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2018年01月24日

第493回:“Nursing is an art.” ―「看護とは芸術です」(ナイチンゲール)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第493回の今日はこの言葉です。
“Nursing is an art.”

「看護とは芸術です」
という意味です。
これはイギリスの看護婦(a nurse, 現在は「看護師」と呼ばれる)、フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale, 1820-1910)の言葉です。近代的な看護学を確立した人物で、近代看護教育の母とも呼ばれています。

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フローレンス・ナイチンゲール(1860年頃撮影)
By Henry Hering (1814-1893) (National Portrait Gallery, London) [Public domain], via Wikimedia Commons

1820年、フローレンス・ナイチンゲールはイギリスの上流階級の裕福な家庭に生まれます。両親の2年間の新婚旅行中にトスカーナ大公国(Grand Duchy of Tuscany)の首都フィレンツェで生まれたそうですからゴージャスな話です。女の子は生まれた街の英語読みであるフローレンス(Florence)と名づけられます。彼女はイギリス上流家庭の令嬢だったのです。
一家は翌1821年にイギリスに帰国し、ハンプシャー地方のエンブリー(Embley)やダービーシャー地方のリー・ハースト(Lea Hurst)などで暮らします。
子供の頃は徹底した英才教育を受け、英語に加えてフランス語やギリシャ語やイタリア語の会話と読み書き、教養の基礎としてのラテン語、ギリシア哲学や心理学、数学や天文学や経済学、イギリスや外国の歴史や地理、美術や音楽や絵画や詩や小説などを学びます。

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かつてナイチンゲール家が住んでいたエンブリーの邸宅(2007年撮影)
Dmartin@ukonline.co.uk at English Wikipedia [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY 2.5], via Wikimedia Commons

イギリスの上流階級の人々は慈善活動に熱心ですが、フローレンスは慈善訪問で接した貧しい農民の悲惨な生活を目の当たりにします。彼女がエンブリーで暮らしていた16歳の頃に神のお告げがあったとフローレンスは語っており、その時から人々に奉仕する仕事に人生を捧げたいと考えるようになります。
24歳の頃、フローレンスは看護の道に進むことを家族に打ち明けます。当時のナイチンゲール家のような上流階級の女性は働く必要がなく、良き妻と良き母となることだけが求められています。ましてや当時の看護師は病人の世話をする召使のような存在でしたから、母親は強く反対します。
フローレンスは美人でスタイルもよく魅力的な女性です。人当たりはきついところもありましたが、とてもチャーミングで笑顔が眩しかったと言われています。そんな人に看護してもらえたら幸せですよね。当然男性にもモテます。政治家で詩人でもあった貴族リチャード・ミルネス(Richard Milnes)は9年間求婚し続けましたが、フローレンスはそれを振り切って看護の研究を続けます。

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若き日のフローレンス・ナイチンゲール(1840年代の肖像画)
Augustus Egg [Public domain], via Wikimedia Commons

ナイチンゲールはドイツのデュッセルドルフ郊外にある病院付学園施設カイゼルスヴェルト学園(The Institution of Kaiserswerth)で看護を学んだ後に、イギリスへ戻ってロンドンの病院で看護婦になります。当時は無給でしたので、家族で唯一の理解者である父親が生活を援助します。
1851年、ナイチンゲールは匿名で看護についての最初の本を出版します。そこでナイチンゲールが書いたのが今日の言葉です。若干長いですが引用します。
“Nursing is an art: and if it is to be made an art, it requires an exclusive devotion as hard a preparation as any painter’s or sculptor’s work; for what is the having to do with dead canvas or dead marble, compared with having to do with the living body, the temple of God’s spirit? It is one of the Fine Arts: I had almost said, the finest of Fine Arts.”
「看護は芸術です。芸術として作られたからには、画家や彫刻家が懸命に準備するように、相当の献身を必要とします。ただ命なきキャンバスや大理石にすべきことと、神の精神が宿る場所としての命ある体にすべきことは違いますよね。看護は純粋芸術の一つです。最も美しい純粋芸術なのです」

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ナイチンゲールの肖像画
By Charles Staal, engraved by G. H. Mote (not available) [Public domain], via Wikimedia Commons

1853年、ロシア帝国とオスマン帝国の両軍がドナウ河周辺とバルカン半島で激突します。オスマン帝国の支配下にあったギリシャは義勇兵を出してロシア側について戦い、フランスとイギリスはオスマン帝国と同盟を結んで参戦します。クリミア戦争(Crimean War, 1853-56)です。
イギリスはナポレオン戦争以来の大規模な遠征軍を派遣します。攻撃目標はロシア黒海艦隊の基地があるクリミア半島の要衝セヴァストポリ(Sevastopol)です。ロシア軍は街を要塞化して立てこもり、同盟軍は塹壕を掘って包囲します。

