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2013年08月25日

第80回:“Information wants to be free.”―「情報は自由になりたがっている」(スチュアート・ブランド)

(本文4480文字、読み終わるまでの目安:11分12秒)


こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉をご紹介しています。

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Image courtesy of adamr, published on 07 July 2012 / FreeDigitalPhotos.net

第80回の今日はこの言葉です。
“Information wants to be free.”
「情報は自由になりたがっている。」
という意味です。
この言葉のポイントは“free”という単語です。
記事のタイトルでは敢えて「自由」と訳しましたが、
「情報は無料になりたがっている。」
という意味にもなります。

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Image courtesy of adamr, published on 30 March 2013 / FreeDigitalPhotos.net

これはアメリカの環境運動家で、かつてヒッピー向けの雑誌『全地球カタログ(Whole Earth Catalog)』を設立したスチュアート・ブランド(Stewart Brand, 1938-)の言葉です。

スチュアート・ブランドはスタンフォード大学で生物学を専攻して、進化論を学びました。
卒業後、徴兵によってアメリカ陸軍に入隊し、2年後に除隊します。
その後、ブランドはヒッピー運動(Hippie Movement)に深くかかわるようになります。

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スチュアート・ブランド(Stewart Brand, 1938-)
By cellanr (Stewart Brand Uploaded by Snowmanradio), 14 December 2010 [CC-BY-SA-2.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons

そもそも、ヒッピー(Hippie)とは何だったのでしょうか。
僕のヒッピーに対するイメージは通りいっぺんのものしかありませんでした。
長髪にヒゲ。
サンダル履き。
ネイティブ・アメリカン風のヘアバンド。
ビーズのネックレス。
カラフルな絞り染めのサイケ柄Tシャツ。
インド巡礼。
ドラッグ。
フリーセックス。
ラブ・アンド・ピース。
ウッドストック・コンサート...。
せっかくの機会ですので、ヒッピー運動について簡単に振り返ってみましょう。

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ベトナム戦争(Vietnam War, 1960-1975)
By James K. F. Dung, SFC, Photographer, 16 May 1966, National Archives and Records Administration [Public domain], via Wikimedia Commons

時代は1960年代後半。
ベトナム戦争(Vietnam War, 1960-1975)への反対運動がヒッピー活動の発端でした。
愛と平和を訴え徴兵や派兵に反発した若者達が、戦争に反対し、徴兵を拒否し、自然と平和と歌を愛し人間として自由に生きることを主張して、各地で集会や共同生活を始めました。
彼らはヒッピーと呼ばれました。
ヒッピーたちは伝統的な社会や制度を否定して、個人の魂の解放を訴えました。

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ベトナム戦争反対運動の象徴的な写真
By Department of Defense, 21 October 1967 [Public domain], via Wikimedia Commons

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ウッドストック・フェスティバル(Woodstock Festival, 15-17 August 1969)に集まったヒッピーたち
By captain aquariuzzz (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons


【動画】“1969 Woodstock, the greatest American concert event ever. (1969年ウッドストック, アメリカで史上最も偉大なコンサート)”, by Rogers Photo Archive, YouTube, 2012/08/13

ヒッピーたちのモットーは、
“Back to nature.”
「自然に帰れ」
です。
文明を否定して自然に回帰する者も現れました。
ヒッピーたちが集まって集団生活をする場所は「コミューン(Commune)」と呼ばれました。
スチュアート・ブランドも初期コミューンの一つの中心的なメンバーでした。
当時は単なるファッションとしてヒッピーの真似ごとをしている若者も多かったのですが、スチュアート・ブランドは筋金入りのハードコア・ヒッピーだったのです。

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ヒッピースタイルのミュージシャン
By alexkon from Jerusalem, Israel (Flickr), Russian Rainbow Gathering. Nezhitino, August 4 2005 [CC-BY-SA-2.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons

