英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。
Shiretoko-Shari Tourist Association, 11 September 2004 [Attribution], via Wikimedia Commons
第162回の今日はこの言葉です。
“The quick brown fox jumps over the lazy dog.”「すばしっこい茶色のキツネがのろまな犬を飛びこえる。」
という意味です。
これは英語のパングラム(pangram)という言葉遊びの文の一つです。
By Brandenads (Own work), 2007 [Public domain], via Wikimedia Commons
パングラムとはアルファベット26文字すべてを使って、ちゃんと意味が通じる文を作るものです。
重複ができるだけ少ないものが高く評価されます。略語を使ってもよいですが、使わないほうがよいとされます。
この例では、“the”の重複はありますが、すべて非常に簡単な単語でちゃんと意味が通じる文になっています。これで35文字ですので、文字の重複はわずか9文字に留まっています。
すべての文字が使われているので、タイプライターのテストに使われたり、パソコンなどのフォントのサンプルなどに使われます。
19世紀後半から使われていて、アメリカの通信会社ウェスタンユニオン(The Western Union Company)では電報やテレックスの点検用に使っていました。今でもマイクロソフト(Microsoft)のWindowsではTrueTypeフォントなどのサンプルに使われています。
フォントのサンプルに使われるパングラム
By OpenOffice.org community (Screenshot of free program OpenOffice), 11 January 2009 [GPL], via Wikimedia Commons
もっと短いパングラムもあります。
“Sphinx of black quartz, judge my vow.”これは29文字です。“a”と“o”と“u”しか重複していません。母音はどうしても足りなくなってしまうんですよね。
「黒い水晶のスフィンクスよ、わが誓いを審判せよ。」
By en:User:Hajor, 13 December 2002 [CC-BY-SA-1.0, GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons
“Waltz, bad nymph, for quick jigs vex.”これは28文字です。“a”と“i”しか重複していません。だんだん意味が通らなくなってきているのはご愛嬌ですが、そろそろ限界でしょうか。
「ワルツを踊れ、悪い妖精(ニンフ)よ。素早い治具が悩ませるから」
By Elihu Vedder, from Metropolitan Museum of Art, NY, 1885 [Public domain], via Wikimedia Commons
いえいえ、そんなことはありません。26文字すべてが一度しか使用されないパングラムもあります。これを完全パングラム(Perfect pangram)といいます。世の中にはすごい人がいるものです。
“Blowzy night-frumps vex'd Jack Q.”ジャック・Qとは人の名前でしょうか。トランプのジャックとクイーンを想像してしまいます。
「下品な夜のダサい奴がジャック・Qを悩ませた」
By Krenakarore (Own work), adjusted by Jim Saeki on 15 January 2014 [Public domain], via Wikimedia Commons
“New job: fix Mr. Gluck's hazy TV, PDQ!”“PDQ”とは“Pretty Damn Quick”を略したものです。「超大至急で」と訳しましたが、“Damn”が入っているのでもっと下品な感じです。「くそ大至急で」とでも言うのでしょうか。ただ、このような略語が入っているのは完全パングラムとは認めないという厳しい人もいるようです。
「新しい仕事:グルック氏のぼやけたテレビを修理すること。超大至急で!」
一方で、このパングラムには“:”(コロン)、“.”(ピリオド)、“'”(アポストロフィ)、“,”(カンマ)、“!”(エクスクラメーション)の5種類の記号が重複なく含まれているのが凄いです。
By Housing Works Thrift Shops (Flickr: Orange Retro Philco TV), 11 December 2008 [CC-BY-SA-2.0], via Wikimedia Commons
“Cwm fjord veg balks nth pyx quiz.”少し難しいですが、これは凄いパングラムです。どうにでもこじつけられる人名や略語は一切はいっていません。略語に見えるものもありますが、すべて高校程度の辞書に載っている普通の単語です。
(クーム・フィヨルド・ヴェジ・ボーク・エンス・ピクス・クイズ)
「険しい谷間のフィヨルドのいかれた奴が最新の貨幣検査器のクイズを妨げる。」
“cwm”(クーム)は険しい谷間をあらわします。
“fjord”(フィヨルド)は北欧に多い氷河で侵食された狭い湾。
“veg”(ヴェジ)はいかれた奴、ばか、あほ、まぬけ。
“balk”(ボーク)は野球のピッチャーが投球動作を突然やめる反則行為にも使われます。
“nth”(エンス)は「何番目かわからないほどの」あるいは「最も新しい」
“pyx”(ピクス)は「聖体容器」あるいは「貨幣検査箱」
“quiz”(クイズ)はわかりますね、日本語でも使われるクイズです。
“Cwm fjord bank glyphs vext quiz.”という類似の完全パングラムもありますが、より難しい単語が使われています。
ノルウェーのソグネフィヨルド(Sognefjord)
