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2016年06月28日

第334回:“Mr. Watson! Come here.” ―「ワトソン君! 来たまえ」(ベル)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。



第334回の今日はこの言葉です。
“Mr. Watson! Come here.”
「ワトソン君! 来たまえ」
という意味です。
これはイギリス出身のアメリカの科学者で発明家でもあったアレクサンダー・グラハム・ベル(Alexander Graham Bell, 1847-1922)の言葉です。世界で初めて実用的な電話を発明したとされています。

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アレクサンダー・グラハム・ベル(1885年撮影)
By Not listed; part of the LOC's Gilbert H. Grosvenor Collection of Photographs of the Alexander Graham Bell Family, cropped by Jim Saeki on 25 June 2016 [Public domain], via Wikimedia Commons

アレクサンダー・グラハム・ベルは1847年にスコットランドの古都エジンバラに生まれます。父親はエジンバラ大学の教授で、聴覚障害が話をするのを記号を使って助ける視話法(Visible Speech)という技法を発明しています。母親は耳が不自由だったため、ベルは手話を習得したり母の額に直接口を当てて話すテクニックを身につけたりする一方で、音響学を学び始めます。

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ベル5歳の頃、両親と兄弟たちと(1852年撮影)
アレクサンダー・グラハム・ベルは左から2番目
By Gilbert H. Grosvenor Collection, Prints and Photographs Division, Library of Congress, USA (Taken from this site [1]) [Public domain], via Wikimedia Commons

ベルは16歳の時、父親から人間の声を発声するからくり人形オートマタ(Automata)を見せられます。ハンガリーの発明家ヴォルフガング・フォン・ケンペレン(Wolfgang von Kempelen, 1734-1804)が発明した音声合成機(Speaking Machine)をもとにイギリスの物理学者チャールズ・ホイートストン(Sir Charles Wheatstone, 1802-1875)が開発したものです。
ベルはケンペレンのドイツ語の書籍を苦労して翻訳しながら、兄メルヴィルと共に人間の頭部を模したオートマタを完成させます。話すことができたのはほんの数語ですが、唇の動きを微妙に調節してはっきりと「ママ(Mama)」と発音し、見た人たちを驚かせたそうです。

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チャールズ・ホイートストン
By Unidentified photographer (Smithsonian Institution Libraries) [Public domain], via Wikimedia Commons

まもなくベルの一家を相次いで悲劇が襲います。ベルが20歳の時に弟エドワードが、23歳の時に兄メルヴィルがどちらも結核で亡くなったのです。三兄弟でただ一人残ったベル自身も病弱で、結核で寝込んだこともありました。
そこでベルの父親はカナダへの移住を決意します。一家はイギリスの財産を整理し、オンタリオ州ブラントフォードの農場を買って移り住みます。ベルは車庫を改造して仕事場とし、電気と音声の研究を続けます。
アメリカのボストンにあるボストン聾学校で視話法を教えたり、聴覚障害者に視話法を教える学校を設立したりした後、ベルはボストン大学の教授となります。ボストンとブラントフォードを往復して研究を続けますが、健康状態が悪化したため教授の職を辞して研究に専念することを決心します。25歳の頃です。

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ベルと聾学校の生徒たち(1883年撮影)
By Title transcribed from caption list in album. In album: Photographs of Alexander Graham Bell : Selected by him for preservation in the Beinn Bhreagh Recorder. Forms part of: Gilbert H. Grosvenor Collection of Photographs of the Alexander Graham Bell Family (Library of Congress). [Public domain], via Wikimedia Commons

当時、サミュエル・モース(Samuel Morse)が考案したモールス符号(Morse Code)を使った電信が盛んに用いられるようになっていました。通信量が増えたため、街には電信のための電線が縦横に張り巡らされました。電柱を「電信柱」と言うのはここから来ているのです。そこで1本の電線で複数の電信を送ることができる技術が求められ、発明家のトーマス・エジソン(Thomas Edison, 1847-1931)やイライシャ・グレイ(Elisha Gray, 1835-1901)らが研究していました。

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トーマス・エジソン(1877年撮影)
By L.C. Handy [Public domain], via Wikimedia Commons

