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2017年11月17日

第476回:“Hell's vengeance boils in my heart” ―「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」(モーツァルト『魔笛』より)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第476回の今日はこの言葉です。
“Hell's vengeance boils in my heart”

「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」
という意味です。“boils”ですから「燃えている」というよりも「沸騰している」といった感じですね。これは今のオーストリアにあたる神聖ローマ帝国(Holy Roman Empire)の音楽家ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756-1791)の言葉です。モーツァルトが作曲した最後のオペラ魔笛まてき(The Magic Flute)』の、夜の女王のアリアの曲名です。
なお、「ウォルフガング」は英語読みで、ドイツ語読みでは「ヴォルフガンク」となります。「モーツァルト」は英語読みでは「モウザード」のようになりますが、英語圏でもドイツ語読みのまま「モーツァルト」と呼ばれます。

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ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト
(1819年、彼の死後に想像で描かれた肖像画)
Barbara Krafft [Public domain], via Wikimedia Commons

1756年、ウォルフガング・モーツァルトは神聖ローマ帝国領のザルツブルク(Salzburg)に7人兄弟の末っ子として生まれます。父のレオポルト(Leopold)はザルツブルク宮廷楽団のヴァイオリン奏者と作曲家をしており、ウォルフガングが生まれた翌年に宮廷作曲家となります。
ウォルフガングは環境と才能に恵まれ、3歳でチェンバロを弾き、5歳で作曲をして神童しんどう(child prodigy)」と呼ばれます。

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7歳の頃のモーツァルト(1763年の肖像画)
By Anonymous, possibly by Pietro Antonio Lorenzoni (1721-1782) [Public domain], via Wikimedia Commons

父レオポルトもウォルフガングの天才ぶりを早くから見抜き、音楽の英才教育を与えます。
ナンネール(Nannerl)と呼ばれた5歳上の姉のマリア・アンナ(Maria Anna)とウォルフガングは、小さい頃から父に連れられて各地を演奏旅行し、音楽を皇族や貴族たちに披露します。人々はウォルフガングたちの才能に驚愕します。
なお7人兄弟のうちで三女のナンネールと三男のウォルフガング以外の5人はすべて幼児期に亡くなりますが、この時代では普通のことでした。

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ウォルフガングの姉ナンネール
(1762年頃、11歳の頃の肖像画)
By Creator:Pietro Antonio Lorenzoni (Unknown) [Public domain], via Wikimedia Commons

ウォルフガングが6歳の時、モーツァルト親子は帝都ウィーンのシェーンブルン宮殿(Schönbrunn Palace)を訪問し、神聖ローマ皇后マリア・テレジア(Maria Theresia)に拝謁してその御前で演奏する機会を与えられます。

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マリア・テレジア(1759年の肖像画)
Martin van Meytens [Public domain], via Wikimedia Commons

ウォルフガングは皇后の前で緊張したのか、宮殿の床に滑って転んでしまいます。するとその時、7歳の美しい少女が駆け寄り、ウォルフガングの手をとって助け起こします。ウォルフガングは心優しいその少女に、「大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげる」と告げたと言います。その少女は皇女マリア・アントーニア(Maria Antonia )。後にフランス王妃となったマリー・アントワネット(Marie Antoinette)その人です。
歴史的なオールスターキャストによる、ゴージャスでスイートな逸話です。

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7歳の頃のマリア・アントーニア(マリー・アントワネット)
(1762年の肖像画)
Jean-Étienne Liotard [Public domain], via Wikimedia Commons

モーツァルト一家はその後も演奏旅行を続けます。
ウォルフガングが9〜10歳の頃にはパリとロンドンに滞在し、ロンドンではドイツ出身の作曲家ヨハン・クリスティアン・バッハ(Johann Christian Bach)と出会い、仲良くなります。大作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハ(Johann Sebastian Bach)の息子です。ウォルフガングはヨハン・クリスティアンからイタリア趣味の華やかで魅力的な表現や響きを学んだと言われています。

Embed from Getty Images

ヨハン・クリスティアン・バッハ
(1770年代の肖像画)
Image by Hulton Archive / Staff [Rights-managed], via Getty Images

