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2017年07月28日

第448回:“My life is a lovely story, happy and full of incident.” ―「私の人生は素敵な物語。幸せだった。いろんな事があった」(アンデルセン)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



By Buena Vista Images [Royalty-free], via Getty Images

第448回の今日はこの言葉です。
“My life is a lovely story, happy and full of incident.”

「私の人生は愛すべき物語。幸福で、事件に満ちている」
というのが文字通りの意味です。
「私の人生は素敵な物語。幸せだった。いろんな事があった」
といったところでしょうか。
これはデンマークの有名な童話作家で、詩人でもあるハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen, 1805-1875)の言葉です。日本では「アンデルセン」とドイツ語風に呼ばれますが、英語読みでは「ンダースン」、デンマークでは「ナスン」と呼ばれます。デンマークではとてもありふれた姓であるため、イニシャルをつけて“H.C. Andersen”)(ホー・セー・アナスンと呼ばれます。

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H・C・アンデルセン
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

この言葉は、アンデルセンが42歳の頃にドイツ語で発表した自伝『わが生涯の物語(The True Story of My Life)』(1847年)の冒頭にある言葉の英訳です。ドイツ語原文では次のようになっています。
“Mein Leben ist ein hübshes Märchen, so reich und grücklich.”
(マイン・レーベン・イスト・ヒュープシェス・メルヒェン、ゾー・ライヒ・ウント・グリュックリッヒ)
「私の人生はかわいいおとぎ話。とても実り多く楽しいものだった」
ドイツ語で“Märchen”(メルヒェン)とは日本語でもそのまま使われている「メルヘン」(おとぎ話)のことです。
これを英訳したのはイギリスの女流詩人メアリー・ハウイット(Mary Howitt)。
“My life is a lovely story, happy and full of incident.”
「私の人生は素敵な物語。幸せだった。いろんな事があった」
と書かれています。
読み比べるとかなり意訳されていますが、英訳の方もいい雰囲気ですね。
生涯にわたって童話を書き続けたアンデルセンらしい言葉です。

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メアリー・ハウイット
By Unkown, cropped by Jim Saeki in 2017 [Public domain], via Wikimedia Commons

ハンス・クリスチャン・アンデルセンは1805年にデンマークのオーデンセという街に生まれます。貧しい家庭の一人息子だったハンスは小さい頃から空想に親しみます。父親にはいろいろな物語を聞かされたり、演劇に連れて行ってもらったりします。ハンスは物語を覚えて、友達や家族にバレエダンサーや曲芸師などの真似をしながら語り聞かせます。明るく無邪気で人なつこく、誰にでも好かれたそうです。
11歳の時に父を亡くしたハンスは学校を中退して働きながら、近くに住む牧師から蔵書を借りて読み、シェイクスピアやゲ−テの作品に触れます。この時の牧師一家との交流が、後の作品の宗教的な色合いに影響したとも言われます。
13歳の時、王立劇場(Royal Danish Theatre)のオーデンセ公演で子役が足りなくなってたまたま舞台に立ったハンスは、役者を目指すようになります。ハンスは美しいボーイソプラノでも評判で、美しく鳴く小鳥に例えられて「オーデンセのナイチンゲール」と呼ばれます。

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アンデルセンが子供時代を過ごした家(2010年撮影)
By Ipigott (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons

14歳の頃、アンデルセンは役者を目指してコペンハーゲンに移り、王立劇場への入団を志願しますが、やせすぎていると断られます。少年合唱団に入ったところ、すぐに声変りをしてしまい挫折します。一時は王立劇場のバレエ団でバレエダンサーを目指しますが細身の長身に身体能力がついて行きません。アンデルセンは貧しかった子供時代よりもさらに困窮した生活を送ります。

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王立劇場(コペンハーゲン)(2009年撮影)
By Axel Kuhlmann (Kopenhagen) [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

物語が好きだったアンデルセンは劇作家を目指すようになり、演劇の脚本を書いて王立劇場に応募します。教育のないアンデルセンの脚本は採用されませんでしたが、王立劇場の支配人ヨナス・コリン(Jonas Collin)がアンデルセンの才能に注目します。王室顧問官でもあったコリンは、デンマーク王フレデリク6世(Frederik VI)の援助を得てアンデルセンを学校に通わせます。アンデルセンは学校になじめず孤立しますが、コペンハーゲン大学の神学部の学生に個人授業を受けて受験勉強を続けます。そして23歳の時に名門コペンハーゲン大学(University of Copenhagen)に入学し、文献学と哲学を学びます。

