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2016年12月25日

第392回:“We won’t fire if you don’t.” ―「君らが撃たなければ僕らも撃たない」(第一次世界大戦でのクリスマス休戦)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第392回の今日はこの言葉です。
“We won’t fire if you don’t.”

「君らが撃たなければ僕らも撃たない」
という意味です。
これは第一次世界大戦(World War I, 1914-1918)の西部戦線(Western Front)で起きたクリスマス休戦(Christmas Truce)に関する言葉です。
休戦のきっかけの一つになった兵士の言葉とされています。
クリスマス休戦については、以前クリスマスCMについて書いた時にちょっとだけご紹介しました。

0392-screenshot_joeux_noel.jpg
クリスマス休戦を描いたCM
(セインズベリーズの2014年クリスマスCMより)
By Unknown (Internet) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

時に1914年6月、オーストリア・ハンガリー帝国が統治していたボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ(Sarajevo)で2発の銃声が鳴り響きます。銃弾はサラエボ訪問中のオーストリア皇太子フランツ・フェルディナント大公(Franz Ferdinand)と大公妃ゾフィー(Sophie)の命を奪います。暗殺犯のグループは武器がセルビア政府から支給されたことを自白したためオーストリアはセルビア政府を非難して最後通牒をつきつけ、その後セルビアに宣戦布告します。1914年7月末のことです。

0392-dc-1914-27-d-sarajevo-cropped.jpg
オーストリア皇太子夫妻の暗殺
(1914年の新聞挿絵)
Achille Beltrame [Public domain], via Wikimedia Commons

当時のヨーロッパは複雑な同盟・対立関係の中にあり、列強の軍部は「こうなった時にはこうする」という戦争計画をたてています。ロシアは総動員をかけて戦争に備え、オーストリアと独墺伊三国同盟(Triple Alliance)を結んでいたドイツはロシアの総動員に反応してフランスとロシアに宣戦布告します。ロシアだけでなくフランスと開戦したのは、ロシアとフランスが露仏同盟(Franco-Russian Alliance)を結んでいたからです。ドイツは二正面作戦を避けるため、まずフランスを叩いてから返す刀でロシアを叩くという、かつてからの戦争計画を発動させたのです。そしてフランスを叩くためにはベルギー領内を通過する必要があり、ドイツは永世中立国だったベルギーに対して無条件通過権を要求します。しかしベルギーはこれを拒否。ドイツはそれでもベルギーへ侵攻し、ベルギーの中立を保証していたイギリスがドイツに宣戦布告します。オーストリアがセルビアに宣戦布告してからわずか一週間後のことです。イギリスが参戦するということは、イギリスの植民地や自治領だったインドやカナダ、オーストラリアやニュージーランドも参戦するということです。またアフリカをはじめ世界中の植民地も結果として参戦します。後には日英同盟(Anglo-Japanese Alliance)を組んでいる日本や、そしてモンロー主義(Monroe Doctrine)を掲げてヨーロッパには不干渉の立場をとっていたアメリカも連合国側で参戦します。
またたく間に、連鎖的に世界的な大戦争がおこってしまったのです。

0392-world_war_i_1914_08_04.png
1914年8月4日時点の両陣営
オレンジ :同盟国
薄オレンジ:同盟国の植民地
グリーン :連合国
薄グリーン:連合国の植民地
(Wikipediaより)
By Roke~commonswiki, Splittist, et al. [GFDL, CC BY-SA 3.0,2.5,2.0,1.0]

ヨーロッパでは普仏戦争(Franco-Prussian War, 1870-1871)以来、実に約40年ぶりとなる大規模な戦争です。
各国とも戦意高揚のために史上初めて大規模なプロパガンダを行います。国民も戦争の興奮で想像力をかきたてられ、戦争に対して「ロマンにあふれた遠足」「男らしい冒険」といった騎士道精神的なロマンチックなイメージを抱きます。そして開戦当時は両陣営とも、戦争が長期化せずに自軍に有利に終結できると楽観視します。誰もが根拠の薄い楽観主義のもとで「この戦争は短期決戦で終わるだろう」「大した犠牲は出ない」「クリスマスまでには家に帰れる」と想定し、多くの若者たちが志願して戦場に向かいます。

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前線に向かうドイツ軍の兵士たち
(1914年撮影)
By Unknown German war photographer (http://www.greatwar.nl/germany/fransman.html) [Public domain], via Wikimedia Commons

