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2017年11月21日

第477回:“Thus Fate knocks at the door.” ―「運命はかく扉を叩く」(ベートーヴェン)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。

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Image by Steffen Kugler / Stringer [Rights-managed], via Getty Images

第477回の今日はこの言葉です。
“Thus Fate knocks at the door.”

「運命はかく扉を叩く」
という意味です。これはドイツの作曲家ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)の言葉です。
英語語読みでは「ルードヴィッグ・ヴァン・ベートーヴェン」となります。また「ベートーヴェン」はドイツ語読みでは「ベートホーフェン」に近い発音になります。

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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
(1820年の肖像画)
Joseph Karl Stieler [Public domain], via Wikimedia Commons

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは神聖ローマ帝国(Holy Roman Empire)ボン(Bonn)に生まれます。後の冷戦時には西ドイツの首都だったボンです。同名の祖父ルートヴィヒは宮廷楽長、父のヨハン(Johann)は宮廷歌手という音楽一家で、いずれもケルンの選帝侯に仕えています。父ヨハンはルートヴィヒが4歳の頃からその才能に着目し、音楽の英才教育をほどこします。このあたり前回ご紹介したウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756-1791)にも少し似ていますね。

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ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト
(1819年、彼の死後に想像で描かれた肖像画)
Barbara Krafft [Public domain], via Wikimedia Commons

父ヨハンは酒飲みで収入は途絶えがちで、祖父が亡くなると家族の生活は困窮します。またルートヴィヒへの音楽教育は虐待に近いほど厳しいものであったため、幼少期のルートヴィヒは音楽が嫌いになってしまいます。
1787年、16歳のルートヴィヒはウィーンへ旅行し、あこがれていたモーツァルトを訪ねます。しかし最愛の母マリアが病気で倒れた知らせを受けて帰郷します。ベートーヴェンとモーツァルトの対面がどんな様子だったかはとても興味がありますよね。しかし残念ながら記録に残っていないため、想像するしかありません。
母マリアは間もなく肺結核で亡くなり、父ヨハンはアルコール依存症となって失職します。ルートヴィヒはいくつもの仕事を掛け持ちして家計を支えます。

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少年時代のベートーヴェン(1783年頃の肖像画)
By [Expand]Unidentified painter, 18th-century portrait painting of men, with Unspecified, Unidentified, Unknown or Anonymous artist. Anonymous [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY-SA 2.5], via Wikimedia Commons

ベートーヴェンは21歳の時、ロンドンからウィーンへ戻る途中でボンに立ち寄った高名な音楽家フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(Franz Joseph Haydn)と出会い、その才能を認められて弟子入りを許されます。そしてウィーンへ移住して間もなく、父ヨハンが死去します。
ウィーンでベートーヴェンはピアノの超絶技巧による即興演奏の名人として活躍し、有名になります。またピアノソナタなどの作曲を始め、自らの作品を演奏します。
初期の傑作としては、『ピアノソナタ第8番 ハ短調 作品13(Piano Sonata No. 8 in C minor, Op. 13)』が有名です。『悲愴(Sonata Pathétique)』という愛称でも有名です。


【動画】“Daniel Barenboim plays Beethoven Sonata No. 8 Op. 13 (Pathetique) (ダニエル・バレンボイム演奏、ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番 作品13 『悲愴』)”, by davidofpiano423, YouTube, 2013/08/05

なお、“Op. 13”というのはこの作品が13番目のものであることを表す「オーパス番号(opus number)」と呼ばれる作品番号です。「作品13」や「オーパス13」と読まれます。モーツァルトの作品には作品目録をまとめた人物の名前をとって「ケッヘル番号(Köchel number)」がついていますが、オーパスはラテン語で「創作」を表す「オプス(opus)」を起源とする普通名詞で、ベートーヴェンに限らず一般的に使われます。

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若き日のベートーヴェン(1801年の肖像画)
By Carl Traugott Riedel (1769-1832) (www.answers.com) [Public domain], via Wikimedia Commons

