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2015年11月06日

第255回:“Mind the gap.”―「すき間にご注意下さい」(ロンドン地下鉄)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。

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By Juergen Rosskamp, wiki+spam@eindruckschinderdomain.de (digital still picture) [CC BY-SA 2.5], via Wikimedia Commons

第255回の今日はこの言葉です。
“Mind the gap.”
「すき間にご注意下さい」
という意味です。
「マインド・ザ・ギャップ」というシンプルな言葉でわかりやすいですね。
リズミカルに発音されますので「マイン・ザ・ギャップ」のようにも聞こえます。
“mind”とは「〜に気をつける」「〜を気にする」という動詞です。
これはロンドン地下鉄(London Underground)で車両とホームのすき間に気をつけるように乗客に注意をうながすアナウンスの言葉です。
皆さんの中でもロンドン旅行で地下鉄を使ったことがある方は耳にしたことがあることでしょう。
ある意味ロンドンで最も耳にする言葉かもしれません。

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ロンドン地下鉄、セントラル・ラインのランカスター・ゲート駅
By tompagenet (Tom Page) [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

ロンドンの地下鉄は1863年1月に世界で初めて運行を開始しました。
パディントン駅(Paddington)とファリンドン駅(Farringdon)の間を結ぶメトロポリタン鉄道(Metropolitan Railway)です。この路線は今もサークル・ライン(Circle Line)の一部になっています。途中には名探偵シャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)が住んでいたとされるベーカー街で有名なベイカー・ストリート駅(Baker Street)や、映画『ハリー・ポッター』シリーズでもおなじみのキングス・クロス駅(地下鉄駅の名前は隣のターミナル駅と合わせたキングズ・クロス・セント・パンクラス駅、King's Cross St. Pancras)などがあります。
車両は蒸気機関車に引かれていましたので、駅や乗客は煤だらけになっていまい、あまり評判はよくなかったようです。それでも10分間隔で運行していたそうですから、たいしたものです。

0255-gwr_broad_gauge_metropolitan_class.jpg
開業当初のロンドン地下鉄で使われた蒸気機関車
By Samuel J. Hodson (Jackson, Alan (1986) London's Metropolitan Railway, David & Charles ISBN: 0-7153-8839-8. ) Hodson, Samuel John, born 1831 - died 1908 V&A Collections accessed 20 May 2012 [Public domain], via Wikimedia Commons

1863年といえば、アメリカでは南北戦争(The Civil War)が山場を迎えており、リンカーン大統領(Abraham Lincoln, 1809-1865)が奴隷解放宣言を発表し、ゲティスバーグの戦い(Battle of Gettysburg)で北軍が勝利した年です。
日本では幕末の騒乱期。長州藩がアメリカ・フランス・オランダの船を砲撃して報復攻撃を受けた馬関戦争(Shimonoseki Campaign)や、薩摩藩がイギリスと戦った薩英戦争(Bombardment of Kagoshima)があった年です。また、長州藩では高杉晋作(Shinsaku Takasugi, 1839-1867)らが奇兵隊を設立します。
そんな時代に、ロンドンでは10分間隔で地下鉄が走っていたのです。

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長州奇兵隊の隊士たち
"Keiheitai". Licensed under Public Domain via Wikimedia Commons.

今ではロンドン地下鉄は11路線で268の駅を結んで走っています。総延長距離は400km、一日267万人、年間およそ10億人が利用するそうです。
イギリスでは地下鉄を「アンダーグラウンド(Underground)」と呼びます。なにしろ世界初ですから、こちらが本場の名称と言っていいでしょう。
また、開業時の名称「メトロポリタン鉄道」は、フランスやスペイン、東京でも使われている「メトロ(Métro / Metro)」という呼び名の語源になっています。
アメリカ英語では地下鉄を「サブウェイ(Subway)」と呼びます。しかしイギリスでは道を渡るための単なる「地下道」をあらわす言葉です。またサンドイッチチェーンの「サブウェイ(SUBWAY)」を思い出す人も多いようです。
サブウェイ、美味しいですよね。僕も大好きです。
ここイギリスにもたくさんお店があります。
サブウェイで英語で注文するのは至難の業なのですが、最近やっと慣れてきました。

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イギリス・北アイルランドのベルファストにあるサブウェイ
By Ardfern (Own work), cropped by Jim Saeki on 5 November 2015 [CC BY-SA 3.0 or GFDL], via Wikimedia Commons

