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2016年10月11日

第367回:“I'm called ‘the poorest president’, but I don't feel poor.” ―「私は『最も貧しい大統領』と呼ばれるが、貧しいとは感じていない」(ムヒカ大統領)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第367回の今日はこの言葉です。
“I'm called 'the poorest president', but I don't feel poor.”

「私は『最も貧しい大統領』と呼ばれるが、貧しいとは感じていない」
という意味です。
これはウルグアイの前大統領ホセ・ムヒカ(José Mujica, 1935-)の言葉です。
スペイン語では「ホセ」の愛称を「ぺぺ」といいますので、親しみをこめて「エル・ぺぺ(El Pepe)」と呼ばれる人物です。今日の言葉のとおり、「世界で最も貧しい大統領 (The poorest president in the world)」と呼ばれて有名になりました。

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ホセ・ムヒカ(2009年撮影)
By Roosewelt Pinheiro/ABr (Agencia Brasil [1]), cropped by Jim Saeki on 1st October 2016 [CC BY 3.0 br], via Wikimedia Commons

ウルグアイの正式国名はウルグアイ東方共和国(Oriental Republic of Uruguay)。南米の大西洋に面したブラジルとアルゼンチンの間にある国です。面積は北海道の2倍強ですので南米では小さな方ですが、南米の中でも経済的に安定しており、政治や労働の面で自由度の高い国家です。
スペインやポルトガルの植民地だった南米大陸では18世紀に各地で独立運動が起こり、多くの国が独立します。ブラジルとアルゼンチンは今のウルグアイの地域を争って戦争となりますが、両国が緩衝国家の必要性を痛感したこともあり、イギリスの仲介でウルグアイは独立を果たします。20世紀に入ってウルグアイは南米で唯一の福祉国家を実現し、「南米のスイス」と言われます。しかし産業は畜産がメインで重工業化には失敗し、第二次世界大戦後に経済は停滞、政情も不安定となります。極左都市ゲリラ組織ツパマロス(Tupamaros)と治安組織の抗争がエスカレートし、政府は内戦状態を宣言して軍を介入してゲリラを鎮圧します。1973年には軍部がクーデーターで実権を握り、軍事政権下での経済回復を目指します。一方で労働者の5分の1が治安組織要員という異常な警察国家となり、左翼系の活動家を中心に市民への弾圧が高まります。しかし1981年に国民投票で軍の政治介入を許す憲法改正が否決され、ウルグアイは再び民主化への道を歩み、1985年に民政に移管されます。


ウルグアイの位置

ホセ・ムヒカは1935年にウルグアイの首都モンテビデオ(Montevideo)に生まれます。父親はホセが5歳の時に亡くなり、ホセは家畜の世話や花売りなどで家計を助けます。やがてホセはウルグアイ国民党に入り、その後に極左都市ゲリラ組織ツパマロスに加わります。ツパマロスはキューバのチェ・ゲバラ(Che Guevara)に影響を受けて武力による社会主義革命を目指す組織で、南米最強の都市ゲリラとして知られています。
ムヒカもゲリラ活動に従事します。1969年、モンテビデオ近郊のパンドという町の占拠事件でムヒカは6隊の襲撃部隊の一つを率いて町の要衝を攻撃します。この時はムヒカの部隊だけが目標を達成して、電話局を占拠したのだそうです。

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チェ・ゲバラ(1960年撮影)
By Alberto Korda (Museo Che Guevara, Havana Cuba) [Public domain], via Wikimedia Commons

1970年、モンテビデオのバーで逮捕されそうになったムヒカは抵抗して警察から6発の銃弾を浴びます。手術で一命をとりとめたムヒカは投獄されますが、翌年トンネルを掘って脱獄に成功します。ムヒカは1ヶ月もたたずに再び逮捕されますが、さらに翌年同じ刑務所から再び脱獄します。今度はツパマロスが外から堀ったトンネルを使っての脱獄です。しかし同年ムヒカはまたまた逮捕され、翌1973年にクーデターで成立した軍事政権のもとで人質として収監されます。
1985年に軍事政権が終焉し、ムヒカは釈放されます。実に13年間の収監です。ツパマロスは武力路線を捨てて合法的な政治活動にシフトし、ムヒカもゲリラ仲間と左派政治団体を結成します。後に左派勢力をまとめた「拡大戦線(Broad Front)」に合流したムヒカは1995年に下院議員に初当選。2004年の選挙では拡大戦線が多数派を獲得して与党となり、2005年に発足したタバレ・バスケス大統領(Tabaré Vázquez)の新内閣でムヒカは農牧水産相として入閣します。

