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2017年07月12日

第444回:“My Giants are forever.” ―「わが巨人軍は永久に不滅です」(長嶋茂雄)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第444回の今日はこの言葉です。
“My Giants are forever.”

「わが巨人軍は永久に不滅です」
という意味です。
これは元プロ野球選手で読売ジャイアンツの終身名誉監督である長嶋茂雄(Shigeo Nagashima, 1936-)の言葉です。明るいキャラクターとダイナミックなプレー、溢れる闘志と抜群の勝負強さで多くの国民を熱狂させた大スター選手です。1974年(昭和49年)10月14日に現役を引退した試合の後の引退セレモニーで長嶋が言った言葉です。



長嶋茂雄は1936年(昭和11年)に千葉県の臼井町(今の佐倉市)に生まれます。小さい頃からプロ野球にあこがれ、小学4年の頃に本格的に野球を始めます。しかし終戦直後で道具がそろえられず、ボールとグローブは母親が手縫いで作ったもの、バットは青竹を割った手製のものだったそうです。
長嶋は1951年(昭和26年)に千葉県立佐倉第一高校に進学し、野球を続けます。高校時代は甲子園にも出場できず、ほぼ無名の存在でした。3年の夏の地区大会も1回戦で熊谷高校に敗退しますが、その試合で高校時代に唯一放ったホームランがライナー性の凄い打球で、野球関係者の注目を集めます。プロ入りが確実視され、プロや社会人の球団からオファーがありましたが、長嶋の父親は進学を希望して断ったと言われています。
1954年(昭和29年)、長嶋は野球推薦の2位で立教大学へ進学し、野球部に入ります。入学直後に父親が亡くなり、長嶋は中退してプロ入りすることも考えますが、中退に反対した母親が行商をするなどして家計を支えます。長嶋は猛練習を重ねて正三塁手となり、同期の杉浦忠投手や本屋敷錦吾内野手と3人で早くから活躍し、「立教三羽ガラス」と呼ばれて人気となります。



当時はプロ野球以上に人気があった東京六大学野球で、長嶋はリーグ戦通算で96試合に出場して通算打率.286、8本塁打、39打点、22盗塁を記録します。通算8本塁打は当時の六大学野球の新記録です。またシーズンの首位打者を2回獲得し、5シーズン連続のベストナインにも選ばれます。打撃だけでなく守備や俊足の評価も高く、走・攻・守の三拍子揃った逸材として、また人気の高いスーパースターとして、卒業後の進路が注目されます。
長嶋は立教の2学年先輩である大沢啓二から同期の杉浦と共に南海ホークスへの入団を誘われており、ほぼ本命視されていました。杉浦は南海へ入団しますが、長嶋は大沢に頭を下げて南海への入団を断り、読売ジャイアンツへ入団することが決まります。

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プロデビュー当時の長嶋
週刊ベースボール1958年4月30日号の表紙
By ベースボール・マガジン社 [Public domain], via Wikimedia Commons

そして1958年(昭和33年)の4月、いよいよプロデビューとなる開幕戦を迎えます。長嶋は背番号「3」をつけ、3番サードで先発出場します。対するは国鉄スワローズのエース金田正一。長嶋はオープン戦でも7本塁打を放つ活躍をみせており、ファンの期待は高まります。
しかし長嶋は金田から4打席連続三振を喫し、プロ野球の手厳しい洗礼を受けます。しかしそのすべてが渾身のフルスイングによる三振だったことが評判となり、長嶋は初日から「伝説の名勝負」として語り継がれる鮮烈なプロデビューを果たします。

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長嶋茂雄の4三振を報じる毎日新聞(1958年4月6日)
By Mainichi Shimbun (Mainichi Shimbun) [Public domain], via Wikimedia Commons


【動画】“【伝説の名勝負】ルーキー長嶋vs金田【四連続 三振】”, by bl20121211, YouTube, 2013/04/27

しかしその後の長嶋は順調に活躍します。8月には「打撃の神様」と言われた川上哲治に代わる4番打者となります。長嶋はシーズン全イニングに出場して本塁打王と打点王の2冠を獲得、打率も3割を超えてリーグ2位、新人王にも輝いて巨人のリーグ優勝に大きく貢献します。
翌1959年の6月25日、後楽園球場での大阪タイガース戦は、昭和天皇が観戦するプロ野球史上初の天覧試合となります。長嶋やこの年入団した新人の王貞治らがホームランを打ちますが試合は一進一退の攻防となり、4対4の同点で9回裏を迎えます。先頭打者の長嶋はこの回から代わった新人の村山実の5球目を左翼スタンドに叩き込み、劇的なサヨナラホームランで勝利を決めます。
この年も巨人はリーグ優勝を飾り、長嶋は前年に惜しくも逃した首位打者を獲得します。