おっと、話がそれました。元に戻します。
ロンドンの地下鉄は「チューブ(The Tube)」とも呼ばれています。
シールド工法で作られたトンネルの断面が円形で、まるでチューブの中を走っているようだからです。
地下鉄の車両もそれに合わせて丸みをおびた断面になっていて、日本の地下鉄と比べると狭く感じます。
「アンダーグラウンド(Underground)」よりも「チューブ(Tube)」の方が短くて言いやすいので、会話ではチューブの方がよく使われます。

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ロンドン地下鉄の愛称“The Tube”はチューブに似たトンネルの形状が由来。
トンネルの断面に合わせた大きさの車両を運用している。
(日本語版Wikipediaより)
By SPSmiler (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons

古い路線も多いロンドン地下鉄。駅構内で線路がカーブしていたりすると、車両とホームの間にすき間ができてしまうことがよくあります。
そこで、
“Mind the gap.”
「すき間にご注意下さい」
というアナウンスが流されるのです。
アナウンスだけでなく、ホームの端にも同じ言葉が書かれています。

0255-mindthefgapvictoria.jpg
By WillMcC (Own work) [CC BY-SA 3.0 or GFDL], via Wikimedia Commons

この言葉、地下鉄のアナウンスのためにあえて短い単語を組み合わせて考えられたのだそうです。
1969年に、それまで運転士や駅の係員がそれぞれ自分の言葉で行っていたアナウンスにかわって、あらかじめ録音されたアナウンスが使われるようになりました。
当時の録音再生に広く使われていたのはアナログレコードとテープレコーダーです。しかし揺れの激しい地下鉄ではレコードはもちろんダメ、テープレコーダーも操作性と耐久性が今ひとつでした。
そこでロンドン地下鉄は、可動部分が一切ないソリッドステートのデジタル方式を採用します。
今ではスマホや音楽配信で当たり前に使われていますが、50年近く前の1968年ではほとんど知られていなかった最先端の技術です。
面倒な頭出しも必要なく、ボタン一つで望む音声を再生することができます。
ただ、今のように安価なフラッシュメモリやICチップがあるわけではありません。データ量が増えるほど多くのコストがかかります。
そのコストをできるだけ低くおさえるためにも、短い言葉が必要だったのです。

“MIND THE GAP”

3語で10文字、3音節。とてもシンプルです。
日常生活ではあまり使いませんが、不思議に味のある響きの言葉です。


【動画】“Mind the gap at Embankemnt(エンバンクメント駅の「Mind the gap」のアナウンス)”, by witeku, YouTube, 2010/10/24

この味のあるアナウンス、読み上げる声もなかなか魅力的だったりします。
駅や路線によって声やセリフが微妙に違ったりしているのも面白いです。
最初にこの声を録音したのは音声技師のピーター・ロッジ氏(Peter Lodge)です。
ロッジはある俳優に依頼して、
“Mind the gap.”
「すき間にご注意下さい」
と、
“Stand clear of the doors, please.”
「ドアから離れてお立ち下さい」
の二種類のアナウンスを録音します。
そうそう、この二つ目の言葉、地下鉄に乗り込んだあとでドアが閉まる前によく流れますよね。
しかし、その俳優の代理人が高額の音声使用料(ロイヤルティー)を請求したため、ロッジは自分の声で録音をしなおしてそれを使い、今でも一部の路線で使われています。
ロンドン地下鉄ではロッジのほかにも、声優のエマ・クラーク(Emma Clarke, 1971-)や俳優のティム・ベントリック(Tim Bentinck, 1953-)などの声がアナウンスに使われています。
アナウンス装置メーカーの営業部長だったキース・ウィルソン氏(Keith Wilson)の声も使われているそうです。
また、プリーズ(please)をつけた
“Please mind the gap.”
“Mind the gap, please.”
や、もっと丁寧に説明する
“Mind the gap between the train and the platform.”
「電車とホームのすき間にご注意下さい」

などというバリエーションもあります。


【動画】“Mind The Gap Between The Train And The Platform(電車とホームのすき間にご注意下さい)”, by X2K9, YouTube, 2015/04/28

