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2016年10月05日

第365回:“Float like a butterfly, sting like a bee.” ―「蝶のように舞い、蜂のように刺す」(モハメド・アリ)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第365回の今日はこの言葉です。
“Float like a butterfly, sting like a bee.”

「蝶のように舞い、蜂のように刺す」
という意味です。
これはアメリカのボクサーだったモハメド・アリ(Muhammad Ali, 1942-2016)の言葉です。

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25歳の頃のモハメド・アリ
(1967年撮影)
By Ira Rosenberg [Public domain], via Wikimedia Commons

太平洋戦争が勃発した直後の1942年1月、モハメド・アリはケンタッキー州ルイビルで生まれます。父の名を引き継いだカシアス・マーセラス・クレイ・ジュニア(Cassius Marcellus Clay, Jr.)という名が本名です。
カシアスは小学生の頃に父からもらった自転車を盗まれて警察に届けた時、対応した警官からボクシングを勧められてジムに通い始めます。
カシアスは入門して8ヶ月で初試合にデビューし、3分3ラウンドの試合を戦って判定勝ちをおさめます。高校に進学した後もボクシングを続け、ケンタッキー州のゴールデングローブで6度優勝、全米ゴールデングローブのミドル級で2年連続優勝などと活躍します。
そして1960年9月、カシアス・クレイはローマオリンピックのボクシング競技にライトヘビー級で出場し、見事に金メダルを獲得します。18歳の時です。

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ローマオリンピックの表彰台にのぼるカシアス・クレイ
By Polish Press Agency (PAP) ([1], #5/28) [Public domain], via Wikimedia Commons

オリンピック直後の1960年10月、カシアス・クレイはプロデビューし、デビュー戦に判定で勝利します。
プロデビュー後も、クレイは連戦連勝を重ねます。
1962年、クレイは元世界ライトヘビー級王者のベテラン、アーチー・ムーア(Archie Moore)と対戦します。プロ15連勝に続く16戦目のことです。この時クレイは試合前に次のように宣言します。
“Archie Moore must fall in four.”
「アーチー・ムーアを4ラウンドでKOする」
そしてその予告通り、クレイはムーアを4ラウンドで3度ダウンを奪ってTKO(テクニカルノックアウト)勝ちをおさめます。クレイが20歳の頃です。

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カシアス・クレイ時代の試合のポスター
(1961年の試合)
By IABPD (Heritage Auction) [Public domain], via Wikimedia Commons

1964年、クレイはWBA・WBC統一世界ヘビー級チャンピオンのソニー・リストン(Sonny Liston)に挑戦します。クレイのプロ20戦目のことです。リストンは当時世界最強のハードパンチャーで、前評判は7対1で圧倒的にクレイの不利でした。
しかしクレイは一方的に試合を進め、6ラウンドでTKO勝ちでヘビー級王者の座を手にします。試合前に予告していた8ラウンドKOよりも速く勝利を決めたのです。
“I'm the greatest!”
「俺は偉大だ!」
クレイは試合後何度もこう叫びます。


【動画】“Muhammad Ali vs Sonny Liston #Legendary Night# HD (モハメド・アリとソニー・リストン 【伝説の夜】)”, by ElTerribleProduction, YouTube, 2013/04/23

この頃カシアス・クレイはNOI(ネーション・オブ・イスラム, Nation of Islam)というイスラム教系の黒人組織に入信し、カシアス・Xを名乗ります。「X」とはNOIが信者に授ける姓です。アフリカ系アメリカ人の姓は先祖がアフリカから新大陸に奴隷として連れてこられた時に奴隷主につけられた屈辱的な名前だという考えによるものです。その後クレイはリング・ネームをムスリム名のモハメド・アリ(Muhammad Ali)とし、間もなく正式に改名します。
アリが黒人公民権活動家のマルコム・X(Malcolm X)と出会い、その思想に共鳴したのもこの頃です。

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マルコム・X(左端)とモハメド・アリ(前列右端)
(1964年撮影)
By EPHouston (Own work) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

