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2016年10月20日

第370回:“I have a dream.” ―「私には夢がある」(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第370回の今日はこの言葉です。
“I have a dream.”

「私には夢がある」
という意味です。
これはアメリカの黒人公民権運動の指導者、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr., 1929-1968)の言葉です。「キング牧師」の名でも知られています。

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マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(1964年撮影)
By Nobel Foundation (http://nobelprize.org/) [Public domain], via Wikimedia Commons

1925年、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアはジョージア州のアトランタに生まれます。父親はプロテスタントのバプテスト派の牧師でした。
幼いころに隣の家の白人の子供たちとよく遊んでいましたが、彼らの母親から黒人とは二度と遊ばせないと言われたそうです。また、高校では弁論大会で優勝しますが、帰りのバスで白人から席を譲るように強制されて憤慨したこともあります。
マーティンは15歳でアトランタにあるモアハウス大学(Morehouse College)に進学し、18歳の時に牧師の資格をとり、19歳の時に社会学の学位を取って大学を卒業します。その後ペンシルベニア州のクローザー神学校(Crozer Theological Seminary)の大学院で学んでいる時に、インドのマハトマ・ガンジー(Mahatma Gandhi)の思想を知り深く傾倒します。マーティンはさらにボストン大学(Boston University)の神学部に進学し、26歳の時に博士号を取得します。

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ボストン大学在学中に知り合って結婚した妻のコレッタと
(1950年代撮影)
By Herman Hiller / New York World-Telegram & Sun [Public domain], via Wikimedia Commons

アメリカでは南北戦争(Civil War)の北軍勝利とリンカーン大統領(Abraham Lincoln)の奴隷解放宣言(Emancipation Proclamation)により黒人奴隷が解放されたとはいえ、その後も人種差別は根強く残っていました。信じられないことですが、20世紀の半ばまでは黒人に公民権はなく、白人と有色人種は交通機関や学校や図書館、ホテルやレストランなども分離され、職業や結婚も差別され、差別的な発言や暴力も公然と行われていたのです。南部諸州ではこれを正当化するジム・クロウ法(Jim Crow law)という州法を持っていました。

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“Colored”と表示された有色人種専用の水飲み場で水を飲む黒人男性
(1950年代撮影)
Russell Lee [Public domain], via Wikimedia Commons

1954年、キングはアラバマ州モンゴメリーのバプテスト教会の牧師に就任します。25歳の時です。
翌1955年12月、モンゴメリーの百貨店で裁縫の仕事をしていた黒人女性ローザ・パークス(Rosa Parks)がバスで白人に席を譲らなかったため逮捕されるという事件が起きます。
キングはこの事件に激しく抗議して、自家用車などでネットワークを組んでバスの乗車をボイコットする計画をたて、運動の先頭に立ちます。モンゴメリー・バス・ボイコット事件(Montgomery Bus Boycott)です。この運動の結果、翌1956年に最高裁がバス車内での人種を分離する法律を違憲であるとの判決を下します。公民権運動に一般民衆が参加した初めての事例です。この運動の成功によってアメリカ全土に公民権運動が広がり、キングは公民権運動のリーダーの一人となります。

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ローザ・パークス
後ろにキングが写っている(1955年撮影)
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

キングの運動の特徴は徹底した非暴力(Non-violence)である点です。非暴力は弱腰の姿勢に見られがちですが、不服従(Non-co-operation)と組み合わせることで絶大な威力を発揮します。これはインド独立の父ガンジーがとった戦術です。
もし民衆が暴力で抵抗したら、取り締まる側も正義を主張できます。しかし不服従と非暴力をセットにすることによって、取り締まる側が悪であるという印象を世界中の人々に与えることができます。ジャーナリズムと人道主義が発達してきた20世紀の時代に、国内外の世論が政府の抑圧を許さないだろうとガンジーは読んだのです。ガンジーの読みは見事に当たり、イギリスは最終的にインドの独立を認めます。
ガンジーが実践した非暴力の威力を、キングは最もよく理解してそれを継承したのです。

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マハトマ・ガンジー(1940年代前半撮影)
By Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

