スポンサーリンク / Sponsored Link


2013年12月01日

第135回:“East is East and West is West.”―「東は東、西は西」(ラドヤード・キプリング)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉をご紹介しています。

0135-mount_fuji_in_autumn.jpg
Image courtesy of John Kasawa, published on 18 May 2011 / FreeDigitalPhotos.net

第135回の今日はこの言葉です。
“East is east, west is west.”
「東は東、西は西」
というのが文字通りの意味です。
いったいどういうことを言っているのでしょうか。
これは、イギリスの小説家で詩人でもあるラドヤード・キプリング(Joseph Rudyard Kipling, 1865-1936)の言葉です。19世紀末から20世紀初頭にかけて、大英帝国の絶頂期だったヴィクトリア朝時代に最も人気のあった作家の一人です。イギリス統治下のインドを舞台にした作品や児童文学などで知られています。

0135-rudyard_kipling.jpg
ラドヤード・キプリング(Joseph Rudyard Kipling, 1865-1936)
By Current History of the War v.I (December 1914 - March 1915). New York: New York Times Company. [1] [Public domain], via Wikimedia Commons

ラドヤード・キプリングは英領インド(Indian Empire)西海岸の中心都市ボンベイ(Bombay)に生まれます。今のムンバイ(Mumbai)です。父はデザイナーで、芸術学校の教授をしていました。
キプリングは当時のしきたりにより、5歳の時に3歳の妹と親元と離れてイギリス本国で暮らします。カレッジを出たキプリングはボンベイに戻り、父の紹介で当時は英領インドの一部だったパキスタンの大都市ラホールの新聞社で働きます。キプリングは記事を書くかたわらで詩や小説を新聞に執筆するようになり、ものすごいペースで作品を発表します。
1889年、キプリングはインドを離れ、ラングーン、シンガポール、香港、日本を経てアメリカに渡り、アメリカ国内を旅行した上でイギリスへ到着します。23歳の頃です。

0135-young_rudyard_kipling.jpg
若き日のラドヤード・キプリング(1892年頃)
By Bourne & Shepherd, circa 1892, cropped by Jim Saeki on 30 November 2013 [Public domain], via Wikimedia Commons

翌年キプリングはロンドンの文壇にデビューし、若手のホープとして有名になります。
2年後に結婚し、新婚旅行でアメリカと日本を訪れます。その後アメリカの農場に小屋を借りてしばらく居住することになります。傑作『ジャングル・ブック(The Jungle Book)』(1894年)はこの小屋で執筆されます。熱帯のジャングルに住む動物たちが登場する短編集で、キプリングのインド生活をもとに書かれたものです。
『ジャングル・ブック』はジャングル冒険物語の先駆けでもあり、アメリカの小説家エドガー・ライス・バローズ(1875-1950)の『類猿人ターザン(Tarzan of the Apes)』(1914)などにも影響を与えました。後に何度も映画化されました。ディズニーも長編アニメと実写映画として二度映画化しました。


ジャングル・ブック プラチナ・エディション (期間限定) [DVD]

今日の言葉は、キプリングの有名な詩『東と西のバラード(The Ballad of East and West)』に出てきます。1898年に書かれたものですから、キプリングがインドを出て世界を旅した時期にあたります。

“Oh, East is East and West is West, and never the twain shall meet.”
「おお、東は東、西は西、そして両者はけっして会うことがないだろう。」

これだけ読むと、東洋と西洋の道は決して交わらないのだ。理解し合うことはないのだとも解釈できます。キプリングはトルコを旅行中にイスタンブールのボスポラス海峡のほとりに立ってこの詩を歌ったと言われています。この詩が西洋人が東洋を見る深層心理に今でも大きな影響を及ぼしているのではないかという説もあります。日本でも有名な詩で、東西両文明の異質さを歌ったものという共通の認識があるとされます。
実際、この詩は東洋蔑視や東西断絶の象徴として数多く引用されました。

0135-sunset_over_the_bosphorus.jpg
ボスポラス海峡に沈む夕陽と、ハギア・ソフィアとブルーモスクのシルエット
By Seha Islam (Own work (http://www.sehaislam.com)) [CC-BY-SA-2.5], via Wikimedia Commons

しかし、この言葉には続きがあります。

“Oh, East is East and West is West, and never the twain shall meet,
 Till Earth and Sky stand presently at God's great Judgment Seat;
 But there is neither East nor West, Border, nor Breed, nor Birth,
 When two strong men stand face to face, tho' they come from the ends of the earth!”

