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2013年10月20日

第112回:“I will always stand on the side of the egg.”―「僕はいつだって卵の側に立つ」(村上春樹)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉をご紹介しています。

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Image courtesy of zirconicusso, published on 22 February 2012 / FreeDigitalPhotos.net

第112回の今日はこの言葉です。
“I will always stand on the side of the egg.”
「僕はいつでも卵のがわに立つ。」
という意味です。
「卵の側に立つ。」というのは何とも不思議な表現ですね。
いったいどういうことを言っているのでしょうか。

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村上春樹(1949-)
By wakarimasita of Flickr, 6 October 2005, cropped by Jim Saeki on 19 October 2013 [CC-BY-SA-3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

これは日本の小説家、村上春樹(Haruki Murakami, 1949-)の言葉です。
ここ数年はノーベル賞のシーズンになると、ノーベル文学賞(Nobel Prize in Literature)を受賞しそうなナンバーワン候補として話題にのぼりますね。僕も彼の作品が大好きです。
今年も残念ながら受賞は逃がしましたが、毎年話題になって本も売れますから、村上春樹にとっては絶大な宣伝効果の恩恵を受けていることになります。

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エルサレム賞授賞式でスピーチを行う村上春樹(Haruki Murakami, 1949-)(2009年撮影)
By Galoren.com (Own work), 9-8-2009 [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC-BY-SA-3.0-2.5-2.0-1.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

今日の言葉は、2009年のエルサレム賞(Jerusalem Prize)というイスラエルの文学賞を受賞した時に、村上春樹が授賞式で自ら英語でスピーチした時に語られた言葉です。
イスラエルは当時パレスチナ自治区であるガザ地区と武力紛争を起こしていました。ガザ紛争(Gaza War, 2008-2009)です。
この紛争でイスラエルはガザ地区への大規模な空爆や砲撃などでの無差別攻撃、地上軍の投入などを行い、激しい市街戦となります。
1000人以上の民間人が巻き込まれて尊い命を落とします。しかもそのかなりの割合が子供でした。
激しく燃焼して、人体に降りかかった後も火が消えない白燐弾も使用されました。

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イスラエル軍の空爆により煙を上げるガザ市内の映像(アルジャジーラニュース, Al Jazeera News)
By Al Jazeera (http://cc.aljazeera.net/node/28), 01/09/2009 [CC-BY-3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by/3.0)], via Wikimedia Commons

国際社会からも非難の声が上がります。
国際連合の安全保障理事会(United Nations Security Council)は、「即時かつ恒久的な停戦」とイスラエル軍の撤退を求める決議を採択します。採決は賛成14、棄権1で、棄権の一票はイスラエル支持の立場にあるアメリカでした。
また、国連人権理事会(United Nations Human Rights Council)はイスラエル非難決議案を賛成33、反対1(カナダ)、棄権13(日本・欧州)で可決します。

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ガザ侵攻(2009年)で使用された白燐弾の映像(アルジャジーラニュース, Al Jazeera News)
By Al Jazeera, 11 January 2009 [CC-BY-3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by/3.0)], via Wikimedia Commons

日本は慎重な対応をします。
当時の麻生太郎首相(Taro Aso, 1940-)はイスラエルのオルメルト首相(Ehud Olmert, 1945-)と電話で会談し、速やかな空爆の停止を求めます。またパレスチナに対して援助を与える事も表明します。
一方で、国連人権理事会に提出されたイスラエル非難決議案には、イスラエル批判に偏り過ぎているとして棄権します。
日本はパレスチナ問題に対しては、どちらか一方に肩入れすることはなく、一貫して中立の姿勢をとり続けます。

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麻生太郎元首相(Taro Aso, 1940-)
Copyright by World Economic Forum, swiss-image.ch, Photo by Sebastian Derungs, 31 January 2009 [CC-BY-SA-2.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons

エジプトやフランス、国連などは停戦案を示し、両者を仲介する意思を見せます。
しかしいずれも合意には至りません。
戦闘開始から3週間、イスラエルは一方的に停戦を宣言し、紛争は終結します。
その後も散発的に小規模な戦闘が続きました。