1801年、ベートーヴェンは『ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 作品27-2(Piano Sonata No. 14 in C-sharp minor, Op. 27)』を発表します。これはベートーヴェン自身により『幻想曲風ソナタ(Quasi una fantasia)』と副題がつけられています。また通称として『月光ソナタ』とも呼ばれます。ドイツ語で『モントシャインソナーテ(Montscheinsonate)』、英語では『ムーンライト・ソナタ(Moonlight Sonata)』です。ドイツの音楽評論家ルートヴィヒ・レルシュタープ(Ludwig Rellstab)が「スイスのルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のようだ」と表現したのがきっかけです。



この作品は、ベートーヴェンのピアノの弟子だったイタリア出身の伯爵令嬢ジュリエッタ・グイチャルディ(Giulietta Guicciardi)に献呈されます。当時30歳のベートーヴェンは14歳年下のジュリエッタと恋に落ちますが、結局その恋は実を結ぶことはありませんでした。
『月光』は伝統的な古典派ソナタの様式を大胆に破壊し、ロマン派の扉を開いた作品だといわれています。
メリハリの効いた美しい旋律と豊かなハーモニーは『月光』という名にぴったりです。僕もこの作品が大好きです。


【動画】“Beethoven : Sonata No.14 Op.27 No.2 ("Moonlight") / Valentina Lisitsa (ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番 作品27-2 『月光』 / ヴァレンティーナ・リシッツァ演奏)”, by Jonson Lee, YouTube, 2015/03/18

ベートーヴェンがピアノ・ソナタを盛んに作曲してピアノ演奏で喝采を受けたこの時代、ピアノという楽器自体が技術革新の真っ最中にありました。
音を出すのに熟練がいる管楽器や弦楽器に比べて、鍵盤楽器は誰が弾いても正確な音が出せることが特長です。しかし初期の鍵盤楽器であるクラヴィコード(clavichord)は音量が小さく、チェンバロ(clavicembalo)は音量の調節が利かないという欠点がありました。そこでハンマーが弦を叩き、叩いた後は弦と接触し続けないという複雑な機構を持つピアノが1700年代初頭に発明され、18世紀後半には音楽の都ウィーンでピアノ製作が盛んになり、音楽家も積極的に採用します。モーツァルトがピアノ演奏で天才と呼ばれ、ピアノソナタを数多く作曲した時代です。この頃のウィーンのピアノはワルター社の製品が普及しており、61鍵で音域が5オクターヴと狭く、音の減衰も早いものでした。また鍵盤の色はチェンバロのように今のピアノと黒白が逆でした。ベートーヴェンの1800年前後の作品も、このピアノの音域ぎりぎりで作曲されます。
その後パリのエラール社が68鍵のピアノを、さらにイギリスのブロードウッド社が73鍵で6オクターヴのピアノを発表しますが、ベートーヴェンはそれらの音域を最大限に使ったソナタを作曲していきます。
ちなみに現在のピアノは88鍵で7オクターヴと短3度の音域を持ち、オーケストラの全楽器の音域よりも広い幅の音を出すことができます。

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1805年に製作されたワルター製ピアノのレプリカ
By The original uploader was Opus33 at English Wikipedia (Transferred from en.wikipedia to Commons.) [GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons

また、この頃のベートーヴェンは耳が聴こえなくなるという苦難に直面します。20代の後半から始まった持病の難聴が徐々に悪化したものです。28歳の時には中途難聴者としては最高度の難聴となってしまいます。音楽家としては絶望的な状況です。彼は聴覚障害の進行に落胆し、自殺も考えたようです。甥のカールや弟のヨハンに宛てて絶望感や回復への望みを切々と書いた遺書のような手紙も残されています。
しかし音楽への強い情熱をもって精神の危機を乗り越え、再び生きる意欲をもって音楽に取り組むようになります。ベートーヴェンが31〜32歳の頃です。

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32歳の頃のベートーヴェン(1803年の肖像画)
Christian Horneman [Public domain], via Wikimedia Commons

