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2015年11月23日

第259回:“England expects that every man will do his duty.”―「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する」(ネルソン提督)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。

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By No machine-readable author provided. Tkgd2007 assumed (based on copyright claims). [GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons

第259回の今日はこの言葉です。
“England expects that every man will do his duty.”
「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する」
という意味です。
主語が英国になっていますね。
これはイギリス王立海軍の提督ホレーショ・ネルソン(Horatio Nelson, 1st Viscount Nelson KB, 1758-1805)の言葉です。

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ホレーショ・ネルソン(Horatio Nelson, 1758-1805)
By Lemuel Francis Abbott [Public domain], via Wikimedia Commons

ホレーショ・ネルソンは、イングランド東部のノーフォーク(Norfolk)にあるバーナム・ソープ(Burnham Thorpe)という村の牧師の家に生まれました。
父親が病気で生活が苦しくなったため、ネルソンは海軍軍人だった叔父モーリス・サックリング大佐(Maurice Suckling, 1726 - 1778)を頼って12歳の時に海軍に入り、叔父が艦長を務める3等級戦列艦(Third-rate ship of the line)「レイゾナーブル(HMS Raisonnable)」に乗艦します。「戦列艦」とは側面に大砲が並んだ木造帆船で、当時の海軍の主力艦のことです。
ネルソンはその頃からひどい船酔いに苦しまされたそうです。
経験を積むために民間船に勤務して大西洋を2度横断したり、北洋航海に参加して北緯80度を超える地点まで到達したりした後、ネルソンは東インド(East Indies)へ向かうフリゲート艦に配属され、イギリスの東インド会社(East India Company)の商船を護衛する任務につきます。そこでネルソンは初めての海戦を経験したりしますが、3年後にマラリアにかかって帰国します。

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ネルソンの叔父モーリス・サックリング大佐(Maurice Suckling, 1726 - 1778)
海軍でネルソンの後見人だった。
By Thomas Bardwell (died 1767) [Public domain], via Wikimedia Commons

その翌年の1777年、ネルソンは昇進試験に合格して少尉となります。18歳の時です。
ネルソンはフリゲート艦に配属されてカリブ海の西インド諸島に向かいます。
1776年に独立を宣言したアメリカとの間に続いているアメリカ独立戦争(American War of Independence, 1775-1783)はカリブ海にも及んでいます。ネルソンはいくつもの海戦で活躍したり、さらには船を指揮してカリブの島々を探検したりします。ネルソンが艦隊旗艦の勤務となった1778年、フランスがアメリカ側で参戦し、ネルソンが所属する艦隊はフランス艦隊との海戦でさらに活躍します。その年末にネルソンは中佐に昇進して軽帆船の艦長となり、翌年に勅任艦長としてフリゲート艦の指揮をとります。ネルソンが21歳の時です。
そして1787年、西インド諸島のネヴィス島で知り合ったフランシス・ニズベットと結婚します。

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1781年、23歳のネルソン
John Francis Rigaud [Public domain], via Wikimedia Commons

1789年に起きたフランス革命の後、イギリスやオーストリアなど旧体制の国々は革命の波及を恐れてフランス革命政府をつぶしにかかります。フランス革命戦争(French Revolutionary Wars, 1792-1892)です。
ネルソンは64門3等級戦列艦(64-gun third-rate ship of the line)「アガメムノン(HMS Agamemnon)」の艦長となり地中海方面に派遣されます。1794年にはコルシカ島で陸上戦闘を指揮し、負傷により右目の視力を失います。
1796年、ネルソンは戦隊司令官に昇進します。フランス革命戦争にフランス側で参戦したスペインの艦隊とポルトガル沖で戦ったサン・ビセンテ岬の海戦(Battle of Cape St Vincent, 1797)では2隻の敵艦を拿捕するなどの活躍を見せたネルソンは、青色艦隊少将(Rear admiral of the blue)となります。
ネルソンは同年、アフリカ大陸北西部に浮かぶカナリア諸島(Canary Islands)の攻略戦で右腕を負傷して切断します。