11歳から13歳にかけてウォルフガングたちは再びウィーンを訪れて滞在します。またウォルフガングが13〜17歳の頃には3度に渡りイタリアを訪れ、長期滞在をしながら各地を旅します。この時にはローマ教皇から黄金拍車勲章(Order of the Golden Spur)を授与されます。
ウォルフガングも姉ナンネールも、旅行中や滞在先で音楽教育を受け、幾度となく聴衆に披露することで腕を磨きます。単なるレッスンだけでなく、ステージの場数を踏むという意味でも、多くの一流アーティストと交流するという意味でも、見聞を広め地理や歴史を知るという意味でも、当時考えられ得る世界最高の音楽教育です。しかし自己主張の強いウォルフガングは父親と幾度となく対立したようです。

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演奏旅行中のモーツァルト一家
(1763年、パリにて)
Louis Carrogis Carmontelle, cropped by Jim Saeki on 3 November 2017 [Public domain], via Wikimedia Commons

ウォルフガングは17歳の時に、父レオポルトと同じザルツブルクの宮廷音楽家として採用され、様々なジャンルの作曲に打ち込みます。しかしザルツブルク大司教に就任したばかりのヒエロニュムス・コロレド伯(Prince-Archbishop Hieronymus Colloredo)と対立するようになり、8年後の25歳の時にコロレドに宮廷音楽家の職を解かれます。ウォルフガングは自分の才能を評価してくれる貴族たちの言葉を信じてウィーン定住を決意し、ピアノの個人教授で安定収入を得ながらフリーの音楽家として予約演奏会やオペラの作曲、楽譜の出版などで生計を立てるようになります。
そして翌年の1782年、音楽家の娘で自らも音楽家だったコンタンツェ・ウェーバー(Costanze Weber)と結婚します。

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コンタンツェ
(1782年の肖像画)
Joseph Lange, cropped by Jim Saeki on 3 November 2017 [Public domain], via Wikimedia Commons

ピアニストとしても人気の高かったウォルフガング・モーツァルトは、自分が主催する演奏会で演奏するピアノ協奏曲を相次いで作曲するようになります。モーツァルトの人気が絶頂にあった頃です。モーツァルトは様々な演奏会に引っ張りだことなり、演奏会は連日大入り満員。一晩で当時の人の年収にあたる金額を稼ぎ出します。一方でモーツァルトは奇行や浪費が目立つようになります。
また、当時はイタリアの音楽が主流でした。モーツァルトは洗礼名に使われていた「テオフィルス(Theophilus)」をラテン語で意訳した「アマデウス(Amadeus)」という名を通称として用います。「神に愛される」という意味です。
この頃にモーツァルトが作曲したとみられているのが、『ピアノソナタ第11番 イ長調(Piano Sonata No. 11 in A major)』(K.331)です。
第三楽章は『トルコ行進曲(Turkish March)』としても有名ですよね。軽やかで華麗な曲調から当時のモーツァルトの人気と華やかな生活が想像できます。


【動画】“Olga Jegunova - W.A. Mozart: Piano Sonata No 11 in A - Major, K.331 (300i) (オルガ・イェグノヴァ - モーツァルト:ピアノソナタ第11番 イ長調 K.331)”, by Boris Bizjak, YouTube, 2012/10/21

ちなみにモーツァルトの作品はわかりやすいように作曲順に番号がつけられており、“K.331”という番号は「ケッヘル番号(Köchel number)」と言って、331番目に作曲されたことを示しており、「ケッヘル331」と読みます。モーツァルト作品の研究家だった音楽学者ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル(Ludwig von Köchel)がまとめた『モーツァルト全作品目録』によるものです。ケッヘル番号は1から626までつけられているので、番号を見るだけでおおよそいつ頃の作品であるかがわかります。

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ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
By Unknown, cropped by Jim Saeki on 5 November 2017 [Public domain], via Wikimedia Commons

1786年、モーツァルトはオペラ『フィガロの結婚(The Marriage of Figaro, イタリア語原題:Le nozze di Figaro)』(K.492)を発表します。封建貴族に仕える家臣フィガロの結婚式をめぐる事件を通して貴族を痛烈に批判した戯曲で、演劇がしばし上演禁止となったいわくつきの作品です。
ウィーンでの初演では評判は今いちでしたが、当時オーストリア領だったボヘミア(今のチェコ)の首都プラハの歌劇場では大ヒットとなります。
第1幕の最後の歌われる豪快なアリア『もう飛ぶまいぞこの蝶々(You shall go no more, イタリア語原題:Non più andrai)』は有名です。


