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2017年04月19日

第423回:“The aim of art is to glorify beauty.” ―「芸術の目的は美を輝かせること」(アルフォンス・ミュシャ)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第423回の今日はこの言葉です。
“The aim of art is to glorify beauty.”

「芸術の目的は美を輝かせることだ」
という意味です。
これは今のチェコの出身の芸術家アルフォンス・ミュシャ(Alphonse Mucha, 1860-1939)の言葉です。アール・ヌーヴォー(Art Nouveau)を代表するグラフィック・デザイナーで、ウィーンやパリで活躍した人物です。「ミュシャ」はフランス語読みですが、チェコ語読みでは「ムハ」と発音します。
アール・ヌーヴォーとは19世紀末にパリを中心に花開いた芸術様式で、絵画や工芸に花や植物などの有機的なモチーフや自由な曲線を組み合わせた繊細な装飾を用いるのが特徴です。

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アルフォンス・ミュシャ(1906年撮影)
By George R. Lawrence Co., Chicago. [Public domain], via Wikimedia Commons

1860年、アルフォンス・ミュシャは今のチェコ南部のイヴァンチツェ(Ivančice)という小さな町に生まれます。ミュシャが生まれた当時はオーストリア帝国(Austrian Empire)の一部としてハプスブルク家(House of Habsburg)の支配下にあった地域です。
11歳の頃に聖歌隊に入り、絵が得意だったミュシャは合唱隊の聖歌集の表紙をデザインします。
聖歌隊が所属するブルノ大聖堂のバロック美術にたっぷりと触れたのもこの時期です。

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ブルノにある聖ペトロと聖パウロ大聖堂(2007年撮影)
By Kirk (Own work) [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY-SA 2.5-2.0-1.0], via Wikimedia Commons

ミュシャは19歳の頃に帝都ウィーンへ行き、舞台装置の工房などで働きながら夜間のデッサン学校に通います。2年後に帰郷したミュシャはフリーの装飾家や肖像画家として活動し、ミクロフのクーエン伯爵(Count Karl Khuen)に居城の装飾を依頼されます。ミュシャの才能に感銘を受けた伯爵は、ミュシャを支援してミュンヘン美術院(Munich Academy of Fine Arts)に通わせます。ミュシャは27歳の頃にパリに移り、私立美術学校の名門アカデミー・ジュリアン(Académie Julian)やアカデミー・コラロッシ(Académie Colarossi)に通います。

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アカデミー・ジュリアンの様子
(1891年の油彩画)
By Jefferson David Chalfant (Own work, Wmpearl) [CC0 or Public domain], via Wikimedia Commons

ミュシャは美術学校に通いながら雑誌の挿絵を描いて生計をたてます。
1894年のクリスマスの頃、そんなミュシャに幸運が訪れます。パリで最も有名な舞台女優サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt)の芝居のポスターを引き受けたのです。ベルナールが舞台のポスターを急遽作らなければいけない時、年末だったため主だった画家は休暇でパリにおらず、たまたまそれを知ったミュシャはポスター制作を買って出ます。

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サラ・ベルナール(1878年撮影)
By Paul Nadar (1856-1939) [Public domain], via Wikimedia Commons

ミュシャは短期間でリトグラフによるポスターを制作し、注文に間に合わせます。そして1895年の元日、サラ・ベルナール主演の舞台「ジスモンダ(Gismonda)」のポスターが無事パリ市内に貼り出されます。
このポスターは大好評となり、ミュシャは一夜にしてアール・ヌーヴォーの旗手として注目されます。ミュシャが34歳の時です。
また、サラ・ベルナールの舞台も大成功となり、サラはこれをきっかけにフランス演劇界の女王となります。
ミュシャはその後も「椿姫」や「メディア」、「ラ・プリュム」、「トスカ」など、サラ・ベルナールの舞台のポスターを担当します。

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ミュシャの出世作、『ジスモンダ』のポスター(1894年)
Alphonse Mucha [Public domain], via Wikimedia Commons