1960年、ノースカロライナ州グリーンズボロでキングの影響を受けた学生が人種差別に反対して座り込みを行います。この運動はキングの指導のもとで南部の各州に拡大します。テネシー州ナッシュビルではダウンタウンのランチカウンターでの人種差別の撤廃を求めて学生たちが座り込みます。当時はランチカウンターで黒人は買い物をすることができても、店内で食事をすることが禁止されていたからです。「ナッシュビルの座り込み(Nashville sit-ins )」と呼ばれたのこの運動は多くの逮捕者を出し、裁判も行われます。しかし最終的にナッシュビル市長は人種差別撤廃に賛成であることを認め、店主も差別をなくして黒人へ接客することに合意します。

Rodney Powell Nashville sit-ins 1960.jpg
ナッシュビルのランチカウンターで座り込みをする黒人たち
By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=34273600

1963年、キングはアラバマ州バーミングハムで解放運動を始めます。「バーミングハム運動(Birmingham campaign)」です。バーミングハムは人口の7割が黒人であるにもかかわらず、アメリカで最も人種差別の激しい土地として知られていました。この運動に対して警察は丸腰の黒人たちに警察犬をけしかけて襲わせたり、警棒で滅多打ちにしたり、高圧ホースで水をかけたりするなどの暴挙に出ます。この時キング自らも警察に逮捕されます。これがテレビや新聞で国内外に報道され、アメリカの世論は人種差別主義者に拒絶反応を示すようになり、世界中からも非難が殺到します。ジョン・F・ケネディ大統領(John F. Kennedy)も差別を撤廃するように要請します。結果的に警察署長は失職し、ジム・クロウ法を示す標識は取り外され、黒人たちは公共の場所を使えるようになります。
この運動の成功によって、アメリカの各地でますます黒人たちの抵抗運動が盛り上がります。

A black and white photograph of a black male teenager being held by his sweater by a Birmingham policeman and being charged by the officer's leashed German Shepherd while another police officer with a dog and a crowd of black bystanders in the background look on
バーミングハムで警察犬をけしかけられる黒人青年
(1963年撮影)
By Bill Hudson, of the Associated Press - http://warhistorian.org/blog1/index.php?entry=entry051117-070016, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=14855173

各地で公民権運動が盛り上がる中、キングたちはリンカーンの奴隷解放宣言100年を記念する大集会を企画します。1963年、首都のワシントンDCで行われた「ワシントン大行進(March on Washington for Jobs and Freedom)」です。このイベントでは20万人もの人々がリンカーン記念館(Lincoln Memorial)の前に集まります。差別を受けている有色人種だけではなく、人種差別の撤廃を求める多くの白人たちも集まります。マーロン・ブランドやチャールトン・ヘストンなどの映画俳優や、ボブ・ディランやジョーン・バエズなどのミュージシャンも参加します。

0370-ihaveadreammarines.jpg
リンカーン記念館の前に集まる人々
奥に見えるのはワシントン記念塔
(1963年撮影)
By "US Government Photo" [Public domain], via Wikimedia Commons

そこでキングが行ったのが歴史に残る「私には夢がある(I have a dream)」という演説です。
“I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: ‘We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal.’”
「私には夢がある。それは、いつの日か、この国が立ち上がり、『すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える』というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である。」
キングはたたみかけるように何度も“I have a dream.”を繰り返し、人種差別のない世界の夢を語ります。聴衆はそれを聞いて感動し、熱狂します。公民権運動のクライマックスの一つです。

0370-martin_luther_king_march_on_washington.jpg
“I have a dream.”の演説をするキング
(1963年撮影)
By Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons


【動画】“Martin Luther King, Jr. I Have A Dream Speech (マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「私には夢がある」演説”, by Ilya Gokadze, YouTube, 2013/08/28

そして1964年7月、ついに公民権法(Civil Rights Act)が制定されます。これによって、法のもとで行われてきた人種差別がアメリカ建国以来初めて完全に撤廃されます。
この時のリンドン・ジョンソン大統領(Lyndon Johnson)は南部のテキサス州の選出でしたが、ケネディ政権下の副大統領だった頃から差別の撤廃に積極的で、キングと協調して公民権法の早期成立に成功します。
この年キングは、「アメリカ合衆国における人種偏見を終わらせるための非暴力抵抗運動」を理由にノーベル平和賞を受賞します。