【動画】“Non piu andrai (Le nozze di Figaro) - Bryn Terfel (『もう飛ぶまいぞこの蝶々』(『フィガロの結婚』より) - ブリン・ターフェル)”, by Bernardo Kim, YouTube, 2011/01/09

プラハで大好評を得たモーツァルトは次作のオペラの注文を受け、オペラ・ブッファ『ドン・ジョヴァンニ(Don Giovanni)』K.527(1787年)を作曲します。オペラ・ブッファ(opera buffa)とはそれまでの王侯貴族向けのオペラとは趣向を変えて、より身近な話題を扱った庶民的なオペラのことを言います。「ドン・ジョヴァンニ」はスペインの伝説的な存在である女たらしの貴族「ドン・ファン(Don Juan)」のことです。ドン・ジョヴァンニはドン・ファンのイタリア名なのです。


【動画】“Don Giovanni: trailer - Dutch National Opera (『ドン・ジョヴァンニ』:オランダ国立オペラ”, by Nationale Opera & Ballet, YouTube, 2016/05/09

オペラはドン・ジョヴァンニが騎士団長の娘ドンナ・アンナ(Donna Anna)に夜這いをかけるところから始まります。ドン・ジョヴァンニはドンナ・アンナに抵抗され、駆けつけた父親である騎士団長イル・コメンダトーレ(Il Commendatore)を殺してしまいます。ドンナ・アンナは悲嘆にくれ、婚約者のドン・オッターヴィオ(Don Ottavio)に復讐を果たして欲しいと求めます。
このプロットは村上春樹(Haruki Murakami)の最近作『騎士団長殺し(Killing Commendatore)』(2017年)にも引用されています。
『ドン・ジョヴァンニ』モーツァルト自身の指揮によりプラハで初演され、喝采を浴びます。しかし『ドン・ジョヴァンニ』の初演後まもなく、ザルツブルクで父レオポルトが亡くなります。
そしてモーツァルトは間もなく念願だったウィーンの宮廷音楽家に任命され、神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世(Joseph II.)に仕えることになります。父レオポルトが生きていたらどんなに喜んだことでしょう。



このように次々に名作を発表して音楽家としての仕事が順調に見えるモーツァルトも、この頃から知人に借金を依頼することが多くなります。当時は音楽業界は今ほど成熟しておらず、パトロンのいないフリーの音楽家が生活していくのは容易ではありませんでした。テレビもCDもiTunesもAmazon EchoもYouTubeもありません。モーツァルトは自己主張の強い性格や奇行や浪費癖など私生活でのダメ人間っぷりが知られていますが、それを差し引いても音楽家にとっては厳しい時代だったのです。
さらにそれに加えて、皇帝に仕えるイタリア出身の宮廷楽長アントニオ・サリエリ(Antonio Salieri)らが裏でモーツァルトの演奏会を妨害したりしたためにモーツァルトの収入が激減したのだとも言われています。

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アントニオ・サリエリ(1815年の肖像画)
by Joseph Willibrord Mähler [Public domain], via Wikipedia

同じ1787年、モーツァルトはウィーンで『アイネ・クライネ・ナハトムジーク(Eine kleine Nachtmusik)』(K.525)を発表します。英語圏でもドイツ語の原題がそのまま使われますが、英語訳の“A Little Night Music”“A Little Serenade”でも通じます。日本でもかつては直訳体の小夜曲しょうやきょくの名がよく使われていました。
モーツァルトの数ある作品の中でも最も有名な曲の一つで、全編親しみやすい優美な旋律に満ち溢れています。20分に満たない短い作品ですが、コンパクトな交響曲のような完成度を持つ作品です。僕もこの曲が大好きです。


【動画】“Mozart, Eine kleine Nachtmusik KV 525 Karl Bohm, Wiener Philharmoniker (モーツァルト:『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』 K.525、カール・ベーム指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by some oane, YouTube, 2012/12/03