ブランドは1966年に、NASAに対して宇宙から撮影した「丸い地球(ホール・アース)」の写真を公表せよという運動を起こします。
彼は、ホール・アースの写真はヒッピー運動の強力なシンボルになると考えました。
地球が丸々うつっている写真を見れば、人類はひとつの星にいる仲間だという共同体意識が強く芽生えるだろうと確信していたからです。

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初めて撮影されたホール・アースのカラー写真(静止通信衛星ATS-3が撮影)
By NASA, 10 November 1967 [Public domain], via Wikimedia Commons

そして1968年、スチュアート・ブランドは『全地球カタログ(Whole Earth Catalog)』を創刊します。
松岡正剛の千夜一冊』は、
『1968年というのはカルチェ・ラタンが燃え、ベトナム兵士の脱走が5万人を越え、全共闘が立ち上がり、スタンリー・キューブリックが『2001年宇宙の旅』を公開し、ボードリヤールの『物の体系』と羽仁五郎は『都市の論理』がベストセラーになり、稲垣足穂は『少年愛の美学』を、つげ義春は『ねじ式』を、そして土方巽が『日本人:肉体と叛乱』を踊った年だ。』
と書いています。
僕には後半はあまりよくわかりませんが、とにかく「熱い時代だった」ということでしょう。

【参考】“スチュアート・ブランド「地球の論点」〜現実的な環境主義者のマニフェスト”, 松岡正剛の千夜一冊, 1456夜, 2012年02月22日


【動画】“23 - 全共闘 東大安田講堂事件 - 1969”, by rosamour909, YouTube, May 13, 2010

ほかにも東大闘争が始まり、成田空港反対集会が警官隊と衝突し、マーティン・ルサー・キング(Martin Luther King, Jr., 1929-1968)が暗殺され、霞ヶ関ビルが完成し、西武渋谷店が開店し、ロバート・F・ケネディ(Robert Francis "Bobby" Kennedy, RFK, 1925-1968)も暗殺され、郵便番号制度が開始され、『週刊少年ジャンプ』が創刊し、「プラハの春(Prague Spring)」とその弾圧があり、川端康成がノーベル文学賞を受賞し、いわゆる『三億円事件』が発生し、アポロ8号(Apollo 8)が初めて月を周回して月の地平線から昇る地球の写真“Earthrise”をクリスマス・イヴに撮影します。
(この写真は後に『全地球カタログ』の表紙を飾ります。)
ベトナムではテト攻勢(Tet Offensive)が開始され、ソンミ村虐殺事件(Son My massacre)が起きてアメリカへの批判が高まり、北爆(Bombing of North Vietnam)が全面停止されました。
なんとなく時代の雰囲気がわかって頂けたでしょうか。

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アポロ8号が撮影した月の地平線から昇る地球の写真“Earthrise”
By Apollo 8 crewmember Bill Anders, 24 December 1968, cropped by Jim Saeki on 25 August 2013 [Public domain], via Wikimedia Commons

『全地球カタログ』創刊号の表紙はNASAから公表された、人工衛星から撮影された初めてのホール・アースの写真でした。
当時は反体制・反戦平和・環境保護などの運動の嵐が吹き荒れた時代で、この雑誌はヒッピーが「自力で生きるのに役立つ道具」を紹介するサバイバル・ガイドでした。
雑誌の表紙にも、タイトルの下に
“access to tools” (道具の入手法)
と書いてあります。
記事は木工工具などのDIY用具が、哲学書や科学書、様々な写真と一緒に紹介されています。
混沌としていますが、まさに情報の宝庫です。
その一環で、個人向けのコンピュータ機器も特集を組まれて紹介されています。
『全地球カタログ』はハッカー雑誌でもあったのです。
この雑誌は、ヒッピーに限らず、当時の若者たちのバイブルとなりました。

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『全地球カタログ』の中身(規定が書いてあるページ)
By Sj, licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0 Unported license, 11 November 2004, via Wikimedia Commons

そして時代は1970年代前半頃に入り、薬物に対する取り締まりなどが強化され、ヒッピー活動は徐々に衰えていきます。
社会も徐々に保守化が始まり、ヒッピーは次第に時代遅れのものになっていきます。

