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2017年05月29日

第433回:“My day will come.” ―「やがて私の時代が来る」(マーラー)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第433回の今日はこの言葉です。
“My day will come.”

「やがて私の時代が来る」
という意味です。
これは今のチェコの出身でオーストリアのウィーンで活躍した作曲家グスタフ・マーラー(Gustav Mahler, 1860-1911)の言葉です。
交響曲と宗教音楽の作曲で知られ、指揮者としても高名な人物です。

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グスタフ・マーラー(1907年撮影)
Moritz Nähr [Public domain], via Wikimedia Commons

1860年、グスタフ・マーラーはオーストリア帝国のボヘミア地方にあるカリシチェ(Kaliště)いう村に生まれ、その後近郊のイーグラウ(Iglau)、今のイフラヴァ (Jihlava)という町へ引っ越します。父親は荷馬車での運搬や行商を営んでおり、独力で酒造業を始めます。
グスタフは小さな頃から地元の教会の少年合唱団で合唱音楽に親しみます。そして4歳の頃にはアコーディオンを上手に演奏します。10歳の頃グスタフはイーグラウ市立劇場での音楽会でピアノを演奏します。父親はグスタフの音楽の才能にいち早く気づき、息子が一流の音楽教育を受けられるように尽力します。

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5歳の頃のマーラー(1865年撮影)
By Unknown; Specht did not name the photographer or copyright holder (http://blogs.myspace.com/gustav.mahler) [Public domain], via Wikimedia Commons

マーラーは15歳の時にウィーン楽友協会(Wiener Musikverein)の音楽院(今のウィーン国立音楽大学)に入学し、ピアノや和声学、対位法や作曲を学びます。16歳の時にはピアノ演奏とピアノ作曲でいずれも音楽院の一等賞を獲得します。そして17歳の時にウィーン大学(University of Vienna)に入り、作曲家アントン・ブルックナー(Anton Bruckner)から和声学の講義を受けます。ここからマーラーと36歳年上のブルックナーとの間に深い交流が始まります。

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アントン・ブルックナー(1860年頃撮影)
By Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

1883年、マーラーは23歳でカッセル王立劇場の楽長となります。
そして翌1884年、ドイツの作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)の『第9交響曲』などを指揮して、マーラーは指揮者としても成功をおさめます。
1888年、マーラーは初めての交響曲『交響曲第1番ニ長調(Symphony No. 1 in D major)』の第一稿を完成させます。マーラーが28歳の頃です。この曲は後に『巨人(Titan)』と副題がつけられます。
この頃マーラーは、ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナー(Richard Wagner)の楽劇『ラインの黄金(Das Rheingold)』『ワルキューレ(Die Walküre)』を指揮して高い評価を得ます。
また同年、マーラーはブダペスト王立歌劇場(今のハンガリー国立歌劇場)の芸術監督となり、1892年にはハンブルク歌劇場(今のハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団)の第一楽長となります。

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32歳の頃のマーラー(1892年撮影)
E. Bieber [Public domain], via Wikimedia Commons


1894年、マーラーは34歳の時に『交響曲第2番ハ短調』を完成させ、その年の暮れに初演します。公演は大成功し、マーラーは作曲家としても高く評価されます。この曲は『復活(Auferstehung)』と呼ばれます。
この頃からマーラーは、ザルツブルク郊外のアッター湖畔に作曲小屋を建て、夏の間そこで作曲活動をするようになります。

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アッター湖畔のマーラーの作曲小屋(2002年撮影)
By Furukama (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

マーラーは指揮者としても当時トップレベルの実力と人気を誇ります。
激しい身振りと緩急自在のテンポ変化は人々に大きな衝撃を与え、マーラーの指揮ぶりを描いたカリカチュア(戯画)も多く残されています。
また、当時オペラ歌手は歌唱力よりもルックスが重要視されており、スター歌手が歌える言語が入り混じって上演されていました。マーラーは実力のある若い歌手を積極的に起用し、ブダペスト王立歌劇場時代は観客の理解のためにハンガリー語で統一したワーグナーを上演します。

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自作の交響曲第1番を指揮するマーラーを描いたカリカチュア
(テオ・ツァッシェ作、1906年)
Theo Zasche [Public domain], via Wikimedia Commons

1897年、マーラーは念願だったウィーン宮廷歌劇場(今のウィーン国立歌劇場)の第一楽長となり、翌1898年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者にもなります。
マーラーはここでも改革を進めます。当時は興行の都合が優先されて長大なワーグナー作品はカットされて上演されることが普通です。マーラーはワーグナーの歌劇『ローエングリン』を指揮してノーカットで上演し、デビューを飾ります。また、劇場が雇ったサクラを客席に用意してやらせの拍手や「ブラヴォー」(Braovo!)のかけ声を出させるのが当時は普通でした。マーラーはそれらをすべて廃止します。

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ウィーン宮廷歌劇場(1898年頃撮影)
Josef Löwy [Public domain], via Wikimedia Commons

1901年、41歳だったマーラーは当時22歳のアルマ・シントラー(Alma Schindler)と出会います。作曲や文学の才能があり、その美貌で多くの信奉者にとりまかれていたアルマにマーラーは求愛し、1ヶ月後に婚約して、さらに3ヶ月後に結婚します。
結婚直前にアルマへ宛てた手紙の中で、マーラーはドイツの作曲家で指揮者でもあったリヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss)に触れてこう語っています。
“My day will come when his is ended. If only I might live to see it, with you at my side!”
「彼の時代が終わる時、私の時代が来る。その日が来るまで生きていたい、君のとなりで!」
音楽に対するマーラーの強い自信とアルマへの深い愛情が感じられる一節です。

