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2017年10月16日

第468回:“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive.” ―「タフでなければ生きていけない」(フィリップ・マーロウ)(レイモンド・チャンドラー『プレイバック』より)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第468回の今日はこの言葉です。
“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive.”

「タフでなければ生きていけない」
という意味です。
この言葉には続きがあります。
“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”
「タフでなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない」

これはアメリカの作家レイモンド・チャンドラー(Raymond Chandler, 1888-1959)のハードボイルド小説『プレイバック(Playback)』に登場する私立探偵フィリップ・マーロウ(Philip Marlowe)の言葉です。



レイモンド・チャンドラー

作者のレイモンド・チャンドラーは1888年にアメリカのシカゴで生まれ、12歳の頃に母親に連れられてイギリスのロンドンへ引っ越します。ロンドン郊外にあるパブリックスクールの名門ダリッジ・カレッジ(Dulwich College)で教育を受けたチャンドラーは、イギリス海軍で働いた後に新聞記者やフリーライター、肉体労働など様々な仕事につきます。第一次世界大戦(World War I)の戦闘に参加したのちはアメリカに戻り石油会社の副社長まで出世しますが、飲酒や欠勤、不倫などで解雇されます。1929年10月24日の「暗黒の木曜日(Black Friday)」と呼ばれる株価の大暴落に続く世界恐慌(World Economic Crisis)の影響もありました。



レイモンド・チャンドラー

職を失ったチャンドラーは、自身も好きで読んでいたパルプ・マガジン向けの小説を書き始めます。パルプ・マガジン(pulp magazine)とは低質の紙を使った大衆向けの安い雑誌で、冒険ものや恋愛もの、推理ものなどの大衆小説を扱っていました。チャンドラーは5ヶ月かけて中編の推理小説『脅迫者は撃たない(Blackmailers Don't Shoot)』を書き上げて、『ブラック・マスク(Black Mask)』という有名なパルプ・マガジンで発表します。原稿料は180ドルだったそうです。1932年、チャンドラーが44歳の頃です。


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(現在も刊行されている)

1939年、チャンドラーは最初の長編『大いなる眠り(The Big Sleep)』を発表します。
主人公は私立探偵のフィリップ・マーロウ。ロサンゼルスを舞台にする複雑な事件がマーロウの一人称で語られます。フィリップ・マーロウはそれまでの探偵小説の主人公によく見られたような典型的なマッチョなタフガイではなく、物静かで冷静沈着な人物で、慎重に事件を調べます。友人は少なく、チェスやクラシック音楽やスコッチ・ウイスキーを好み、拳銃は持ち歩きますがめったに発砲しません。警察には絶対に服従しない一方で、弱い者には非情になれない人間味もあるという複雑なキャラクターです。


The Big Sleep (Phillip Marlowe), Raymond Chandler (著)

フィリップ・マーロウは人気となり、チャンドラーはマーロウが主人公の探偵小説をシリーズ化します。
翌1940年に『さらば愛しきひとよ(Farewell, My Lovely)』が、1942年に『高い窓(The High Winbow)』が、1943年に『湖中の女(The Lady In The Lake)』が相次いで発表されます。そして1949年には『かわいい女(The Little Sister)』、1954年に『長いお別れ(The Long Goodbye)』が発表されます。
イギリスで最も人気のある探偵小説の主人公がシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)だとしたら、アメリカ人が最も愛するのがフィリップ・マーロウだと言えましょう。
フィリップ・マーロウが登場する作品は何度も映画化されます。映画『大いなる眠り(The Big Sleep)』(1946年アメリカ)は人気俳優のハンフリー・ボガート(Humphrey Bogart)が主演し、日本では『三つ数えろ』の邦題で公開されます。

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ハンフリー・ボガートとローレン・バコール
『三つ数えろ(The Big Sleep)』(1946年アメリカ)より
By National Motion Picture Council [Public domain], via Wikimedia Commons

ハードボイルド(hardboiled)とは固くゆでた(hard-boiled)ゆで卵のことです。中身が固まって動かないことから、脅しすかしや泣き落とし、色じかけなど何事にも動じず、クールで非情、肉体的にも強靭で妥協しないという人物をあらわす言葉として使われます。フィリップ・マーロウはハードボイルドな主人公の典型で、レイモンド・チャンドラーはアメリカを代表するハードボイルド作家となります。