【動画】“【天覧試合】 長嶋茂雄 【9回裏 サヨナラ本塁打】”, by bl20121211, YouTube, 2013/04/27

その後も長嶋の活躍は止まりません。
王と長嶋は二人の名前のイニシャルをとってON砲オーエヌほうと呼ばれ、3番と4番を入れ替わりながら巨人の中軸で活躍します。
1966年(昭和41年)の日米野球では、ロサンゼルス・ドジャースの会長が巨人の社主である正力松太郎に「長嶋を譲って欲しい。2年間でいい」と打診します。しかし正力は「長嶋がいなくなると日本の野球は10年遅れる」と即座に断り、スーパースターのメジャー移籍は実現せずに終わります。
そして巨人は長嶋や王の活躍で1965年(昭和40年)から1973年(昭和48年)まで9年連続で日本一となる「V9」ブイナインを達成します。まさに巨人の栄光時代です。



しかし1974年(昭和49年)、中日ドラゴンズが20年ぶりのリーグ優勝を決め、巨人は惜しくもリーグ2位となって「V10ブイテン」は達成できずに終わります。
そして中日の優勝が決まった10月12日、長嶋は現役引退を発表します。引退会見で長嶋は、
「僕はボロボロになれるまでやれて幸せだった」
と語ります。
その翌日、シーズン最終戦となる中日戦のダブルヘッダーが長嶋の現役最後の試合となります。
第1試合に長嶋は通算444本目となるホームランを放ちます。このシーズンに史上初の2年連続三冠王を決めていた王もホームランを放ち、天覧試合で初めてONのアベックホームランを記録して以来通算106回目のアベックホームランとなります。試合後長嶋は外野フェンス沿いを泣きながら歩いてファンに挨拶します。
続く第2試合にも長嶋はヒットを打ち、通算安打数を2471本に伸ばします。
そして試合後の引退セレモニーで、長嶋はこう語ります。
「わが巨人軍は永久に不滅です」
満場のファンだけでなく、全国のファンが惜しみない拍手を送ります。



この名言、英語では様々に訳すことができますが、アメリカのスポーツ・イラストレイテッド誌(Sports Illustrated)の記事では次のようにシンプルに紹介されています。
“My Giants are forever.”
主語の“Giants”は複数形ですので、動詞は“are”となります。
また「永久に不滅です」は、言葉どおりに訳すと
“My Giants are immortal forever.”
“My Giants are permanently immortal.”

などとなりますが、「永久に」と「不滅です」は意味が重なっていますので、
“My Giants are forever.”
でよいのです。



引退の年の11月、長嶋は背番号「90」をつけて巨人の監督に就任します。
最初のシーズンである1975年(昭和50年)に巨人は球団創設以来初めての最下位となってしまいますが、続く1976年と1977年には2年連続のリーグ優勝を果たします。
しかし1980年までの3シーズンは優勝から遠ざかり、長嶋は事実上の解任に近い辞任という形で球団を去ります。
その後、長嶋は野球の解説者に留まらず、テレビのスポーツ番組やバラエティー番組などに積極的に出演します。そしてその明るさと独特のキャラクターで人気となります。



そして1992年(平成4年)、長嶋は背番号「33」で再び巨人の監督に就任します。
1993年は3位に終わりますが、翌1994年には中日と同率首位での最終戦を制してリーグ優勝を飾り、さらに日本シリーズで西武ライオンズに勝って監督として初めての日本一に輝きます。
長嶋巨人は1996年にもリーグ優勝し、長嶋が背番号を「3」に戻した2000年には日本シリーズで王監督が率いる福岡ダイエーホークスを破って日本一に輝きます。
長嶋は翌2001年に監督を勇退し、終身名誉監督に就任します。



長嶋はよく「『記録』よりも『記憶』に残る男」と言われます。それほどファンの記憶に残るプレーが多かったということです。代表的な逸話をまとめてみます。

・プロデビューの開幕戦で4打席4三振(1958年4月)
一塁ベースを踏み忘れホームラン取り消しアウト(記録はピッチャーゴロ)(1958年9月)
・日本記録となる6試合連続敬遠(1958年9月)
天覧試合でサヨナラホームラン(1959年6月)
・開幕戦で敬遠、しかも敬遠された球を打ってホームラン(1960年4月)
敬遠された球を打ってランニングホームラン(1960年7月)
前を走るランナーを追い抜いてアウト(1960年8月)
・再び6試合連続敬遠(1961年8月)
敬遠された球を打って逆転タイムリーヒット(1962年7月)
・阪神の村山実の1500奪三振となる三振を喫してヘルメットが飛ぶ(1966年6月)
・敬遠に抗議して2ボールの時に素手で打席に入り、それでも敬遠される(1968年5月)
・阪神の村山実の2000奪三振となる三振を喫する(1969年8月)
・敬遠に抗議して3ボールの時に素手で打席に入り、それでも敬遠される(1971年6月)