1804年、ベートーヴェンは『交響曲第3番変ホ長調 作品55(Symphony No. 3 in E-flat major, Op. 55)』を発表します。
この交響曲第3番には『シンフォニア・エロイカ(Symphonia eroica)』という副題がついています。『英雄交響曲』という意味です。“eroica”とはイタリア語で、英語圏でもそのまま使われますが、“Heroic Symphony”という名前も使われます。



この曲は、1789年のフランス革命(French Revolution)の後に起きたフランス革命戦争(French Revolutionary Wars, 1792-1802)で対仏大同盟軍に連戦連勝したナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte)の勝利を讃える曲として書いたものです。しかしフランス革命と共和制の守護者であるかに見えたナポレオンは、この曲の発表直後の1805年に皇帝に即位して専制君主となってしまいます。
それを知ったベートーヴェンが激怒して、ナポレオンへの献辞が書かれた楽譜の表紙を破り捨てたというのは有名な話ですが、真偽のほどは定かではありません。ただ当初『ボナパルト(Bonaparte)』だった表題を変更し、ナポレオンへの献辞も削除して献呈をとりやめたのは事実です。

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皇帝即位直前の頃のナポレオン(1802年頃の肖像画)
Baron Antoine-Jean Gros [Public domain], via Wikimedia Commons

この交響曲第3番は、ハイドンやモーツァルトの交響曲や自身の交響曲第1番、第2番とは明らかに異なる作品です。第一に、作品自体が長いです。これまでの交響曲はおよそ20〜30分の長さでしたが、この曲は倍の長さの約50分です。また第二に、交響曲の形式を大胆に破って第二楽章に葬送行進曲を、第三楽章にスケルツォを使用します。第三楽章のスケルツォはその後もよくつかわれ、これにより古典派の交響曲の形式が完成したと言われます。そして第三に、明確な副題がつけられます。それまでの交響曲には副題があるものもありますが、後づけで呼ばれた愛称のようなものがほとんどです。しかしベートーヴェンは自ら副題をつけ、明らかにそれに沿った音楽を創造します。これを「表題音楽(program music)」といいます。この後、表題音楽として作られる交響曲が多くなります。
ベートーヴェンはこの作品によって交響曲にイノベーションをもたらし、「クラシック」の語源ともなった古典派音楽を完成させると共に、その後のロマン派音楽の源流となって大きな影響を与えていくのです。
ちなみに「交響曲」という日本語は、明治時代に軍医将校としてドイツへ留学した森鴎外(Ōgai Mori)が訳した言葉です。


【動画】“Beethoven: Symphony No. 3 "Eroica" / Karajan ・ Berliner Philharmoniker (ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 / カラヤン指揮 - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2014/07/16

1808年、ベートーヴェンは『交響曲第5番 ハ短調 作品67(Symphony No. 5 in C minor, Op. 67)』を発表します。「ジャジャジャジャーン」の出だしでおなじみの、世界で最も有名な交響曲です。
その雄大なハーモニーと緻密な構成で、ベートーヴェンの創作活動の頂点の一つと言われます。
日本では『運命(Fate)』と呼ばれますが、これはベートーヴェン自らがつけた副題ではありません。
ドイツの音楽家でベートーヴェンの弟子兼秘書のような存在だったアントン・シンドラー(Anton Schindler)によるベートーヴェンの伝記によると、ベートーヴェンが冒頭の音を次のように伝えたという逸話から来たものです。



“So pocht das Schicksal an die Pforte.”
(ゾー・ポッホト・ダス・シュニックザル・アン・ディー・プフォルテ)
「運命はかく扉を叩く」
英語にすると、
“Thus Fate knocks at the door.”
となります。
いかにもベートーヴェンが言いそうな言葉ですよね。しかし実はシンドラーは貴重なベートーヴェンとの筆談記録の半分以上を破棄し、自分の都合のいいように改ざん・ねつ造して伝記にもそれを反映させたとされており、この「運命」の逸話も真偽のほどはわかりません。
しかしそれによってこの曲の素晴らしさが損なわれるものではありません。


【動画】“Beethoven: Symphony No. 5 / Karajan ・ Berliner Philharmoniker (ベートーヴェン:交響曲第5番 / カラヤン指揮 - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2014/10/30