翌1788年、モーツァルトは「三大交響曲」と言われる3作品を作曲します。
『交響曲第39番変ホ長調(Symphony No. 39 in E-flat major)』(K.543)
『交響曲第40番ト短調(Symphony No. 40 in G minor)』(K.550)
『交響曲第41番ハ長調(Symphony No. 41 in C major)』(K.551)
第41番は別名『ジュピター(Jupiter Symphony)』とも呼ばれます。
この3作はわずか2ヶ月の間に作曲されたと言われています。ベートーヴェンやブラームスの交響曲のように大作ではないとはいえ、これほどの短期間に3作も交響曲を作曲したモーツァルトは只者ではありません。しかも3作とも驚くほど完成度が高い作品です。
いずれも円熟した傑作ですが、モーツァルトとしては珍しい短調の第40番が僕は好きです。


【動画】“Mozart: Symphony No. 40 / Rattle ・ Berliner Philharmoniker (モーツァルト:『交響曲第40番』 / サイモン・ラトル指揮 - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2013/11/15

1791年、モーツァルトは『ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調(Piano Concerto No. 27 in B-flat major)』(K.595)を完成させ、自らのピアノ演奏で初演します。しかしこの頃にはモーツァルトの人気は低迷しており、3年以上も予約演奏会を開くことができずにいました。そして結果的に、これが最後のモーツァルトの演奏となりました。今から考えると何とももったいない話です。
この曲にはそれまでのモーツァルトの協奏曲のように軽薄で俗っぽい色気は一切排され、モーツァルトの晩年に特有の静謐な美しさを持っています。甘さのないモーツァルトというのは自己否定のようですが、簡潔で禁欲的な素晴らしい作品です。


【動画】“Mozart: Piano Concerto No. 27 / Perahia ・ Berliner Philharmoniker (モーツァルト:『ピアノ協奏曲第27番』 / マレイ・ペライア(ピアノ) - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2013/05/31

そして同じ年、ドイツの劇団の座長で俳優でもあったエマヌエル・シカネーダー(Emanuel Schikaneder)の依頼によるオペラ『魔笛(The Magic Flute)』(K.620)が完成します。ドイツ語原題は『ディー・ツァウバーフレーテ(Die Zauberflöte)』。当時のオペラは音楽の本場とされていたイタリアの言葉で書かれていましたが、『魔笛』は大衆にも親しまれやすいようにドイツ語で書かれており、ドイツの大衆演劇であるジンクシュピール(Singspiel, 歌芝居)にも分類されます。
モーツァルトは当時まだ人気があったイギリスに渡って交響曲作家として生きていく道もありました。しかし彼はそれを断り、ドイツ語によるオペラという夢に向かって全力を振り絞ったのです。

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『魔笛』でパパゲーノを演じるエマヌエル・シカネーダー
By Printer Ignaz Alberti (From nl-wiki.) [Public domain], via Wikimedia Commons

『魔笛』は異国の王子タミーノ(Tamino)夜の女王(The Queen of the Night)の美しい娘パミーナ(Pamina)を救おうと、鳥捕りのパパゲーノ(Papageno)と共に神官ザラストロ(Sarastro)のもとへ向かうという大冒険物語です。
この作品で最も有名な曲が、第2幕で夜の女王が歌うアリア『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え(Hell's vengeance boils in my heart, ドイツ語原題:Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen)』です。『夜の女王のアリア』の一つとしても知られ、2オクターブの音域を持ち、超高音での超絶技巧が駆使されるアリアです。


【動画】“Diana Damrau - Queen of the Night (The Magic Flute)(ディアナ・ダムラウ - 夜の女王(『魔笛』より))”, by whatimnotcooldude, YouTube, 2013/01/17

この年の12月、モーツァルトは病に倒れて亡くなります。35歳の時のことです。
高熱に苦しみ、全身がむくんでいたそうです。経済的に困窮していたこともあり、遺体はウィーン郊外の共同墓地に葬られます。誰も霊柩馬車に同行することが許されなかったため、どの場所に埋葬されたかもわかっていません。
モーツァルトの急死は大きなニュースとなります。また死の直前にモーツァルトが、誰かに毒殺されかけていると語っていたこともあり、毒殺説も浮上します。モーツァルトと対立していた宮廷楽長のサリエリが毒殺したのではという噂もたち、サリエリは生涯その噂に苦しむことになります。

