムンセンは医師をめざして大学へ進学しますが、中退して船乗りになります。

フリチョフ・ナンセン(1889年撮影)
Ludwik Szacinski [Public domain], via Wikimedia Commons
1897年、アムンセンはベルギーの探検船ベルギカ号(RV Belgica)の航海士として南極探検に参加します。
後に北極点初到達をロバート・ピアリ(Robert Edwin Peary)と争うフレデリック・クック(Frederick Cook)もこの探検に参加します。
ベルギカ号は南極海で流氷に閉じこめられ、結果的に初めて南極で越冬した探検となります。極地探検家をめざしていたアムンセンにとって貴重な経験となります。

氷に閉じ込められたベルギカ号(1898年撮影)
Frederick Cook [Public domain], via Wikimedia Commons
1903年、アムンセンは鋼製漁船ヨーア号(Gjøa)に乗って北西航路の探検に出発します。グリーンランドの西海岸からカナダの北方を通って北部太平洋へ抜ける航路です。
カナダの最北部で二年越冬したアムンセンは、イヌイットから犬ぞりの使い方や獣皮の着方などを学びます。その後アラスカ北方で氷に閉じ込められて三度目の越冬を行った後、ヨーア号は無事にベーリング海峡を通過してアラスカ太平洋岸の港町ノーム(Nome)へ到着します。
こうしてアムンセンは世界初の北西航路横断航海に成功します。ただ途中には水深が1メートルのところもあり、小さなヨーア号は通れても大きな客船や貨物船には使えない航路だったようです。

ヨーア号
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons
アムンセンが次に狙うのは北極点です。
氷に閉じ込められて北極点をめざしたフラム号の冒険を再度行い、今度こそ極点へ立とうというのです。
アムンセンは政治家に転身していた大先輩のフリチョフ・ナンセンからフラム号(Fram)を譲り受け、探検の準備を始めます。北西航路の探検時に退屈から士気が落ちた経験をもとに、大量の本やレコード積み込むことにします。
しかし1909年4月にロバート・ピアリが北極点に到達したことを知り、アムンセンは目標をひそかに南極点に変更します。アムンセンは出資者や隊員にも目標変更を知らせずに南極探検の計画を立案します。
1910年8月、フラム号はノルウェーを出発します。表向きには北極に向けての出発です。船は南西に進路をとりますが、ベーリング海峡から北極へ向かうためには南北アメリカ大陸を周航して太平洋へ回る必要があったため、まったく怪しまれることはありません。

フラム号(1910年撮影)
Anders Beer Wilse [No restrictions], via Wikimedia Commons
スペイン南西沖のマデイラ諸島に寄港した時にアムンセンは初めて南極行きの計画を隊員たちに打ち明けます。賛成できない者は船を降りても構わないとアムンセンは言いますが、隊員たちはこの計画に賛成します。
そこでアムンセンはノルウェーに計画変更を打電します。出資者に対しては、南極を探検してから北極へ向かうという「拡大計画」であると説明します。

フラム号のアムンセン隊(1912年撮影)
アムンセンは中段向かって左から3番目
By Nasjonalbiblioteket [Public domain], via Wikimedia Commons
また、アムンセンは南極探検の途上にあったイギリスのロバート・スコット(Robert Scott)にも次のような電報を打ちます。
“BEG TO INFORM YOU FRAM PROCEEDING ANTARCTIC − AMUNDSEN”寄港地のメルボルンでこの電報を受け取ったスコットはたいへん驚いて動揺したと言われています。
「フラム号南極へ向かわんとす - アムンセン」
また、アムンセンは白瀬

ロバート・スコット
By Henry Maull (1829–1914) and John Fox (1832–1907) [Public domain], via Wikimedia Commons
1911年1月14日、フラム号は南極のロス

