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2014年02月02日

第172回:“Five drops of Chanel No. 5.”―「シャネルの5番を5滴よ」(マリリン・モンロー)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。

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『紳士は金髪がお好き(Gentlemen Prefer Blondes)』(1953年アメリカ)の1シーン
By Self made screen capture from a public domain film trailer Licencing information : http://www.creativeclearance.com/guidelines.html#D2 (Gentlemen Prefer Blondes trailer), 1953 [Public domain], via Wikimedia Commons

第172回の今日はこの言葉です。
“Five drops of Chanel No. 5.”
「シャネルの5番を5滴ほど」
という意味です。
これはアメリカの女優マリリン・モンロー(Marilyn Monroe, 1926-1962)の言葉です。
昨日から始まったアンディ・ウォーホル展でも、マリリン・モンローのポートレイトがウェブやポスターで印象的にフィーチャーされています。昨日はアンディ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928-1987)の言葉をご紹介しましたので、今日はマリリン・モンローの言葉をご紹介しましょう。

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マリリン・モンロー(Marilyn Monroe, 1926-1962)
Photo by Unknown, mid-1950s [Public domain], via Wikimedia Commons

マリリン・モンローは1926年にカリフォルニアのロスアンゼルスに生まれました。生まれた時の本名はノーマ・ジーン・モーテンソン(Norma Jeane Mortenson)。その後ノーマ・ジーン・ベイカーに改姓します。ノーマ・ジーンは母子家庭に育ち、母親が精神疾患を患ったため母親の親友が保護者になった後、9歳で孤児院に預けられます。里親のもとで養子として暮らしますが、複数の里親をたらいまわしにされたり、性的虐待やネグレクトなどで苦しんだりと、壮絶な少女時代を送ります。
1942年、ノーマ・ジーンは16歳で結婚します。相手のジム・ドハティ(Jim Dougherty)は航空機製造のロッキード社の整備工したが、海軍に召集されて輸送船団に乗り込みます。そう、時代は第二次世界大戦の最中だったのです。
ノーマ・ジーンも航空機の部品工場で働き始めます。仕事はプロペラなど飛行機の部材に難燃剤をスプレーしたり、パラシュートをチェックしたりするものです。ある日、工場を取材で訪れた陸軍の報道部員が銃後で戦争を支える女性として工場で働く彼女の写真を撮り、その写真が陸軍の機関紙「YANK」に掲載されます。その写真を見た写真家が彼女にモデルになるように勧めたこともあり、ノーマ・ジーンは工場をやめてハリウッドのブルー・ブック(Blue Book Modeling Agency)というモデル会社と契約します。

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陸軍の機関紙に掲載された工場で働くノーマ・ジーンの写真
By U.S. army photographer David Conover's shot (Yank, the Army Weekly, via [1] and [2]) [Public domain], via Wikimedia Commons

ノーマ・ジーンはたちまち売れっ子モデルとなり、たくさんの雑誌の表紙を飾ります。
それが映画会社20世紀フォックス(20 Century Fox)の重役の目にとまり、1946年に女優「マリリン・モンロー」として契約することになります。最初は半年間の契約で、週給は125ドルです。マリリンはセリフのない端役で何本かの映画に出演しますがぱっとせず、早々にフォックスとの契約を切られ、1948年に契約したコロムビア映画(Columbia Pictures)からも1年で契約が切られてしまいます。映画への夢をあきらめきれないマリリンは、モデルの仕事をしながらタレント・エージェントを通して役を探します。

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下積み時代のマリリン・モンロー(1948-49年頃)
By Studio (eBay), circa 1948-1949 [Public domain], via Wikimedia Commons

1950年、マリリンは巨匠ジョン・ヒューストン(John Huston, 1906-1987)監督の映画『アスファルト・ジャングル(The Asphalt Jungle)』(1950年アメリカ)に出演します。モンローは主人公の愛人役を演じて、観客に強い印象を与えます。この映画を見たジョセフ・マンキーウィッツ(Joseph Mankiewicz, 1909-1993)監督は名作『イヴの総て(All About Eve)』(1950年)でマリリンをコミカルな脇役に起用。この映画はこの年のアカデミー賞の作品賞ほか5部門を受賞します。
この年の暮れ、マリリンは20世紀フォックスと7年契約を結びます。

