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2017年09月06日

第458回:“For sale: baby shoes, never worn” ―「売ります。ベビーシューズ。未使用」(世界最短の短編小説)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第458回の今日はこの言葉です。
“For sale: baby shoes, never worn”

「売ります。赤ん坊の靴。未使用」
「売ります。ベビーシューズ。未使用」
という意味です。
これはわずか6単語からなる小説(a six-word novel)です。タイトルではなく、物語の本文です。
世界で一番短い短編小説と言われています。

0458-classic_baby_shoes.jpg
By JD Hancock from Austin, TX, United States. Cropped and edited by Daniel Case prior to upload (1970 Baby Shoes and Blanket) [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

おそらくこれは新聞の三行広告のような安価な個人用広告の文面を想定しています。
無料の「売ります 買います」コーナーのようなものかもしれません。
今で言ったらネットの「売ります 買います」の掲示板かヤフオクやメルカリといったところでしょうか。
詳しく説明したら野暮になるのでしませんが、この広告を出した広告主を襲った悲劇がいろいろ想像できて、とても味わい深い物語ですね。
深い悲しみが伝わってくるとても切ない6単語です。



これは、アメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway, 1899-1961)の作品であると言われています。
『2001年宇宙の旅』(2001: A Space Odyssey)を書いたイギリスのSF作家の大御所アーサー・C・クラーク(Sir Arthur Charles Clarke, 1917-2008)も、この説を信じていた一人です。彼がカナダのユーモア作家ジョン・ロバート・コロンボ(John Robert Colombo)に宛てた手紙の中で、次のようなエピソードを紹介しています。
ある日、ヘミングウェイがニューヨークのマンハッタンにあるレストランで友人の作家たちと賭けをします。
どれだけ短い文章が小説として成り立つかという賭けです。
ヘミングウェイは6単語でストーリーが成立する方に10ドルを賭けます。そしてテーブル上の紙ナプキンにさらさらとこの物語を書いて、掛け金を総取りしたというのです。

0458-hemingway.jpg
アーネスト・ヘミングウェイ(1950年代撮影)
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

なるほど、情景が目に見えるようです。
いかにも才気あふれるヘミングウェイが賭けをしそうなネタですし、6単語の物語の出来の良さもヘミングウェイならいかにも書きそうというリアリティがあります。賭けをしたレストランはリューホーズ(Luchow's)ともザ・アルゴンキン(The Algonquin)とも言われています。
しかし、本当にヘミングウェイが書いたかどうか、真偽のほどは明らかではありません。
もし本当だったら賭けの相手が絶好の話のタネとして言いふらし、新聞なり雑誌なりが大きく取り上げているはずです。そうでないということは、このエピソード自体が創作だったのではと思われます。
アーサー・C・クラークも彼自身が直接見たわけではないと思います。ほかで聞いた二つの話を勘違いしてミックスしたのかもしれませんし、既にヘミングウェイがそういう賭けをしたという都市伝説が流通していて、それを単に紹介しただけかもしれません。

0458-arthur_c._clarke_(1982).jpg
アーサー・C・クラーク(1982年撮影)
By Rob C. Croes / Anefo (File:Prins Claus en Arthur C Clarke (1982).jpg) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

実はこの話、似たような話が新聞記事になったことがあります。
記事にしたのはアメリカ北西部のワシントン州にあるシアトルに次ぐ第2の都市スポケーン(Spokane)の地方新聞スポケーン・プレス(The Spokane Press)。
“Tragedy of Baby's Death is Revealed in Sale of Clothes”
「衣類が売り出されて明るみに出た赤ん坊の死という悲劇」
という見出しの記事で、
“Baby's hand made trousseau and baby's bed for sale. Never been used.”
「手作りベビー服とベビーベッド売ります。未使用。」
という広告を紹介しています。こちらは6単語ではなく、12単語からなる広告です。
この記事が出たのは1910年5月16日。ヘミングウェイは10歳にもなっておらず、作家になるのはずっと後のことです。

0458-babysclothesneverworn.jpg
スポケーン・プレスの記事(1910年5月16日)
By unknown author of Spokane Press newspaper c. 1910 (Life time: n/a) [Public domain], via Wikimedia Commons

この記事に着想を得たのかはわかりませんが、1917年にウィリアム・R・ケーン(William R. Kane)という作家が雑誌『ザ・エディター(The Editor)』“Little Shoes, Never Worn.”(小さな靴、未使用)というタイトルの作品を発表します。
1921年には『ジャッジ(Judge)』という雑誌にちょっとひねった話が掲載されます。未使用のベビーカーが売りに出され、売りに出した女性に語り手が哀悼の言葉を伝えたところ、実は思いがけず双子が生まれたため一人用のベビーカーが不要になったという二段オチの話です。



非常に短い小説のジャンルとして、「ショートショート」(short short story)という分野があります。一般的に400字詰め原稿用紙7枚以内や5枚以内程度とされており、英語では2000単語以下などとされています。短いものは本の1ページに満たない作品もあります。
日本では星新一(Shinichi Hoshi)が有名で、1000編以上のショートショート作品を発表しています。



これに対して、この6単語の短編小説は短すぎで、明らかに別のジャンルです。文字数の極端に少ない作品は「フラッシュ・フィクション」(flash fiction)と呼ばれます。
さらに、この物語で有名になった「6単語」にこだわって、「6単語の回顧録」(Six-Word Memoirs)というコンセプトまで登場します。
わずか6単語がストーリーのすべてですから、ご紹介すると全文引用になってしまいますのでやめておきますが、下記サイトや本などで様々な作品を見ることができます。

【参考】“Six-Word Memories (6単語の回顧録)”, 公式サイト



なお、日本には「書き出し小説」というジャンルがあります。@nifty「デイリーポータルZ」というサイトで天久聖一(Masakazu Amahisa)が選者と記事を担当している読者投稿コーナーの一つです。文章は物語の冒頭だけで、その後の展開はすべて読者にゆだねられるものです。
僕も大好きなんですが、これはあくまでも「書き出し」であることを前提にしています。
とはいえ本体がないことも前提ですので、似たようなものかもしれません。

【参考】“書き出し小説大賞 第121回秀作発表”, by 天久聖一, デイリーポータルZ, 2017年4月30日



“For sale: baby shoes, never worn”
売ります。ベビーシューズ。未使用。

赤ちゃんが生まれた親族や友達などへの贈り物に好まれる、幸せの象徴のようなベビーシューズ。
これを悲劇の象徴として使ったところがこの短編小説の優れたところだと思います。
ヘミングウェイが賭けをして書いたという説は説得力がありますが、都市伝説に過ぎないというのが真相かもしれません。これもまた言葉の一人歩きの一例です。
短時間でも作ることができ、ちょっとした頭の体操にもなる6単語の短編小説。
皆さんも空き時間などで作ってみてはいかがでしょうか。


【動画】“For Sale: Baby Shoes, Never Worn (2013)”, by pchsfilm, YouTube, 2013/04/05

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第10回:“Every day is a new day.”―「毎日が新しい日なんだ」(ヘミングウェイ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年05月02日
【関連記事】第314回:“All modern American literature comes from Huckleberry Finn.” ―「すべての現代アメリカ文学は『ハックルベリー・フィン』から生まれた」(ヘミングウェイ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年05月12日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Six-Word Memories (6単語の回顧録)”, 公式サイト
【参考】“書き出し小説大賞 第121回秀作発表”, by 天久聖一, デイリーポータルZ, 2017年4月30日

【動画】“For Sale: Baby Shoes, Never Worn (2013)”, by pchsfilm, YouTube, 2013/04/05



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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | TrackBack(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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