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クリミア戦争のセヴァストポリ包囲戦(1904年の絵画)
Franz Roubaud [Public domain], via Wikimedia Commons

当時のイギリスはヴィクトリア女王(Victoria)の治世です。首相は保守党から分裂したピール派の第4代アバディーン伯爵ジョージ・ハミルトン=ゴードン(George Hamilton-Gordon, 4th Earl of Aberdeen)。ホイッグ党と連立政権を運営していましたが、クリミア戦争が長引いて泥沼化するに伴い国民の支持を失っていきます。

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アバディーン伯爵ジョージ・ハミルトン=ゴードン(1950年代の肖像画)
By Materialscientist ([1]), cropped by Jim Saeki in 2018 [Public domain], via Wikimedia Commons

クリミア戦争の最前線での兵士たちの悲惨な状況はタイムズ紙(The Times)の特派員らによってイギリス国民にも生々しく伝えられます。これを知ったナイチンゲールは、自ら看護婦として従軍しようと決意を固めます。
一方、事態を重く見た戦時大臣の初代ハーバート・オブ・リー男爵シドニー・ハーバート(Sidney Herbert, 1st Baron Herbert of Lea)も、ナイチンゲールに相談して戦地への従軍を依頼します。ハーバート卿はかつてローマでナイチンゲールと知り合って夫婦ぐるみで親しくなり、帰国後もナイチンゲールはハーバート卿の医療分野の顧問のような存在だったのです。

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シドニー・ハーバート(1847年の肖像画)
By Sir Francis Grant, cropped by Jim Saeki in 2018 [Public domain], via Wikimedia Commons

1854年10月、ナイチンゲールは看護婦14人とシスター24人を率いて後方基地と病院があるオスマン帝国の首都イスタンブール(Istanbul)の近郊のスクタリ(Scutari)に向かい、11月に到着します。しかし現地の病院の衛生状態は非常に悪く、物資も不足して酷い状態です。さらに責任者の軍医長官は自分の管轄外だとして看護婦団の従軍を拒否します。
それでもナイチンゲールは諦めません。ナイチンゲールたち看護団の従軍を阻んでいる縦割り行政の弊害を逆手にとって、病院の便所掃除がどの部署の管轄にもなっていないことに目をつけます。そしてまずは便所掃除から担当することによって病院業務に入り込むのです。
そしてその頃、ナイチンゲールの活動に強い味方が現れます。時の女王ヴィクトリアが、ナイチンゲールからの報告を女王に直接上げるように命じたのです。その命令書は戦地の病院にも貼り出され、ナイチンゲールと看護団は大いに勇気づけられます。

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ヴィクトリア女王(1854年撮影)
Roger Fenton [Public domain], via Wikimedia Commons

間もなく、戦時省と陸軍省が合併することで管轄違いの問題も改善されます。ナイチンゲールはスクタリ病院の看護の総責任者となり、その手腕を存分に発揮して活躍します。ナイチンゲールの報告をもとに病院の衛生状態を改善する命令が出され、1946年の2月には42%もあった死亡率は3ヶ月後に5%にまで激減します。衛生状態の改善だけでなく看護団の献身的な活動が患者の回復に大きく貢献したことは言うまでもありません。ナイチンゲールはランプを持って夜回りを欠かさなかったことから「ランプの貴婦人(The Lady with the Lamp)」とも呼ばれたり、「クリミアの天使(The Angel of the Crimea)」と呼ばれたりします。
看護師は現在も「白衣の天使(The White Angel)」と呼ばれますが、この「クリミアの天使」からの連想によるところが大きいと僕は思います。

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看護婦として戦傷兵を見舞うナイチンゲール(1855年の新聞の挿絵)
London News (February 24, 1855) [Public domain], via Wikimedia Commons

1856年、パリで平和条約が結ばれて同盟軍は勝利し、クリミア戦争は終結します。ナイチンゲールは病院の最後の患者が退院した後に人目を忍んで帰国します。帰国後ナイチンゲールは様々なメディアに取り上げられ、国民的英雄となります。ナイチンゲール自身はそのことを快く思っていませんでしたが、クリミア戦争におけるイギリスの広告塔となることを厭いませんでした。
そしてナイチンゲールの看護団は帰国後も病院での状況を振り返って分析し、詳細な統計資料を作成します。この偉業により、イギリスではナイチンゲールは統計学の創始者ともされています。
また、戦時中に看護婦教育の振興のために作られたナイチンゲール基金(Nightingale Fund)の資金をもとにして、ナイチンゲールは1860年に聖トーマス病院(St Thomas' Hospital)内にナイチンゲール看護学校(The Florence Nightingale School of Nursing and Midwifery)を設立します。今はロンドン大学キングス・カレッジ(King's College London, KCL)の一部となっています。

