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2018年02月05日

第496回:“Unforgivable Moomin” ―「#ムーミンを許すな」(ツイッターのハッシュタグ)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第496回の今日はこの言葉です。
“Unforgivable Moomin”

「許せないムーミン」
というのが本来の意味です。なんだか穏やかではないですね。
これは先日ツイッターをにぎわせた「#ムーミンを許すな」というハッシュタグの英訳です。
『ムーミン(Moomin)』シリーズはフィンランドの小説家で芸術家でもあるトーベ・ヤンソン(Tove Jansson, 1914-2001)の作品です。
先日の日本の大学入試センター試験(National Center Test for University Admissions)では、ムーミンに関する問題が出題されて話題になりましたね。
改めましてこんにちは。いつも日本の最新の話題からは一歩も二歩も遅れてしまうジム佐伯です。

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トーベ・ヤンソン(1956年撮影)
By Tove_Jansson_1956.jpg: Reino Loppinen derivative work: Bff (This file was derived from  Tove Jansson 1956.jpg:) [Public domain], via Wikimedia Commons

1914年、トーベ・ヤンソンはフィンランド大公国のヘルシンキに生まれます。父親が著名な彫刻家で、母親がイラストレーターで商業デザイナーでもあるという芸術一家で、トーベも自然に絵を覚えます。両親ともスウェーデン系のフィンランド人で、トーベの母語はスウェーデン語です。フィンランド人の多くは夏の休暇を自然豊かな郊外のサマーハウスで過ごしますが、トーベもスウェーデンのストックホルム近郊の多島海に浮かぶ島やフィンランドのペッリンゲ群島地域で夏を過ごします。天真爛漫に過ごした夏の日の幸せな記憶が、ムーミンの物語にも色濃く反映されています。

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幼き日のトーベ・ヤンソン(1923年撮影)
By Viktor Jansson (http://www.sortof.co.uk/Winter/images/01.jpg), cropped by Jim Saeki in 2018 [Public domain], via Wikimedia Commons

トーベは14歳の頃に最初の絵本を出版し、15歳の時に政治風刺の雑誌『ガルム(Garm)』に挿絵のイラストを描き始めます。同じ頃にトーベはストックホルム工芸専門学校に入学します。トーベは叔父の家に下宿をして学校に通います。ある夜、食べ盛りだったトーベは夜中にこっそりつまみ食いをしていたのを叔父に見つかります。叔父はトーベを叱ったりしませんでしたが、「レンジ台のうしろにはムーミントロール(Moomintroll)という生き物がいるぞ」と脅します。トーベは強烈な印象を持ったらしく、当時の絵日記にもそのことを描いています。
トーベは19歳の頃にフィンランド芸術アカデミー美術学校に進学し、24歳の頃にパリの国立高等美術学校エコール・デ・ボザール(École des Beaux-Arts)で学びます。

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少女時代のトーベ・ヤンソン、二人の弟と(撮影年未詳)
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

1939年9月、ヤンソンが25歳の頃にナチスドイツが突如ポーランドに侵攻し、第二次世界大戦(World War II)が始まります。さらにその3ヶ月後、ソ連がフィンランドに宣戦布告して侵攻を始めます。23個師団45万人を投入した大作戦です。迎え撃つフィンランド軍の戦力は16万人。戦力比約3分の1の圧倒的な劣勢です。しかしフィンランド国防軍の最高司令官にして元帥でもあったカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム男爵(Baron Carl Gustaf Emil Mannerheim)は徹底抗戦を指示します。フィンランド軍は雪の中で白い服を着たスキー兵による狙撃などのゲリラ戦で抵抗し、3万人近くの戦死者を出しながらソ連側に20万以上の戦死者を含む大損害を与えます。フィンランドの予想外の善戦は「雪中の奇跡」と伝えられます。しかし多勢に無勢で援軍もないフィンランド。国土の10%近くをソ連に割譲するという過酷な条件で講和を結びます。
これが冬戦争(Winter War)と呼ばれる第一次ソ芬戦争(First Russo-Finnish War)です。

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冬戦争でのフィンランド軍の部隊(1940年撮影)
Official Finnish photograph from the collections of the Imperial War Museums [CC BY 4.0 or Public domain], via Wikimedia Commons