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鍵盤に手を置くモーツァルト(1782年の肖像画)(未完)
妻コンスタンツェが最も本人に似ていると語った肖像画
By Josef Lange (PD) [Public domain], via Wikimedia Commons

死の直前にモーツァルトが死者のためのミサ曲であるレクイエム(Requiem)を制作していたことも話題となります。見知らぬ来客から告げられた匿名の依頼主からの依頼によるもので、モーツァルトは前払いの高額報酬を受け取っています。モーツァルトは死後の世界から自らを追悼するレクイエムの依頼を受けたのではないかという、オカルト的な噂もたちます。


【動画】“Mozart: Requiem / Abbado ・ Berliner Philharmoniker(モーツァルト:『レクイエム』 / クラウディオ・アバド指揮 - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2011/09/05

しかしこれは地方領主のフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵(Franz von Walsegg)の依頼であることが後年明らかになります。ヴァルゼック伯爵はアマチュア音楽家でもあり、過去にも著名な音楽家に匿名で作曲を依頼し、自らの作品として発表することを趣味としていました。伯爵は亡くなった妻のレクイエムを自分名義で発表しようとしていたのです。
残された妻のコンスタンツェはモーツァルトの仲間の作曲家に依頼してこのレクイエムを完成させ、作曲料収入を得ます。それほど経済的に困窮していたのです。そして後にモーツァルトの作品であるとして発表します。『レクイエム ニ短調(Requiem in D minor)』(K.626)です。
収録されている『キリエ・エレイソン(Kyrie eleison, 主よ憐れみたまえ)』『ディエス・イレ(Dies irae, 怒りの日)』などは単曲でも有名で、いずれも素晴らしい作品です。


【動画】“Requiem. Kyrie y Dies Irae. W.A.Mozart(『レクイエム』 / 『キリエ』と『ディエス・イレ』 - モーツァルト)”, by Solimusi Vocesparalapaz, YouTube, 2011/01/18

モーツァルトを描いた作品ではブロードウェイの同名の舞台を映画化した『アマデウス(Amadeus)』(1984年アメリカ)が有名です。モーツァルトの天才的な音楽の才能が印象的に描かれているだけでなく、下品で礼儀知らずなところも容赦なく表現されています。この映画でモーツァルトのイメージが崩れ去ってショックを受けた人も多いのではと思います。この作品は第57回アカデミー賞(57th Academy Awards)で作品賞、監督賞、美術賞、衣装デザイン賞、録音賞など計8部門を受賞します。サリエリを演じたF・マーリー・エイブラハム(F. Murray Abraham)はその圧倒的に素晴らしい演技で主演男優賞を受賞します。


【動画】“Amadeus Trailer 1984(映画『アマデウス』予告編 - 1984年))”, by Video Detective, YouTube, 2014/10/14

また、舞台ではウィーン発のミュージカル『モーツァルト!(Mozart!)』も有名です。
ドイツの劇作家ミヒャエル・クンツェ(Michael Kunze)が脚本と作詞を手がけ、ハンガリーの作曲家シルヴェスター・リーヴァイ(Sylvester Levay)が作曲と編曲を務めたものです。豪華な衣装と素晴らしい楽曲からなる、とても楽しい作品です。


【動画】“『モーツァルト!』2018新PV【扮装ビジュアルVer.】”, by TohoChannel, YouTube, 2017/10/07

ところで、「モーツァルト効果(Mozart effect)」という言葉をご存じですか。モーツァルトの音楽を聴くと頭がよくなる、というものです。1993年に雑誌『ネイチャー(Nature)』に発表された論文によると、モーツァルトのピアノソナタを聞かせた学生の方がそうでない学生よりも知能検査の空間認識テストでよい成績を示したそうなのです。
これには世界中の教育ママたちも注目します。子供にはモーツァルトを聴かせるべきだという説が大流行し、モーツァルトのCDの売り上げは急増します。
しかし2010年に発表された別の論文では、モーツァルトの音楽に特別な効果はないとの研究結果が紹介されます。その後も「モーツァルト効果」に対して賛否両論の研究成果が相次いで発表され、論争の的となっています。



