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2014年01月26日

第168回:“No one shall sleep.”―「誰も寝てはならぬ」(プッチーニ)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉、日常会話でよく使う表現などをご紹介しています。

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Image courtesy of dan, published on 17 July 2012, FreeDigitalPhotos.net

第168回の今日はこの言葉です。
“No one shall sleep.”
「誰も寝てはならぬ」
という意味です。“shall”を自分が主語である一人称として使う場合は強い意思を表しますが、他人が主語である二人称や三人称で使う場合には「〜しなければならない」「〜せよ」という強制や命令の意味となります。“No one”という否定の三人称ですので、「誰も寝てはならない」という強制や命令を表しています。

これはイタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini, 1858-1924)の言葉です。そのオペラ作品『トゥーランドット(Turandot)』で歌われるアリア、『誰も寝てはならぬ』の歌い出しを英語にしたものです。
イタリア語では“Nessun dorma”(ネッスン・ルマ)という題名で、英語圏でもこの曲は普通にイタリア語の原題で呼ばれています。
英語タイトルとしては、
“None shall sleep”
“Nobody shall sleep”
とも訳されますが、Google検索などでも
“No one shall sleep”
が圧倒的に多くヒットします。

昨日はヴェルディのオペラ『ナブッコ(Nabucco)』の名曲、イタリア第二の国家として親しまれている『行け、わが思いよ、黄金の翼に乗って(Fly, thought, on golden wings)』をご紹介しました。
ヴェルディときたらプッチーニをご紹介しないわけにはいきません。イタリアオペラでヴェルディと並ぶ最大の作曲家です。

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ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini, 1858-1924)
By Photo copyrighted by Frank C. Bangs (fl. 1900–20)[1], circa 1907 [Public domain], via Wikimedia Commons

プッチーニは1858年にイタリアのトスカーナ地方にあるルッカ(Lucca)という街に生まれます。
この頃イタリアは複数の国に分裂した状態で、ルッカはトスカーナ大公国の一部でした。この翌年の1859年にサルデーニャ王国がオーストリアへ戦いを挑み、イタリア統一への道が始まるのです。1861年に北イタリアと南イタリアをほぼ手中におさめたサルデーニャ王国はイタリア王国建国を宣言、1866年にヴェネト地方を併合、1870年にローマの教皇国家を併合し、国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世(Vittorio Emanuele II, 1820-1878)はイタリアの再統一をほぼ完成します。

プッチーニは18世紀から続く宗教音楽家の家に生まれ、教会のオルガン奏者となりますが、ある日ヴェルディのオペラ『アイーダ(Aida)』(1871年初演)を見て感動し、オペラ作家への道をこころざします。
1880年に宗教音楽家の道に区切りをつけ、プッチーニはミラノに出てイタリア音楽教育の最高峰であるミラノ音楽院に学びます。22歳の頃です。
1893年、プッチーニが35歳の時に発表したオペラ『マノン・レスコー(Manon Lescaut)』が大ヒットし、プッチーニは一躍脚光を浴びます。この時に知り合った脚本家ルイージ・イッリカとジュゼッペ・ジャコーザの協力で、プッチーニは『ラ・ボエーム(La Bohème)』(1896)と『トスカ(Tosca)』(1900)、『蝶々夫人(Madama Butterfly)』(1904)を完成させます。これらはプッチーニの三大オペラと呼ばれ、中でも『ラ・ボエーム』は最高傑作と言われます。そしてこの『トゥーランドット』はプッチーニ最後の作品となります。

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1926年のミラノ・スカラ座での初演時の『トゥーランドット』のポスター
By Mushii (Originally from here), 1926 [Public domain], via Wikimedia Commons

物語の舞台はいつとも知れない伝説時代の中国の都。皇帝の娘である絶世の美女トゥーランドット姫(Princess Turandot)のもとには求婚者が後を絶ちません。求婚者にはトゥーランドットが3つの謎を出題し、答えられない者は斬首されることになっています。今日も求婚に失敗したペルシアの王子が広場で公開処刑されます。
国が敗れて放浪していた名も知れぬ王子(The Unknown Prince)は広場に現れたトゥーランドットに一目惚れして強く愛するようになり、新たな求婚者として名乗りを上げます。

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タマラ・マンシーニ(Tamara Mancini)演じるトゥーランドット
2012年公演、ボローニャ市立劇場(Teatro Comunale di Bologna)にて
By Lorenzo Gaudenzi (Opera propria), 28 January 2012 [CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons

トゥーランドット姫は王子に3つの謎を出題します。そこで王子は3問とも見事に正解して結婚が決まります。思いがけない展開に、トゥーランドットは父である皇帝に結婚したくないとうったえます。しかし皇帝は約束は約束だと取り合いません。トゥーランドットは泣きながら、力ずくで連れていくのかと王子にたずねます。すると王子は、自分の名前を夜明けまでに当ててみせれば結婚をあきらめて、いさぎよく死のうと申し出るのです。
そこでトゥーランドットは国民にお触れを出します。王子の名を解き明かすまでは誰も寝てはならぬというお触れです。もし誰も名前を解き明かせなかったら国民を皆殺しにするという冷酷なお触れです。
それを聞いて成功を確信した王子が歌うのが“No one shall sleep”「誰も寝てはならぬ」です。

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アンナ・メイ・ウォン(Anna May Wong, 1905-1961)演じるトゥーランドット(1937年)
Carl Van Vechten, 11 August 1937 [Public domain], via Wikimedia Commons

冒頭の歌詞をご紹介しましょう。
イタリア語ではこのように歌われます。
“Nessun dorma! Nessun dorma!
 (ネッスン・ルマ! ネッスン・ルマ!)
 Tu pure, o Principessa,
 (トゥ・プーレ、オ・プリンツィッサ)
 nella tua fredda stanza
 (ネッラ・トゥア・フッダ・サンツァ)
 guardi le stelle
 (グァルディ・レ・スッレ)
 che tremano d'amore e di speranza...
 (ケ・トゥレマノ・ダーレ・エ・ディ・スペンツァ...)”

英語に訳すとこうなります。
“No one shall sleep! No one shall sleep!
 Even you, oh Princess,
 In your cold room,
 watch the stars,
 Trembling with love and hope!”

日本語ではこういう意味になります。
「誰も寝てはならぬ!
 誰も寝てはならぬ!
 姫、あなたでさえも、
 冷たい寝室で、
 星々を見るのだ
 愛と希望に打ち震える星々を…」

歌詞も旋律もイタリアらしいとても情熱的な名曲です。曲はこの後さらに盛り上がります。
プッチーニの作品では『ラ・ボエーム』の『我が名はミミ(Yes, they call me Mimì, イタリア語:Sì, mi chiamano Mimì)』と並んでアリアの最高傑作と呼ばれています。

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ルチアーノ・パヴァロッティ(Luciano Pavarotti, 1935-2007)
By Pirlouiiiit from Marseille, France (Stade_Pavarotti_2b), 19 January 2007 [CC-BY-SA-2.0], via Wikimedia Commons

『誰も寝てはならぬ』の歌い手としては何といってもルチアーノ・パヴァロッティ(Luciano Pavarotti, 1935-2007)が有名です。サッカーの1990年FIFAワールドカップ・イタリア大会でもイギリスのBBCが彼の歌うこの曲をテーマソングとして使いました。この時イギリスのシングルチャートの2位になります。クラシックとしては異例のことです。スペインのプラシド・ドミンゴ(Plácido Domingo, 1941-)やホセ・カレーラス(José Carreras, 1946-)と共に「三大テノール」としても世界的に大人気になりました。パヴァロッティが『誰も寝てはならぬ』を有名にし、『誰も寝てはならぬ』がパヴァロッティを有名にしたのです。
パヴァロッティは2006年のトリノオリンピックの開会式でも寒空の下で『誰も寝てはならぬ』を熱唱します。そしてそれが彼の最後のステージとなります。


【動画】“Pavarotti Last Performance "Nessun Dorma" @ Torino 2006 (パヴァロッティ最後の歌声 - 『誰も寝てはならぬ』トリノ2006冬季オリンピック)”, by Tubo Olimpico, YouTube, 2007/09/06

トリノオリンピックと言えば、もうひとつの『誰も寝てはならぬ』も忘れられません。フィギュアスケート女子シングルの決勝です。ショートプログラムで3位につけた荒川静香(Shizuka Arakawa, 1981-)はフリーの演技でこの『誰も寝てはならぬ』のメロディーに乗せて完璧な演技を見せます。曲が大きく盛り上がったところで上体を大きくそらせる決め技「イナ・バウアー(Ina Bauer)」も披露し、ほぼノーミスで演技を終えた荒川静香に、会場の聴衆はスタンディング・オベーションで大きな拍手を送ります。彼女は自己最高得点を191.34を叩き出し、見事に金メダルを獲得します。アジア選手としてオリンピックのフィギュア史上初の金メダルです。トリノオリンピックの日本人選手が獲得した唯一の金メダルでもあります。

