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2017年05月21日

第431回:“These are the moments of Aleppo's demise that I will never forget.” ―「アレッポ崩壊の瞬間、私は決して忘れない」(リーナ・シャーミー)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



GEORGE OURFALIAN/AFP [Rights-managed], via Getty Images

第431回の今日はこの言葉です。
“These are the moments of Aleppo's demise that I will never forget.”

「これがアレッポが崩壊した瞬間、私が決して忘れられないこと」
「アレッポ崩壊の瞬間、私は決して忘れない」
という意味です。
これはシリアの建築士で、活動家であるリーナ・シャーミー(Lina Shamy)の言葉です。
シリアのアレッポ(Aleppo)という都市が内戦で破壊された時に報道された言葉です。

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リーナ・シャーミーのツイッターのプロフィール写真

アレッポは人口では首都ダマスカスを凌ぐシリア最大の都市です。いえ、今は破壊されてしまいましたので「シリア最大の都市でした」と過去形で言った方が正しいです。2008年の時点での人口は167万人でした。
アラビア語では「ハラブ(حلب)」と呼ばれ「新鮮な乳」という意味です。ユダヤ教やキリスト教やイスラム教で共通して讃えられる預言者であるアブラハム(Abraham, アラビア語ではイブラーヒーム)が旅人たちに乳を振舞ったとの伝承から来ていると言われます。
ユーフラテス川流域のメソポタミア地方と地中海の中間地点に位置する戦略上の要地で、シリアで最も古い歴史を持つ街です。

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アレッポの位置
By Goran tek-en, captions by Jim Saeki [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia commons

アレッポの街の古さは奈良や京都どころではありません。紀元前1800年頃から人が住み始めて町となります。世界最古の文明といわれる古代メソポタミア文明においてシュメール文明(Sumer)が滅んだあとの青銅器時代の中期、今のシリア北部からトルコ南東部に栄えたヤムハド王国(Yamhad)の首都として栄えます。
この頃のチグリス川とメソポタミア側流域のメソポタミア地方は古バビロニア王国(First Babylonian Dynasty)が支配しており、ヤムハド王国とは隣り合っています。

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ヤムハド王国と古バビロニア王国(紀元前1752年頃)
By Near_East_topographic_map-blank.svg: Sémhur derivative work: Attar-Aram syria (Near_East_topographic_map-blank.svg) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

その後ヤムハド王国と古バビロニア王国は今のトルコにあったヒッタイト王国(Hittites)に征服されます。ヒッタイトの記録にもアレッポの名が残っています。
その後アレッポは新アッシリア帝国、アケメネス朝のペルシア帝国、セレウコス朝の古代ギリシア人が支配し、紀元前64年頃からローマ帝国が支配します。さらには東ローマ帝国、イスラム系のハムダーン朝、エジプトのファーティマ朝、テュルク系のセルジューク朝、エジプトのアイユーブ朝、イルハン朝のモンゴル帝国、エジプトのマムルーク朝などの支配を経た後、16世紀からオスマン帝国の支配下に入り、それが20世紀の第一次世界大戦まで続きます。



平和な時代のアレッポ(2010年撮影)
Harri Jarvelainen Photography [Royalty-free], via Getty Images

強国に入れ替わり立ち替わり包囲され、攻撃され、破壊され、征服され、支配される歴史を繰り返してきたアレッポ。戦争だけでなく大地震でも被害を受けたこともあります。「受難の街」と言えましょう。
古くからシルクロードと地中海を結ぶ交易都市として栄えたアレッポは、近代から現代に入っても市場(スーク)隊商宿(ハーン)は残り、その豪華さも中東一と言われます。
悠久の歴史におけるさまざまな時代の遺跡や建築が残るアレッポは、1986年に世界遺産(World Heritage site)に登録されます。