“Hell's vengeance boils in my heart”
復讐の炎は地獄のように我が心に燃え。

幼い頃から35歳での早すぎる死まで、900曲以上の作品を残したモーツァルト。
「神童」や「天才」という呼び名がこれほど似合う人もありません。
人類に素晴らしい音楽を与えるために神が地上に遣わし、その役目を終えた時に天に呼び戻された存在だったのでしょうか。
モーツァルトを聞くと頭が良くなるという「モーツァルト効果」の存在には賛否両論あります。しかし僕は大人でも子供でもどんどんモーツァルトを聞くべきだと思います。なぜならそれが素晴らしい音楽であるからです。頭がよくなるかどうかはともかく、確実に心が豊かになるからです。
今回はモーツァルトが直接語った言葉をとりあげたかったのですが、モーツァルトらしい名言を見つけることはなかなかできませんでした。しかし、彼が雄弁に残した言葉は音楽です。その最後のオペラの素晴らしいアリアのタイトルを今日の言葉とさせて頂きました。モーツァルト自身は復讐などという暗い執念とは無縁の性格だったとされています。しかし最愛の妻コンスタンツェには自分の心の中は氷のように冷たいと語ったこともあり、意外にモーツァルトの本心が表れているかもしれません。
はたして夜の女王は復讐を果たすことができるのでしょうか。
それはオペラをご覧になって下さい。


【動画】“Mini BIO - Wolfgang Amadeus Mozart(ミニ伝記 - ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト)”, by Biography, YouTube, 2012/10/16

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第433回:“My day will come.” ―「やがて私の時代が来る」(マーラー), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年05月29日
【関連記事】第360回:“Let them eat cake.” ―「お菓子を食べればいいじゃない」 (マリー・アントワネット), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年09月20日
【関連記事】第103回:“You, happy Austria, marry.”―「幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」(ハプスブルク家), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年10月05日
【関連記事】第9回:“No music, no life.”―「音楽がなければ人生じゃない」(タワーレコード), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年05月01日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Mozart's letters: 10 wonderful, emotional and bizarre quotes (モーツァルトの手紙:すばらしい、感動的な、そして奇妙な10の名言)”, CLASSIC fM, Digital Radio 100-102 FM
【参考】“曲目解説:モーツァルト Mozart セレナード第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」”, by 金沢市在住hsさん, OEKfan オーケストラ・アンサンブル金沢を応援するページ
【参考】“モーツァルト”, クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜
【参考】“モーツァルト31歳・父レオポルトの死と「ドン・ジョヴァンニ」(ウィーンF1787年)”, by アマデウス さん, アマデウスのSlow Life ♪, 2010-10-07
【参考】“モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550”, クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜
【参考】“モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 K.595”, クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜
【参考】“モーツァルト35歳後半「魔笛」と「レクイエム」(ウィーンK1791年後半)”, by アマデウス さん, アマデウスのSlow Life ♪, 2010-11-11
【参考】“モーツァルト効果って本当?頭が良くなるの?”, by 佐藤由美子 米国認定音楽療法士, HuffPost News, The Huffington Post, 2017年06月06日
【参考】“モーツァルトを聴かせても子どもの知能は上がらないことが研究で判明”, by darkhorse_log, GIGAZINE, 2013年12月16日