1813年、ベートーヴェンは『交響曲第7番 イ長調 作品92(Symphony No. 7 in A major, Op. 92)』を発表します。この頃のベートーヴェンはほぼ全聾といってよい状態となっています。
リズミカルで明るく、華やかなメロディーは今でも人気が高く、『ベト7しちと呼ばれて親しまれています。
二ノ宮知子の漫画で、アニメ化や実写ドラマ化、映画化もされた『のだめカンタービレ(Nodame Cantabile)』でも取り上げられて、大人気となった作品でもあります。


【動画】“ベートーベン交響曲第7番”, by aroisuspinoff, YouTube, 2010/01/04

1824年、ベートーヴェンは『交響曲第9番 ニ短調 作品125(Symphony No. 9 in D minor, Op. 125)』を発表します。古典派音楽の集大成ともいえる歴史的な名作で、来るべきロマン派音楽の道しるべとなった作品です。
日本でもとても人気がある曲で、『第九だいく』と呼ばれて親しまれており、年末にコンサートが開かれるのが恒例となっています。もともとは大晦日に第九のコンサートをするドイツの習慣から来ていますが、戦後まもない時期のオーケストラ団員の生活のために始まったという説もあります。
音楽CDの記録時間が74分になったのは、『第九』が1枚に収まるようにソニー(Sony)が譲らなかったためと言われています。ソニーもなかなかやるものです。
第4楽章の合唱はドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラー(Friedrich von Schiller)『歓喜に寄せて(Ode to Joy, ドイツ語原題:An die Freude)』を原詩としたもので、日本では『歓喜の歌』とも呼ばれます。


【動画】“Beethoven: Symphony No. 9 in D minor, 'Choral' - BBC Proms 2015 (ベートーベン交響曲第9番 ニ短調, 『合唱付き』 - BBCプロムス)”, by BBC, YouTube, 2015/07/19

この曲はドイツや欧州、そして人類の融和の象徴としても使われます。
1964年の東京オリンピックに東西ドイツが統一選手団を送った時には国歌の代わりとして使われます。
また1989年にドイツのベルリンの壁(Berlin Wall)が崩壊した直後のクリスマスには、レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein)の指揮で東独・西独・米・ソ・仏・英の6ヶ国の混成オーケストラによる『第九』のコンサートがベルリンで行われます。この時は『歓喜の歌』が『自由の歌(Ode to Freedom, ドイツ語原題:An die Freiheit)』と変えられて演奏されます。
1998年の長野オリンピックの開会式では、小澤征爾(Seiji Ozawa)の指揮により世界の5大陸・6ヶ国・7ヶ所が連携した演奏が世界中に中継されます。
EU:欧州連合(European Union)では、『歓喜の歌』が『欧州の歌(Anthem of Europe)』として採択されています。


【動画】“Beethoven: Symphony No.9 "Ode to Freedom" (ベートーベン交響曲第9番, 『自由の歌』)”, by EuroArtsChannel, YouTube, 2011/06/10

もうすぐ『第九』の季節ですね。日本ではこの曲を聴くと年の瀬が迫っている実感がわく、師走の風物詩のような存在です。
また、海外でも『第九』は人々に年末の雰囲気を与えるようです。大晦日やクリスマスのコンサートの印象が強いからかもしれません。
映画の中では、アクション映画の不朽の名作『ダイ・ハード(Die Hard)』(1988年アメリカ)の作品中でこの曲が印象的に用いられています。


【動画】“Die hard 1988 Theo opens the Nagatomi caveau's 1080p H (『ダイ・ハード』(1988年))”, by Able Archer 83, YouTube, 2017/06/21

人類の至宝と言える『第九』を発表した3年後、ベートーヴェンは病に倒れて亡くなります。56歳の若さの死で、生涯独身でした。
死の床で、ベートーヴェンはイタリア語でこう語ったと言われます。
“Plaudite, amici, comedia finita est.”
(プロディーテ・アミーチ、コメディア・フィニータ・エスト)
英語と日本語にすると、
“Applaud, my friends, the comedy is over.”
「諸君、喝采を。喜劇は終った。」
です。