「おお、東は東、西は西、両者はけっしてまみえることがないだろう。
 神の偉大な審判の席に天地が並んで立つまでは。
 しかし東もなければ西もない。国境も、種族も、素性もない。
 二人の強い男が面と向かって立つときは。たとえ両者が地球の両端から来たとしても。」

前半の二行は読んだ通りです。でも後半の二行が難しい。
意味がわかりやすくなるように並べ換えてみます。

「しかし二人の強い男が面と向かって立つときは、東もなければ西もない。
 国境も、種族も、素性もない。たとえ両者が地球の両端から来たのだとしても。」

そう。これは東西の理解が可能であることを書いてあるのです。
『東と西のバラード』では、この四行の詩の後に長い物語が続きます。カマルというインド人と守備隊長の大佐の息子の確執と和解をテーマにしたものです。
そして物語の最後に、冒頭と同じ四行詩がリフレインされて終わるのです。

0135-handshaking_businessmen.jpg
Image Copyright by Paylessimages, Used under license from Links Co., Ltd.


【2016年1月7日追記】
キプリングのこの詩は、日露戦争の直前にイギリスと日本で結ばれた日英同盟(Anglo-Japanese Alliance)を描いた風刺漫画にも引用されています。イギリスの風刺漫画雑誌「パンチ(Punch)」に掲載された漫画には絵柄や詩の引用を見る限り風刺や皮肉の意図はなく、同盟に好意的に描かれています。

 Punch Anglo-Japanese Alliance.jpg
イギリスの風刺漫画雑誌「パンチ(Punch)」に描かれた日英同盟
(1905年10月、日露戦争は既に終わっていた)
By A scan of a cartoon from The New Punch Library volume 1, page 44, published in London in 1932. First published on 4 October 1905., PD-US, Link
 “Oh, East is East, and West is West...
 But there is there is neither East nor West, Border, nor Breed, nor Birth,
 When two strong men stand face to face, tho' they come from the ends of the earth!”
  ― Rudyard Kipling.


 おお、東は東、西は西...
 しかし東もなければ西もない。国境も、種族も、素性もない。
 二人の強い男が面と向かって立つときは。たとえ両者が地球の両端から来たとしても。
  ― ラドヤード・キプリング



【2016年1月7日追記】
これ、僕のつたない訳よりもずっといい訳が見つかりましたので引用します。
ああ、東は東、西は西、両者が出会うことはない、
地と天がやがて神の大いなる裁きの庭に立つ日までは。
だが、東も西もなく、国境も、民族も、生まれもない、
二人の強き男たちが相対するときは、
たとえそれぞれ地の果てからこようとも!
 ―ラドヤード・キプリング『西と東の歌』

(『太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで(上)』 イアン・トール・著 村上和久・訳 文芸春秋・刊)

太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで 上 (文春文庫)


“East is east, west is west.”
東は東、西は西。

そうですね。キプリングの詩のように、確かに東と西は違います。
しかし、キプリングの詩の続きのように、東西の理解は可能なのです。
今でも違いを感じることは多々あります。しかし希望を捨てずに相互理解につとめましょう。
1907年、キプリングはノーベル文学賞を受賞しました。史上最年少の41歳でした。

0135-handshaking_business_people.jpg
Image Copyright by taka, Used under license from Links Co., Ltd.

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第260回:“Weather today fine but high waves.”―「本日天気晴朗なれども浪高し」(秋山真之), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年11月29日
【関連記事】第246回:“For the greatest benefit to mankind.”―「人類への最大の利益のために」(アルフレッド・ノーベル), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年10月12日
【関連記事】第270回:“Light shines in the darkness.”―「暗闇でこそ光は輝く」(エリザべス2世), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2015年12月27日
【関連記事】第126回:“Where do we come from?”―「われわれはどこから来たのか?」(ポール・ゴーギャン), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年11月14日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“東と西の物語(その一) キプリング”, by fminorop34, ヘ短調作品34, 2009/3/13
【参考】“東は東、西は西?”, by itunalily, ユーリの部屋, 2011年10月09日

このエントリーをはてなブックマークに追加
posted by ジム佐伯 at 07:00 | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
スポンサーリンク / Sponsored Link

ブログパーツ