冬戦争の終戦後まもない1940年4月、ナチスドイツはデンマークとノルウェーに侵攻して占領します。さらに5月にはオランダとルクセンブルクへ侵攻。34万の英仏連合軍はダンケルクに追い詰められてイギリス本島に撤退します。そして1940年6月、ドイツはパリへ無血入城して占領します。
一方のソ連は同じ1940年6月にバルト三国へ侵攻し、あっという間に併合します。バルト三国の一つリトアニアもソ連に併合され、カウナスの日本領事館も閉鎖されます。閉鎖の直前に領事代理の杉原千畝(Chiune Sugihara)がナチスの迫害から逃れようとするユダヤ人のために大量のビザを発行した話は、以前ご紹介しましたね。
【参考記事】第318回:“Do what is right because it is right.” ―「正しいことをしよう。正しいのだから」(杉原千畝), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年05月20日

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杉原千畝
Photo by Unknown [Public Domain], via Wikimedia Commons

ドイツとソ連の占領地域に囲まれたフィンランドは、西はドイツに、東と南はソ連に囲まれて西側連合国への連絡路を失います。そこでフィンランドはソ連に対抗するため、ナチスドイツに接近を図ります。
翌1941年6月、ドイツは400万という空前の大兵力でソ連に侵攻します。「バルバロッサ作戦(Operation Barbarossa)」です。フィンランドは当初中立を表明しますが、ソ連がフィンランドを空爆したためソ連に宣戦布告してソ連領内に侵攻します。フィンランド側では継続戦争(Continuation War)と呼ばれる第二次ソ芬戦争(Secong Russo-Finnish War)です。

【追記】(2018年2月6日)
フィンランドは結局ソ連への対抗上、ドイツや日本と同じ枢軸国として第二次世界大戦を戦い、敗戦国となってしまいます。しかし敗戦前にもソ連軍に大損害を与えて進撃を遅らせ、ナチス降伏よりも前に講和を結んだためソ連の共産圏に飲み込まれることなく自由主義諸国に留まり、現在に至っています。


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フィンランド軍部隊と破壊されたソ連軍戦車(1943年撮影)
By Sot.virk. Hedenström (SA-kuva (http://sa-kuva.fi/)) [Public domain or CC BY 4.0], via Wikimedia Commons

大戦中もヤンソンはガルム誌の挿絵の仕事を続けています。ヤンソンは戦時下でも独裁者たちの痛烈な風刺画を実名で描き続け、いつしかカバのような鼻の長いキャラクターが署名の横に登場するようになります。怒ったような困ったような顔をしたその生き物は、かつて叔父から聞いたムーミントロールを意識したものだったのです。
風刺画家としての仕事にも行き詰るようになったヤンソンは、ムーミン谷(Moominvalley)に住むムーミントロールを主人公とした物語を書き始めます。子供の頃に呼んだジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)やカルロ・コローディ(Carlo Collodi)の作品の影響が少しずつ入っています。コローディはあの『ピノキオの冒険(The Adventures of Pinocchio)』の作者です。
そして戦争が終わった1945年、ヤンソンは小説第一作『小さなトロールと大きな洪水(The Moomins and the Great Flood)』を発表します。48ページしかない粗末な装丁の小冊子で、本屋ではなく駅の売店や新聞スタンドに並べられたそうです。ヤンソンが31歳の頃のことです。

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『小さなトロールと大きな洪水』(1945年)
By Source, Fair use, Link

第一作はあまり売れませんでしたが、ヤンソンはコツコツと執筆を続けます。
1946年に発表した『ムーミン谷の彗星(Comet in Moominland)』は、彗星の接近で破滅の危機に瀕したムーミン谷の話です。彗星はソ連の侵攻や戦争そのものを象徴しているかのようです。
また1947年にヤンソンはスウェーデン語の新聞『ニィ・ティド(Ny Tid)』紙に『ムーミン谷の彗星』の漫画化版を掲載します。

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『ムーミン谷の彗星』(1946年)
By Source, Fair use, Link

