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2016年07月17日

第340回:“Great God! this is an awful place.” ―「神よ!ここは恐ろしい所です」 (ロバート・スコット)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第340回の今日はこの言葉です。
“Great God! this is an awful place.”

「神よ!ここは恐ろしい所です」
という意味です。
これはイギリスの軍人で探検家でもあったロバート・スコット(Robert Falcon Scott, 1868-1912)の言葉です。
世界で二番目に南極点に到達した人物です。

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ロバート・スコット(1905年撮影)
By Henry Maull (1829–1914) and John Fox (1832–1907) [Public domain], via Wikimedia Commons

ロバート・スコットは1868年にイングランド南西部のプリマスにあるストーク・ダマレルという町に生まれます。代々軍人の家系で、ロバートも13歳で海軍兵学校に入学し、15歳で士官候補生となります。
スコットは20歳で少尉に、21歳で大尉となったスコットは、主に水雷術の士官として艦上勤務を続けます。
1899年、スコットは王立地理学協会(Royal Geographical Society)による南極探検計画を知り、隊長として参加したいと名乗り出ます。31歳の頃です。
翌1900年、中佐に昇進したスコットは南極探検隊の隊長に指名されます。

0340-robert_falcon_scott_c1900.jpg
若き日のスコット(1900年頃撮影)
By J. Thomson (1837–1921) (Bonham's) [Public domain], via Wikimedia Commons

1901年、イギリスによる初めての公式な南極探検に向けて、スコット率いる遠征隊を乗せた調査船ディスカバリー号(RRS Discovery)が出航します。南極の学術調査が目的です。
ディスカバリー号は過去の探検家が調査したロス海へ向かいます。ロス海東部に存在が予測されていた南極大陸の半島を確認してエドワード7世半島(Edward VII Peninsula)と名付けたり、障壁という意味で「バリア(Great Ice Barrier)」と呼ばれていたロス棚氷たなごおり(Ross Ice Shelf)を繋留けいりゅう気球に乗って調査したりします。ロス海西部のロス島に基地をつくります。

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ディスカバリー号とロス棚氷
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

スコットは三等航海士のアーネスト・シャクルトン(Ernest Shackleton)や動物学者のエドワード・ウィルソン(Edward Wilson)と南極点にむけて出発し、まだバリアを出ていませんでしたが南緯82度17分まで到達します。
ディスカバリー号は氷の海に閉じ込められたため救援船の助けを借りたりしましたが、1904年9月にイギリスに帰還します。スコットたちは国民的英雄となり、スコット自身も大佐に昇進します。

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極点アタック時のスコット(中央)(1902年撮影)
向かって左がアーネスト・シャクルトン
By unidentified photogapher (National Library of New Zealand) [Public domain], via Wikimedia Commons

その後も、遠征隊だったメンバーは南極の魅力にとりつかれたように南極をめざします。
1907年、アーネスト・シャクルトンはニムロド号(Nimrod)で南極に出発します。
シャクルトンらは標高3790メートルのエレバス山に登頂したり、南緯88度23分まで到達したり、方位磁石が示す南端である南磁極に到達して大英帝国による領有を宣言したりと、多くの成果をあげて1909年に帰還します。

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アーネスト・シャクルトン(1910年頃撮影)
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

シャクルトンらが帰還した翌年の1910年、スコットはテラ・ノヴァ号(Terra Nova)で南極へ出発します。目的は南極点到達と学術調査です。
メルボルンでスコットは、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセン(Roald Amundsen)も南極へ向かっていることを電報で知り、驚き動揺します。
テラ・ノヴァ号はニュージーランドで物資を積んで出港し、スコット隊は1911年1月にロス島のケープ・エバンスに上陸して越冬基地を建設します。

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テラ・ノヴァ号(1910年撮影)
Herbert Ponting [Public domain], via Wikimedia Commons

テラ・ノヴァ号でロス海の東にあるエドワード7世半島の学術調査に出た別動隊は、ロス棚氷東部のクジラ湾にキャンプを張ったノルウェーのアムンセン隊に偶然出会います。アムンセンは別動隊を歓迎し、犬を提供しようと申し出ますが、別動隊は丁重にこれを断ります。
スコットの本隊はこの知らせを受けながらも、慎重に極点アタックの準備を進めます。デポと呼ばれる貯蔵所を設営して食料を運んだり、学術調査を行ったりします。

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ロアール・アムンセン(1912年頃撮影)
By no credit ([1]) [Public domain], via Wikimedia Commons

そして南極点を目指す先発隊が1911年10月24日に、後続する本隊が11月1日にそれぞれ出発します。進むのはディスカバリー号の探検とシャクルトンの探検で8割ほど踏破されていた経路です。
しかし輸送手段として用意していた雪上車の一種であるモーター駆動そりは早々に故障し、馬(ポニー)も次々と倒れて足手まといとなったため、スコット隊は人力でそりを引っ張って進みます。スコット隊は激しいブリザードに前進を阻まれながらも、デポを設営しながら前進します。
スコットは知りませんでしたが、アムンセン隊はスコットらの先発隊よりも5日早い10月19日に南極点に向けて出発します。アムンセンたちは学術調査は行わず、未踏の地を犬ぞりでひたすら南極点到達をめざします。