長嶋は華のある守備や豪快な空振り三振でもファンを魅了します。
ゴロやライナーをさばく時に帽子が飛ぶように、わざと大きい帽子をかぶったとも言われます。一塁へ送球した後に右手を伸ばしてひらひらさせる独特のフォロースルーも有名で、これは歌舞伎の動作を参考にしたのだそうです。
また三振の時にヘルメットが飛ぶシーンも印象的です。長嶋はヘルメットを飛ばして空振りをするための練習までしたのだそうです。



また、「記憶」だけではなく「記録」の方も大したものです。
首位打者6回、最多安打10回、本塁打王2回、打点王5回というタイトルや、通算ホームラン444本、通算安打2471本という記録はすごいと思います。
さらに、公式戦、日本シリーズ、オールスターの全てで通算打率3割以上を打っているのは、日本プロ野球史上ただ一人です。まさに大舞台に強い千両役者です。



長嶋は現役時代からも天然ボケと思われるような珍行動や珍発言が多く、お笑いのネタとしても話題にされ、物まねの対象にもなります。

・試合前に「靴下が片方ない」と大騒ぎ → 片足に2枚はいていた
・試合後に「車がなくなった」と大騒ぎ → タクシーで来ていた
・息子の長嶋一茂を連れて来たのを忘れ、球場に置き去り
・引っ越し直後に家の場所を忘れ、家に「家はどこですか」と電話
・「うーん」「どうでしょう」「ええ」「いわゆる」「ひとつの」などのつなぎ言葉を多用
・「パァーッと」「ガーッと」「グゥーッと」などの擬音語・擬態語を多用
・「失敗は成功のマザー」など英語まじりの日本語を多用
・監督時代、バントの身振りをしながら代打を告げた

などなど、あまりにも逸話が多く、真偽のほどがはっきりしないものもあります。
これも長嶋が愛されるもう一つの理由です。


【動画】“長嶋茂雄 語録集 1”, by egnbnregaklaym0ch1, YouTube, 2014/11/28

“My Giants are forever.”
わが巨人軍は永久に不滅です。

抜群の勝負強さと華麗な守備で日本プロ野球の人気を引っ張った長嶋茂雄。
「スーパースター」という言葉がこれほど似合う人はなかなかいません。
明るいキャラクターと数々の名言(迷言)や逸話でも愛されました。
あまりにもうっかりな逸話が多いため、注意欠陥障害(ADD)ではないかと指摘する声もあります。
しかし天才は少なからずそういう面を持つものです。
そしてもう一つ。
長嶋は決して人の悪口を言わなかったそうです。
実に尊敬すべき美点だと思います。
2013年(平成25年)、長嶋は国民栄誉賞を受賞しました。


【動画】“長嶋茂雄の伝説”, by kokichi saotome, YouTube, 2015/12/16

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


【動画】“【巨人軍は】長嶋茂雄引退セレモニー【永久に不滅です】”, by bl20121211, YouTube, 2013/04/27

【関連記事】第419回:“My dream is to be a first-class professional baseball player.” ―「ぼくの夢は、一流のプロ野球選手になることです」(イチロー), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年04月03日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Away Games (アウェーの試合)”, by Tom Verducci, VAULT, Sports Illustrated, October 31, 1994
【参考】“October 14, 1974 - Shigeo Nagashima Retires (1974年10月14日 - 長嶋茂雄引退す)”, by NPB Card Guy, Japanese Baseball Cards, Tuesday, October 14, 2014
【参考】“【ありがとう八十年(174)】長嶋茂雄、かなわなかった夢 幻の日本人野手大リーガー第1号”, レジェンドが語るプロ野球史, サンスポ電子新聞, 2014.12.27
【参考】“長嶋茂雄伝説”, バカ集合
【参考】“偉大な注意欠陥障害(ADD)、長嶋茂雄”, by 西川 嘉伸 さん, コラム, クリニック西川, 2011年2月7日
【参考】“日本一有名な発達障害者としての長嶋茂雄論”, by 三沢文也 (id:TM2501) さん, かくいう私も青二才でね, 2015 06/20

【動画】“【伝説の名勝負】ルーキー長嶋vs金田【四連続 三振】”, by bl20121211, YouTube, 2013/04/27
【動画】“【天覧試合】 長嶋茂雄 【9回裏 サヨナラ本塁打】”, by bl20121211, YouTube, 2013/04/27
【動画】“長嶋茂雄 語録集 1”, by egnbnregaklaym0ch1, YouTube, 2014/11/28
【動画】“長嶋茂雄の伝説”, by kokichi saotome, YouTube, 2015/12/16
【動画】“【巨人軍は】長嶋茂雄引退セレモニー【永久に不滅です】”, by bl20121211, YouTube, 2013/04/27

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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