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バスケス大統領(中央手前)とムヒカ農牧水産相(中央奥)
(2007年撮影)
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

そして2009年、大統領選挙に勝利したムヒカはウルグアイの第40代大統領となります。
医師だったバスケスに変わって極左ゲリラの武闘派だったムヒカが大統領となったため、国際社会からの懸念が高まります。ベネズエラのウゴ・チャベス大統領のような極端な反米左派政権になるのではないかと心配されたのです。しかしムヒカは穏健な中道左派路線をとります。また、同性結婚を認めたり大麻を合法化したり、妊娠初期の人工中絶を合法化したりと、古い価値観にとらわれない柔軟な姿勢を見せます。
ただしムヒカは市場原理主義を明確に否定し、新自由主義とは距離を置いた政策をとります。

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ホセ・ムヒカ(2009年撮影)
By Vince Alongi [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

ムヒカが「世界で最も貧しい大統領」と呼ばれたのは、大統領としての給料である月1万2000ドル(約140万円)のほとんどを返上してホームレスを救う慈善団体に寄付し、自らは月775ドル(約9万円)だけを受け取って暮らしていたからです。
そして大統領公邸にも住まず、モンテビデオ郊外の質素な自宅に暮らしていました。自宅には水道も通っておらず、井戸水を使っていたそうです。個人資産は空色の1987年製フォルクスワーゲン・ビートルとトラクターと農地と自宅のみです。愛車ビートルは友達からもらった物なのだそうです。

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当時のブラジル大統領ルーラ・ダ・シルヴァと
(2009年撮影)
By Roosewelt Pinheiro/ABr [CC BY 3.0 br], via Wikimedia Commons

ムヒカは自分が「世界で最も貧しい大統領」と言われていることについて次のように語ります。
“I'm called ‘the poorest president’, but I don't feel poor.”
「私は『最も貧しい大統領』と呼ばれるが、貧しいとは感じていない」
そしてムヒカは続けます。
“Poor people are those who only work and try to keep an expensive lifestyle, and always want more and more.”
「貧しい人は値の張る生活を維持しようとしてのみ働き、いつもさらに多くを求めている。」
ムヒカは市場原理主義や新自由主義を信奉する人々こそが「貧しい人」であると皮肉っているのです。

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妻のルシア・トポランスキー上院議員と(2010年撮影)
By Embajada de Estados Unidos en Uruguay (Embajada de Estados Unidos en Uruguay) [Public domain], via Wikimedia Commons

2012年、「リオ会議(Rio+20)」と呼ばれる持続的発展に関する国連の会議(United Nations Conference on Sustainable Development)がブラジルのリオデジャネイロで開催されます。別名「地球サミット2012(Earth Summit 2012)」です。
この会議は各国首脳が集まって地球の未来を議論しあう場であったはずでしたが、首脳たちは無難なスピーチをして自分の番が終わると次々と会場を後にします。

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リオ会議に集った各国首脳
By Blog do Planalto (Flickr: Quarta-feira, 20 de junho) [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

この会議の最終日、最後の演説者としてムヒカ大統領が登壇します。会場のホールにはほとんど誰も残っていません。ここでムヒカ大統領はスペイン語で驚くほど率直なスピーチを行います。
“I ask this question: What would happen to this planet if the people of India had the same number of cars per family as the Germans?”
「質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。」
答えは明らかです。地球の資源と環境はそれに耐えることはできませんよね。
“A poor person is not someone who has little but one who needs infinitely more, and more and more.”
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
ムヒカはこう続けます。先ほどの言葉と似ていますね。ムヒカ自身の言葉ではなく、古代ギリシアの哲学者エピクロス(Epicurus)や古代ローマの思想家セネカ(Seneca)などの言葉として紹介しています。
そしてムヒカは私たちの生活スタイルを見直すべきだと主張し、発展は幸福を阻害するものであってはいけないと主張します。ムヒカは次のように結びます。
“When we fight for the environment, we must remember that the essential element of the environment is called human happiness.”
「環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。」