フラムハイム(1911年1月の写生画)
By Nasjonalbiblioteket from Norway [No restrictions], via Wikimedia Commons
南半球はまもなく冬を迎えます。アムンセン隊は越冬の準備と探検の準備を進めます。
一方のスコット隊は一足早く1月2日にロス棚氷北西部のロス島に上陸して、基地を設営しています。
アムンセン隊もスコット隊も、半年以上かけて越冬しながら調査や準備を行います。

フラムハイム基地のアムンセン隊(1911-12年撮影)
右側最奥がアムンセン
By Nasjonalbiblioteket from Norway (I Framheims stue, 1911/1912 Uploaded by palnatoke), cropped by Jim Saeki on 2 July 2016 [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons
アムンセンが計画した経路は、ロス棚氷の東の端のフラムハイムから南極点へ直行するものです。
一方でスコットの経路は、ロス棚氷の西の端から南極点へ向かうものです。
1911年10月19日、アムンセンは犬ぞりを用いた計5名の極点アタック隊で南極点へ向けて出発します。
一方のスコット隊は5日後の10月24日に先遣隊が、さらに1週間後の11月1日に本隊が出発します。
アムンセン隊のルートの方が100キロほど短いものでしたが、未踏の地域が多くそれだけ危険が大きなものです。

南極点に出発するアムンセン隊(1911年10月19日)
By Riksarkivet (National Archives of Norway) from Oslo, Norway (Oppstart) [No restrictions], via Wikimedia Commons
アムンセン隊の極点アタックの旅は困難の連続となります。アムンセン自身が乗るそりが氷のクレバスに落下しそうになったり、南極横断山脈にぶちあたって標高3000メートルを超える氷河を越えたりもします。
56日間におよぶ長く困難な旅の果てに、とうとうアムンセンは南極点へ到達します。1911年12月14日のことです。
“So we arrived, and planted our flag at the geographical South Pole. Thanks be to God!”アムンセンは日記にこう記します。
「こうして我らは到着し、我らの旗を南極点に立てた。神に感謝を!」

南極点にひるがえるノルウェーの国旗(1911年撮影)
(左端がアムンセン)
By Olav Bjaaland (1863-1961)[1] [Public domain], via Wikimedia Commons
アムンセンは北極点到達を争ったロバート・ピアリとフレデリック・クックがどちらも決定的な証拠を残していなかったため泥沼の論争になったのを見ています。
アムンセン隊は南極点に3日間とどまり、3人が異なる方法で位置を計測します。そして最も南極点の可能性が高い場所にテントを張って「ポールハイム(極点の家)」と名づけます。
アムンセンはそこに測定データを装置と共に残します。
さらに、南極点の初到達をノルウェー国王に報告する手紙も残します。自分たちが万一帰路に生還できなかった場合に備えて、持ち帰って届けてもらうようにスコットに託そうというのです。

アムンセンと犬たち(1911年撮影)
By Riksarkivet (National Archives of Norway) from Oslo, Norway (På polpunktet) [No restrictions], via Wikimedia Commons
帰路の旅はさらに困難を極めますが、アムンセン隊は99日間かけてフラムハイムに帰還します。
56頭いた犬は11頭に減っていましたが、隊員は無事生還します。
往復の全行程は実に3400キロを超えるものでした。
アムンセンは急いでフラム号で出航し、2ヶ月後にタスマニアに到着して国王や家族や新聞社に南極点到達を打電します。
アムンセンは南極点への初到達の栄誉を手にし、ノルウェーのみならず世界的な英雄となります。
一方、スコットもアムンセンに遅れて南極点に到達しますが、帰路に猛吹雪に襲われて帰らぬ人となります。