翌1798年、ネルソンは地中海分遣艦隊を率いてフランス南東部のトゥーロン軍港の封鎖任務につきます。
フランス革命政府の方面軍司令官だったナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte, 1769-1821)がエジプトへ遠征するのを阻止するのが目的です。
しかしネルソンは嵐の隙に出港したフランス艦隊をとり逃がしてしまい、結果的にナポレオンのエジプト上陸を許してしまいます。しかしエジプト北部のアブキール湾に停泊していたフランス艦隊を発見し、ほぼ互角の戦力で激突します。ナイルの海戦(Battle of the Nile, 1798)です。ネルソンは夕闇の中、水深の浅いアブキール湾で座礁の危険も顧みずに艦隊を突撃させ、戦列艦の3隻を炎上させ9隻を鹵獲ろかくします。イギリス艦は1隻も失われない完全勝利です。
この戦いの結果、地中海の制海権は完全にイギリスが押さえます。ナポレオンは本国との連絡を絶たれて、エジプトに孤立します。
ネルソンは常勝提督として名声を高め、1801年に中将に昇進します。
彼は各国からの畏怖の対象にもなり、特にフランス海軍にはネルソン恐怖症が広がります。

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ナイルの海戦(Battle of the Nile, 1798)
Thomas Luny [Public domain], via Wikimedia Commons

イギリスはこれを機にロシア帝国やオスマン帝国、オーストリア帝国に呼びかけてフランス包囲網をつくります。オーストリアは北イタリアを奪還し、さらにフランス侵攻を狙います。
ナポレオンはエジプトを脱出し、単身フランスへ戻ります。クーデターで時の総裁政府(Le Directoire)を倒して実権を掌握したナポレオンは、直ちにアルプス越えで北イタリアを再奪還します。
1803年にナポレオンはみずから皇帝につき、その勢いで敵対する周辺諸国と戦端を開きます。
ナポレオン戦争(Napoleonic Wars, 1803-1815)です。

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第二次イタリア遠征でアルプス越えを指揮するナポレオン
Jacques-Louis David, 1801 [Public domain], via Wikimedia Commons

ナポレオンがまず侵攻をくわだてたのは、ほかならぬイギリスです。ナポレオンはイギリス侵攻のために、ドーバー海峡に面したブローニュに精鋭15万、全将兵35万の大兵力を集結させます。
その上陸作戦を援護すべく編成されたフランスとスペインの連合艦隊がネルソン率いるイギリス艦隊と激突したのがトラファルガーの海戦(Battle of Trafalgar, 1805)です。
主力艦である戦列艦はイギリス艦隊27隻に対してフランス・スペイン連合艦隊が33隻。イギリス艦隊は圧倒的に不利と思われていました。
そんな戦いに臨んでネルソンが味方の全艦艇に呼びかけたのが今日の言葉です。

“England expects that every man will do his duty.”

「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する」

このメッセージは信号旗を用いた旗旒きりゅう信号(Flag Signalling)で掲げられます。前回の記事でもご紹介しましたね。

0259-england_expects_signal.png
掲揚された信号旗。左からこの順番で全部で12回、通して掲揚することにより、
“England expects that every man will do his duty”
となる。(Wikipediaより)
By Ipankonin (Vectorized from raster image) [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY-SA 2.5-2.0-1.0], via Wikimedia Commons

信号文を確認した各艦では歓声が上がり、士気は大いに高まったそうです。
まさに歴史に残る名文句です。
ネルソンは続けて、「接近戦を行え」の指示を送り、旗艦「ヴィクトリー(HMS Victory)」で真っ先に敵艦隊のど真ん中に突進します。
当時の海戦では、並走して大砲を撃ち合うのが定石でしたが、ネルソンは敵陣の側面に一直線に突進して敵艦隊を分断し、分断した敵の半分に集中砲火を浴びせて殲滅をはかります。後にネルソン・タッチ(Nelson Touch)と呼ばれる常識破りの新戦術です。
この戦法によって戦いは乱戦模様となりながらも、敵艦が次々に炎に包まれます。