ミュシャの作品は、微笑みをたたえる女神のように美しく可愛らしい女性と、様式化された繊細な装飾が特徴です。JOB社のタバコ用巻紙やモエ・エ・シャンドン社(Moët & Chandon)のシャンパン、ウェイバリー自転車など、この頃さかんに依頼されて制作した広告用ポスターでもそれが見られます。特に1896年に制作したJOB社のポスターは大変な人気となり、コレクター用に小型判が作られたほどです。

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JOB社の煙草のポスター(1896年)
Alphonse Mucha [Public domain], via Wikimedia Commons

また、ミュシャは装飾パネルも多く手がけます。2点や4点の組み合わせで、季節や星、宝石、花などの様々な概念を女性の姿を用いて華麗に表現しているのが特徴です。
さらに、無名時代から続けていた挿画本の仕事も軌道に乗り、ミュシャの輝かしい業績の一つとなっています。

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装飾パネル『四季』(1895年頃)
Alphonse Mucha [Public domain], via Wikimedia Commons

パリで成功したミュシャは1910年に帰郷し、連作『スラヴ叙事詩(The Slav Epic)』の制作を始めます。ミュシャが50歳の時です。これはスラヴ系の言語を話す人々が古代は統一民族だったという「汎スラヴ主義(Pan-Slavism)」という思想をもとに、「スラヴ民族」の想像上の歴史を描いたものです。チェコの作曲家ベドルジフ・スメタナ(Bedřich Smetana)の組曲『わが祖国(Má vlast, 英語: My homeland)』を聞いて構想を抱いたと言われています。ミュシャは18年かけて20点の巨大な作品を制作します。

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『スラヴ叙事詩』(1910-28年)
プラハ国立美術館のヴェレトゥルジュニー宮殿にて
By Jiří Sedláček (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

1918年にハプスブルク家が支配するオーストリア帝国が崩壊し、チェコスロバキア共和国が成立します。
ミュシャは新国家のために紙幣や切手、国章などのデザインを無償を引き受けます。また、プラハ市庁舎のホール彫刻などを手がけます。
しかし1939年、ナチスドイツによってチェコスロバキアは解体され、ミュシャはプラハでドイツ軍に逮捕されます。逮捕理由は「ミュシャの絵画は国民の愛国心を刺激する」というものです。ミュシャは厳しい尋問を受けた後に釈放されますが、4ヶ月後に帰らぬ人となります。78歳でした。
後にナチスドイツは崩壊してチェコスロバキアは独立を果たします。しかしドイツ軍の代わりにソ連軍に支配されるような状態で、共産党独裁政権のもとでミュシャの存在は公的には黙殺されることになります。やはり民族的な愛国心を刺激されては困るというわけです。

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ミュシャがデザインしたチェコスロバキアの紙幣
National Numismatic Collection, National Museum of American History, cropped by Jim Saeki in 2017 [Public domain or CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

“The aim of art is to glorify beauty.”
芸術の目的は美を輝かせること。

独特のスタイルで美を輝かせた素晴らしい作品を残したミュシャ。
共産党独裁政権のもとでも人々はミュシャを愛し続けます。
そして「プラハの春(Prague Spring)」の翌年の1969年には、ミュシャの絵画の切手が発行されます。
また1960年以降、世界的にアール・ヌーヴォーが再評価され、ミュシャの業績は改めて高く評価されます。
現在、六本木の国立新美術館で『ミュシャ展』が開催中です。
『スラヴ叙事詩』のすべての作品を一度に国外で見ることができるのはこれが初めてなのだそうです。
みなさんもミュシャの美に触れるために出かけられてみてはいかがでしょうか。


【動画】“「スラヴ叙事詩」ミュシャ展あすから 「8日から6月5日まで東京・港区の国立新美術館」 2017年3月7日19時21分”, by ミドpomピカット, YouTube, 2017/03/07

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第103回:“You, happy Austria, marry.”―「幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」(ハプスブルク家), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年10月05日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“ALPHONSE MUCHA: IN QUEST OF BEAUTY (アルフォンス・ミュシャ:美の探求)”, by Tomoko Sato, Mucha Foundation

【動画】“「スラヴ叙事詩」ミュシャ展あすから 「8日から6月5日まで東京・港区の国立新美術館」 2017年3月7日19時21分”, by ミドpomピカット, YouTube, 2017/03/07

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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