英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。
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第256回の今日はこの言葉です。
“Keep calm and carry on.”「冷静を保って継続しよう」
「うろたえずに続けよう」
という意味です。
いったい何を続けるのでしょうか。
この言葉、イギリスを訪れた人は一度は目にしたことがあると思います。
空港や街角のおみやげ屋さんで、赤字に白い文字でこの言葉が描かれたマグカップやマグネット、キーホルダーやスマホカバーを見たことはないですか。
背景がユニオンジャックだったり、ほかの色だったり、少し違った別の言葉が書かれていたりするかもしれません。
どれも文字の上に王冠の紋章が描かれています。
今日の言葉、すべては一つのシンプルなポスターから始まります。
ポスター 冷静に、戦い続けよ Keep Calm and Carry On (Red)
ミレニアムで世界が沸いた2000年、イングランド北部、スコットランドにほど近いノーサンバーランド (Northumberland)のアニック(Alnwick)という町にあるバーター・ブックス(Barter Books)という古書店での出来事です。
ある日、店の主人がオークションで仕入れた古本を整理していると、箱の中から大判のポスターが出てきます。
真っ赤な背景に白い文字で
“KEEP CALM AND CARRY ON”
と書かれ、文字の上部には白い王冠の紋章が描かれています。
店の主人がこのポスターを額に入れて店のレジ横に飾ったところ、訪れる人々の関心をひき、大きな評判となります。
いったいこのポスターは何なのでしょうか。

バーター・ブックスで見つかったポスター
By UK Government (UK Crown Copyright - expired) [Public domain], via Wikimedia Commons
実はこれ、イギリス政府が作ったポスターなのです。
王冠はイギリスの王と国家の象徴である「チューダー・クラウン(Tudor Crown)」。
主に20世紀の前半、イギリス政府の公式なロゴとして使われていました。
赤い円筒型の郵便ポストや赤い電話ボックスなどにもついていますね。
切手の透かしなどにも使われていました。
チューダー・クラウンが冠された政府作成のこのポスター、まさに女王陛下が国民に呼びかけるメッセージなのです。

電話ボックスとチューダー・クラウン
(ロンドンのコベント・ガーデンにて)
By Keven Law [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons
時に1939年の春、ヨーロッパはナチスドイツが軍備拡大を続けており、一触即発の状態にありました。
ドイツとの戦争が勃発すれば、数時間でイギリスの大都市に対する空襲や毒ガス攻撃が行われると考えられていました。
イギリス政府はパニックによる国民の戦意喪失を防ぐため、平静を呼びかけて士気を高めるメッセージが必要であると考えました。
こうしてイギリス情報省(Ministry of Information)が製作したのが、このポスターです。
デザインは複雑で凝ったものにするとかえって街なかのほかのポスターにまぎれてしまうので、思い切って無地のシンプルなものとなり、色彩も工夫されました。
“Keep calm and carry on.”
「うろたえずに続けよう」
よく「戦争を続けよう」と訳されますが、この時点では戦争はまだ始まっていません。
「落ち着いて、日常の生活を続けよう」という意味なのだと思います。
慌てず騒がす、淡々と日々やるべきことやることが大事なのです。
何を続けるのかを敢えて明確に書かないところがいかにもイギリスらしいと思います。

By Vector conversion by Mononomic (United Kingdom Government) [Public domain], via Wikimedia Commons
ポスターはこのほかに2種類作られました。
一つが緑色の背景に白い文字の、
“FREEDOM IS IN PERIL
DEFEND IT WITH ALL YOUR MIGHT”
「自由が危機に瀕している
全力で防衛しよう」
というもの。

By Vector conversion by Ericmetro [Public domain], via Wikimedia Commons
もう一つが紫紺の背景に白い文字の、
“YOUR COURAGE
YOUR CHEERFULNESS
YOUR RESOLUTION
WILL BRING US VICTORY”
「あなたの勇気と元気と決意が
我々に勝利をもたらす」
というものです。

