英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。
By Heartoftheworld (photo by Heartoftheworld) [GFDL or CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
第242回の今日はこの言葉です。
“Nobody likes being alone that much.”「そんなに孤独が好きな人なんていない。」
という意味です。
これは、村上春樹の小説『ノルウェイの森』(1987年)に出てくる言葉です。
英語版のタイトルは“Norwegian Wood”。
1989年にアメリカ人の翻訳家アルフレッド・バーンボーム(Alfred Birnbaum, 1955-)が翻訳して講談社英語文庫で発売されました。この翻訳は後に絶版になっています。
その後アメリカの日本文学研究者でハーバード大学の元教授でもあるジェイ・ルービン(Jay Rubin, 1941-)が翻訳し、2000年にイギリスとアメリカで発売されました。
この作品は2010年に映画にもなっています。ベトナム生まれパリ育ちのトラン・アン・ユン(Trần Anh Hùng/陳英雄, 1962-)が監督しました。出演は松山ケンイチ(Kenichi Matsuyama, 1985-)、菊地 凛子(Rinko Kikuchi, 1981-)、水原希子(Kiko Mizuhara, 1990-)です。
Norwegian Wood (英語版)
主人公のワタナベトオル(Toru Watanabe)は「僕」という一人称で語られます。
英語では“I”です。村上春樹のおなじみの語り口です。
1968年の春、「僕」は神戸の高校を卒業して東京の寮で暮らしながら私立大学に通います。大学では学生運動が真っ盛り。しかし「僕」は学生運動や周囲の学生たちとは一定の距離を保ちます。
このあたりの経歴や年代は村上春樹本人とほぼ一致しています。
『ノルウェイの森』が村上春樹の自伝的小説とも言われる
Norwegian Wood (Vintage International Original) [Kindle版]
「僕」は5月に中央線の車内で直子(Naoko)と偶然出会います。直子は高校時代の同級生で、親友キズキ(Kizuki)の幼なじみの恋人でした。高校3年の5月にキズキが自殺して以来、1年ぶりの再会です。
直子は武蔵野のはずれにある女子大に通っていて、国分寺でひとり暮らしをしています。キズキの自殺に深く傷つき精神的にも不安定だった直子と「僕」はいつしか頻繁に会うようになります。
翌年4月、直子の20歳の誕生日の夜に「僕」は直子と結ばれます。
しかしその直後、直子は突然「僕」の前から姿を消してしまいます。
La ballade de l'impossible (フランス語版)
3ヶ月後、ようやく直子から手紙が届きます。直子は大学を休学して神戸の実家に戻り、医師の診察をしばらく受けた後、今は京都の山中にある療養所に入っているとのことです。今の自分には世間から離れた静かな所で精神を休めることが必要なのだと直子は書いています。
手紙には、今あなたと会うことはできない。会いたくないのではなく、会う準備ができていないのだと書かれています。
Naokos Lächeln (ドイツ語版)
そんなある日、「僕」は大学の学生食堂である女子学生に声をかけられます。
二週間ほど一人で徒歩旅行をしていたという「僕」に彼女は「孤独が好きなの?」と訊ねます。
そこで僕が答えたのが今日の言葉です。
「孤独が好きな人間なんていないさ」
“Nobody likes being alone that much.”
노르웨이의 숲 (韓国版)
「無理に友達を作らないだけ。そんなことしたってガッカリするだけだから」
“I don't go out of my way to make friends, that's all. It just leads to disappointment.”
「僕」はそう続けます。
この頃から村上春樹の作品の主人公のしゃべり方は変なのですが、どうやら彼女は気に入ったようです。
“I love the way you talk.”
「私、あなたの喋り方すごく好きよ」
彼女の名はミドリ(Midori)。「僕」と同じ大学で同じ演劇論の授業をとっています。
それから「僕」はミドリとときどき会うようになります。
「僕」は直子のことが気になりながらも、自由奔放なミドリにも惹かれていきます。
【動画】“ノルウェイの森(プレビュー)”, by Fuji TV Movie Store, YouTube, 2012/12/18
『ノルウェイの森』は村上春樹の5作目の長編小説です。ギリシャとローマ、そしてロンドンで執筆されたそうです。
それまでの長編とは異なり、羊男や異世界などのファンタジー要素は出てきません。徹底的にリアリズムの手法で書いたと村上春樹は語っています。
洒落た会話や気の利いた比喩も健在で、孤独や喪失、死や痛みなど、その後の作品でも繰り返し語られる要素も出そろう村上春樹の原点のような作品です。また、海外で執筆するというスタイルを確立した作品でもあります。
ただファンタジー要素がないだけに、文体や主人公に共感できない場合は徹底的に共感できないことになってしまいます。この作品から村上春樹に入って村上春樹を嫌いになってしまう人が多いらしいのはそのせいかもしれません。
そんな意味で、最新の長編『色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の年(Colorless Tsukuru Tazaki and His Years of Pilgrimage)』(2013年)ときわめて似た作品であると言えましょう。
ノルウェイの森 [DVD]
タイトルの由来となったのはビートルズの曲『ノルウェーの森(Norwegian Wood)』(1965年)です。
作中ではオープニングと中盤、そしてエンディング近くで印象的に使われています。
日本語タイトルは『ノルウェーの森』ですが、これは誤訳だという説があります。『ノルウェー産木材の部屋』が正しいのだというのです。
しかし僕はビートルズの曲のタイトルとしては『ノルウェーの森』の方が圧倒的にいいと思います。『ノルウェー産』って、スモークサーモンじゃないんですから。
【動画】“Norwegian Wood (『ノルウェーの森』)”, by Peter Markellos, YouTube, 2012/06/16
村上春樹も『ノルウェーの森』のタイトルには一言あるようで、著書『「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?』(2000年)の中で、