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ナイチンゲール看護学校でのナイチンゲール(中央)と生徒たち
By FormerBBC (Own work) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

しかし、クリミアの戦場での過酷な勤務とイギリス帰国後の精力的な統計作業は、ナイチンゲールの心身に大きな負担をかけたようです。
1857年、ナイチンゲールは心臓発作で倒れます。帰国の翌年、37歳の時のことです。その後は虚脱状態に悩まされ、その後は看護の仕事をすることもなく、ほとんどをベッドの上で過ごします。慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome)とされていますが、燃え尽き症候群(Occupational burnout)でもあったのではないかと僕は思います。
ナイチンゲールは看護婦の象徴というイメージがありますが、彼女が実際に負傷兵たちの世話をしたのは、結局クリミア戦争従軍時のわずか2年間だけでした。
1910年、ナイチンゲールはロンドンの自室で静かに息をひきとります。享年90歳。生涯独身でした。

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晩年のナイチンゲール
Photo by Unknown, cropped by Jim Saeki in 2018 [CC BY 4.0], via Wikimedia Commons

「ナイチンゲール効果(Florence Nightingale effect)」という言葉があります。「ナイチンゲール症候群(Florence Nightingale Syndrome」とも呼ばれます。
これは、看護師が患者を世話しているうちに患者に恋愛感情を抱いてしまうことを示しています。もちろん患者に人間的に惹かれて恋愛に至ることもあるかもしれませんが、ここではそのことを言っていません。ケガや病気の相手に頼られることから相手に好かれていると思い込んでしまい、せっせと世話をすることで母性本能も刺激されるのかもしれません。普通は患者が回復して助けを必要としなくなった時点で恋愛感情は徐々に無くなります。ただこれは「クリミアの天使」として看護師の象徴となったナイチンゲールの名が単純につけられただけで、ナイチンゲール自身は患者に職務以上の恋愛感情を示したことは一切なかったようです。

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ナイチンゲール(1950年代撮影)
By H. Lenthall, London [Public domain], via Wikimedia Commons

僕の大好きな映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the Future)』(1985年アメリカ)には、意外ですがナイチンゲール効果が出てきます。主人公マーティの父ジョージと母ロレインが恋に落ちたのは、木から落ちたジョージをロレインが看病したことがきっかけだったかたです。これは典型的なナイチンゲール効果です。映画ではマーティがドクにその話をすると、ドクが冷静に解説するのがおもしろいです。
“That's a Florence Nightingale effect.”
「それはナイチンゲール効果ってやつだ」
“It happens in hospitals when nurses fall in love with their patients.”
「病院で、看護師が患者に恋におちるときのことさ」


【動画】“Doc and Marty deduce how even wusses can find love (ドクとマーティがヘタレが愛される方法を考えてみる)”, by potshot89, YouTube, 2011/01/30

また、患者が自分を優しく世話してくれる看護師の仕事を好意だと勘違いして看護師に恋愛感情を抱くことがありますが、これがナイチンゲール効果であるともしばしば誤用されます。しかしこれはナイチンゲール効果とは言いません。これはオーストリアの精神医学者ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)が言うところの「転移(transference)」のことです。

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ジークムント・フロイト(1921年頃撮影)
Max Halberstadt [Public domain], via Wikimedia Commons

看護学校や大学で看護を学ぶ学生たちは、初めて病院実習に臨むにあたり、教員が学生一人一人にナースキャップを与える戴帽たいぼう式(capping ceremony)」という儀式を行います。看護師を目指すものとしての職業に対する意識を高め、またその責任の重さを自覚させるための儀式です。
戴帽式では看護師たちはナースキャップをつけてもらった後にナイチンゲール像から灯りを受け取り、そのキャンドルの明かりの中でナイチンゲール誓詞(Nightingale Pledge)を唱えて誓いをたてます。

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戴帽式(2006年撮影)
By Boysdn (Own work) [FAL], via Wikimedia Commons

“Before God and those assembled here, I solemnly pledge;
To adhere to the code of ethics of the nursing profession;”

「われはここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わん、
わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを」
こんな言葉で誓詞は始まります。そして次のような言葉で締めくくられるのです。
“May my life be devoted to service and to the high ideals of the nursing profession.”
「われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん」
ただ、これは後年アメリカのデトロイトにあった看護学校の校長リストラ・グレッター(Lystra Gretter)がナイチンゲールの偉業を讃えて作ったものです。ナイチンゲールが語った言葉やナイチンゲールが書いた言葉ではありません。
また、ナースキャップの形を整える糊が院内感染の原因になりかねないということで、今では看護師がナースキャップをつけない病院が大多数となっています。そのため戴帽式を廃止したり、「ナーシングセレモニー」「戴灯式」「宣誓式」などと名前を変えて行われたりしているようです。


【動画】“旭化成 CM「希望をつくろう。」120秒バージョン”, by cmcollection2, YouTube, 2010/10/30

“Nursing is an art.”
看護とは芸術です。

クリミア戦争で献身的に傷病兵を看護して「クリミアの天使」と呼ばれたナイチンゲール。
帰国後は統計学の始祖にして看護学の母とも呼ばれました。
ナイチンゲールはそれまで単に病人の世話をする召使のような存在だった看護の重要性に着目して「最も美しい芸術である」と言い切り、医療の重要な要素として世に知らしめたのです。
ナイチンゲールの灯もし火は傷病兵を救っただけでなく、今でも看護の道をこころざす人たちを導く心の支えとなっています。


【動画】“Florence Nightingale - Mini Biography (フローレンス・ナイチンゲール - ミニ伝記)”, by Biography, YouTube, 2013/07/08

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第82回:“Back to the Future!”―「未来へ戻れ!」(バック・トゥ・ザ・フューチャー), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年08月29日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“NURSES−THE HEART OF HEALING (看護師 - 癒しの心)”, by Ginny A. Roth, U.S. National Library of Medicine (NLM), May 6, 2014
【参考】“【ナイチンゲールとトルストイ】クリミア戦争の経験は二人の人生をどう変えたか?”, 趣味時間, 2016年12月19日
【参考】“「戴帽式」と何珍ゲール誓詞”, 看護師転職|虎の巻
【参考】“ナイチンゲール誓詞を覚える”, by brown30さん, へなちょこだった私が看護師になるまで, 2016年10月28日

【動画】“Doc and Marty deduce how even wusses can find love (ドクとマーティがヘタレが愛される方法を考えてみる)”, by potshot89, YouTube, 2011/01/30
【動画】“旭化成 CM「希望をつくろう。」120秒バージョン”, by cmcollection2, YouTube, 2010/10/30
【動画】“Florence Nightingale - Mini Biography (フローレンス・ナイチンゲール - ミニ伝記)”, by Biography, YouTube, 2013/07/08

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン ☁ | Comment(2) | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
のざわさん、こんにちは。ジム佐伯です。コメントありがとうございます。そしていつもブログをご覧になって頂きありがとうございます。ナイチンゲールは子供の頃に習ったことがありますが、ランプを持って患者を回るイメージだけしか記憶に残っていませんでした。今回改めて調べてみて、その人間像や行動がとても興味深いことに気づきました。のざわさんのお兄様ご夫妻の出会いのエピソードも素敵ですね。ナイチンゲール症候群ではなく、お互いをよく理解した上で深く惹かれ合ってご結婚されたのでしょうね。コメントとても励みになります。これからもよろしくお願い致します。
Posted by ジム佐伯 at 2018年01月27日 04:58
ジム佐伯様、たいへん興味深く拝読させていただきました。ナイチンゲールは子ども用の伝記に必ずあるのではないでしょうか。上流階級に生まれ、職業婦人になることは珍しかったにもかかわらず、ある日天啓のように看護婦になることを夢見たのですね。私は中学の頃看護婦さんがなりたい仕事でした。父が弱かったため、また兄が医学部に進んだことも医学に興味を持ったきっかけでした。私自身は理科系が苦手で、看護師でなく、好きな英語の教師の道を選びました。イギリスに旅行したとき、ナイチンゲール記念館(?)に行きました。大学に併設していたように思います。(ロンドンだったと思います)親族の看護師さんにそこでお土産を買い求めました。ナイチンゲールはクリミヤ戦争で傷ついた兵士を助けるために志願する意思の強さに感動しました。ナイチンゲールが統計学にもたけていたことを初めて知りました。とても興味深いです。ナイチンゲール症候群の記述の部分で、兄夫妻のことを思いました。兄は医師になってすぐ入院し、看護師さんと親しくなり結婚しました。兄は58歳で他界してしまいましたが、素敵なお嫁さんと結婚したことはとてもありがたいことでした。今もずっと実の姉妹のようにお付き合いしています。記事と関係なくてすみません。
Posted by のざわ at 2018年01月24日 21:30
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