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イスラエルのオルメルト首相(Ehud Olmert, 1945-)
By Michael Gross, 13 November 2006 [Public domain], via Wikimedia Commons

村上春樹のエルサレム賞受賞が発表されたのは、ガザ紛争の終結後一ヶ月もたたない時期でした。
市民団体などから受賞の辞退を求める声も上がります。
しかし村上春樹は、賞を受けてエルサレムでの授賞式に出席します。
そして英語で記念講演をするのです。
講演で、村上春樹は「この賞を受けることがイスラエルの政策を承認したとの印象を与えてしまわないかと悩んだ」と語ります。
しかし、「あまりに多くの人が『行かないように』と助言するのでかえって行きたく」なり、「何も語らないことより現地で語ることを選んだ」のだそうです。

授賞式には多数のイスラエル政府要人も出席していました。
その前で村上春樹は、有名な「卵の側に立つ」というスピーチを行います。
“Between a high, solid wall and an egg that breaks against it,
 I will always stand on the side of the egg.”

「高くて固い壁と、壁に当たって割れてしまう卵があるなら、
 僕はいつだって卵の側に立つ。」
明言はしていませんが、「壁」はイスラエル政府、「卵」は命を落としたガザ市民を象徴していることは明らかです。暗喩が得意な村上春樹ならではの言い方です。
スピーチの途中から、最前列に座っていたペレス大統領(Shimon Peres, 1923-)の顔はこわばってきたそうです。
スピーチが終わると、多くの人は立ち上がって手を叩くスタンディング・オベーション(Standing ovation)をしました。しかしペレス大統領はしばらく座ったままでいたそうです。

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イスラエルのペレス大統領(Shimon Peres, 1923-)
By Elza Fiúza/ABr, 11 November 2009, cropped by Jim Saeki on 19 October 2013 [CC-BY-3.0-br (http://creativecommons.org/licenses/by/3.0/br/deed.en) or CC-BY-2.5 (http://creativecommons.org/licenses/by/2.5)], via Wikimedia Commons

“I will always stand on the side of the egg.”
僕はいつだって卵の側に立つ。

村上春樹は後のインタビューで、あの場所でできる発言としてはギリギリの物だったと述べています。イスラエル政府要人の目の前であれ以上の発言をすることは難しく、またあれ以下の発言では意味がないとのことです。
受賞を辞退することで間接的に批判することもできますが、村上春樹は現地で発言することに意味があると思って授賞式でスピーチしたのだそうです。
まさに考えて考えて考え抜かれた受賞とスピーチでした。
停戦間もない紛争中の当事国を訪問して、多くの政府要人の前でその行為を批判するスピーチを行ったのは、とても勇気のある行動だったと思います。

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エルサレム賞授賞式にて(2009年2月)
左はエルサレムのニール・バルカット市長(Nir Barkat, 1959-)
By Galoren.com (Own work) [CC-BY-SA-3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) or GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)], via Wikimedia Commons

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


【動画】“Japanese author Haruki Murakami receives book award(日本の作家、村上春樹が文学賞を受賞)”, by AP Archive, YouTube, 2015/07/21

【関連記事】第35回:“Go ahead, make my day.”―「さあやれよ、俺を喜ばせてくれ」(クリント・イーストウッド), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年06月08日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Always on the side of the egg(いつでも卵の側に立つ)”, By Haruki Murakami, HAARETZ, Feb. 17, 2009
【参考】“村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ全文”, media debugger, 2009-02-18
【参考】“僕はなぜエルサレムに行ったのか 村上春樹独占インタビュー at 文藝春秋 [book review]”, Takeshi Tachibana (立花 岳志), No Second Life, 2009年3月10日

【動画】“Japanese author Haruki Murakami receives book award(日本の作家、村上春樹が文学賞を受賞)”, by AP Archive, YouTube, 2015/07/21




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posted by ジム佐伯 at 07:00 | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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