しかし西部戦線で両軍は塹壕を構築し、戦争は持久戦となります。
大砲や機関銃の発達により、その攻撃を避けるための唯一にして最も効果的なのが、塹壕をジグザクに掘って進むことです。野戦ではアメリカの南北戦争から使われ始め、日露戦争でも野戦や旅順要塞の攻城戦などで使われます。
第一次世界大戦の西部戦線ではドイツと連合国の両軍とも敵に背後に回りこまれないように塹壕を掘り進めた結果、スイス国境から英仏海峡まで塹壕が到達してしまいます。塹壕地帯を迂回して進軍することができないため、100メートルぐらい離れたお互いの塹壕にこもった両軍がにらみ合う持久戦になったのです。クリスマスまでに家に帰るどころではありません。

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網の目のように張り巡らされた塹壕線
左上がイギリス軍、右がドイツ軍
間の部分が無人地帯(No man's land)
(1916年撮影)
Photo by Unknown, from the collections of the Imperial War Museums [Public domain], via Wikimedia Commons

塹壕戦は兵士にとっては過酷な戦いです。まず塹壕の穴や溝を掘るのはかなりの部分が兵士の手作業です。
塹壕内の環境も最悪です。雨の日には泥や汚物にまみれ、寒い日には芯から冷えてしまいます。伝染病が流行したり、水虫や凍傷に悩まされたり、悪化すると最悪足を切断しなければならなくなったりします。
両軍は、いつ果てるとも知れない塹壕戦に心身、物量ともに消耗していきます。

0392-cheshire_regiment_trench_somme_1916.jpg
イギリス軍の塹壕
(1916年撮影)
John Warwick Brooke [Public domain], via Wikimedia Commons

そして戦場に最初の冬が訪れ、1914年のクリスマス・イブを迎えます。
ある地域で戦っていたイギリス軍の将兵は日没後の敵陣地に何かが光るのを目にしたそうです。撃たれないよう警戒して敵方を観察すると、飾られたクリスマスツリーが光っています。そしてドイツ語の『きよしこの夜』の歌が聞こえてきます。
この歌の原題は『Stille Nacht(スティレ・ナハト)』といって、もともとドイツ語で書かれたものです。
“Stille Nacht, heilige Nacht,
(スティーレ・ナハト、ハイリゲ・ナハト)
 Alles schläft; einsam wacht”
(アーレス・シュレフト、アインザム・ヴァハト)”

「静かな夜、聖なる夜、
 すべては眠る、一人が起きる」
というのが冒頭の歌詞です。


【動画】“'Stille Nacht, Heilige Nacht' * Vienna Boys Choir/Die Wiener Sängerknaben 1967 (きよしこの夜 - ウィーン少年合唱団 )”, by mariandelochs, YouTube, 2009/12/25

これを聞いたイギリス軍の将兵たちも、英語で『きよしこの夜』を歌います。英語では『サイレント・ナイト(Silent Night)』といいます。冒頭の歌詞は次の通りです。
“Silent night, holy night,
 all is calm, all is bright”


「静かな夜、聖なる夜よ、
 全てが静かで、全てが輝く」

クリスマス・イブの戦場の空に、異なる言葉の『きよしこの夜』が響き渡ります。


【動画】“Susan Boyle - Silent Night (Audio) (スーザン・ボイル - きよしこの夜 (音声) )”, by SusanBoyleVEVO, YouTube, 2016/03/23

翌朝も戦場は静まり返っています。
イギリス軍の将兵は、ドイツ軍の陣地から兵士が手をふるのを目にします。よく見ると、
“We won’t fire if you don’t.”
「君らが撃たなければ僕らも撃たない」
と英語で叫んでいます。
“You no fight, we no fight”
「君らが戦わなければ僕らも戦わない」
とブロークンな英語だったとも伝えられています。
やがてどちらからともなく兵士たちが塹壕から出て、クリスマスの挨拶をかわします。
英語では
“Merry Christmas.”
(メリー・クリスマス)
ドイツ語では
“Frohe Weihnachten!”
(フローエ・ヴァイナハテン)
です。
そしてお互いに手を握り、名乗り合い、語り合います。
これが有名なクリスマス休戦です。両軍の首脳が合意の上に休戦したのではなく、最前線の兵士が自発的に休戦した珍しい例です。


【動画】“Sainsbury's OFFICIAL Christmas 2014 Ad - 1914 (セインズベリーズの2014年公式クリスマスCM - 1914年)”, by Sainsbury's, YouTube, 2014/11/12

この休戦は、特定の場所でおきた一つの出来事ではなかったようです。
ある戦場では、ドイツ軍を慰問に訪れた高名なテノール歌手ヴァルター・キルヒホフ(Walter Kirchhoff)が歌を歌います。するとフランス軍の将兵が大きな拍手を送ります。それがきっかけで両軍は休戦状態となります。
この逸話をもとにつくられた映画が『戦場のアリア(Joyeux Noël)』(2005年フランス、ドイツ、イギリス)です。


【動画】“Joyeux Noel Trailer (『戦場のアリア』予告編)”, by TheContentAgency, YouTube, 2012/02/20