By en:User:Worldtraveller, (en:Image:Sognefjord, Norway.jpg), 16 July 2005 [GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons
英語以外にもドイツ語、イタリア語、フランス語、スペイン語、ロシア語、タイ語など、さまざまな言語にパングラムはあります。
ドイツ語のパングラムをいくつかご紹介しましょう。
“Sylvia wagt quick den Jux bei Pforzheim.”このパングラムはアルファベット26文字をすべて使ったものです。33文字ですから文字の重複は7文字だけです。
(ズィルヴィア・ヴァークト・クイック・デン・ユークス・バイ・プフォルツハイム)
「シルビアはプフォルツハイムで急いで冗談を言ってみる」
“Silvia”は女性の名前で、英語読みだと「シルビア(スィルヴィア)」ですが、ドイツ語読みでは「ズィルヴィア」となります。
“Pforzheim”はドイツ南西部に実在する街の名前です。シュトゥットガルト(Stuttgart)やカールスルーエ(Karlsruhe)の近くにあります。いかにもドイツっぽい都市名ですよね。
プフォルツハイムの風景
By Hild at en.wikipedia, 04 May 2005 [GFDL or CC-BY-SA-3.0], from Wikimedia Commons
もう一つご紹介します。
“Victor jagt zwölf Boxkämpfer quer über den großen Sylter Deich.”これは、ドイツ語のウムラウト記号がついている母音“ä”、“ö”、“ü”と、「エス・ツェット(sz)」と呼ばれる文字“ß”もすべて使ったものです。53文字の文で30文字をすべて使っています。
(ヴィクトル・ヤークト・ツヴェルフ・ボックスケンプファー・クヴェア・ユーバー・デン・グローセン・ズュルター・ダイヒ)
「ヴィクトルはズュルト島の巨大な堤防を越えて12人のボクサーを追いかける」
“Victor”(ヴィクトル)は男性の名前です。
“Sylter”(ズュルター)は「ズュルト島の」という意味です。ズュルト島とはデンマーク国境近くの北海に浮かぶドイツ最北端の島です。今では高級リゾートとして親しまれています。
このドイツ語パングラムも歴史が古く、18世紀以前から使われていたようです。
上空から見たズュルト島
By (c) Ralf Roletschek - Fahrradtechnik und Fotografie (Own work), 29 September 2013 [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC-BY-SA-3.0-2.5-2.0-1.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons
日本ではどうでしょうか。もちろんありますよ。素晴らしい完全パングラムが。
それは「いろは歌」です。
「いろはにほへと ちりぬるを漢字を当てると意味がわかりやすくなります。
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす」
「色はにほへど 散りぬるを寺子屋などで子供たちが文字を覚える手習いにも使われました。今でも中学の教科書に載っています。
我が世たれぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず」
かな四十七文字がすべて重複なく使われていて、しかも七五調の今様の形になっています。
誰の作かははっきり伝わっていませんが、10世紀末から11世紀の平安時代に作られたもののようです。
By Mike Baird (Flickr: Red Fox Pup(s) Morro Bay, CA 28 May 2008), 28 May 2008 [CC-BY-2.0], via Wikimedia Commons
“The quick brown fox jumps over the lazy dog.”
すばしっこい茶色のキツネがのろまな犬を飛びこえる。
いろいろある英語のパングラムですが、この言葉は狐と犬の対比が面白くて僕は好きです。
こういう言葉あそびはどの国の人も大好きだったんですね。
その中でも日本のいろは歌は本当によくできています。
日本語は比較的パングラムが作りやすい言語ではありますが、千年以上も前に完全パングラムが作られていて、しかも和歌の形式になっており、子供さえ皆そらんじていたのです。
すばらしい、誇るべき言語文化ではないでしょうか。
By Jef132 (Own work), 23 July 2010 [GFDL or CC-BY-SA-3.0-2.5-2.0-1.0], via Wikimedia Commons
それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。
【関連記事】第27回:“Like everything else, Fletcher. Practice.”―「ほかのことと全部おんなじさ、フレッチャー。練習だよ」(かもめのジョナサン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年05月25日
【関連記事】第42回:“By all means, Rome.”―「なんといってもローマです」(ローマの休日), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年06月20日
【参考】Wikipedia(日本語版,英語版)
【参考】“パングラムのお話”, by Chiyo Ohashi., DendoRock KakaLIA, 2007/04/27
ツイート |
英語が崇高だとは僕も思いませんが、ほんとにロクな完全パングラムがつくれませんよね。
母音と子音の組み合わせで、母音の数が少ないため仕方ないのかもしれません。
貴方も素晴らしい完全パングラムの作成にぜひ挑戦してみて下さい。