By Vector conversion by Ericmetro [Public domain], via Wikimedia Commons
これらのポスターは1939年8月23日に印刷が開始されます。
そしてそのわずか一週間後の9月1日、ドイツ軍が突如ポーランドに侵攻します。イギリスとフランスは9月3日にドイツに宣戦布告。第二次世界大戦の始まりです。
ポスターの印刷は宣戦布告後も続きます。
緑色の“FREEDOM IS IN PERIL”のポスターは40万枚印刷されます。
紫紺の“YOUR COURAGE”のポスターは80万枚印刷されます。
色は必ずしも緑と紫紺だけでなく、赤系統のポスターも作られたようです。
これらのポスターは街頭に貼られ、多くの人が目にします。
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真紅の“KEEP CALM AND CARRY ON”は、実に250万枚印刷されます。
しかし大量に印刷されたこのポスターは、すぐには貼り出されませんでした。
戦線布告後のおよそ半年、ドイツはイギリスとフランスに和平工作をおこなったりして、西部戦線では戦闘らしい戦闘は行われず、「まやかし戦争(Phoney War)」と呼ばれたりもします。
そこでイギリス政府は、大空襲やドイツ軍のイギリス本土上陸などの深刻な危機が起きた時のためにこのポスターを温存することに決定します。ドイツが本土に上陸した時には24時間以内にこのポスターが貼り出されることになっていたそうです。
しかしそのうちに大きな政府予算を投じたポスターの文言に対する批判が起こり、心理的効果にも疑問の声が上がります。さらに深刻な紙不足が起きたこともあり、保管されていた250万枚のポスターの廃棄が決定されます。大量のポスターがパルプにされ、再生紙の原料となります。1940年4月のことです。
しかし翌月の5月10日、ドイツ軍は突如ベルギー、オランダ、ルクセンブルクに侵攻します。ドイツ軍は電撃的にフランスへも侵攻、フランス・イギリスの連合軍はドーバー海峡に面するダンケルクに追い詰められてイギリス本土へ撤退します。そして6月22日、フランスはドイツに降伏します。

フランスへ侵攻するドイツ軍の戦車
Bundesarchiv, Bild 101I-382-0248-33A / Böcker / CC-BY-SA 3.0 [CC BY-SA 3.0 de], via Wikimedia Commons
その後ドイツ軍はイギリス本土への侵攻をくわだて、8月から激しい空襲を開始します。バトル・オブ・ブリテン(Battle of Britain)の始まりです。
空襲の目標も当初は軍事施設に限られていましたが、次第に都市の一般市民が攻撃されるようになります。ロンドンも9月から連続57日間の空襲に始まり、実に8ヶ月ものあいだ激しい大空襲にさらされます。その間4万人以上の民間人が犠牲となり、100万世帯以上の家屋が損害を受けます。ほかにも多くの都市が目標となり、激しい空襲で焼き払われます。

ロンドン空襲で破壊されたセント・ポール大聖堂(St Paul's Cathedral)
By H.Mason (http://www.bbc.co.uk/news/magazine-12016916) [Public domain], via Wikimedia Commons
予想された大空襲が現実のものとなり、国家存亡の危機に立たされたイギリス。
アドルフ・ヒトラーの目的は、イギリス人と政府の戦意を喪失させ、降伏させることです。
今こそ250万枚も印刷した“KEEP CALM AND CARRY ON”を貼り出す時です。
しかしこの時すでに、そのポスターは再生紙の材料に変わり果ててしまっていました。
印刷を始めたのがドイツがポーランドへ侵攻する10日前。
これは素晴らしいタイミングでした。
廃棄したのがドイツがフランスへ侵攻する1ヶ月前。
これは何とも皮肉なタイミングだったと言えましょう。
しかしイギリスの士気は砕かれません。人々は空襲を避けて地下へ潜り、地下鉄の駅の構内が避難所となります。
連合軍は空軍を中心に激しく抵抗し、ドイツ空軍の被害も大きくなります。
そのうちヒトラーの関心は東部戦線の対ソ戦に移って行きます。