1974年、『全地球カタログ』は休刊します。雑誌の休刊とは事実上の廃刊のことです。
この最終号の裏表紙に、
“Stay hungry. Stay foolish. ”
「貪欲であれ。愚直であれ」
という言葉が載せられました。
これは、読者へのメッセージであると同時に、次第に保守化して分別くさくなっていく時代へのメッセージだったのかもしれません。

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スティーブ・ジョブズ(Steven Paul "Steve" Jobs、1955-2011)
Photo by Matthew Yohe, at the 2010 Worldwide Developers Conference [CC-BY-SA-3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) or GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)], via Wikimedia Commons

この言葉を、ヒッピー世代のど真ん中だったスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式のスピーチで引用したのは昨日ご紹介した通りです。

【関連記事】第79回:“Stay hungry. Stay foolish.”―「貪欲であれ。愚直であれ」(スティーブ・ジョブズ)(2013年08月24日)


【動画】“スティーブ・ジョブス 伝説の卒業式スピーチ(日本語字幕)”, by timers55, YouTube, 2011/10/06

『全地球カタログ』は1974年にいったん公式に休刊しましたが、根強いファンからの要望もあり、名前を変えたりしながら2003年まで不定期に刊行され続けます。
この雑誌、今でも公式ウェブサイトで電子版を読んだりバックナンバーを購入したりすることができます。

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“Whole Earth Catalog(全地球カタログ)”公式ウェブサイト

1984年、スチュアート・ブランドは『第1回ハッカー会議(The first Hackers Conference)』
を開催します。
そこでブランドはスティーブ・ウォズニアック(Stephen Gary Wozniak, "Woz" 1950-)と対談し、こう語っています。
(スティーブ・ジョブズと共同でアップル社を設立した『ウォズ』です。)

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スティーブ・ウォズニアック(ウォズ, Stephen Gary "Steve" Wozniak, "Woz" 1950-)
Attribution: Steve Wozniak, Photo taken by Al Luckow (Homepage of Steve Wozniak) , 10 June 2005, cropped by Jim Saeki on 24 August 2013 [Steve Wozniak allows anyone to use this photo for any purpose], via Wikimedia Commons

“On the one hand information wants to be expensive,
 because it's so valuable.
 The right information in the right place just changes your life.”

「一方で、情報は高価になりたがります。とても価値のあるものだからです。
 正しい情報が正しい場所にあることだけで、あなたの人生が変わるのです。」

“On the other hand, information wants to be free,
 because the cost of getting it out is getting lower and lower all the time.
 So you have these two fighting against each other.”

「また一方で、情報は無料になりたがります。
 情報を発信するコストは常に低価格になっているからです。
 だからこの二つは常に戦っているのです。」

この発言を見る限り、
「情報は無料になりたがっている。」
という意味に使われています。
しかし、ヒッピー・ムーブメントを考えると、
「情報は自由になりたがっている。」
という意味も含まれているように感じます。
二重の意味がこめられているのでしょうね。

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Image courtesy of anankkml, published on 12 November 2012 / FreeDigitalPhotos.net

スチュアート・ブランドは1985年に、パソコン通信の走りでもある『WELL(The Whole Earth 'Lectronic Link)』というコミュニティを設立しています。
『全地球カタログ』でも使った「ホール・アース」という言葉がここにも冠されています。
当初は1987年にサービスを開始したニフティ・サーブと同じように、ダイヤルアップ接続でアクセスする電子掲示板(BBS)でした。
1990年代初期には、ダイヤルアップによる最初のインターネット・サービス・プロバイダ(ISP)としてサービスを開始しました。
まさにインターネットの黎明期、時代の先端を走ったサービスでした。
今でもメンバーが様々な議論をできるコミュニティとしてサービスを継続しています。

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THE WELL

1993年、スチュアート・ブランドはテクノロジー雑誌『WIRED』を共同で創刊します。
この雑誌は文化・経済・政治に影響を与える新技術を紹介する雑誌で、いわゆる「IT革命」を、人類が火を扱えるようになったことに匹敵するほどの社会変化だととらえています。
「ロングテール」や「クラウドソーシング」といった時代を象徴するキーワードを提唱してきたのもこの雑誌です。