1948年、『たのしいムーミン一家(Finn Family Moomintroll)』が発表されます。この作品がフィンランドとスウェーデンで評判となり、英訳されて児童文学の本場イギリスで発刊されます。英語圏に初めて紹介される作品ですのでまるでシリーズ第一作のような英題がつけられ、日本語タイトルもそれに倣います。
同書はたちまちイギリス人の心もつかみ、大ヒットとなります。そして当時の世界最大の発行部数だったロンドンの夕刊紙『イブニング・ニュース(The Evening News)』に掲載され、さらに人気に火がつきます。
漫画は40ヶ国の120紙に転載され、ヤンソンは弟のラルス(Lars Jansson)と漫画を共同執筆します。
漫画から人気をなった小説もヨーロッパ中で高い評価を呼び、ヤンソンは児童文学作家として国際的な名声を手にします。



『たのしいムーミン一家』(1948年)(下は英語版)

シリーズを通した主人公であるムーミントロール(Moomintroll)は、略して「ムーミン(Moomin)」とも呼ばれます。トロールとは北欧の伝説に登場する妖精ですが、ムーミンは妖精ではなく、ヤンソンが叔父から聞いた話をもとに創造した架空の生き物です。また「ムーミントロール」も妖精の種族を表す言葉ではなく、主人公の名前として使われています。ムーミンは直立したカバのような恰好で丸くて大きな鼻と丸い目を持ち、房のついたしっぽと丸い体が特徴です。ムーミンパパ(Muminpappa)ムーミンママ(Muminmamma)と暮らしている、好奇心旺盛な優しい男の子です。
“I’m so soft and round. No sharp edges anywhere.”
「僕はすごく柔らかくて、まん丸している。どこにも尖ったところがないんだ」
というムーミンの言葉が、彼の外見だけでなく性格もよく表していると思います。



“I only want to live in peace, plant potatoes and dream.”
「僕はただ平和に暮らして、ジャガイモと夢を育てたいだけなんだ」
という言葉もムーミンの性格をよく表しています。
ただ平和に暮らす。そしてジャガイモと夢を育てる。
「夢を育てる」というのがいいですね。



ムーミンシリーズにはほかにも魅力的な脇役が登場します。僕が一番好きなのはミイ(Little My)です。タマネギのように結った髪型が個性的な小さな女の子で、ミムラ族の一員です。いたずら好きで毒舌家なのであまり作中ではあまり好かれていませんが、根っからの悪い子ではなく、毒舌も意地悪で言っているわけではありません。ボケキャラばかりのムーミン谷の住人の中では唯一と言ってよいツッコミ役で、唯一と言ってよい常識人であると僕は思います。その鋭いツッコミの数々には、「そうそう!」といちいちうなずいてしまいます。数々の深い名言の持ち主で、ヤンソンの想いを作中で代弁してくれる存在の一人です。


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スナフキン(Snufkin)も人気のあるキャラクターです。自由と孤独と音楽を愛する旅人で、帽子とコートとスカーフがトレードマークです。含蓄のある言葉でムーミンたちにアドバイスをするお兄さん的な存在で、ムーミンもスナフキンを慕っています。僕も子供の頃は自由気ままで大人っぽいスナフキンが大好きでした。
しかし大人になってから作品を見ると、スナフキンも時々ムーミンたちと一緒に調子にのってハジけることもあり、まだまだ子供に見えるのが面白いです。しかも旅ばかりしていてムーミン谷では屋外でテント生活をしているなんて、常識的に考えて最も子供を近づけたくないヤバい存在です。
そんなスナフキンを温かく受け入れているムーミン谷の人々はとても心が広いと思います。



世界的なムーミンブームで人気作家となったヤンソンですが、締め切りに追われる日々に次第に余裕を失い、ついにはムーミンを憎むようにすらなってしまうほど追い詰められます。
そんな中でヤンソンはパリのフェルナン・レジェ美術学校(Fernand Léger Art Academy)で学んでいる時、フィンランド系アメリカ人女性のグラフィック・アーティスト、トゥーリッキ・ピエティラ(Tuulikki Pietilä)と出会って意気投合します。トゥーリッキはヤンソンとムーミン作品を深く理解し、ヤンソン自身の苦しみをムーミンの苦しみとして書いてみてはと助言します。
トゥーリッキの助言にひらめきを得たヤンソンは、1957年に作風を一新したシリーズ第6作『ムーミン谷の冬(Moominland Midwinter)』を発表します。
この作品は世界中の子供と大人に熱狂的に迎えられ、文学的にも高く評価されます。僕もこの作品の不思議な雰囲気と深い物語が大好きです。
またこの作品に初登場する落ち着いた女性の妖精トゥーティッキ(Too-ticky)は、このトゥーリッキがモデルとなっています。