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ヨナス・コリン
Christian Albrecht Jensen [Public domain], via Wikimedia Commons

アンデルセンは大学に入った翌年に『ホルメン運河からアマゲル島東端までの徒歩旅行──1828年と1829年における(A journey on foot from Holmens Canal to the east point of Amager in the years 1828 and 1829)』(1829年)を自費出版して好評を得ます。主人公が詩の題材を求めて旅をするコミカルな作品です。また同じ年に戯曲『ニコライ塔上の恋(Love in Nicolai Tower)』が初めて王立劇場で上演されます。学生にして作家デビューしたアンデルセンは、大学を中退して作家活動に専念します。

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29歳の頃のアンデルセン(1834年の肖像画)
Albert Küchler [Public domain], via Wikimedia Commons

アンデルセンは28歳の時に再びフレデリク6世の援助を得てデンマークを出国し、ドイツやスイス、イタリア、フランスを18ヶ月かけて旅をしながら創作を続けます。そして帰国後、最初の小説『即興詩人(The Improvisatore)』(1935年)を発表します。イタリア旅行中の体験をもとにした自伝的な恋愛小説で、青春物語の傑作として大きな評判となります。アンデルセンが30歳の時のことです。

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31歳の頃のアンデルセン(1936年の肖像画)
Christian Albrecht Jensen [Public domain], via Wikimedia Commons

子供好きだったアンデルセンは、この頃から童話の執筆を始めます。
同じ1935年に出版した『子どものための童話集(Fairy-tales told to the children)』の第1集と第2集には、『火うち箱(The Tinderbox)』『エンドウ豆の上に寝たお姫さま(The Princess and the Pea)』『親指姫(Thumbelina)』などが収録されます。
しかし、『即興詩人』のようなすばらしい小説を書けるアンデルセンがどうしてわざわざ子供向けの童話を書くのかと、当時は不評だったそうです。


Thumbelina (『親指姫』) ハードカバー

童話集が期待していたほど売れず、アンデルセンはしばらく小説に注力します。しかし地方を旅行した時に大人も子供も彼の童話を喜んで読んでいるのを見て自信を取り戻し、再び童話を執筆するようになります。
そして1937年に出版した『子どものための童話集』の第3集で、『人魚姫(The Little Mermaid)』『裸の王様(The Emperor's New Clothes)』などが世に出ます。
中でも『人魚姫』は大きな評判となり、物語に秘められた人生の深い真実に人々は驚きます。それまで童話は子供向けの荒唐無稽な冒険物語や説教くさい教訓話と思われて軽視されていましたが、この作品によって童話という文学形式が改めて見直され、独自の文学ジャンルとして確立していくことになります。


An Illustrated Treasury of Hans Christian Andersen's Fairy Tales: The Little Mermaid, Thumbelina, the Princess and the Pea and Many More Classic Stories (イラスト付き、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの珠玉の童話集:『人魚姫』『親指姫』『エンドウ豆の上に寝たお姫さま』ほか多くの物語) ハードカバー – Hans Christian Andersen (著)

その後もアンデルセンは童話の創作を続けます。
ドイツのグリム兄弟(Brothers Grimm)が古い伝承を再構築して童話を執筆したのに対して、アンデルセンの童話は彼自身の創作によるものが多いです。「めでたしめでたし」というハッピーエンドの話ばかりではなく、悲しく切ない結末が多いのが特徴です。
ほかに有名な作品としては、
『スズの兵隊(The Steadfast Tin Soldier)』(1838年)
『みにくいアヒルの子(The Ugly Duckling)』(1843年)
『雪の女王(The Snow Queen)』(1844年)
『赤い靴(The Red Shoes)』(1845年)
『マッチ売りの少女(The Little Match Girl)』(1845年)
『パンをふんだ娘(The Girl Who Trod on the Loaf)』(1859年)
などがあります。



The Ugly Duckling (『みにくいアヒルの子』) (My First Fairy Tales) (英語) ペーパーバック

『人魚姫』はストーリーを一部改変され、ディズニーアニメ『リトル・マーメイド(The Little Mermaid)』(1989年アメリカ)として映画化されます。ブロードウェイで舞台化もされ、欧州各国や日本の劇団四季でも上演されます。
また、『雪の女王』を原案にしたディズニーアニメ『アナと雪の女王(Frozen)』(2013年アメリカ)は全く新しい物語として作られたもので、記録的な大ヒットとなります。