このアナウンスにまつわる一つの物語があります。
物語の舞台はロンドン都心のエンバンクメント駅(Embankment)。4つの路線が交差する大手町のような乗り換え駅です。ここのノーザン・ライン(Northern Line)の北行き(Northbound)のホームでは、設備の近代化が遅れて古いメッセージが使われていました。録音アナウンスが導入された最初期に録音されたものでした。
声の主は無名の俳優オズワルト・ローレンス(Oswald Laurence)。美声の持ち主で、映画やドラマにも出演しましたが、この地下鉄のアナウンスが彼の代表作のようなものでした。
その声も構内の改装工事にともない、2012年11月から新しいものに切り替わりました。
それを悲しんだ女性がいました。イギリスでGPと呼ばれる地域密着型の医師、マーガレット・マッコラムさん(Dr Margaret McCollum)。声の主であるオズワルトさんの奥さんです。
彼女は2007年にオズワルトさんを亡くした後も、この駅のホームに夫の声を聞きにくるのを楽しみにしていました。ベンチに座って何本も電車をやり過ごし、亡き夫の声を何度も聞いていたそうです。
しかし、装置の入れ替わりに伴い、オズワルトさんの声も聞けなくなりました。マーガレットさんは心のよりどころを失ってしまいます。
この話を知ったロンドン地下鉄は、マーガレットさんにオズワルトさんのアナウンス音声が入ったCDをプレゼントしました。これで愛する夫の声をいつでも聞いてもらうことができます。


【動画】“London: Wife's search for husband's 'mind the gap' announcement(ロンドン:妻が夫の『すき間にご注意下さい』というアナウンスを探す)”, by BhamUrbanNewsUK, YouTube, 2013/03/29

さらにロンドン地下鉄は、マーガレットさんが通ったエンバンクメント駅のノーザン・ライン北行きホームでのみ、オズワルトさんのアナウンスを復活させました。
なんとも粋なはからいですね。
この物語は共感を生み、再現ドラマが何本か作られました。
どれもちょっとした映画のような感動的な作品になっています。


【動画】“Mind the Gap(マインド・ザ・ギャップ)”, by Ana Stanojevic, YouTube, 2015/01/12

“Mind the gap.”
マインド・ザ・ギャップ。
すき間にご注意下さい。

ロンドン地下鉄に今でも流れるこのアナウンス。
マーガレットさんにとってはかけがえのないアナウンスでした。
また、人それぞれにいろんな想い出があるアナウンスだと思います。
皆さんもロンドンを訪問された際には、地下鉄のホームでこのアナウンスに耳をすませて下さい。
そして、くれぐれもすき間には気をつけて下さい。


【動画】“London Tube “Mind the Gap” Kingston DTGE9(ロンドン地下鉄「マインド・ザ・ギャップ」 キングストン DTGE9 コマーシャル映像)”, by Kingston Technology, YouTube, 2014/10/03

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】“第8回:“Simple is best.”―「シンプルが一番」(ことわざ)”, ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年04月30日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“Mind the Gap Tube announcement returns after wife's plea(「マインド・ザ・ギャップ」のアナウンスが奥さんの願いで帰ってきた)”, BBC, London, 9 March 2013
【参考】“The original Mind the Gap returns ...
London Underground and the recording engineer's widow(オリジナルの「マインド・ザ・ギャップ」が帰ってきた ... ロンドン地下鉄と録音技師の未亡人)”
, by Mark Mason, The Importance of Being Trivial
【参考】“3/14 ロンドン地下鉄の「Mind the Gap」の音声に秘められた愛の物語”, Japan Journals Ltd., Online ジャーニー, 2013年3月14日
【参考】“地下鉄ではギャップに注意 「Mind the gap, please!」”, Kind Regards。, 2015年05月17日

【動画】“Mind the gap at Embankemnt(エンバンクメント駅の「Mind the gap」のアナウンス)”, by witeku, YouTube, 2010/10/24
【動画】“Mind The Gap Between The Train And The Platform(電車とホームのすき間にご注意下さい)”, by X2K9, YouTube, 2015/04/28
【動画】“London: Wife's search for husband's 'mind the gap' announcement(ロンドン:妻が夫の『マインド・ザ・ギャップ』というアナウンスを探す)”, by BhamUrbanNewsUK, YouTube, 2013/03/29
【動画】“Mind the Gap(すき間にご注意下さい)”, by Ana Stanojevic, YouTube, 2015/01/12
【動画】“London Tube “Mind the Gap” Kingston DTGE9(ロンドン地下鉄「マインド・ザ・ギャップ」 キングストン DTGE9 コマーシャル映像)”, by Kingston Technology, YouTube, 2014/10/03

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