表彰されるアムンセン(中央左)(1913年撮影)
中央右は1909年に北極点に初到達したとされたロバート・ピアリ
By Nasjonalbiblioteket from Norway, cropped by Jim Saeki on 1 July 2016 [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons
アムンセンがスコットより先に南極点に到達できた理由は次のように考えられています。
第一に、スコットが学術調査も兼ねて長いルートをとったのに対して、アムンセンは南極点到達のみに目的を絞ってスピードを重視したことが挙げられます。
また、スコット隊では西洋の近代技術を重視したのに対して、アムンセン隊では北西航路探検の経験で得たイヌイットの知恵を有効活用したことがあります。例えばスコットの馬や雪上車は途中で使い物にならなくなりますが、アムンセンは犬ぞりを有効活用します。またスコット隊の牛革製の防寒着は耐水性に難があったのに対して、アムンセン隊のアザラシの毛皮の防寒着はすばらしい耐水性と耐寒性を発揮します。
周到な準備と大胆な行動力。そして調査されていない新しいルートをとった勇気。
このことのわずかな差が二人の運命を分けたのではないでしょうか。

赤線:アムンセンの遠征経路
緑線:スコットの遠征経路
By Shakki, Japanese words added by Jim Saeki on 3 July 2016 [Public domain], via Wikimedia Commons
アムンセンはその後の人生も冒険に捧げます。
1918年にアムンセンは新造船モード号(Maud)で北極点に向け出発します。フラム号と同じように氷に閉じこめられて北極点をめざす航海です。モード号は北極点にこそ到達しなかったものの、2年かけて北欧からロシア北岸を通って北太平洋へ抜ける北東航路の横断航海に初めて成功します。
1925年、アムンセンはドイツ製の飛行艇ドルニエ Do J(Dornier Do J)で北極点へ向かい、北緯87度44分という航空機で到達した最北記録を作ります。

飛行艇ドルニエ Do Jとアムンセン(1925年撮影)
By Preus Museum c/o Paul Berge? (presumed.) (Preus Museum on Flickr) [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons
1926年、アムンセンはイタリア製の飛行船ノルゲ号(Norge)で北極へ向かい、5月12日に北極点上空を通過します。一人で南極点と北極点の両方に到達するという前人未踏の記録です。
しかし1928年、フランス製の飛行艇ラタム 47(Latham 47)で北極を探検している時に、近くで遭難した飛行船イタリア号の捜索に出たアムンセンは消息を絶ちます。55歳の時のことです。

アムンセンの北極探検
実線: 1903年〜1905年の北西航路探検
破線: 1918年〜1920年の北東航路探検
一点鎖線:1926年の飛行船での北極点通過
By Nzeemin, Japanese words added by Jim Saeki on 3 July 2016 [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
“Adventure is just bad planning.”
冒険というのは準備が足りない時の言い訳にすぎない。
周到な準備によって数々の冒険から危険要素をできるだけ取り除き、目的達成と無事帰還を繰り返してきたアムンセン。
アムンセンの命を奪ったのは、他人の救助活動という十分な準備ができない非常事態でした。
それでもあえて救出に向かったアムンセンの行動に世界中の人が感動し、その死を悼みました。
1957年、南極点の至近距離に建設されたアメリカの観測基地が、アムンセンとスコットに敬意を表して「アムンセン・スコット南極基地(Amundsen-Scott South Pole Station)」と名付けられました。今では夏期には200人、越冬時でも100人を超える人員が観測活動などを行っています。

アムンセン・スコット基地(2009年撮影)
Daniel Leussler [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。
【動画】“Amundsen OFFICIAL INTERNATIONAL TRAILER (『アムンセン』公式国際版予告編)”, by SF Studios International Sales, YouTube, 2019/01/28
【関連記事】第336回:“May Norwegians show the way!” ―「ノルウェー人よ、道を示したまえ!」 (フリチョフ・ナンセン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年07月4日
【関連記事】第337回:“The Pole at last!!!” ―「ついに極点だ!!!」 (ロバート・ピアリ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年07月7日
【参考】Wikipedia(日本語版,英語版)
【参考】“The Race to the South Pole (南極点への競争)”, By Sian Flynn, BBC, Last updated 2011-03-03
【参考】“栄光と悲劇 −アムンセンとスコット−”, 歴史ロマン研究会 オンライン
【動画】“Amundsen OFFICIAL INTERNATIONAL TRAILER (『アムンセン』公式国際版予告編)”, by SF Studios International Sales, YouTube, 2019/01/28
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