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アルマ・マーラー(1902年頃撮影)
By Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

マーラーは1896年から1906年までの間に第3番から第8番までの交響曲を作曲します。中でも明快で親しみやすい『交響曲第5番嬰ハ短調』はマーラー絶頂期の作品として人気が高い作品です。一方、劇的な音楽が盛り込まれた『交響曲第6番イ短調』『悲劇的』という副題でも知られており、カウベルや教会の鐘を模した低音のベル、ハンマーなどを楽器として使用している斬新な作品です。また、『交響曲第8番変ホ長調』は演奏規模の雄大さから『千人の交響曲(Symphonie der Tausend )』とも呼ばれます。


【動画】“Gustav Mahler - Adagietto from 5th Symphony | Vienna Philharmonic, Leonard Bernstein [HD]" (グスタフ・マーラー - 『交響曲第5番』より第4楽章 アダージェット / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、レナード・バーンスタイン指揮)”, by Adagietto, YouTube, 2013/12/31

1907年、マーラーはニューヨークのメトロポリタン歌劇場から招かれ、ウィーン宮廷歌劇場を辞任して渡米します。
そして同じ年、交響曲『大地の歌(Das Lied von der Erde)』が完成します。ベートーヴェンやブルックナーが第9交響曲を書き上げた後に世を去っているという「第九のジンクス」を意識したのか、あえて『第9番』という題名をつけずに『大地の歌』となっています。
歌詞には李白王維孟浩然など唐の詩人たちの詩が題材に使われており、締めくくりには王維の『送別』が引用され、
“Ewig... ewig...”
(エーヴィッヒ、エーヴィッヒ)
「永遠に、永遠に」
という言葉を繰り返して結びます。
タイトルといい歌詞といい、この年に心臓病の診断を受けた47歳のマーラーが、懸命に死の恐怖から逃れようとしていたことがわかります。


【動画】“Mahler - Das Lied von der Erde - Bernstein (マーラー - 『大地の歌』 - バーンスタイン指揮)”, by Cantus 5, YouTube, 2014/12/24

1909年、マーラーは『交響曲第9番ニ長調』を完成させます。実際には10番目の交響曲です。全曲が「別れ」や「死」のテーマによって貫かれているのが印象的な曲で、マーラーの最高傑作の一つと言われます。この作品でマーラーは、過去の自作や他作から多くの引用をしており、まるで別離にむけて人生を振り返っているようです。
翌1910年、マーラーは『交響曲第10番』の作曲を始めます。しかし1911年、第1楽章がほぼ完成したところでマーラーは世を去ります。50歳の若さでした。
マーラーの最後の言葉は、
“Mozarterl!”
「モーツァルト!」
でした。音楽の改革を目指したマーラーが死の間際に口にしたのが西洋音楽の元祖であるモーツァルトの名前だっとは、何とも皮肉で興味深い話です。

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49歳の頃のマーラー(1909年撮影)
By Either Aimé Dupont's (1842–1900)[1] wife, Madame Etta Greer, or their son Albert Dupont.[2] Photoprint copyrighted by the studio A. Dupont, N.Y. [Public domain], via Wikimedia Commons

“My day will come.”
やがて私の時代が来る。

型破りの指揮や作曲で、多くの改革を体現したマーラー。
その改革は現代にも引き継がれています。
そして1970年代の後半、世界中でマーラー・ブームがわき起こります。マーラーの楽曲は、その大規模さや複雑さにもかかわらず世界中のオーケストラによって頻繁に演奏され、コンサートホールは連日満員となります。
ハンガリー出身の指揮者ゲオルク・ショルティ(Georg Solti)は、
「現代の聴衆をこれほど惹きつけるのは、その音楽に不安、愛、苦悩、恐れ、混沌といった現代社会の特徴が現れているからだろう」
と語っています。
ついにマーラーの時代が来たのです。そしてそれは今でも続いているのです。


マーラー 君に捧げるアダージョ コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]


【動画】“Trailer: "Mahler on the Couch" (予告編:『マーラー 君に捧げるアダージョ』)”, by Film Society of Lincoln Center, YouTube, 2012/05/01

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


マーラー [Blu-ray]


【動画】“Mahler 1974 Trailer" (『マーラー』(1974年)予告編)”, by Screenbound Pictures, YouTube, 2011/12/22

【関連記事】第284回:“Because you cannot make telephone call to Puccini anymore.” ―「プッチーニには電話できないからね」 (小澤征爾), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年02月19日
【関連記事】第167回:“Fly, thought, on golden wings.”―「行け、わが思いよ、黄金の翼に乗って」(ヴェルディ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年01月25日
【関連記事】第168回:“No one shall sleep.”―「誰も寝てはならぬ」(プッチーニ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年01月26日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版

【動画】“Gustav Mahler - Adagietto from 5th Symphony | Vienna Philharmonic, Leonard Bernstein [HD]" (グスタフ・マーラー - 『交響曲第5番』より第4楽章 アダージェット / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、レナード・バーンスタイン指揮)”, by Adagietto, YouTube, 2013/12/31
【動画】“Mahler - Das Lied von der Erde - Bernstein (マーラー - 『大地の歌』 - バーンスタイン指揮)”, by Cantus 5, YouTube, 2014/12/24
【動画】“Trailer: "Mahler on the Couch" (予告編:『マーラー 君に捧げるアダージョ』)”, by Film Society of Lincoln Center, YouTube, 2012/05/01
【動画】“Mahler 1974 Trailer" (『マーラー』(1974年)予告編)”, by Screenbound Pictures, YouTube, 2011/12/22



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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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