第一次大戦の後にオスマン帝国が滅亡するとアレッポは「フランス委任統治領シリア」(French Mandate for Syria)の一部となり、第二次世界大戦後には大戦直後に独立した「シリア共和国」(Syrian Republic)の中心都市の一つとなります。1958年にシリアはエジプトと連合して「アラブ連合共和国」(United Arab Republic)となりますが、1961年にはクーデターが発生し、「シリア・アラブ共和国」(Syrian Arab Republic)として再独立します。
その後もいろいろごたごたがありますが、1970年にシリア空軍の司令官だったハーフィズ・アル=アサド(Hāfiz al-Asad)がクーデターで実権を握り、翌1971年に大統領になります。アサド大統領は2000年に心臓発作で亡くなり、息子のバッシャール・アル=アサド(Baššār al-ʾAsad)が大統領となります。

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バッシャール・アル=アサド(2011年撮影)
By Bashar_al-Assad.jpg: Fabio Rodrigues Pozzebom / ABr derivative work: César (Bashar_al-Assad.jpg) [CC BY 3.0 br], via Wikimedia Commons

大統領就任当時のバッシャール・アル=アサドは政治改革を進め、欧米との関係改善にも努めます。この政策はシリア国内で「ダマスカスの春(Damascus Spring)」と呼ばれ、一定の支持を得ます。
しかし2003年に始まったイラク戦争(Iraq war)で、隣国の同じバアス党のサダム・フセイン(Saddam Hussain)の独裁政権がアメリカ軍の圧倒的な軍事力で簡単に崩壊します。これを見たアサドは一転して独裁体制を強めます。イラクからの難民がシリアに流入する一方で、イラクへ潜入する武装勢力がシリアに集結したためシリアとイラクの治安は安定せず、シリアとアメリカの関係は険悪となります。



イラク戦争終結時にフセインの像を引き倒すアメリカ軍(2003年撮影)
By Wathiq Khuzaie [Rights-managed] via Getty Images

2010年の12月にチュニジアで民主化を求める反政府デモが発生して国内全土に拡大します。その結果、ベン=アリー大統領が2011年1月にサウジアラビアへ亡命し、独裁政権が打倒されて民主化が実現します。チュニジアを代表する花の名前をとって「ジャスミン革命(Jasmine Revolution)」と呼ばれます。
この動きは瞬く間にアラブ諸国に伝わります。

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ジャスミン革命(2011年撮影)
By M.Rais (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons

2011年の1月にはエジプトでも反政府デモが広がり、2月にムバラク大統領が政権の座を降りて独裁政権が倒されます。「エジプト革命(Egyptian revolution of 2011)」です。
また同年の2月、リビアでは民衆がカダフィ大佐の退陣を求める大規模デモが発生し、内戦の末に8月に首都トリポリが陥落、カダフィは戦死します。「リビア内戦(Libyan Civil War)」です。

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エジプト革命の発端となった大規模デモ(2011年撮影)
By Muhammad Ghafari from Giza, Egypt (IMG00064-20110125-1429 Uploaded by BanyanTree) [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

同時期の2月、イエメンではサーレハ大統領の退陣を求める大規模デモが発生し、サーレハは次期大統領選挙に出馬しないと約束して副大統領に大統領権限を委譲します。「イエメン騒乱(Yemeni Revolution)」です。
ほかにもアルジェリアやモロッコ、サウジアラビア、ヨルダンなどほかの国々へも活動は広がります。これらの一連の動きは「アラブの春(Arab Spring)」と呼ばれます。人々がFacebookやTwitterなどのSNSで情報を共有して瞬く間に活動が広がったのが特徴です。

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イエメンの首都サナアでの反政府デモ(2011年撮影)
By Sallam from Yemen (Yemen | Sanaa_Feb 3rd Uploaded by calliopejen1) [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

アラブの春はシリアにも波及します。2011年1月に始まった抗議デモの活動がFacebookやTwitterで拡散され、3月には大規模な反政府デモへ発展します。一方でアサド政権を支持する大集会も行われ、国内は分裂状態となります。4月には反政府デモは暴動へと激化し、治安部隊は催涙ガスやゴム弾だけでなく実弾を発砲して鎮圧をはかり、さらには軍による戦車も投入されます。7月にはシリア政府軍の一部が反政府側につき、「自由シリア軍(Free Syrian Army, シリア解放軍)」を名乗って各地で武装闘争を開始。シリアは内戦状態となります。さらに混乱に乗じて過激派組織ISがイラク西部からシリア東部にかけて勢力範囲を拡大し、シリア北部のトルコ国境に沿った地域はクルド人勢力が支配します。