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スコット隊のローレンス・オーツとポニーたち
By Herbert G. Ponting [Public domain], via Wikimedia Commons

1912年1月9日、スコット隊はシャクルトンたちが到達した最南端である南緯88度23分を通過します。
そして1月17日、スコット隊はついに南極点に到達します。しかしそこにはためくノルウェーの国旗と、アムンセン隊が設営したテントを発見します。テントの中には、スコット隊よりも一ヶ月以上前の1911年12月16日に南極点に到達したという詳細な記録が残されています。
スコットはアムンセンに敗れたのです。

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南極点でアムンセン隊のテントを見つけたスコット隊(1912年撮影)
左端がスコット
By Lawrence Oates (1880-1912) [Public domain], via Wikimedia Commons

スコットは日記にこう記します。
“Great God! this is an awful place.”
「神よ!ここは恐ろしい所です」
この言葉には続きがあります。
“Great God! This is an awful place and terrible enough for us to have laboured to it without the reward of priority. ”
「神よ! ここは恐ろしい所です。苦労してやってきた我々にとって、初到達という報償なしには恐ろし過ぎます。」


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南極点で独自に旗をたてたスコット隊(1912年撮影)
右から2番目がスコット
By Henry Bowers (1883–1912) [Public domain], via Wikimedia Commons

スコットは落胆しますが帰還の旅につきます。学術調査の任務は終わったわけではありません。
スコット隊は地質標本を採集しながら進みますが、南極の冬が近づき気温は低下して悪天候も多くなります。
4人の予定でデポを設営していたのに直前でアタック隊を5人に増やしたため食料が不足し、燃料タンクが低温で破損していたため燃料にも不足してしまいます。
隊員たちは一人、また一人と力尽きて亡くなります。ベースキャンプからも何度か救難隊が出されますが、救難隊自体が遭難してやっと帰還するほどの悪天候です。
3人となったスコット隊はその後もブリザードで前進を阻まれ、燃料と食料が底を尽いてしまいます。

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スコットの日記の最後のページ(1912年)
By Robert Falcon Scott [Public domain], via Wikimedia Commons

1912年3月29日、スコットは日記にこう記します。
“We shall stick it out to the end, but we are getting weaker, of course, and the end cannot be far. It seems a pity but I do not think I can write more. R. Scott. Last entry - For God's sake look after our people.”
「最後まで耐え抜くつもりだが、我々は衰弱しつつある。最期は遠くないだろう。残念だがもうこれ以上書けそうにない。R・スコット。最後に、どうか隊員やその家族のことを頼みます。」
これがスコットの最後の日記となり、スコットは2人の隊員と共にテントで死亡します。スコットが43歳の時のことです。
次のデポまであとわずか18キロの地点でした。

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赤線:アムンセンの遠征経路
緑線:スコットの遠征経路
By Shakki, Japanese words added by Jim Saeki on 3 July 2016 [Public domain], via Wikimedia Commons

“Great God! this is an awful place.”
神よ!ここは恐ろしい所です。

国の威信と期待を背負って南極に向かい、南極点初到達を逃した後にあと一歩のところで帰還できなかったスコット。
アムンセンと比較してスコットを批判する声もありますが、それは後付けの知識による結果論にすぎません。
誰も経験したことのない南極の過酷な環境に敢然と挑んで、アムンセンの一ヶ月遅れとはいえ南極点に到達したことはやはり歴史に刻まれるべき偉業だと思います。
スコットの遺物の中に、南極点に置かれていたアムンセンの手紙がありました。
万一アムンセンが帰路に遭難した場合にそなえて、南極点一番乗りの事実を祖国に伝えてほしいとアムンセンがスコットに託した手紙でした。
スコットは同じ探検家として、アムンセンの願いを誠実に果たそうとしていたのでした。

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ポーツマスに立つスコットの像(2007年撮影)
スコットの妻だった彫刻家カスリン・スコット(Kathleen Scott)の作品
Colin Smith [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第338回:“Adventure is just bad planning.” ―「冒険というのは準備が足りない時の言い訳にすぎない」 (ロアール・アムンセン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年07月12日
【関連記事】第336回:“May Norwegians show the way!” ―「ノルウェー人よ、道を示したまえ!」 (フリチョフ・ナンセン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年07月4日
【関連記事】第337回:“The Pole at last!!!” ―「ついに極点だ!!!」 (ロバート・ピアリ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年07月7日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“The Race to the South Pole (南極点への競争)”, By Sian Flynn, BBC, Last updated 2011-03-03
【参考】“栄光と悲劇 −アムンセンとスコット−”, 歴史ロマン研究会 オンライン
【参考】“南極で生死を分けたリーダーシップ”, by 御立 尚資, 日経ビジネスONLINE, 2007年9月7日
【参考】“明暗を分けた運命の決断 スコット極点隊 全滅へのカウントダウン 前編”, Onlineジャーニー, 2011年12月1日
【参考】“明暗を分けた運命の決断 スコット極点隊 全滅へのカウントダウン 後編”, Onlineジャーニー, 2011年12月8日

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 冒険家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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