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トラファルガーの海戦におけるネルソン・タッチの図。
イギリス艦隊は赤。上の矢印の先頭がネルソンの乗艦ヴィクトリー。
(Wikipediaより)
By Pinpin [GFDL or CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

旗艦ヴィクトリーは何度も艦隊の先陣を切って突撃します。この戦法は攻撃の効果を最大化できますが、先頭の艦は敵の集中砲火を浴びてしまいます。
ネルソンは何度も部下から身を隠すように進言されますが、決して逃げることをしません。敵の銃砲の攻撃が集中する甲板で、ネルソンは常に部下の見える位置で優雅に指揮をとったそうです。
しかし近接した敵艦からの銃弾がついにネルソンをとらえます。
倒れたネルソンは勝利しつつある海戦の戦況の報告を受け、

“Thank God I have done my duty.”

「神に感謝する。私は義務を果たした。」
と言い残します。

“God and my country.”

「神よ、祖国よ」
これがネルソンの最後の言葉だったと記録されています。

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絵画に描かれたネルソンの死
Daniel Maclise [Public domain], via Wikimedia Commons

この海戦で、フランス・スペイン連合艦隊は撃沈1隻、捕獲破壊18隻と完膚なきまで叩きのめされます。
一方のイギリス艦隊は1隻も失うことがありませんでした。まさに完全勝利です。
この海戦でフランスは制海権を失い、ブローニュに集結した35万の上陸部隊は動きを封じられます。

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ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner, 1775-1851)の絵画「トラファルガーの海戦(La bataile de Trafalgar)」に描かれたネルソンの信号
「義務(DUTY)」という単語の最後の3文字の[U][T][Y]と「以上文章終わり」を意味する旗が掲揚されている。(Wikipediaより)
"J M W Turner-La bataile de Trafalgar". Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons.

“England expects that every man will do his duty.”
英国は各員がその義務を尽くすことを期待する。

祖国イギリスがナポレオン軍に蹂躙される危機を救ったネルソン。
戦傷で隻眼、隻腕となったのは常に最前線で指揮をとっていた証拠です。
そしてトラファルガーの海戦でも最前線で敵弾に倒れます。
海戦の翌年、ネルソンはセント・ポール大聖堂(St Paul's Cathedral)に葬られます。
中将からの昇進は行われず、王として葬られます。そして君主以外では初めての国葬です。
ネルソンは今でもイギリス最大の英雄として讃えられています。
トラファルガー広場(Trafalgar Square)の中心にあるネルソン記念柱(Nelson's Column)の頂上からは、ネルソンの像が今もロンドンの街を見守っています。

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トラファルガー広場のネルソン記念柱の頂点にあるネルソン像
(中央で横たわっているのがネルソン)
By Diliff (Own work) [CC BY-SA 2.5], via Wikimedia Commons

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

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イギリスの空母イラストリアス(HMS Illustrious)
飛行甲板に人文字でネルソンの言葉の冒頭“ENGLAND EXPECTS(英国は期待する)”が描かれている
Photo: PO(Phot) R-Stevensen/MOD [OGL], via Wikimedia Commons


【動画】“Battle of Trafalgar | Greatest Battles(トラファルガーの海戦)”, by History Answers, YouTube, 2016/06/15

【関連記事】第88回:“The word impossible is not French.”―「余の辞書に不可能はない」(ナポレオン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年09月08日
【関連記事】第258回:“SOS”―「われ遭難せり」(遭難信号、タイタニック号など), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年11月16日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版




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posted by ジム佐伯 at 07:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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