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シリア内戦の勢力図(2016年)
桃色:アサド政権の政府軍
黄色:クルド人勢力
灰色:IS
薄緑:その他(自由シリア軍を含む)
By Ermanarich, caption added by Jim Saeki [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

アメリカやトルコなどは、穏健派と言われる自由シリア軍を支持して武器弾薬の援助などを行います。しかし内戦が長期化してISの勢力拡大を招いたのは大誤算です。そこでアメリカは2015年8月に、イギリスやフランスをはじめとする有志国連合軍でISの空爆を開始します。初期はイラク国内に限定していましたが、やがてシリア国内の空爆も開始されます。
一方でロシアは有志国連合軍には加わらず、アサド政権を支持します。そしてロシアはシリア政府の要請を受けたとして、2015年9月にシリア全土でのISに対する空爆を始めます。

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誘導爆弾を投下するロシア軍のSu-34(2015年撮影)
Mil.ru [CC BY 4.0], via Wikimedia Commons

アレッポではシリア政府軍とシリア解放軍との戦闘となり、2012年から戦闘が激化して多くの市民も犠牲となります。2016年11月末に政府軍は大規模な攻勢を行ってアレッポを完全制圧します。長引く戦闘でこれまでも建物の破壊が目立っていたアレッポの街は、この大攻勢で徹底的に破壊されます。住民は大量に用意されたバスで避難しますが、政府軍が安全を保障したバスも一部が攻撃され、さらに犠牲が増えてしまいます。



アレッポから避難する避難民のバスの車列(2016年撮影)
By KARAM AL-MASRI/AFP [Rights-managed], via Getty Images

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攻撃を受けて炎上する避難用のバス(2016年撮影)
By VOA News [Public domain], via Wikimedia Commons

この時にBBCやアルジャジーラなどのテレビ中継で、「アレッポ住民(Aleppo resident)」としてメディアに登場したのが最初にご紹介したリーナ・シャーミーです。リーナは流暢な英語でアレッポでの戦闘を生々しくレポートします。


【動画】“'Rebel-held Aleppo is a disaster area' - BBC News (アレッポ東部地区は悲惨な状況に - BBCニュース)”, by BBC News, YouTube, 2016/11/30

その後もリーナはtwitterやYouTubeなどでアレッポの状況を世界に訴えます。
2016年12月にアレッポから世界へ向けたメッセージを公開し、アレッポでアサド政権が行っていることは人道に反する虐殺で犯罪行為だと主張します。


【動画】“A message to the world from the besieged city of Aleppo (包囲されたアレッポから世界へ向けたメッセージ)”, by Lina Shamy, YouTube, 2016/12/04

年が明けた2017年2月、アメリカの大手ネットメディア『ハフィントン・ポスト(The Huffington Post)』にリーナの記事が載ります。ハフィントン・ポスト日本語版にも日本語の記事が出ましたので読まれた方も多いと思います。
記事では歴史ある美しい街だったアレッポでのかつての平和だった日々の回想から始まり、アレッポでの激しい爆撃と戦闘、陥落した後の混乱などが生々しく語られています。
僕は初めてこれを読んだ時、長い上に叙情的すぎて正直わかりづらい記事だと思いました。しかしネットや電源さえ止められたアレッポで何が起きたかを知ることができる貴重な一次資料だと言えましょう。

【twitter】“These are the moments of Aleppo’s demise that I will never forget”, by Lina Shamy, twitter, 2017年2月8日