【動画】“ムヒカ大統領の衝撃的なスピーチ【世界で最も貧乏な大統領】”, by jicken5box, YouTube, 2014/01/08

このムヒカ大統領のスピーチは聴衆も少なく、当日はそれほど大きな反響もなく終わります。しかしYouTubeに動画がアップされ、各国語の翻訳がネットに掲載されると各地でたちまち賞賛の声が上がります。「世界で最も貧しい大統領」というキャッチーな呼び名も評判となり、ムヒカ大統領はこの年のノーベル平和賞候補にも上がるほどの有名人となります。
大統領専用機を持っていないため遠方の国際会議にはアルゼンチンやメキシコなどに頼んで大統領専用機に便乗させてもらったり、ある男性がヒッチハイクをしていてたまたま止まった空色の1987年製フォルクスワーゲン・ビートルに乗ったら何と運転していたのがムヒカ大統領だったりと、一国の大統領らしからぬ微笑ましいエピソードは数知れません。
ちなみにこのフォルクスワーゲン・ビートル、ムヒカ大統領の言動と人柄に感動したアラブの大富豪が100万ドル(約1億2000万円)で買い取りたいと申し出たのだそうです。しかしムヒカ大統領は、この車をくれた友達に悪いからと、その話を断ります。その逸話がまた人々を感動させ、ムヒカ大統領の人気はますます高まります。
日本ではムヒカ大統領のスピーチがなんと子供向けの絵本になるほどの人気となります。いかにも好々爺こうこうやといった風貌と笑顔も魅力です。


世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ 

2014年12月、ムヒカ大統領は南米諸国連合(UNASUR : Union of South American Nations)の会長に就任します。いわば南米全体の大統領です。
ムヒカ大統領はかねてから南米は国家の枠を超えて連合体を作るべきだと主張しています。これで南米版EUも現実味を帯びてきます。
2015年3月、ムヒカ大統領の先代のタバレ・バスケス氏が再びウルグアイの大統領に返り咲き、ムヒカ大統領は退任します。ムヒカ氏はバスケス大統領にUNASURの会長も譲り、自らはUNASURの理事として南米の外交問題の仲裁に活躍します。

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タバレ・バスケス(2015年撮影)
By Ministerio de Relaciones Exteriores de Uruguay [CC0], via Wikimedia Commons

“I'm called 'the poorest president', but I don't feel poor.”
私は「最も貧しい大統領」と呼ばれるが、貧しいとは感じていない。

経済のグローバル化が進んで誰もがより多くのものを求めて目の色を変えている中で、質素ながらも悠々自適の生活を楽しんでいるムヒカ前大統領。
確かに「貧しい」というのは心の持ちようです。多くを求めずにその生活を楽しむことができたら幸福であり、貧しくはないのです。
その意味ではムヒカ前大統領は「世界で最も豊かな大統領 (The richest president in the world)」だったと言ってもよいかもしれません。


【動画】“World's 'poorest president' Uruguay's Jose Mujica & his $1m VW (「世界一貧しい大統領」ウルグアイのホセ・ムヒカと100万ドルのフォルクスワーゲン”, by BBC News, YouTube, 2014/11/07

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第46回:“A winner is a dreamer who never gives up.”―「勝者とは決して夢を諦めない人のことだ」(ネルソン・マンデラ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年06月27日
【関連記事】第131回:“Ask what you can do for your country.”―「君たちが国のために何ができるのかを問うて欲しい」(ケネディ大統領), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年11月24日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Brutal honesty of President of Uruguay surprising Rio +20 summit speech (リオ+20サミットでの驚くべき演説:ウルグアイ大統領の残酷なまでの正直さ)”, by Magda Hassan, Deep Politics Forum, 06-23-2012
【参考】“リオ会議でもっとも衝撃的なスピーチ:ムヒカ大統領のスピーチ (日本語版)”, by 打村明さん, hana.bi, 2012/07/22
【参考】“世界で最も貧しいウルグアイ大統領「飛行機持ってないから乗せて」メキシコ大統領「いいよ」…仲良く帰国するときの様子が人気を呼ぶ”, by zeronpaさん, らばQ, 2014年03月26日
【参考】“ヒッチハイクしたら車に乗せてくれたのは大統領!! 「世界一貧しい」と言われる大統領は気さくなオジちゃんだった!”, by Nekolasさん, Rocket News 24, 2015年2月4日
【参考】“「南米の大統領」となったムヒカ大統領の新スピーチ全文(日本語訳)”, by 打村明さん, hana.bi, 2015/05/25

【動画】“ムヒカ大統領の衝撃的なスピーチ【世界で最も貧乏な大統領】”, by jicken5box, YouTube, 2014/01/08
【動画】“World's 'poorest president' Uruguay's Jose Mujica & his $1m VW (「世界一貧しい大統領」ウルグアイのホセ・ムヒカと100万ドルのフォルクスワーゲン”, by BBC News, YouTube, 2014/11/07

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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