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ホワイトハウスで公民権法の施行に署名するジョンソン大統領
(ジョンソンの真後ろに立っているのがキング)
(1964年撮影)
By Cecil Stoughton, White House Press Office (WHPO) [Public domain], via Wikimedia Commons

黒人解放運動のもう一人の有力な指導者だったマルコム・X(Malcolm X)はキングの非暴力主義を弱腰であると批判し、ワシントン大行進も茶番だったと切り捨てます。マルコム・Xの主張は攻撃的で、目的のためには暴力も辞さないという方針です。
しかしマルコム・Xはその過激な思想の源泉だったブラック・ムスリム運動のネーション・オブ・イスラム教団を脱退してまもなく、1965年に同教団の信者によって暗殺されてしまいます。マルコム・Xが39歳の時です。マルコム・Xがキングと協力するために話をしたいと模索している矢先の出来事で、キングはマルコム・Xの死を嘆きます。

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キングとマルコム・X(1964年撮影)
By Marion S. Trikosko, U.S. News & World Report Magazine [Public domain], via Wikimedia Commons

その後もキングは活動を続けます。1965年にアラバマ州で起きた「血の日曜日事件(Bloody Sunday)」に対する抗議行動を行ったり、ベトナム反戦運動(Anti-Vietnam War movement)に積極的に関与したりします。
しかし1968年4月、テネシー州のメンフィスにあるモーテルでキングは銃で撃たれます。犯人は犯罪歴のある白人男性だったそうです。キングが演説する集会で演奏する曲目をモーテルのバルコニーで打ち合わせていた最中の悲劇でした。キングは病院に運ばれますが手当の甲斐なく死亡します。39歳でした。

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キングが暗殺されたモーテル
現在は国立公民権博物館の一部となっている
By No machine-readable author provided. Bobjagendorf assumed (based on copyright claims). [GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons

“I have a dream.”
私には夢がある。

アメリカの根強い人種差別からの黒人たちの解放を目指したキング。
徹底的な非暴力主義を地道に貫きました。
彼が協調しようとしていた白人に銃で撃たれて殺されてしまったのは皮肉なことです。
しかしキングの非暴力主義とマルコム・Xの強硬主義の両方が世論を動かし、公民権法の成立につながったのです。
そして彼の死の41年後の2009年、バラク・オバマ(Barack Hussein Obama II)がアメリカ初の黒人の大統領に就任しました。


【動画】“Martin Luther King's "I Have a Dream" speech (マーティン・ルーサー・キングの「私には夢がある」演説から50年)”, by CNN, YouTube, 2013/08/28

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


【動画】“Mini Bio: Martin Luther King, Jr. (ミニ伝記:マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)”, by BIO, YouTube, 2015/07/23

【関連記事】第368回:“The ballot or the bullet.” ―「投票か弾丸か」(マルコム・X), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年10月14日
【関連記事】第363回:“An eye for an eye will make us all blind.” ―「『目には目を』では皆が盲目になってしまう」(ガンジー), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年09月29日
【関連記事】第46回:“A winner is a dreamer who never gives up.”―「勝者とは決して夢を諦めない人のことだ」(ネルソン・マンデラ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年06月27日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Martin Luther King, Jr. - I Have a Dream (マーティン・ルーサー・キング・ジュニア - 「私には夢がある」)”, Top 100 Speeches, American Rhetoric
【参考】“「私には夢がある」(1963年) - マーティン・ルーサー・キング・ジュニア”, 国務省出版物, アメリカンセンターJAPAN

【動画】“Martin Luther King, Jr. I Have A Dream Speech (マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「私には夢がある」演説”, by Ilya Gokadze, YouTube, 2013/08/28
【動画】“Martin Luther King's "I Have a Dream" speech (マーティン・ルーサー・キングの「私には夢がある」演説から50年)”, by CNN, YouTube, 2013/08/28
【動画】“Mini Bio: Martin Luther King, Jr. (ミニ伝記:マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)”, by BIO, YouTube, 2015/07/23

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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