ロンドン空襲で地下鉄構内に避難する人々
From the collections of the Imperial War Museum [Public domain], via Wikimedia Commons
結局、第二次世界大戦を通してイギリスはドイツの上陸を許すことなく、連合軍は勝利します。
250万枚の真紅のポスターは日の目を見ることなく、歴史の隙間に忘れ去られます。
そして半世紀以上もたった2000年、再発見されるのです。
店頭に貼ったポスターが評判となった古書店バーター・ブックスは、ポスターの複製を印刷して売り出します。
復刻ポスターは大いに売れます。
過去イギリスが国家存亡の危機を耐え抜いた不屈の精神の象徴として、現代のイギリス人たちの心をつかんだのです。
エコノミスト誌(The Economist)の記事では、
“It taps directly into the country's mythic image of itself: unshowily brave and just a little stiff, brewing tea as the bombs fall.”と書かれています。
「勇気と不屈の意思を秘めて、爆弾が降る中でも紅茶を入れているというイギリスの神話的なイメージをこのポスターは率直に思い起こさせる」
確かにイギリス人が好む姿勢、そうありたいと思っている生き方なんですね。

バーター・ブックスのポスター通販サイト
ポスターには著作権が消失していてパブリック・ドメインの状態にあったため、多くの業者が次から次へとポスターやマグカップ、冷蔵庫にはるマグネット、Tシャツなどを商品化します。
さらには文言を変えた様々なパロディ商品がみやげ物屋に並びます。
本のタイトルや表紙、CDのタイトルやジャケットにも使われます。
まさに大ヒット商品、というか大ヒットデザインとなったのです。

パロディグッズが並ぶ店頭
“KEEP CALM AND DRINK WINE”(冷静にワインを飲もう)
“KEEP CALM AND DRINK TEA”(冷静に紅茶を飲もう)
“KEEP CALM AND EAT CHOCOLATE”(冷静にチョコレートを食べよう)
“KEEP CALM AND ROCK ON”(冷静に思う存分楽しもう)
などがある。
"Keep Calm merchandise" by GrindtXX - Own photo. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikipedia.
“Keep calm and carry on.”
冷静に続けよう。
イギリス人の不屈の精神を象徴するこの言葉。
2000年代後半の金融危機でもこの言葉が取り上げられ、冷静さを失わないよう人々に呼びかけられました。
2005年のロンドン地下鉄テロの時も、すぐにいつも通りの生活に戻ろうという呼びかけが行われました。
2011年の東日本大震災の時にも、日本でこの言葉が紹介されたそうです。
第二次大戦の時には日の目を見ませんでしたが、半世紀を超えて人々の心を打ちました。
パロディー商品も大ブレイクし、イギリス土産の代表格の一つになっています。
どんな時も冷静さを失わず、やるべきことを続ける。
僕たちも忘れないようにしたいものですね。
【動画】“The Story of Keep Calm and Carry On(「Keep Calm and Carry On」の物語)”, by Barter Books channel, YouTube, 2012/02/28
それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。
【関連記事】“第255回:“Mind the gap.”―「すき間にご注意下さい」(ロンドン地下鉄)”, ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年11月06日
【参考】Wikipedia(日本語版,英語版)
【参考】“Keep Calm and Carry On – The Compromise Behind the Slogan(「冷静に続けよう」- 標語の裏にあった妥協)”, by Dr Henry Irving, Blog - History of government, GOV.UK, 27 June 2014
【参考】“Keep calm, but don't carry on(冷静に、でも続けるな)”, by bagehot, The Economisc, Oct 7th 2010
【参考】“Remixed Messages(リミックスされたメッセージ)”, by Rob Walker, The New York Times, July 1, 2009
【参考】“The greatest motivational poster ever?(史上最も偉大な戦意高揚ポスター?)”, by Stuart Hughes, BBC News, 4 February 2009
【参考】“世界中で大流行!「Keep Calm and Carry On」の知られざる秘密”, by ishidakenさん, アトコレ, 2013年9月18日
【参考】“Keep Calm And ... 「英国」を感じる画像”, by nofrillsさん, NAVERまとめ, 2012年05月09日
【動画】“The Story of Keep Calm and Carry On(「Keep Calm and Carry On」の物語)”, by Barter Books channel, YouTube, 2012/02/28
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