1964年、ベトナムのトンキン湾でおきた軍事衝突「トンキン湾事件(Gulf of Tonkin Incident)」をきっかけにアメリカは爆撃や地上軍の投入でベトナムへの介入を強めます。ベトナム戦争(Vietnam War)です。
その後アメリカ軍は徴兵の基準を下げて多くの兵隊を招集します。裕福な白人は大学へ進学して徴兵猶予を受けますが、貧しい若者、特に黒人たちは多くが徴兵されて戦地に送られます。
1966年、モハメド・アリは良心的兵役拒否(conscientious objection)を宣言します。しかし当時アメリカの世論は戦争に肯定的で、戦争支持率は50%を超えています。アリの兵役拒否はふざけた妄言と受け取られ、軽蔑と嘲笑の対象となります。ムスリム名に改名して驚かれていたアリは、この兵役拒否によってアメリカで最も嫌われている有名人となってしまいます。アリが兵役を拒否してまで忠誠を誓ったNOI自身すら、この発言との関与を否定します。
翌1967年、アリは兵役逃れ(draft evasion)の罪状で懲役5年の有罪判決を受けて投獄されます。そして9回の防衛を果たしていたWBA・WBC統一世界ヘビー級チャンピオンの座をプロ無敗のまま剥奪されます。さらにボクシングのライセンス自体を取り消され、ボクシング界から追放されます。この時アリは25歳。アスリートとして最盛期の年齢に、アリはすべてを失ったのです。

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24歳の頃のモハメド・アリ
(1966年撮影)
See page for author [CC BY-SA 3.0 nl], via Wikimedia Commons

しかしアリの兵役拒否宣言の頃から、世論は次第に反戦に向かいます。アリが投獄された頃には戦争支持率はわずか27%まで落ち込み、多くの民衆、特に黒人たちがアリの味方となります。ベトナム戦争は泥沼化し、アメリカでは反戦運動が巻き起こります。
アリは上訴し、アメリカ政府と何年にもわたって戦います。そして1971年、連邦最高裁はアリの有罪判決を破棄する判断をします。
最初は軽蔑され嘲笑されたアリの主張は、ベトナム戦争に対するアメリカ全体の見解となったのです。
その後アリは苦労してボクシング界に復帰し、1974年に「象をも倒す」と言われた強打のジョージ・フォアマン(George Foreman)を破って世界王者を奪還します。ザイール共和国(現在のコンゴ民主共和国)の首都キンシャサで試合が行われたので「キンシャサの奇跡」と呼ばれます。28歳の時です。
そして1981年に39歳で引退するまで、プロで生涯通算61戦56勝、37回のKO勝ちという輝かしい戦績を残すのです。

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ジョージ・フォアマン(1973年撮影)
By Nationaal Archief, Den Haag, Rijksfotoarchief: Fotocollectie Algemeen Nederlands Fotopersbureau (ANEFO), 1945-1989 - negatiefstroken zwart/wit, nummer toegang 2.24.01.05, bestanddeelnummer 926-2854 (Nationaal Archief Fotocollectie Anefo) [CC BY-SA 3.0 nl], via Wikimedia Commons

また、1976年にはプロレスラーのアントニオ猪木(Antonio Inoki)と特別ルールによる「格闘技世界一決定戦」を行います。ボクシングとプロレスという異例の対決は15ラウンドを戦っても決着がつかず、引き分けとなります。
二人はこの対戦をきっかけに友情を結びます。アリは自身の入場テーマソングである「炎のファイター」(通称「アリ・ボンバイエ」)を猪木にプレゼントしたを言われています。猪木はそれ以降、入場テーマに「イノキ・ボンバイエ」を使います。ちなみに「ボンバイエ(Bomba-ye)」とはアフリカのリンガラ語の“Boma ye(ボマ・イエ)”が訛ったもので、「奴を殺せ」「やっちまえ」という意味です。アリがフォアマンと対戦した「キンシャサの奇跡」の時の観客の声援から来たものです。


【動画】“追悼 アントニオ猪木VSモハメド・アリ”, by くまころんだ, YouTube, 2016/06/12

“Float like a butterfly, sting like a bee.”
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」
とはモハメド・アリのボクシングスタイルを象徴する言葉です。いかに強打のボクサーであっても、アリはそのパンチを軽やかにかわし、決定的なダメージを与えることができません。逆にアリのパンチは目にも止まらないスピードのため、相手はかわすことができず、大きなダメージを受けてしまうのです。これまでヘビー級のボクシングといえば鈍重な大男の力任せな殴り合いというイメージでしたが、アリはそのイメージを一新します。
この言葉はもともとトレーナーのドゥルー・バンディーニ・ブラウン(Drew Bundini Brown)が言ったらしいです。試合前にアリとブラウンはよく肩を組んで、「蝶のように舞い、蜂のように刺す!」と一緒に叫ぶパフォーマンスを見せます。そしてたちまちモハメド・アリのキャッチフレーズとなったのです。