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WIRED 公式サイト

2012年まで編集長を務めたクリス・アンダーソン(Chris Anderson、1961-)は、ベストセラーとなった著書『FREE/フリー〜〈無料〉からお金を生みだす新戦略』を書いています。
ここにも“free”が出てきますね。

「日経ビジネスONLINE」に鈴木あかね氏の“日本のビジネスマンのためのカッコイイ「ヒッピー入門」”という記事がありますが、以下のようにコメントされています。
“そう、すべてはつながっているのだ。いまの『WIRED』を開けば、『ホール・アース・カタログ』にあったヒッピー的な精神性が受け継がれているのがわかる。”
【参考】“日本のビジネスマンのためのカッコイイ「ヒッピー入門」(後編)”, 鈴木 あかね, 日経ビジネスONLINE, 2012年3月16日(金)

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クリス・アンダーソン(Chris Anderson、1961-)
By James Duncan Davidson from Portland, USA (Flickr) , 17 March 2005, cropped by Jim Saeki on 25 Augutst 2013 [CC-BY-2.0 (http://creativecommons.org/licenses/by/2.0)], via Wikimedia Commons


フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

ブランドはヒッピー運動の延長で自然保護活動家、環境活動家となりました。
ほかにもこうした経緯で環境活動家になった人は多いですが、ブランドは現代文明を否定せず、最新テクノロジーこそが地球の環境を救うという立場で活動しています。

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TEDカンファレンス2013(TED Conference 2013)で講演するスチュアート・ブランド
By Joi Ito from Inbamura, Japan (Stewart Brand), 27 February 2013 [CC-BY-2.0 (http://creativecommons.org/licenses/by/2.0)], via Wikimedia Commons

“Information wants to be free.”
情報は自由になりたがっている。

そして無料になりたがっている。
一方で高価にもなりたがっている。
まさに両極化が進む、その通りの時代になっていますね。
30年近く前にこの状況を言い当てたスチュアート・ブランド。
その慧眼には感服します。

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Image courtesy of Naypong, published on 11 July 2012 / FreeDigitalPhotos.net

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第79回:“Stay hungry. Stay foolish.”―「貪欲であれ。愚直であれ」(スティーブ・ジョブズ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年08月24日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“日本のビジネスマンのためのカッコイイ「ヒッピー入門」(前編)”, 鈴木 あかね, 日経ビジネスONLINE, 2012年3月14日(水)
【参考】“日本のビジネスマンのためのカッコイイ「ヒッピー入門」(後編)”, 鈴木 あかね, 日経ビジネスONLINE, 2012年3月16日(金)
【参考】“スチュアート・ブランド「地球の論点」〜現実的な環境主義者のマニフェスト”, 松岡正剛の千夜一冊, 1456夜, 2012年02月22日
【参考】“スティーブ・ジョブズの感動スピーチ(翻訳)字幕動画”, 我ら、地域の仕掛け人!―地域の未来を経済人の視点から考えてみるブログ, 小野晃司, 2005年10月29日
【参考】“'You've got to find what you love,' Jobs says(ジョブズは言った。「君たちは自分が愛するものを見つけなければならない」)”, Stanford Report, June 14, 2005
(スタンフォード大学卒業式でのジョブズのスピーチ全文:英語)
【参考】“Whole Earth Catalog”公式ウェブサイト

【動画】“1969 Woodstock, the greatest American concert event ever. (1969年ウッドストック, アメリカで史上最も偉大なコンサート)”, by Rogers Photo Archive, YouTube, 2012/08/13
【動画】“23 - 全共闘 東大安田講堂事件 - 1969”, by rosamour909, YouTube, May 13, 2010
【動画】“スティーブ・ジョブス 伝説の卒業式スピーチ(日本語字幕)”, by timers55, YouTube, 2011/10/06



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posted by ジム佐伯 at 07:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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