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『ムーミン谷の冬』(1957年)
橋の上にいるのがトゥーティッキ
By Publisher Rabén & Sjögren and artist Tove Jansson [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons

一時ヤンソンは男性と婚約していたこともありますが、この後トゥーリッキが生涯のパートナーとなります。トゥーリッキはヘルシンキにあるフィンランド芸術アカデミー(Finnish Academy of Fine Arts)の教師として働きながら、夏の休暇をバルト海のクルーヴハル島のサマーハウスでヤンソンと一緒に過ごし、ムーミンなどに関するアート作品の共同制作にとりくみます。トゥーリッキ・ピエティラは後に芸術アカデミーの教授となります。

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トゥーリッキ・ピエティラとトーベ・ヤンソン(1960年撮影)
By Anonymous [Public domain], via Wikimedia Commons

1969年(昭和44年)、日本のフジテレビの日曜夜の『カルピスまんが劇場』(後の『世界名作劇場』)でテレビアニメ『ムーミン』が放送されます。『ねえ!ムーミン』のテーマソングでも有名です。子供に親しみやすいようにマシュマロのように丸っこいキャラクターデザインとなっており、ムーミンはやんちゃで喧嘩やいたずらをする普通の男の子のように描かれています。
原作者のトーベ・ヤンソンはこれを見て「これは私のムーミンではありません」と難色を示します。キャラクターの容姿や性格が原作から変わってしまっている上に、スノークが車を運転したりスナフキンがギターを弾いたり、ムーミンが喧嘩をしたり虫取り網で蝶を捕まえたりすることに違和感を覚えたのです。ムーミンなら蝶が自然に捕まるか、逃げるに任せるというのです。
制作側はプロダクションを変更し、キャラクターデザインを変えて放送しますが、今度は視聴者から「顔がこわくなった」「つまらなくなった」などのクレームを受けてしまいます。そこで「日本国内でのみ放送する」ことを条件にキャラデザを元に戻すことになります。
また、「ラジオ以外の文明の利器を出さないこと」との申し入れにもかかわらず、一話だけ作画を手伝った宮崎駿(Hayao Miyazaki)が趣味で戦車を登場させてトーベ・ヤンソンが激怒したというエピソードは本当に面白いです。
『ムーミン』は国内ではとても人気となり、1972年にも新作が1年間放送されます。これも国内放送限定という条件つきです。

宮崎駿,25歲左右〔Hayao Miyazaki,age 25+〕

若き日の宮崎駿(撮影年未詳)
by ccsx, Posted on February 27, 2010 [Some rights reserved] via Flickr

1990年(平成2年)、テレビ東京系列でテレビアニメ『楽しいムーミン一家』が全く新しく制作されて放送されます。トーベ・ヤンソンと弟のラルフ・ヤンソンが監修に加わったものです。翌1991年には続けて第2期として『楽しいムーミン一家 冒険日記』が放送されます。この2作がヤンソン姉弟の正規の許諾を受けたもので、1960年代の『ムーミン』の再放送や配信、DVDなどのパッケージソフト化はこれ以降は一切禁止されます。
『楽しいムーミン一家』の2作品はさすがヤンソン公認だけあって原作の雰囲気を十分持った作品となっています。


【動画】“Tanoshii Mūmin Ikka "1990" Japanese Opening (with lyrics) (『楽しいムーミン一家』日本語オープニング(歌詞付き))”, by Boltkoira187, YouTube, 2015/03/18

さて、前置きがとてもとても長くなってしまいましたが今日の本題に入ります。
今年(2018年)の1月13日、大学入試センター試験(本試験)の地理Bでムーミンに関する問題が出題されます。3ヶ国の童話をモチーフにしたアニメーションを題材として、文化の共通性と言語の違いを考えさせる問題です。
問題はスウェーデンを舞台としたアニメーションとして、
『ニルスのふしぎな旅』
を例に出し、スウェーデン語の
それ いくら?
Vad kostar det?
ヴァッ コスタ デッ
を例示します。