【動画】“Mini BIO - Ludwig van Beethoven (ミニ伝記 - ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン)”, by Biography, YouTube, 2012/10/16

“Thus Fate knocks at the door.”
運命はかく扉を叩く。

ピアノと共に音楽を始め、ピアノの発展と共に数々の素晴らしいソナタを残したベートーヴェン。
音楽家でありながら聴力を失うという最大の悲劇に襲われながら、数々の普及の名曲を残しました。そして生涯で9曲の交響曲を作曲し、それまでの交響曲の概念をうちやぶって古典派音楽を完成させました。
ベートーヴェンの死後、一遍の美しいピアノ曲が発見されました。1810年の作品と言われている有名な『エリーゼのために(For Elise, ドイツ語原題:Für Elise)』です。捧げた相手が誰なのかははっきりわかっていませんが、気難しいと言われながらも情熱的で恋多き男性だったベートーヴェンらしい、とても切ない名曲です。


【動画】“Alice Sara Ott plays "For Elise" (DokFabrik) (アリス=紗良・オット演奏『エリーゼのために』)”, by axel fuhrmann, YouTube, 2016/11/24

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第476回:“Hell's vengeance boils in my heart” ―「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」(モーツァルト), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年11月17日
【関連記事】第88回:“The word impossible is not French.”―「余の辞書に不可能はない」(ナポレオン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年09月08日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“第10回 大作曲家ベートーヴェンの時代に楽器としてのピアノも急速に進歩した”, by 学習係 峯 郁郎さん, 特定非営利活動法人 浜松フロイデ合唱団
【参考】“ピアノの改良に歩調を合わせた大作曲家”, 楽器解体全書, Yamaha Corporation
【参考】“ベートーベン 「月光」|ららら♪クラシック”, テレビのまとめ, 2016/05/01
【参考】“バレンボイムのベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全集」〜第14番『月光』”, CLASSICA JAPAN
【参考】“ベートーヴェンの最後の言葉とショット社から届けられたラインワイン”, チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ, 2014-02-12

【動画】“Daniel Barenboim plays Beethoven Sonata No. 8 Op. 13 (Pathetique) (ダニエル・バレンボイム演奏、ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番 作品13 『悲愴』)”, by davidofpiano423, YouTube, 2013/08/05
【動画】“Beethoven : Sonata No.14 Op.27 No.2 ("Moonlight") / Valentina Lisitsa (ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番 作品27-2 『月光』 / ヴァレンティーナ・リシッツァ演奏)”, by Jonson Lee, YouTube, 2015/03/18
【動画】“Beethoven: Symphony No. 3 "Eroica" / Karajan ・ Berliner Philharmoniker (ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 / カラヤン指揮 - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2014/07/16
【動画】“Beethoven: Symphony No. 5 / Karajan ・ Berliner Philharmoniker (ベートーヴェン:交響曲第5番 / カラヤン指揮 - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2014/10/30
【動画】“ベートーベン交響曲第7番”, by aroisuspinoff, YouTube, 2010/01/04
【動画】“Beethoven: Symphony No. 9 in D minor, 'Choral' - BBC Proms 2015 (ベートーベン交響曲第9番 ニ短調, 『合唱付き』 - BBCプロムス)”, by BBC, YouTube, 2015/07/19
【動画】“Beethoven: Symphony No.9 "Ode to Freedom" (ベートーベン交響曲第9番, 『自由によせて』)”, by EuroArtsChannel, YouTube, 2011/06/10
【動画】“Die hard 1988 Theo opens the Nagatomi caveau's 1080p H (『ダイ・ハード』(1988年))”, by Able Archer 83, YouTube, 2017/06/21
【動画】“Mini BIO - Ludwig van Beethoven (ミニ伝記 - ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン)”, by Biography, YouTube, 2012/10/16
【動画】“Alice Sara Ott plays "For Elise" (DokFabrik) (アリス=紗良・オット演奏『エリーゼのために』)”, by axel fuhrmann, YouTube, 2016/11/24



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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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