2017年の3月、ネットにある動画がアップされます。
リーナ・シャーミーの日本へ向けたメッセージです。たどたどしいですが正しい日本語で、日本の政府と国民へ向けたメッセージが公開されたのです。リーナはシリアで起きていることがアサド政権による住民の虐殺だと訴え、アサド政権には支援をしないでほしいと訴えます。日本語があまりに上手で、僕はびっくりしました。
彼女の主張は一貫して変わっておらず、言っていることもよく理解できます。
でも僕は、ここに来てかなり違和感を覚えました。なぜ日本なのでしょうか。
そしてもう一つの疑問がわきあがりました。彼女はいったい何者なのでしょうか。


【動画】“A Message from Syria to the Japanese people (シリアから日本の人たちへ向けたメッセージ)”, by Lina Shamy, YouTube, 2017/03/08

ハフィントン・ポストの記事では、リーナ・シャーミーの肩書きは「建築士、活動家」となっています。アレッポ大学を卒業したとありますから、そこで建築や日本語を学んだのでしょう。
「流暢な英語」「端正なルックス」など、リーナの存在は大衆に受ける要素を持っています。戦地なのにtwitterやYouTubeを駆使した情報発信にも秀でており、BBCやTRT(トルコ国営放送)、アルジャジーラなど幅広いメディアでも取り上げられています。
「理系女子」「メガネっ娘」といった多くの日本人男性が萌える要素もあり、「人妻」という属性もついています。今回さらに「日本大好き」「たどたどしい日本語」というダメ押し要素が加わって数え役満状態です。
「なぜ日本へのメッセージを出したのか」という質問に対して、リーナはあるインタビュー記事で次のように語っています。
“Sometimes they fell for the propaganda that Assad was promoting, that Assad is fighting terrorism.”
「彼ら(日本人)はアサドによるプロパガンダにだまされています。アサドがテロと戦っているという嘘に。」
【参考】“A Syrian Activist's Japanese-Language Message to the People of Japan”, by Joey Ayoub and Nevin Thompson, Global Voices, 16 March 2017


リーナ・シャーミーのtwitterやFacebookのカバー写真には、自由シリア軍の旗が使われています。
したがって彼女が反アサド政権の立場で活動していることは明らかです。
自由シリア軍を支持する西側のメディアに登場したのも、そういった背景があったのでしょう。アルジャジーラが取り上げるのも、もしからしたら反政府活動の支援なのかもしれません。
そう。彼女は単なる被害者としてのアレッポ市民ではなく、アサド政権に反旗を翻している自由シリア軍の一員、アサド政権から見たら反乱軍の側のメンバーなのです。日本語でのメッセージも、「一住民の訴え」というよりも「自由シリア軍の戦士の演説」のように聞こえます。数々の情報発信も彼女がたった一人でできるとはとても思えず、組織によるバックアップがあるに違いありません。
僕たちはニュースやネットで彼女のメッセージを聞く時、常にそのことを頭に入れておく必要があります。

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リーナ・シャーミーのツイッターページ

中にはリーナを批判する声もあります。
「テロリストのチアリーダー」「にせ活動家」「シリア人ですらない」など様々です。しかしこれは自由シリア軍と対立するアサド政権側からの声かもしれません。
テレビのニュースやネットの情報でも、完全に中立な情報というのはなかなかありません。
僕たちはそれらがどの立場での情報なのかをいつも考える必要があるのです。
これは日本でのニュースも同じことです。立場が違うと言っていることが全く違うこと、よくありますよね。



2017年4月7日、地中海で作戦行動をとっていたアメリカ海軍のイージス艦『ポーター』『ロス』がシリアに向けて合計60発近くの巡航ミサイルを発射します。アサド政権が化学兵器を貯蔵しているとされる空軍基地を攻撃したのです。
3月の末にアメリカのトランプ大統領は「アサド政権打倒は最優先事項ではない」と発言していました。しかしそのわずか一週間後に、アサド政権に対する直接攻撃を初めて開始したのです。
このようにシリア情勢は今でも何が起きるか予想がつかず、極めて不安定になっています。


【動画】“Syria war: US launches missile strikes in response to 'chemical attack' - BBC News (シリア戦争:米国が「化学兵器攻撃」に呼応してミサイル攻撃を開始 - BBCニュース)”, by BBC News, YouTube, 2017/04/07