【動画】“THE BIG SLEEP (1946 TRAILER) 44th Best Trailer Of All Time (『三つ数えろ(The Big Sleep)』(1946年、予告編))”, by TheTrailerBlaze, YouTube, 2010/04/10

チャンドラーの文章は感傷的でありながら文体は乾いており、洒落た会話や鋭い比喩が多用されているのが特徴です。村上春樹(Haruki Murakami)の作風にも影響を与えたと言われています。時には暴力的・反道徳的な内容にもあえて批判を加えずに客観的かつ簡潔に記述する文体や作風は探偵小説以外のジャンルでもハードボイルドと呼ばれ、その後のアメリカの大衆小説に大きな影響を与えます。有名どころではアーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway)もハードボイルドな作風で知られます。

Embed from Getty Images

村上春樹(2004年撮影)
Photo by Jeremy Sutton-Hibbert [Rights-managed], via Getty Images

Embed from Getty Images

アーネスト・ヘミングウェイ(1930年頃撮影)
Hulton Archive [Rights-managed], via Getty Images

『長いお別れ(The Long Goodbye)』を発表した翌年に妻を亡くしたチャンドラーはふさぎ込むようになり、酒におぼれて体調を崩します。執筆のペースも下がって質も低下し、一時は自殺をはかりますが未遂に終わります。しかし周囲の支えもあり、チャンドラーは1958年にフィリップ・マーロウが主人公の長編を発表します。『プレイバック(Playback)』です。
作中、フィリップ・マーロウに好意を寄せる謎の女性がマーロウに訊ねます。
“How can such a hard man be so gentle?”
「あなたの様に強い人が、どうしてそんなに優しくなれるの?」
するとマーロウはこう答えるのです。
“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”
「タフでなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない」
あまりにキザすぎて、現代の女性ならドン引きしてしまうセリフです。まるで中二病をこじらせた勘違い野郎です。しかし作品世界の中でフィリップ・マーロウが言うとめちゃくちゃ格好よく、チャンドラー作品の集大成のような名台詞だと思います。


Playback (Phillip Marlowe), Raymond Chandler (著)

この言葉、最初に邦訳した清水俊二(Shunji Shimizu)は次のように訳しています。
「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」
その後、日本のハードボイルド小説の基礎を築いた一人である生島治郎(Jiro Ikushima)がハードボイルド小説を語る際にこのセリフをしばしば引き合いに出します。
1978年、角川映画『野生の証明』が公開されます。当時13歳だった薬師丸ひろ子(Hiroko Yakushimaru)のデビュー作です。この映画のキャッチコピーで、
「男はタフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」
という言葉が使われます。生島治郎が訳したフィリップ・マーロウのセリフが使われたのだそうです。このキャチコピーによってこの言葉は話題となります。海外ではこのセリフはそれほど有名ではないですが、日本では広く知られているのはこのためです。



“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”
タフでなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない。

アメリカ人がこよなく愛したヒーロー、フィリップ・マーロウ。
そのマーロウを生み出したハードボイルドの旗手、レイモンド・チャンドラー。
チャンドラーの文体や作風はアメリカだけでなく、村上春樹を含む日本の多くの作家にも影響を与えました。なお、村上春樹は2007年よりチャンドラーの長編の翻訳を手がけ、現在までに6作品が発表されています。
『プレイバック』を発表した翌年、チャンドラーは新作を執筆している途中で病気に倒れ、亡くなります。70歳でした。『プレイバック』がチャンドラーの最後の作品となりました。
僕もフィリップ・マーロウのように、タフで優しくありたいものです。


大いなる眠り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー (著), 村上 春樹 (翻訳)

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

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【関連記事】第10回:“Every day is a new day.”―「毎日が新しい日なんだ」(ヘミングウェイ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年05月02日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“シャーロックよりアメリカ人に愛された名探偵『フィリップ・マーロウ』とは?”, by takizawaildさん, NAVERまとめ, 2014年11月22日
【参考】“レイモンド・チャンドラーの「フィリップ・マーロウ」シリーズおすすめ5選!”, by movi さん, ホンシェルジュ, 2016.11.09

【動画】“THE BIG SLEEP (1946 TRAILER) 44th Best Trailer Of All Time (『三つ数えろ(The Big Sleep)』(1946年、予告編))”, by TheTrailerBlaze, YouTube, 2010/04/10



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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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