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荒川静香(Shizuka Arakawa, 1981-)
By Top on ice (Own work), 24 April 2009 [GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons

僕はちょうどアメリカでNBCのテレビ中継を見ていたのですが、テレビのアナウンサーは
“Gorgeous Ina Bauer!”      「ゴージャス(華麗)なイナ・バウアーです!」
“Great conbination!”      「素晴らしいコンビネーションジャンプです!」
“Her nickname is Cool Beauty!” 「ついたあだ名はクール・ビューティーです!」
“Magnificent quality!”     「マグニフィセント(壮麗)な演技です!」
と絶賛していました。まわりのアメリカ人たちも彼女のことをベタぼめでした。


【動画】“Shizuka Arakawa Olympic FS (NBC) (荒川静香 オリンピック フリースタイル(NBC))”, by captainboooosuka, YouTube, 17 January 2013

オペラではこのあと王子の名前を知っている召使の娘リュー(Liù)が捕えられ、王子の名前を白状するように拷問を受けます。しかし王子を愛するリューは口を閉ざし、兵士の剣を奪い取って自らの命を絶ちます。
喉頭癌に苦しみながら『トゥーランドット』の制作を続けていたプッチーニはベルギーのブリュッセルで手術を受けますが、手術の5日後に亡くなります。65歳でした。
リューが死を選ぶシーンで『トゥーランドット』は未完となります。遺された23ページのメモをもとにフランコ・アルファーノ(Franco Alfano, 1875-1954)が作曲し、オペラの指揮者に決まっていたアルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini, 1867-1957)が手を加えます。こうしてプッチーニの死の2年後にようやく『トゥーランドット』は完成します。

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フランコ・アルファーノ(Franco Alfano, 1875-1954)
By Voceditenore at en.wikipedia (Transferred from en.wikipedia), circa 1919 [Public domain], from Wikimedia Commons

1926年、ミラノのスカラ座で『トゥーランドット』が初演されます。時の首相ベニート・ムッソリーニ(Benito Mussolini, 1883-1945)も臨席する予定でしたが、ファシスト党の党歌の演奏をトスカニーニが拒否したためムッソリーニの臨席は中止になります。
初日の公演では第3幕のリューの死のシーンの後でトスカニーニは演奏をやめ、
“Qui finisce l'opera, perché a questo punto il maestro è morto.”
(クィ・フィニッシェ・ーペラ、ペルケ・ア・クエスト・プント・イル・マストロ・エ・ールト)
と言って幕を下ろします。英語と日本語にすると
“Here the opera ends, because at this point the maestro died.”
「オペラは終わりです。ここでマエストロは亡くなったからです。」
となります。
アルファーノが補作した部分も含めて物語の最後まで上演したのは2日目以降からでした。

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アルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini, 1867-1957)
By Aime Dupont Studio, which was a well-known New York photographic studio, see here. Accordingly the United States is this photograph's place of origin. 1908 [Public domain], via Wikimedia Commons

“No one shall sleep.”
誰も寝てはならぬ。

歌に生き、愛に生きたプッチーニ。
生涯にわたって愛を書き続けたロマンチストのプッチーニが人生最後に書いた作品『トゥーランドット』も愛に満ちた作品でした。
はたして姫と王子の結婚の行方はどうなるのでしょうか。
それはオペラをご覧になって下さい。

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Image courtesy of photostock, published on 23 May 2011, FreeDigitalPhotos.net

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第167回:“Fly, thought, on golden wings.”―「行け、わが思いよ、黄金の翼に乗って」(ヴェルディ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2014年01月25日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“誰も寝てはならぬ・・・Nessun Dorma”, 基礎科学研究所
【参考】“「誰も寝てはならぬ」で荒川静香選手 トリノ五輪 女子フィギュアで金メダル”, by 望 岳人, 日々雑録 または 魔法の竪琴, 2006年2月24日 (金)
【参考】“「誰も寝てはならぬ」で金メダル,荒川静香さんが使った曲の秘密”, by 原宿駅前, 江戸東京ぶらり旅, Feb 26, 2006

【動画】“Amazing Highlights - Turin 2006 Winter Olympics | Opening Ceremony(名場面ハイライト - トリノ2006冬季オリンピック 開会式)”, by Olympics, YouTube, 2010/01/19
【動画】“Shizuka Arakawa Olympic FS (NBC) (荒川静香 オリンピック フリースタイル(NBC))”, by captainboooosuka, YouTube, 17 January 2013

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posted by ジム佐伯 at 09:00 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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