“These are the moments of Aleppo's demise that I will never forget.”
アレッポ崩壊の瞬間、私は決して忘れない。

東西文明の交流地点や中継地点として古くから栄えた交易都市アレッポ。
この美しい都市は大部分が破壊されてしまいました。
アレッポの崩壊の瞬間を伝えたリーナ・シャーミー。彼女が支持する自由シリア軍にも正義があります。
一方で対立するアサド政権にとって、彼女は憎むべきテロリストの手先かもしれません。
しかし激しい内戦で苦しんでいる人たちが何百万人単位でいることは忘れてはいけません。それだけはまぎれもない事実なのです。
多くの難民が押し寄せるヨーロッパでは、シリア情勢は大きな関心をもって報道されています。
日本は地理的に遠いので今ひとつ関心が低いかもしれませんが、今この瞬間にも多くの人が苦しんでいる事実はしっかり伝えられるべきことだと思います。
少なくとも、森友学園問題などよりはずっとずっと重要なニュースだと思います。


【動画】“Afraid of the Dark (闇におびえて)”, by With Syria, YouTube, 2015/03/11

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


【動画】“Do Japanese Want Refugees in Japan? (Interview) (日本人は難民を受け入れられるか?(インタビュー))”, by That Japanese Man Yuta, YouTube, 2016/11/17

【関連記事】第361回:“Eye for an eye.” ―「目には目を」 (ハンムラビ法典、聖書), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年09月23日
【関連記事】第424回:“Sometimes it's more important to smile than to shout.” ―「叫ぶよりも微笑む方が大事な時もある」(サフィーヤ・カーン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年04月23日
【関連記事】第167回:“Fly, thought, on golden wings.”―「行け、わが思いよ、黄金の翼に乗って」(ヴェルディ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年01月25日
【関連記事】第406回:“Chipangu is an Island towards the east in the high seas.”―「ジパングは東方の大洋中にある島である」(マルコ・ポーロ『東方見聞録』より), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2017年02月10日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“These Are The Moments Of Aleppo’s Demise That I Will Never Forget (アレッポ崩壊の瞬間、私は決して忘れない)”, by Lina Shamy, The Huffington Post, 2017年02月21日
【参考】“アレッポ崩壊の瞬間、私は決して忘れない”, by Lina Shamy, The Huffington Post, 02/08/2017
【参考】“A Syrian Activist's Japanese-Language Message to the People of Japan (シリア人活動家の日本人へ向けた日本語でのメッセージ)”, by Joey Ayoub and Nevin Thompson, Global Voices, 16 March 2017
【参考】“ALEPPO: The Terrorist Cheerleaders Promoted as “Activists” by Corporate Media (アレッポ:大手メディアに「活動家」と宣伝されたテロリストのチアリーダーたち)”, by Paul Mansfield, The Wall Will Fall, January 5, 2017
【参考】“In Syria, fake news goes a lot further than you thought (シリアでは思った以上にフェイク・ニュースが蔓延している)”, by Will TG Miller, VARSITY, December 20 2016

【動画】“'Rebel-held Aleppo is a disaster area' - BBC News (アレッポ東部地区は悲惨な状況に - BBCニュース)”, by BBC News, YouTube, 2016/11/30
【動画】“A message to the world from the besieged city of Aleppo (包囲されたアレッポから世界へ向けたメッセージ)”, by Lina Shamy, YouTube, 2016/12/04
【動画】“A Message from Syria to the Japanese people (シリアから日本の人たちへ向けたメッセージ)”, by Lina Shamy, YouTube, 2017/03/08
【動画】“Syria war: US launches missile strikes in response to 'chemical attack' - BBC News (シリア戦争:米国が「化学兵器攻撃」に呼応してミサイル攻撃を開始 - BBCニュース)”, by BBC News, YouTube, 2017/04/07
【動画】“Afraid of the Dark (闇におびえて)”, by With Syria, YouTube, 2015/03/11
【動画】“Do Japanese Want Refugees in Japan? (Interview) (日本人は難民を受け入れられるか?(インタビュー))”, by That Japanese Man Yuta, YouTube, 2016/11/17

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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