「ところでビートルズの“ノルウェイの森”というタイトルが誤訳かどうかという論争が以前からあって、これについて書き出すとかなり長くなります」
と語っています。
そして別の著書『村上春樹 雑文集』(2011年)で、村上春樹は『ノルウェー産木材の部屋』とは別の説を紹介しています。
ラバー・ソウル [Analog]
小説『ノルウェイの森』は34の言語に翻訳され、世界中で読まれています。
英語タイトルはそのまま“Norwegian Wood”です。
ヨーロッパの国々はこの英語タイトルをそのまま使ってるものが多いです。
本家(?)のノルウェー語版も“Norwegian Wood”です。
中国・台湾の“挪威的森林”(ヌォウェイダー・センリン)も「ノルウェイの森」という意味です。
挪威的森林 (中国語版)
ちょっと変わったタイトルもあります。
フランス語版は“La Ballade de l'impossible”(ラ・バラド・ドゥ・リンポスィブレ)、「不可能のバラード」という意味です。
トルコ語版は“İmkansızın Şarkısı”(インキャンスィズィン・シャーキスィ)、こちらも「不可能の歌」です。
ドイツ語版は“Naokos Lächeln”(ナオコス・レッヒェルン)、これは「直子の微笑み」という意味です。
タイ語版は“ด้วยรัก ความตาย และหัวใจสลาย”(ムーラ・コンサイ・レイウォツェイセライ)、「愛と死と悲嘆と」といったところです。
お隣り韓国の“상실의 시대”(サンシレ・ジデ)は「喪失の時代」という意味です。
(しかしその後の別の翻訳からは“노르웨이의 숲”(ドゥルーイ・イェイソー)(ノルウェイの森)が使われています。)
(読み方のカタカナは、いつもの通り適当です。)
どれもなかなか雰囲気が出ていると思います。
Norwegian Wood (イタリア語版)
面白いのはイタリア語版です。
最初は“Tokyo Blues”(東京ブルース)というタイトルでした。
村上春樹はこのことについて、次のように語っています。
「当地では『ノルウェイの森』が『トーキョー・ブルース』という脳天気なタイトルで売られているので、この前契約更改の際に原題に戻してくれと申し入れたのですが、『いやだ』という返事が返ってきました。困ったもんです。もうなんでもいいや、という気がしなくもないですが」
この申し入れが功を奏したのか、2006年からは無事に“Norwegian Wood”というタイトルで再発売されています。
しかしスペイン語版では今でも“Tokio Blues”(東京ブルース)として絶賛発売中です。
村上春樹もスペイン語版までは目が届かなかったのでしょうか。スペイン語人口はイタリア語人口よりもはるかに多いんですけどね。
困ったもんです。もうなんでもいいや、という気がしなくもないですが。
Tokio Blues: Norwegian Wood (スペイン語版)
この作品が日本で発売されたのはバブル景気まっさかりの1987年。
村上春樹本人が手がけた赤と緑の上下巻に、これまた村上春樹本人が作った「100%の恋愛小説」というキャッチコピーのついた帯がかけられ、店頭に山積みされました。
本は飛ぶように売れ、社会現象となります。
それまでも知る人ぞ知る人気作家だった村上春樹ですが、この作品で皆が知っている国民的作家となります。
その後もこの作品は売れ続け、2009年までの累計出荷数は実に1000万部を超えています。
単純計算で国民の10人に1人に迫る出荷数です。出荷数だけでこの数字ですから、家族や友達、図書館などから借りたり中古の本を買ったりして読んだ人もあわせたらもっと多いのはないでしょうか。
『ノルウェイの森』の初版本とその帯
By Heartoftheworld (photo by Heartoftheworld) [GFDL or CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
“Nobody likes being alone that much.”
孤独が好きな人間なんていないさ。
孤独が好きではないのに、いつも孤独を感じている主人公の「僕」。
でも直子と偶然再会したりミドリから声をかけられたり、実は全然孤独ではない「僕」。
はたして「僕」は直子と会うことができるのでしょうか。
直子は立ち直ることができるのでしょうか。
「僕」とミドリの関係はどうなるのでしょうか。
それは作品をご覧になって下さい。
映画『ノルウェイの森』撮影地の記念碑(兵庫県・砥峰(とのみね)高原)
By 663highland (Own work) [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY 2.5], via Wikimedia Commons
それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。
【関連記事】第240回:“You can hide memories, but you can't erase the history.”―「記憶を隠すことはできても、歴史を消すことはできない」(沙羅)(村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』より), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年09月17日
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【関連記事】第112回:“I will always stand on the side of the egg.”―「僕はいつだって卵の側に立つ」(村上春樹), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年10月20日
【参考】Wikipedia(日本語版,英語版)
【参考】“映画『ノルウェイの森』感想”, by fujiponさん, 琥珀色の戯言, 2010-12-12
【参考】“ノルウェイの森”, by ジョゼッペさん, 徒然なる日常, 2012年12月14日
【参考】“『ノルウェイの森』75点(100点満点中)”, by 前田有一さん, 超映画批評, 2010年12月11日
【参考】“映画感想「ノルウェイの森」”, by リスケさん, 三匹の迷える羊たち, 2011年03月16日
【動画】“ノルウェイの森(プレビュー)”, by Fuji TV Movie Store, YouTube, 2012/12/18
【動画】“Norwegian Wood (『ノルウェーの森』)”, by Peter Markellos, YouTube, 2012/06/16
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