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『アスファルト・ジャングル』に出演するマリリン
By Self made screen capture from a public domain film trailer Licencing information : http://www.creativeclearance.com/guidelines.html#D2 (The Asphalt Jungle trailer), 1950 [Public domain], via Wikimedia Commons

マリリンは1953年にスリラー映画『ナイアガラ(Niagara)』で主演します。マリリンが初めて出演するカラー映画で、不倫相手と夫の殺害を計画する悪女の役です。腰を振って歩く独特の歩き方は「モンロー・ウォーク(Monroe Walk)」と名付けられて話題を呼び、特に男性ファンの熱い注目を集めます。
同じ年に公開されたミュージカル・コメディ映画『紳士は金髪がお好き(Gentlemen Prefer Blondes)』やロマコメ(ロマンティック・コメディ)『百万長者と結婚する方法(How to Marry a Millionaire)』も続けざまに大ヒットし、マリリン・モンローは一躍トップ・スターとなります。

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『ナイアガラ』の1シーン
By Trailer distributed by 20th Century Fox. 1953, contrast adjusted by Jim Saeki on 2 February 2014 [Public domain], via Wikimedia Commons

今日の言葉はそんな絶頂期のマリリン・モンローのものです。
1954年のインタビューで聞き手はマリリンに、夜は何を身につけて寝ているのかたずねます。
するとマリリンはこう答えるのです。
“Five drops of Chanel No. 5.”
「シャネルの5番を5滴よ。」
身につけているのが香水だけ、ということです。
この言葉はたちまち有名になります。
世の男性たちの夢と妄想が広がったのは言うまでもありません。

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シャネルの5番(Chanel N°5)
By Lily (Flickr: Chanel N°5), 17 October 2012 [CC-BY-2.0], via Wikimedia Commons

「シャネルの5番(Chanel No. 5)」はフランスのファッションデザイナーだったココ・シャネル(Coco Chanel, 1883-1971)が1921年に初めて発表した香水です。この言葉によってシャネルの5番の人気は再燃し、今でも続くロングセラーとなります。インタビューから60年たった現在でも多くの人がこの言葉を知っており、多くの人がこの香水の名を知っているのです。広告費換算したら果てしなく大きな数字になるであろう絶大な宣伝効果です。

【2015年11月30日追記】

“Five drops of Chanel No. 5.”
「シャネルの5番を5滴よ。」
という言葉は英語版Wikipediaに書かれていたのですが、1954年のインタビューで語ったとしか書かれておらず、情報源が明記されていません。
この言葉は、
“A few drops of Chanel No. 5.”
「シャネルの5番を数滴よ。」
“Chanel No. 5.”
「シャネルの5番よ。」
など、いろんなバリエーションで引用されています。
タイム誌の記事が最初とも言われていますし、マリ・クレールとも言われています。
おそらく、話題になったので本人もいろんなところで何度も聞かれたのでしょう。
そんな本人の肉声も残っています。聞いてみて下さい。


【動画】“Marilyn and N°5 (30" version) - Inside CHANEL(マリリンとNo.5(30秒バージョン) - インサイド・シャネル)”, by CHANEL, YouTube, 2013/11/22


【動画】“Marilyn and N°5 - Inside CHANEL(マリリンとNo.5 - インサイド・シャネル)”, by CHANEL, YouTube, 2012/11/16

【参考】“You Can Thank Marie Claire for Revealing Marilyn Monroe's Obsession with Chanel(あなたはマリリン・モンローがシャネルに執着していることをあばいたマリ・クレールに感謝してもよい)” , By Tara Lamont-Djite, marie claire, Nov 5, 2013
【参考】“Listen to Marilyn Monroe talk about Chanel No. 5(マリリン・モンローのシャネルの5番発言を聞こう)”, By Katy Young, Telegraph.co.uk, 15 NOVEMBER 2012