1874年の夏、ベルはフォノトグラフ(Phonautograph)という煤を塗ったガラスに音の波形を記録する装置から、電線で音声を送る電話のアイディアを考えつきます。音波と同じ波形の電流を生成して、その電流から異なる音階に調律した複数の金属片を使って音に戻すというアイディアです。
ベルはこのアイディアを実現する技術をもっていませんでしたが、後援者からの資金を得て電気や機械の知識と技術を持つトーマス・A・ワトソン(Thomas A. Watson)を助手として雇います。
そして1875年にベルとワトソンは「音響電信(Acoustic Telegraph)」を開発して実験を行います。異なる音を使って1本の電線で同時に多くの電信を送れる装置です。この実験で、金属片は1本だけでも異なる音を発することができることが偶然わかります。今のスピーカーの原型です。ベルはこれで金属片1枚でも音声を再生できて電話が作れるのではと確信します。
一方で、電信の研究を続けていたイライシャ・グレイもちょうど同じ時期に電話の技術を考案します。

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ベルの助手トーマス・ワトソン
Photo by Unknown [Public Domain] via Wikipedia

ベルは電話の特許を執筆し、イギリスで出願して受理された後にアメリカで出願します。イギリスは他国で事前に取得された特許には特許を与えない方針だったからです。アメリカで出願されたのは翌1876年の2月14日。
ライバルのイライシャ・グレイもなんと同日の出願です。実は出願したのはベル自身でなく、ベルの支援者で弁護士でもあったガーディナー・ハバードです。ハバートはグレイが出願のためにワシントンDCへ向かったという情報をつかんで急いで申請を行ったとも言われています。結果、ベルの特許はグレイよりも2時間早く申請されます。なんというタッチの差でしょう。
ただ当時のアメリカの特許制度は「先発明せんはつめい主義(First-to-invent system)」といって、出願した順ではなくどちらが先に発明したかという観点で審査が行われます。そして審査の結果、特許庁はベルの特許を採用すると判断します。特許は異例の速さで審査され、3月3日に認可を受けて3月7日に公告されます。

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イライシャ・グレイ(1878年撮影)
From Oberlin College Archives [Public Domain] via Wikimedia Commons

公告の3日後の1876年3月10日、ベルは電話を使った音声伝送実験を行います。
この実験中、ベルは装置に使われていた硫酸の瓶を倒して硫酸をこぼしてしまいます。
そして思わず声をあげるのです。
“Mr. Watson! Come here; I want to see you!”
「ワトソン君! 来たまえ。用事がある!」
そしてこの声は装置を通して別室にいたワトソンにはっきりと伝わります。人類初の音声伝送実験が成功したのです。

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AT&T社の宣伝映像でベルを演じる役者(1926年撮影)
By Unknown; film commissioned by AT&T. (Early Office Museum.) [Public domain], via Wikimedia Commons

実はこの時の実験で使われた装置は、ベルが出した特許よりもイライシャ・グレイの出した特許に近い仕組みを使っています。水と針を使った可変抵抗をマイクロフォンで使っているところです。
後にベルはグレイの発明を盗用したのではと疑われ、後には特許訴訟まで起こされます。
しかしベルの実験は特許取得後に概念実証(Proof of Concept: PoC)をおこなったもので、発明の優先権とは関係ありません。
また、ベルは1年以上前に水銀を使った可変抵抗の特許を申請しており、グレイの水を使った可変抵抗というアイディア自体にも優先権はありません。
さらに、ベルはその後は電磁式のマイクロフォンを使って電話事業を進め、グレイの特許に記載された装置はビジネスにまったく使われていません。
しかも実際の音声伝送実験は明らかにベルが世界で初めて成功させています。
以上から、ベルが世界で初めて実用的な電話の発明者であるとされています。

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ベルの電話の特許(1876年)
By U.S.P.T.O. [Public domain], via Wikimedia Commons

ベルたちはこの特許をウェスタン・ユニオン電信会社に売ろうとします。しかしウェスタン・ユニオンの社長は電話を単なるおもちゃのようなものと考え、買い取りを断ります。証拠が残る電信に対して電話はビジネスでは使えないと考えたのです。
ベルは宣伝のために各地で講演や公開実験を行います。フィラデルフィアの万国博覧会にも出展し、世界的な評判となります。
そして1877年、ベルとハバートらは「ベル電話会社(Bell Telephone Company)」を設立します。今のアメリカ最大手の通信会社「AT&T」です。会社設立の数日後、ベルはハバートの娘メイベルと結婚します。メイベルは耳が不自由で、15歳の頃からベルの音響の実験に協力してきたいわば共同研究者です。

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ベルとメイベルと娘たち(1885年撮影)
By Not listed; part of the LOC's Gilbert H. Grosvenor Collection of Photographs of the Alexander Graham Bell Family. [Public domain], via Wikimedia Commons