その上で、次の選択肢からフィンランドに関するアニメーションと言語の組み合わせを選べというものです。

『ムーミン』

『小さなバイキング ビッケ』

いくらですか?
Hva koster det?
ヴァ コステル デ

いくらですか?
Paljonko se maksaa?
パリヨンコ セ マクサー
そしてこの問題の正解は、「タ」のムーミンと「B」なのだそうです。


これがネットやテレビなどで話題となり、さまざまな批判が巻き起こります。ツイッターでは、「#ムーミンを許すな」というハッシュタグで受験生だけでなく多くの人たちがツイートします。
最も多かったのが、ムーミンの選択肢についての批判です。
「ムーミンの舞台はムーミン谷で、フィンランドとは限らない」
というものです。ほかにも、
「アニメの知識が問われるのは地理Bの問題として相応しくない」
「外国語の知識が問われるのは地理Bの問題として相応しくない」
「中高年世代は設問のアニメを知っているが受験生は知らない」
などがあり、出題ミスではないかとまで言われます。



一方で、
・ヴァイキング(Viking)の拠点はノルウェー・デンマーク・スウェーデンでフィンランドではないから消去法でフィンランドは「タ」のムーミン
・ノルウェー語とスウェーデン語は同じインド・ヨーロッパ語族で似通っており、フィンランド語はウラル語族で文法や語彙がまったく異なるので「B」
の2点から論理的に正解が導ける良問だ、という反論も為されます。おそらく出題者もこのような意図で問題を作成したのだと思われます。
中には、
・Bにはトナカイのイラストが描かれているので、サンタクロースの拠点であるフィンランドだとわかる
・正解の組み合わせは「タB」なので、例に挙げられたニルスのふしぎな「旅」と語呂が合っている
などといった珍説までも飛び出します。しかしこれではもはや大学入試問題ではありません。



この問題に対して、出題元である大学入試センター(National Center for University Entrance Examinations)は産経新聞の取材に対して
「キャラクターの知識は直接必要なく、地理Bの知識、思考力を問う設問として支障はなかったと考えている」
と答えます。さらに、
・(選択肢「タ」ではムーミンの画像の背景から)低平で森林と湖沼が広がるフィンランドが類推される
・(言語については)教科書で取り上げられている言語区分の知識に基づき判断できる
と説明します。
しかし前者の説明は頂けません。なぜなら選択肢にあるムーミンの画像の背景には地面と大きな針葉樹しか描かれておらず、「低平で森林と湖沼が広がる」なんて想像もつかないからです。

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フィンランド南部のレポヴェシ国立公園(Repovesi National Park)
険しい森に青い湖と沼が点在する
M. Passinen [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY-SA 2.5-2.0-1.0], via Wikimedia Commons

ムーミン公式サイトは1月13日のセンター試験当日に、
「まだまだ知られてないんだな、と反省、もっと知ってもらえるよう公式サイトもがんばります!」
とツイートします。しかしこのツイートでは具体的にどこであるとは言っていません。
公式ツイッターアカウントはこの後いつの間にか位置情報を日本からフィンランドに変更したことも「やはりフィンランドだったのか!」と話題となります。
一方で在日フィンランド大使館は1月15日に次のようなツイートをします。
「ムーミンはフィンランド生まれだけど、ムーミン谷はどこに?」
「ムーミン谷はきっとみんなの心の中にあるのかな」


その後さらに騒動が大きくなったためか、公式サイトは1月16日にムーミン谷がある場所について見解を発表します。以下にポイントをまとめます。
・劇中の気候や風土の描写はフィンランドのそれを思わせる
・初めて英訳された第3作『楽しいムーミン一家』の英題は“Finn Family Moomintroll(フィンランドのムーミントロール一家)”
・第8作『ムーミンパパ海へいく』の巻頭の挿絵にはっきりと「フィンランド湾」と書かれている
・しかし公式見解では、現実とは別のファンタジーの世界であるとしている
・ただ、今回の出題は、原作ではなく昭和40年代のアニメーションについて尋ねたもの
・権利者の手元にも十分な資料がなく、第三者の検証に委ねたい
ネットで話題となった論点にも丁寧に答えている誠実な見解だと思います。
なお、公式ツイッターアカウントの位置情報は2月5日現在「ムーミン谷」となっています。

0495-moomin_official_where_is_moominvalley.jpg
【参考】“ムーミン谷はどこにある? 〜センター試験地理Bの出題に寄せて〜”, ムーミン公式サイト, 2018.1.16