【動画】“Muhammad Ali &The Source Of saying"Float Like A butterfly Sting Like a Bee" (モハメド・アリと「蝶のように舞い蜂のように刺す」の語源)”, by 6,969,697 views, YouTube, 2016/04/01

また、アリは若い頃から過激な発言を繰り返します。自分のことを偉大だ、最強だと喧伝するだけでなく、相手を批判したり馬鹿にしたり、何ラウンドでKOするなどと予告したりすることもしばしばです。
カシアス・クレイ時代のニックネームは“The Louisville Lip (ルイビルの口先男)”だったほどです。
僕はYouTubeでアリの試合前のインタビューを見たことがありますが、攻撃的でうるさくて、顔つきや態度も悪く、一言でいうと正直「ウザい」レベルです。当時も反感や顰蹙を買い、多くのアンチも生まれます。
しかし注目を集めるという目的は完璧に達成します。アリは試合前からマスコミの注目を集め、戦争反対や徴兵拒否の発言も世論に大きな影響を与え、結果的に世論を動かすことになるのです。


【動画】“Muhammad Ali - Trailer The Greatest (1977) (モハメド・アリ/ザ・グレーテスト 予告編(1977年))”, by n0dE85, YouTube, 2008/12/21

“Float like a butterfly, sting like a bee.”
蝶のように舞い、蜂のように刺す。

パワー一辺倒だったヘビー級のボクシングに驚異的なスピードと華麗な技をもたらしたモハメド・アリ。
徴兵拒否からの有罪、投獄、ボクシング界追放ですべてを失いながら、何年にもわたる法廷闘争を勝ち抜いたモハメド・アリ。
ベトナム反戦運動はアリが先鞭をつけたと言っても過言ではありません。
ボクシング引退後、アリはパーキンソン病を発症し、30年以上も闘病生活を戦いました。
これがアリの最も長く、最もつらい戦いだったかもしれません。
そして2016年6月、アリゾナ州フェニックスの病院でアリは息をひきとりました。
74歳のことでした。世界中がアリの死を悼みました。


【動画】“Muhammad Ali Highlights Tribute R.I.P (モハメド・アリに捧げるハイライト 追悼)”, by Boxing Legends TV, YouTube, 2016/06/03

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第64回:“All persons held as slaves shall be free.”―「奴隷はすべて自由とする」(リンカーン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年07月28日
【関連記事】第46回:“A winner is a dreamer who never gives up.”―「勝者とは決して夢を諦めない人のことだ」(ネルソン・マンデラ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年06月27日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“The Origin Of "Float Like A Butterfly, Sting Like A Bee" Proved Muhammad Ali's Greatness Early On”, by Kara McGrath, BUSTLE, June 4, 2016
【参考】“'Float like a butterfly, sting like a bee': Best quotes from Muhammad Ali”, by Hilary Whiteman, CNN, June 4, 2016
【参考】“《☆番外編!〜「蝶のように舞い!〜蜂のように刺す!」は誰が言ったか?その〜C》”, by isaoさん, ★≡海田イサヲの〜My Favorite Boxing!≡★, 2009年3月26日
【参考】“モハメド・アリは、ベトナム戦争反対に全てを賭けた”, by Justin Block, The Huffington Post, 2016年06月11日

【動画】“Muhammad Ali vs Sonny Liston #Legendary Night# HD (モハメド・アリとソニー・リストン 【伝説の夜】)”, by ElTerribleProduction, YouTube, 2013/04/23
【動画】“追悼 アントニオ猪木VSモハメド・アリ”, by くまころんだ, YouTube, 2016/06/12
【動画】“Muhammad Ali &The Source Of saying"Float Like A butterfly Sting Like a Bee" (モハメド・アリと「蝶のように舞い蜂のように刺す」の語源)”, by 6,969,697 views, YouTube, 2016/04/01
【動画】“Muhammad Ali - Trailer The Greatest (1977) (モハメド・アリ/ザ・グレーテスト 予告編(1977年))”, by n0dE85, YouTube, 2008/12/21
【動画】“Muhammad Ali Highlights Tribute R.I.P (モハメド・アリに捧げるハイライト 追悼)”, by Boxing Legends TV, YouTube, 2016/06/03

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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