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ハリウッドのチャイニーズ・シアターで手形をつけてサインをするマリリン・モンロー
右はジェーン・ラッセル(Jane Russell, 1921-2011)
By Los Angeles Times, 27 June 1953 [Public domain], via Wikimedia Commons

同じ1954年、マリリンはニューヨーク・ヤンキースのスター選手ジョー・ディマジオ(Joseph Paul "Jo" DiMaggio, 1914-1999)と結婚します。ジョー・ディマジオが読売ジャイアンツから東京へ招かれた際にはマリリン・モンローも同行し、東京の帝国ホテルに滞在します。マリリンは体調を崩して外出できませんでしたが、集まった日本のファンにバルコニーからなんとか手を振ります。その時、朝鮮戦争で韓国へ駐留していた在韓米軍の兵士たちを慰問してほしいとの依頼があり、マリリンは反対するディマジオと喧嘩別れするようにしてヘリコプターで朝鮮半島へ渡り、兵士たちを慰問します。

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朝鮮半島で米軍兵士たちを慰問するマリリン
By USMC Archives (Flickr: Marilyn Monroe, Korea, 1954), cropped by Jim Saeki on 2 February 2014 [CC-BY-2.0], via Wikimedia Commons

1955年にはビリー・ワイルダー(Billy Wilder, 1906-2002)が監督するロマコメ映画『七年目の浮気(The Seven Year Itch)』に主演します。この映画では地下鉄の通気口に立ったマリリンの白いスカートがふわりと浮き上がるシーンがあります。映画史上に残る有名なシーンとされます。しかしこれを見た夫のジョー・ディマジオは激怒。2週間後に離婚が発表されます。わずか9ヶ月間の結婚生活での破局です。

マリリン・モンロー ポスター/Seven Year Itch/APO-3122
『七年目の浮気』の問題のシーン
マリリン・モンロー ポスター/Seven Year Itch/APO-3122

マリリンは翌1956年に劇作家のアーサー・ミラー(Arthur Miller, 1915-2005)と結婚します。しかしこの時期は精神的に不安定な状態が続きます。1959年にマリリンはビリー・ワイルダー監督の映画に再び出演します。コメディ映画『お熱いのがお好き(Some Like It Hot)』です。この映画でマリリンはゴールデン・グローブ賞の主演女優賞を獲得します。しかし撮影現場は精神的に不安定なマリリンのわがままや奇行で大変だったようです。そして1961年、マリリンは3度目の離婚をします。

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『お熱いのがお好き』に出演するモンロー
By Self made screen capture from a public domain film trailer Licencing information : http://www.creativeclearance.com/guidelines.html#D2 (Some Like It Hot trailer) [Public domain], via Wikimedia Commons

この頃からアメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディ(JFK : John Fitzgerald Kennedy, 1917-1963)や弟の司法長官ロバート・ケネディ(RFK : Robert Francis Kennedy, 1925-1968)との不倫関係が噂されます。
1962年の5月、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでケネディの45歳の誕生日パーティが開催され、1万5000人が集まります。このパーティーにマリリンは体と同じ色のぴったりと薄いドレスを着て出席します。そしてマイクをとって『ハッピーバースデー』の歌を色っぽく熱唱するのです。

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ケネディ大統領の誕生日パーティーでケネディ兄弟と話すモンロー
左がロバート・ケネディ(RFK)、中央がジョン・F・ケネディ(JFK)
By Cecil W. Stoughton, official White House photographer, 19 May 1962 [Public domain], via Wikimedia Commons

“Happy Birthday, Mr. President.”
「ハッピーバースデー、大統領閣下」
のシーンはとても有名ですよね。ものまねやパロディでもよく使われるフレーズです。
このあと挨拶をしたケネディ大統領は、
“I can now retire from politics after having had Happy Birthday song to me in such a sweet, wholesome way.”
「私はもう政界から引退してもいい。こんなに甘く健やかに誕生日の歌を歌ってもらったから。」
と答えたそうです。


【動画】“Marilyn Monroe-Happy Birthday Mr. President(マリリン・モンロー - ハッピー・バースデー・ミスター・プレジデント)”, by DedicationToMonroe, YouTube, 2013/02/16