個人的には、僕はこの問題は悪問だと思います。理由は次の3点です。
第一に、
・トーベ・ヤンソンはスウェーデン系フィンランド人で『ムーミン』の原作もスウェーデン語で書かれており、フィンランドにはスウェーデン語を話す人が一定数いる
・『楽しいムーミン一家』の英題は“Finn Family Moomintroll(フィンランド人のムーミン一家)”となっているが、スウェーデン語原題“Trollkarlens hatt(魔法使いの帽子)”にも作品の本文にもフィンランドとは一言も書いていない
・昭和40年代のアニメの『ムーミン』は原作者トーベ・ヤンソンは公認しておらず、再放送や配信、DVDなどのパッケージソフト化も禁止している
・『小さなバイキング ビッケ』の原作者ルーネル・ヨンソン(Runer Jonsson)はスウェーデン人で、原作もスウェーデン語で書かれている
・ビッケたちの拠点はスウェーデンのフラーケ地方であると作品中に明記されている
など、原作をよく知っている知識や教養が豊かな学生ほど混乱するという逆転現象が発生する点。
第二に、アニメの選択肢の画像の背景や言語の選択肢の挿絵などにもヒントがちりばめられており、地理の知識や論理的思考とは関係ないところで正解に到達するクイズ的要素が大きすぎる点。
第三に、そもそもアニメも原作もフィクションであり、架空の話であるという前提が抜け落ちている点。
しかし、様々な方法で出題者の意図に沿った回答にたどり着くことは可能で、正解が無かったり複数あったりするような「出題ミス」には至っておらず、点数調整などは必要ないと思います。悪問があったとしても動揺せずに正解にたどり着いたり、悪問は捨ててほかの問題やほかの科目で挽回する作戦をとれたりすることが大学入試における実力だからです。


【動画】“異論噴出!センター試験で「ムーミンの舞台」(18/01/15)”, by ANNnewsCH, YouTube, 2018/01/15

“Unforgivable Moomin”
ムーミンを許すな。

本人の意思とは関係なく日本の入試問題に使われたムーミン。
「ムーミンを許すな」と言われてもムーミンに責任は全くありません。
争いを好まず、平和を愛するムーミン。
戦争で祖国フィンランドが戦場となったトーベ・ヤンソンの平和を愛する心を写した主人公でした。
1966年、ヤンソンは児童文学における最高の栄誉とされる国際アンデルセン賞(International Hans Christian Andersen Award)を受賞します。ヤンソンはその後も精力的に小説や美術の創作を続けますが、2001年にヘルシンキで静かに息を引き取ります。86歳でした。
平和を愛するムーミンやヤンソンは、センター試験における論争を見て、きっとただただ「平和に暮らそうよ」と想っていることでしょう。そしてジャガイモと一緒に夢を育てるムーミンのように、受験生にも大きな夢をはぐくんで欲しいと思っているに違いありません。
全国の受験生の皆さん、どうぞご健闘をお祈りします!


それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第402回:“The honest village and the liar village.”―「正直村と嘘つき村」(Z会), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年01月25日
【参考記事】第318回:“Do what is right because it is right.” ―「正しいことをしよう。正しいのだから」(杉原千畝), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年05月20日
【関連記事】第97回:“Life is worth living.”―「この世は生きるに値するんだ」(宮崎駿), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年09月24日
【関連記事】第448回:“My life is a lovely story, happy and full of incident.” ―「私の人生は素敵な物語。幸せだった。いろんな事があった」(アンデルセン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年07月28日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“History ((ムーミンの)歴史)”, ムーミン公式サイト(https://www.moomin.com/
【参考】“トーベ・ヤンソンについて”, ムーミン公式サイト(https://moomin.co.jp/
【参考】“宮崎駿バイオグラフィー”, by takatou0711さん, 宮崎駿, ジブリフリーク 〜スタジオジブリ/高畑勲・宮崎駿作品総合サイト〜
【参考】“センター試験の地理Bでムーミン、小さなバイキングビッケの国名を問う悪問が出て炎上”, コジテク, 2018/1/13
【参考】“ムーミン公式、センター試験問題の件で位置情報をフィンランドに変更”, 黒白ニュース, 2018.01.15
【参考】“ムーミン谷はどこにある? 〜センター試験地理Bの出題に寄せて〜”, ムーミン公式サイト, 2018.1.16
【参考】“University entrance exam question on Moomins series leaves Japanese students bewildered (ムーミンシリーズに関する大学入試問題が日本の受験生を当惑させる)”, by Cory Baied, The Japan Times, JAN 16, 2018
【参考】“ムーミンの谷はフィンランドかスウェーデンか 1月17日”, 産経抄, 産経新聞, 2018.1.17
【参考】“‘Unforgivable Moomin’ is Possibly Japanese Hashtag of the Year After Surprise Appearance in University Entrance Exam (「ムーミンを許すな」という大学入試後に搭乗したハッシュタグは日本の年間ハッシュタグ大賞になるだろう)”, grape, 2018-1-17
【参考】“「ムーミン」出題、入試センター「設問として支障ない」と見解”, 産経WEST, 2018.1.17
【参考】“ムーミンの炎上入試問題が不適切どころか「良問」である理由”, by 鈴木貴博:百年コンサルティング代表, DIAMOND online, 2018.1.19
【参考】“センター試験のムーミン問題は地理の基礎知識か戦車道に通じていれば別にムーミンを知らなくても解ける良問、つまりガルパンはいいぞ”, by takatou0711さん, NAVERまとめ, 2018年1月13日

【動画】“Tanoshii Mūmin Ikka "1990" Japanese Opening (with lyrics) (『楽しいムーミン一家』日本語オープニング(歌詞付き))”, by Boltkoira187, YouTube, 2015/03/18
【動画】“異論噴出!センター試験で「ムーミンの舞台」(18/01/15)”, by ANNnewsCH, YouTube, 2018/01/15



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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン ☁ | Comment(2) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
のざわさん、こんにちは。ジム佐伯です。コメントありがとうございます。そしていつもブログをご覧になって頂きありがとうございます。ムーミンを見ているといつも心が浄化されます。ミムラ姉さんは母親からミイを預けられた保護者という役で登場しますがミイよりも百倍いい人で、とても素敵な女性ですよね。女優のミムラさんは女性らしいミムラ姉さんに憧れて芸名をつけたそうです。白鳥英美子さんの歌声はとても美しくて癒されますね。コメントとても励みになります。これからもよろしくお願い致します。
Posted by ジム佐伯 at 2018年02月06日 06:24
ジム佐伯様、おはようございます。記事を楽しく拝読させていただきました。私も昔テレビでムーミンを見たことがあり、ほのぼのとした作品に心惹かれました。ミーはミムラ姉さんとか言っていました。ミムラという語感が日本語に似ていると感じました。作者のトーベヤンソンさんは政治風刺の雑誌に漫画を描いていたのですか。当時フィンランドはソ連やドイツと戦っていたことを貴ブログで詳しく知りました。デンマーク語を学んだことで私の関心はついデンマークにつながります。ムーミンは日本では丸い姿ですが、原画ではもっととがっていて、原作者との間で争いもあったのですね。ジャガイモと夢を育てていたいと願うムーミンの平和主義はとてもいいなと私は思います。戦争の時代を経験したからこそ、平和への強い願いが描けたのでしょうね。大学入試問題の論争が一時にぎわしました。ジムさんの分析や見解を拝読し、明晰さに心を打たれました。さっと読んだだけで、きちんとすべてを理解したわけではないのですが。フィンランドにはスエーデン語を話す方々も一定数おられることも私は聞いたことがありましたし、トーベヤンソンはスエーデン語で原作を書いたことも聞いていました。余談ですが、デンマーク人作家フィン・セーボーの作品「姓名不詳」という作品を今デンマーク語で読んでいます。(1965年の作品)東側に対抗するために対対ミサイルの発射実験をして、失敗する。また最新式のジェット機の事故で1人助かった記憶喪失の男が東側のスパイとして捕えられるなど、ハラハラしたりドタバタ喜劇調に笑ったりです。ジム様の東西冷戦の記事が物語の理解の参考になっています。ありがとうございます。また余談ですが、ムーミンの主題歌を歌っている白鳥英美子(トワエモア)の女性ボーカルは好きな歌手です。風貌が少し似ている私です。
Posted by のざわ at 2018年02月05日 10:39
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