1879年、ベル電話会社はあのトーマス・エジソンが発明したカーボンマイクの特許をウェスタンユニオンから買い取ります。これで電話器の性能は格段に向上し、マイクに向かって声を張り上げなくてもよくなります。
ベルの電話事業は大成功をおさめます。数多くの特許訴訟にも勝利し、ベルとハバート、ワトソンらは経済的にも成功します。
ベルの発明はこれだけではありません。
1880年にはフォトフォン(Photophone)という光を使った無線通信に成功します。
1881年には金属探知機(Metal detector)を考案します。
ほかにも飛行機や水中翼船の実験や改良を行い、関連する特許を出願しています。
ベルはほかにも呼吸を補助する金属ジャケットや難聴を検知する聴力計などの研究を行います。

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フォトフォンの受信機(1881年の雑誌)
See page for author [Public domain], via Wikimedia Commons

1915年、世界初の大陸横断通話の公開実験が行われます。
ニューヨークシティのAT&T本社にはベルが、サンフランシスコにはワトソンが受話器の前に立ちます。
ベルは電話の最初の実験と同じ言葉でワトソンに語りかけます。
“Mr. Watson! Come here; I want to see you!”
「ワトソン君! 来たまえ。用事がある!」
その言葉ははっきりとサンフランシスコのワトソンに伝わります。実験は成功です。
“It will take me five days to get there now!”
「5日もかかってしまいますよ!」
ワトソンはそう答え、会場は笑いにつつまれます。当時は汽車を乗り継いでそのぐらいかかったのでしょうね。さすがアメリカ、ジョークが効いてます。

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電話に話しかけるベル(1892年撮影)
ニューヨーク・シカゴ間の長距離電話回線開通式典にて
By Gilbert H. Grosvenor Collection, Prints and Photographs Division, Library of Congress. [Public domain], via Wikimedia Commons

“Mr. Watson! Come here.”
ワトソン君! 来たまえ。

電話の発明と実用化によって人々の生活を格段に便利にしたベル。
iPhoneなどの今のスマホもベルの発明から始まりました。その功績ははかり知れません。
1922年、ベルはカナダの自宅で亡くなります。
ベルの闘病を支えてきた妻のメイベルは、

“Don't leave me.”
「私をおいていかないで」

とささやきます。ベルは手話で、

“No”
「おいていかないよ」

と答え、静かに息を引き取ります。75歳でした。
彼の死の知らせを受けて北米のすべての電話が一時的に停止され、沈黙による哀悼を捧げながら彼の栄誉を称えました。

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アレクサンダー・グラハム・ベル(1914〜19年撮影)
By Moffett Studio (Library and Archives Canada / C-017335) [Public domain], via Wikimedia Commons

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


【動画】“Biography of Alexander Graham Bell for Children: Famous Inventors for Kids - FreeSchool (アレクサンダー・グラハム・ベルの子供向け伝記:子供のための有名な発明家たち - フリースクール)”, by Free School, YouTube, 2015/08/19

【関連記事】第331回:“Elementary, my dear Watson.” ―「基本だよ、ワトソン君」(シャーロック・ホームズ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年06月20日
【関連記事】第332回:“Oh Watson, your Japanese is very good.” ―「ワトソン、日本語上手だね」(渡辺謙), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年06月23日
【関連記事】第294回:“Genius is one percent inspiration, ninety-nine percent perspiration.” ―「天才とは1%のひらめきと99%の努力からなる」 (エジソン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2016年03月20日
【関連記事】第258回:“SOS”―「われ遭難せり」(遭難信号、タイタニック号など), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年11月16日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Mr. Watson -- come here! (ワトソン君、来たまえ!)”, Library of Congress
【参考】“March 10, 1876: ‘Mr. Watson, Come Here …’ (1876年3月10日:「ワトソン君、来たまえ…」)”, by RANDY ALFRED, WIRED, 03.10.11
【参考】“電話の歴史 〜電話の発明にまつわるお話〜”, by 浅瀬野さん, 電気通信主任技術者 総合情報, 2000-03
【参考】“Dr. Bell, Inventor of Telephone, Dies (電話の発明者ベル博士が死去)”, The New York Times, August 3, 1922. Retrieved: March 3, 2009.

【動画】“Biography of Alexander Graham Bell for Children: Famous Inventors for Kids - FreeSchool (アレクサンダー・グラハム・ベルの子供向け伝記:子供のための有名な発明家たち - フリースクール)”, by Free School, YouTube, 2015/08/19

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | ロンドン | Comment(0) | TrackBack(0) | 発明家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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