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2014年04月03日

第209回:“Fools learn from experience. I prefer to learn from the experience of others.”−「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」(ビスマルク)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。

0209_bismarck_pickelhaube.jpg
Photo by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

第209回の今日はこの言葉です。
“Fools learn from experience. I prefer to learn from the experience of others.”
「愚者は経験に学ぶ。私は他人の経験から学びたい。」
というのが文字どおりの意味です。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
という言葉が日本では有名です。
これは先日ご紹介したドイツの政治家オットー・フォン・ビスマルク(Otto Eduard Leopold Fürst von Bismarck-Schönhausen, 1815-1898)の言葉です。

0208-otto_con_bismarck_1890.jpg
オットー・フォン・ビスマルク(Otto Eduard Leopold Fürst von Bismarck-Schönhausen, 1815-1898)
By Pilartz, Jacques, 31 August 1890 [Public domain], via Wikimedia Commons

ドイツ語では次のようになります。
“Nur ein Idiot glaubt, aus den eigenen Erfahrungen zu lernen.
 Ich ziehe es vor, aus den Erfahrungen anderer zu lernen,
 um von vorneherein eigene Fehler zu vermeiden.”

「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。
 私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、
 他人の経験から学ぶのを好む。」
英語よりもさらに回りくどいですね。
日本語としては、僕はやはりシンプルな「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」が好きです。

0209-schloss_schoenhausen.jpg
ビスマルクが生まれたシェーンハウゼンの屋敷
By Theodor Hennicke, Theodor Albert, Alexander Duncker (1813-1897), between 1857 and 1883 [Public domain], via Wikimedia Commons

ビスマルクは1815年にプロイセン王国(Kingdom of Prussia, ドイツ語:Königreich Preußen)のブランデンブルク県(Province of Brandenburg)にあるシェーンハウゼン(Schönhausen)の由緒あるユンカー(地主貴族, Junker)の家に生まれます。ちょうどナポレオン戦争後の世界秩序を議論するウィーン会議(Congress of Vienna, 1814-1815)が閉会し、ウィーン体制(Vienna system)が確立した年です。
ウィーン体制下でドイツは35の君主国と4つの自由市からなるドイツ連邦を形成しますが、統一国家にはほど遠い分裂状態が続いていました。

0208-german_confederation_1820.png
1820年のドイツ連邦
二大国のプロイセン王国(青)とオーストリア帝国(黄)は連邦の国境線(赤)の外にも広大な領土を有している
(灰色は二大国の君主国。バイエルンなど)
52 Pickup at the English language Wikipedia, 13 April 2007 [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC-BY-SA-2.5], via Wikimedia Commons

ビスマルクは6歳で親元を離れ、プロイセンの王都ベルリンにある全寮制の学校で12歳まで学びます。ベルリンで名門ギムナジウム(中高一貫高)に3年ずつ2校に通った後、17歳の時にドイツ北部のハノーファー王国(Kingdom of Hanover)にあるゲッティンゲン大学(University of Göttingen)に入学し、19歳の時にベルリン大学に入学します。1年足らずで大学を去って司法試験に合格し、役人になったり陸軍に入ったりします。24歳の頃に故郷シェーンハウゼンに戻ってユンカーとして農業経営に専念します。
その後ビスマルクは、イギリスやフランス、スイスなどを歴訪したりしています。

0209-otto_von_bismarck_1836.jpg
若き日のビスマルク(22歳の頃)
By Unknown (welt.de), 1836 [Public domain], via Wikimedia Commons

1847年、ビスマルクは連合州議員の議員となります。35歳の頃です。
翌1848年、フランス2月革命により共和制が樹立され、その波はドイツ諸邦にも飛び火します。ベルリンでも市民軍と国王軍が衝突し、プロイセン王は事態の収集をはかるために革命勢力と手を結びます。3月革命です。自由主義ナショナリストたちはドイツ国民議会の設置を求め、帝国自由都市フランクフルト・アム・マイン(Frankfurt am Main)に設置されていたドイツ連邦議会もこれを認めます。ドイツ国民議会は憲法制定の議論を通して自由主義的にドイツを統一しようとしますが、プロイセンやオーストリアなど有力君主国の支持を得られず頓挫します。
貴族として強硬な保守派だったビスマルクはこの自由主義革命の波の中で一時は議員の職を失いますが、革命失敗後の1849年の選挙でプロイセンの衆議院議員に当選します。

0209-otto_von_bismarck_1847.jpg
プロイセン衆議院議員時代のビスマルク
Drawn by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons

革命後、ドイツ連邦では二大国であるプロイセンとオーストリアとの対立が深まります。
1851年、ビスマルクは連邦議会に派遣するプロイセン全権公使に任命されます。1859年より駐ロシア大使、1862年より駐フランス大使を歴任後、プロイセン王に即位したばかりのヴィルヘルム1世(Wilhelm I. 1797-1888)によって首相兼外相に任命されます。
その時の「鉄血演説(Blood and Iron speech, ドイツ語:Der Begriff Blut und Eisen)」やその後の活躍は昨日ご紹介したとおりです。

0208-otto_von_bismarck_1862.jpg
「鉄血演説」をした1862年当時のビスマルク(47歳)
Bundesarchiv, Bild 183-R15449 / CC-BY-SA, 1862 [CC-BY-SA-3.0-de], via Wikimedia Commons

“Fools learn from experience. I prefer to learn from the experience of others.”
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

プロイセンを富国強兵路線へ進めたビスマルク。
対デンマーク戦争や普墺戦争、普仏戦争などもプロシアは戦いました。
そしてビスマルクはその豪腕でドイツ統一を実現し、ドイツの近代化に成功します。
しかしドイツ統一後ビスマルクはできるだけ戦争回避につとめ、「ビスマルク体制」と呼ばれた絶妙な外交によりヨーロッパの平和を実現するのです。
歴史に学んだビスマルクだからこそできたことなのでしょう。
ま、経験に学ぶだけでも立派だと思うんですけどね。

0208-otto_von_bismarck_1881.jpg
Bundesarchiv, Bild 146-1990-023-06A / CC-BY-SA, 1881 [CC-BY-SA-3.0-de], via Wikimedia Commons

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


【動画】“Otto von Bismarck: QuickHistory (オットー・フォン・ビスマルク:簡単な歴史)”, by Matt Larsen, YouTube, 2013/02/28

【関連記事】第208回:“When you want to fool the world, tell the truth.”―「世間を騙したければ真実を話せ」(ビスマルク), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年04月01日
【関連記事】第103回:“You, happy Austria, marry.”―「幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」(ハプスブルク家), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年10月05日
【関連記事】第88回:“The word impossible is not French.”―「余の辞書に不可能はない」(ナポレオン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年09月08日
【関連記事】第167回:“Fly, thought, on golden wings.”―「行け、わが思いよ、黄金の翼に乗って」(ヴェルディ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年01月25日
【関連記事】第126回:“Where do we come from?”―「われわれはどこから来たのか?」(ポール・ゴーギャン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年11月14日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【動画】“Otto von Bismarck: QuickHistory (オットー・フォン・ビスマルク:簡単な歴史)”, by Matt Larsen, YouTube, 2013/02/28



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posted by ジム佐伯 at 12:00 | Comment(0) | 政治家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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