このクリスマス休戦、厳密に言えば、いや厳密に言わなくても、軍規に違反する行為です。
しかし長期化した塹壕戦にお互いうんざりしています。安全な後方から無茶な命令を出す自軍の上層部よりも、目の前で自分たちと同じように苦労している敵軍の兵士への同情や共感の気持ちが強くなっても不思議ではありません。
クリスマス以前にも、戦死者の回収や埋葬などの際に短期間の停戦が行われています。これは日露戦争でも見られたことです。
このようにして、1914年のクリスマスでは各地で暗黙のうちにクリスマス停戦が発生します。
タバコや菓子などのプレゼントを交換したり、酒を酌み交わしたりと、兵士たちは束の間の平和と交流を楽しみます。戦死者の遺体を回収して埋葬式をおこなったり、記念写真を撮りあったりします。サッカーの試合をした部隊もあったそうです。

0392-christmas_truce_3.jpg
クリスマス休戦の時にサッカーをする兵士たち
(1914年撮影)
By Unknown (Internet) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

クリスマスの日没とともに、ほとんどの地域で停戦状態は終わります。
しかし両軍の幹部は、このような行為を今後いっさい認めないと発表します。
また戦闘も激化し、その後3回あった戦争中のクリスマスでは休戦はありませんでした。
迫撃砲や火炎放射器、毒ガス、戦車、飛行機などの新兵器も次々に投入されます。
結局この戦争で、両軍合わせて900万人を超える将兵が戦死してしまいます。


【動画】“Peace is Possible: The Christmas Truce of 1914 (平和は実現できる:1914年のクリスマス休戦)”, by Faith Counts, YouTube, 2014/12/15

“We won’t fire if you don’t.”
君らが撃たなければ僕らも撃たない。

皆さんはクリスマスをいかがお過ごしですか。
100年以上前の戦場で暗黙のうちに発生したクリスマス休戦。
クリスマスに家族を思ってお互いに優しい気持ちになったのでしょう。
総力戦となった世界大戦でこのような休戦が起きたのは奇跡的なことだと思います。
それから100年以上がたった今でも、人類は戦争をなくすことはできていません。
一日でも早く、争いのない世界がくることを祈ります。
メリー・クリスマス!


【動画】“British army beat German army in 'Game of Truce' | FATV News (英国陸軍が「休戦試合」でドイツ陸軍に勝利)”, by FATV, YouTube, 2014/12/18

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第389回:“Don't forget Australia.” ―「オーストラリアを忘れないでね」(サンタクロースの奥さん)(M&SのクリスマスCM), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年12月16日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Understanding the 1914 Christmas Truce (1914年のクリスマス休戦とは)”, by Simon Jones, Simon Jones Historian, January 6, 2015
【参考】“Honoring 100 Years After The WWI 1914 Christmas Truce In Our Own Time Of War (1914年の第一次世界大戦のクリスマス休戦100周年を祝う)”, by Antonia Blumberg, The Huffington Post, 12/24/2014
【参考】“The Christmas Day That Peace Broke Out (平和が勃発したクリスマス)”, by Michael Winship, The Huffington Post, 12/24/2015
【参考】“1914年に起こった奇跡。素敵だけど悲しいクリスマス休戦。”, by ぴろももさん, NAVERまとめ, 2013年12月25日
【参考】“1914年第一次世界大戦でクリスマス休戦。ドイツとイギリスが・・”, by タイキさん, 最新情報強者ブログ, 2014/11/11
【参考】“「きよしこの夜」歌詞対訳(日・独・英・仏)”, by リカさん, 寝テモ 覚メテモ 君ノコト, 2006.12.13

【動画】“'Stille Nacht, Heilige Nacht' * Vienna Boys Choir/Die Wiener Sängerknaben 1967 (きよしこの夜 - ウィーン少年合唱団 )”, by mariandelochs, YouTube, 2009/12/25
【動画】“Susan Boyle - Silent Night (Audio) (スーザン・ボイル - きよしこの夜 (音声) )”, by SusanBoyleVEVO, YouTube, 2016/03/23
【動画】“Sainsbury's OFFICIAL Christmas 2014 Ad - 1914 (セインズベリーズの2014年公式クリスマスCM - 1914年)”, by Sainsbury's, YouTube, 2014/11/12
【動画】“Joyeux Noel Trailer (『戦場のアリア』予告編)”, by TheContentAgency, YouTube, 2012/02/20
【動画】“Peace is Possible: The Christmas Truce of 1914 (平和は実現できる:1914年のクリスマス休戦)”, by Faith Counts, YouTube, 2014/12/15
【動画】“British army beat German army in 'Game of Truce' | FATV News (英国陸軍が「休戦試合」でドイツ陸軍に勝利)”, by FATV, YouTube, 2014/12/18

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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