【動画】“Olga Jegunova - W.A. Mozart: Piano Sonata No 11 in A - Major, K.331 (300i) (オルガ・イェグノヴァ - モーツァルト:ピアノソナタ第11番 イ長調 K.331)”, by Boris Bizjak, YouTube, 2012/10/21
【動画】“Non piu andrai (Le nozze di Figaro) - Bryn Terfel (『もう飛ぶまいぞこの蝶々』(『フィガロの結婚』より) - ブリン・ターフェル)”, by Bernardo Kim, YouTube, 2011/01/09
【動画】“Don Giovanni: trailer - Dutch National Opera (『ドン・ジョヴァンニ』:オランダ国立オペラ”, by Nationale Opera & Ballet, YouTube, 2016/05/09
【動画】“Mozart, Eine kleine Nachtmusik KV 525 Karl Bohm, Wiener Philharmoniker (モーツァルト:『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』 K.525、カール・ベーム指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by some oane, YouTube, 2012/12/03
【動画】“Mozart: Symphony No. 40 / Rattle ・ Berliner Philharmoniker (モーツァルト:『交響曲第40番』 / サイモン・ラトル指揮 - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2013/11/15
【動画】“Mozart: Piano Concerto No. 27 / Perahia ・ Berliner Philharmoniker (モーツァルト:『ピアノ協奏曲第27番』 / マレイ・ペライア(ピアノ) - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2013/05/31
【動画】“Diana Damrau - Queen of the Night (The Magic Flute)(ディアナ・ダムラウ - 夜の女王(『魔笛』より))”, by whatimnotcooldude, YouTube, 2013/01/17
【動画】“Mozart: Requiem / Abbado ・ Berliner Philharmoniker(モーツァルト:『レクイエム』 / クラウディオ・アバド指揮 - ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)”, by Berliner Philharmoniker, YouTube, 2011/09/05
【動画】“Requiem. Kyrie y Dies Irae. W.A.Mozart(『レクイエム』 / 『キリエ』と『ディエス・イレ』 - モーツァルト)”, by Solimusi Vocesparalapaz, YouTube, 2011/01/18
【動画】“Amadeus Trailer 1984(映画『アマデウス』予告編 - 1984年))”, by Video Detective, YouTube, 2014/10/14
【動画】“『モーツァルト!』2018新PV【扮装ビジュアルVer.】”, by TohoChannel, YouTube, 2017/10/07
【動画】“Mini BIO - Wolfgang Amadeus Mozart(ミニ伝記 - ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト)”, by Biography, YouTube, 2012/10/16



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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
のざわさん、こんにちは。ジム佐伯です。 コメントありがとうございます。そしていつもブログをご覧になって頂きありがとうございます。ご主人が音楽家をなさっているとは素敵ですね。僕の駄文をご一緒に読んで頂けるのは嬉しくもありますが、素人ゆえの大間違いがないかと不安でもあります。またコーラスもされているとは素晴らしいですね。モーツァルトのレクイエムもぜひどうぞ。それではよい週末をお過ごし下さい。そして日本もだいぶ寒くなってきたようですので、風邪など召されぬようご自愛下さい。コメントとても励みになります。これからもよろしくお願いします!!
Posted by ジム佐伯 at 2017年11月18日 05:05
ジム佐伯様、モーツァルトに関する記事を大変興味深く拝読させていただきました。クラシックは最近興味が湧き始めたばかりの私です。夫は音楽家ですので、記事について夫とも話しました。魔笛のアリアはデンマークの映画『バベットの晩餐会』で田舎の教会を訪れた声楽家と礼拝に訪れた美人姉妹のひとりと歌う場面が印象的でした。デンマーク語ではオウムのことをpapegoeieと言いますので、鳥が共通しています。夜の女王はひょっとして売春婦?と夫に尋ねるとそうではないとのことでした。デンマーク人作家Finn Soeborgの Med aabne armeという作品に売春婦が出て来るのですが、nattens dronning夜の女王と呼ばれています。
モーツァルトの神童ぶりがとてもよく理解できました。父親が姉とモーツァルトを連れて、演奏旅行をしたこと。7人きょうだいのうち姉弟の二人しか成人できなかったこと。これは当時は珍しくなかったことなど印象に残りました。私は夫が指揮するコーラスサークルの一員です。フォーレのレクイエムを今年の発表曲の一つとして歌いました。モーツァルト最晩年のレクイエムを知り、いつかコーラスで挑戦したいなと思いました。アマデウスの映画も見ておりませんが、サリエリという人物の謎を貴ブログで初めて知りました。最後に、ジョブズ氏のご家族のことをコメントで教えてくださり、ありがとうございます。養父母に育てられたことも興味深いです。3人の子どもと妻との時間を大切にしたとのこと、心温まりました。二人の女性との愛がジョブズ氏の人生を花開かせたのだと私は思うのです。
Posted by のざわ at 2017年11月17日 21:11
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