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“My life is a lovely story, happy and full of incident.”
私の人生は素敵な物語。幸せだった。いろんな事があった。

1875年、アンデルセンは亡くなります。70歳でした。
その生涯で164編の童話を書いたアンデルセン。
彼の童話のほとんどすべてに、アンデルセン自身が投影されていると言われています。
アンデルセンはそれまで単なる子供向けの幼稚な本だった童話に、新しい風を吹き込みました。
彼は童話にイノベーションをもたらし、文学的な地位を高めたのです。

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64歳の頃のアンデルセン(1869年撮影)
By Thora Hallager (1821-1884) [Public domain], via Wikimedia Commons


【動画】“Hans Christian Andersen: My Life As A Fairytale • Official Trailer • Miniseries Event (『ハンス・クリスチャン・アンデルセン:マイ・ライフ・アズ・ア・フェアリーテイル』公式予告編)”, by Sonar Entertainment, YouTube, 2013/06/03

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


【動画】“The Fairytaler - Introduction (『フェアリーテイラー』オープニング)”, by MrOldABCKids, YouTube, 2013/07/19

【関連記事】第215回:“Someday I'll be part of your world.”−「いつかあなたの世界の一部になる」(リトル・マーメイド), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年11月24日
【関連記事】第203回:“Let it go.”−「ありのままで」(アナと雪の女王), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年03月23日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“The True Story of My Life - By Hans Christian Andersen - Chapter I. (ハンス・クリスチャン・アンデルセン著『わが生涯の物語』 - 第1章)”, Authorama
【参考】“Hans Christian Andersen - Childhood and Education (ハンス・クリスチャン・アンデルセン - 子供時代と教育)”, Danishnet.com
【参考】“Hans Christian Andersen - A Succesful Author (ハンス・クリスチャン・アンデルセン - 作家としての成功)”, Danishnet.com
【参考】“アンデルセンの世界 −21世紀へ伝えたい豊かな世界−”(PDF), by 佐藤義隆, 岐阜女子大学紀要 第29号 (2000. 3. )

【動画】“Hans Christian Andersen: My Life As A Fairytale • Official Trailer • Miniseries Event (『ハンス・クリスチャン・アンデルセン:マイ・ライフ・アズ・ア・フェアリーテイル』公式予告編)”, by Sonar Entertainment, YouTube, 2013/06/03
【動画】“The Fairytaler - Introduction (『フェアリーテイラー』オープニング)”, by MrOldABCKids, YouTube, 2013/07/19

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(2) | TrackBack(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
のざわさん、こんにちは。ジム佐伯です。
2度目のコメントありがとうございます。そしてブログをご覧になって頂きありがとうございます。
アンデルセン、含蓄のある話が多くて味わい深いですよね。オーデンセの生家にも立ち寄られたとはうらやましいです。フィン・セーボーは読んだことがありませんが、面白そうですね。
イギリスの夏は一瞬で、あとは涼しい日々が続いています。日本は暑そうですがどうぞお体にお気をつけてお過ごし下さい。
コメントとても励みになります。これからもよろしくお願いします!!
Posted by ジム佐伯 at 2017年07月29日 13:52
ジム佐伯さま、こんにちは。アンデルセンの言葉と彼の生涯を興味深く読ませていただきました。
オーデンセの彼の生家は訪問したことがあります。火打ち箱やえんどう豆の上に寝たお姫様など数点の童話をデンマーク語で読みました。デンマーク語を62歳で習いたいと思ったのはみにくいアヒルの子を読んで打たれたからでした。アンデルセンの素晴らしさいもさることながら、今では現代作家フィン・セーボーの長編小説をデンマーク語から読んで翻訳しております。『お役所仕事に万歳四唱 プレベンの青春』。(原題はSådan er der så meget日本語では『いろいろありまして』というような意味です。大幅にタイトルを変えてありますが)余談ですが、最近では平尾昌晃さん、犬養道子さん、日野原重明さんが亡くなられました。人生とは?と考える機会を与えられました。アンデルセンの言葉はいいですね。記念としてメモしておきたいです。ありがとうございます。
Posted by のざわ at 2017年07月28日 10:44
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