そしてこのわずか2ヶ月半後の1962年8月5日、マリリン・モンローは自宅の寝室で亡くなっているのを発見されます。結局ケネディ大統領の誕生パーティが彼女にとっての最後の大きなイベントとなったのです。
36歳の早すぎる死でした。
当時は自殺と報道されますが、後に謀殺されたのではという説も出てきます。
そしてマリリンと噂があったケネディ大統領は、翌1963年の11月にテキサス州ダラスで暗殺されます。
46歳の、こちらも早すぎる死でした。

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1962年に撮影されたマリリン・モンロー
By George Barris, 1962 [Public domain], via Wikimedia Commons

“Five drops of Chanel No. 5.”
シャネルの5番を5滴よ。

この一言でシャネルの5番の人気を永遠のものにしたマリリン。
幸せな家庭にめぐまれず、不遇な少女時代を過ごしたマリリン。
映画女優への夢をけっしてあきらめず、見事に世界のトップスターに輝いたマリリン。
しかし私生活では結婚と離婚を繰り返し、幸せな家庭を築くことができなかったマリリン。

マリリンの葬儀は元夫のジョー・ディマジオがとりしきります。ディマジオは離婚後も彼女を一途に愛し、マリリンが精神的に不安定になった時期も多くの時間を共に過ごして彼女を支えます。
ディマジオはマリリンの死後20年間、週3回かかさず彼女の墓前に「アメリカン・ビューティー」という赤いバラを捧げ続けます。
1999年、ディマジオは肺がんで亡くなります。友人に語った最期の言葉は、
“I’ll finally get to see Marilyn.”
「やっとマリリンに会える」
でした。

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マリリン・モンローとジョー・ディマジオ
By Copyright not renewed (eBay cover), January 1954 [Public domain], via Wikimedia Commons

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。


【動画】“Chanel n°5 Marilyn Monroe commercial(シャネルNo.5:マリリン・モンローCM)”, by Matt O'Flaherty Chemists, YouTube, 2016/03/19

【関連記事】第131回:“Ask what you can do for your country.”―「君たちが国のために何ができるのかを問うて欲しい」(ケネディ大統領), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年11月24日
【関連記事】第171回:“Think rich, look poor.”―「考えは豊かに、見た目は質素に」(アンディ・ウォーホル), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年02月01日
【関連記事】第8回:“Simple is best.”―「シンプルが一番」(ことわざ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年04月30日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“You Can Thank Marie Claire for Revealing Marilyn Monroe's Obsession with Chanel(あなたはマリリン・モンローがシャネルに執着していることをあばいたマリ・クレールに感謝してもよい)” , By Tara Lamont-Djite, marie claire, Nov 5, 2013
【参考】“Listen to Marilyn Monroe talk about Chanel No. 5(マリリン・モンローのシャネルの5番発言を聞こう)”, By Katy Young, Telegraph.co.uk, 15 NOVEMBER 2012
【参考】“Ageless Marketing - Marilyn Monroe & Chanel No. 5 (永遠のマーケティン
グ ― マリリン・モンローとシャネルの5番)”
, by admin, Marketing Agency talk.com, May 25, 2007
【参考】“Report: DiMaggio's Final Words (レポート:ディマジオの最後の言葉)”, ABC NEWS

【動画】“Marilyn and N°5 (30" version) - Inside CHANEL(マリリンとNo.5(30秒バージョン) - インサイド・シャネル)”, by CHANEL, YouTube, 2013/11/22
【動画】“Marilyn and N°5 - Inside CHANEL(マリリンとNo.5 - インサイド・シャネル)”, by CHANEL, YouTube, 2012/11/16
【動画】“Marilyn Monroe-Happy Birthday Mr. President(マリリン・モンロー - ハッピー・バースデー・ミスター・プレジデント)”, by DedicationToMonroe, YouTube, 2013/02/16
【動画】“Chanel n°5 Marilyn Monroe commercial(シャネルNo.5:マリリン・モンローCM)”, by Matt O'Flaherty Chemists, YouTube, 2016/03/19

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posted by ジム佐伯 at 07:00 | Comment(0) | 女優・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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