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2013年11月07日

第122回:“It is by standing on the shoulders of Giants.”―「巨人の肩に乗っていたから」(ニュートン)

こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉をご紹介しています。

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Image courtesy of Carlos Porto, published on 25 March 2010 / FreeDigitalPhotos.net

第122回の今日はこの言葉です。
“It is by standing on the shoulders of Giants.”
「それは巨人たちの肩の上に立っていたからです。」
という意味です。
この言葉には前置きがあります。全文を引用すると、
“If I have seen further it is by standing on the shoulders of Giants.”
「私がより遠くを見ることができたのだとしたら、それは巨人たちの肩に乗っていたからです。」
となります。
イギリスの自然哲学者アイザック・ニュートン卿(Sir Isaac Newton, 1642-1727)の有名な言葉です。
ここ数回の記事で天動説から地動説へのパラダイムシフトをご紹介してきましたが、ついに真打ちの登場です。

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アイザック・ニュートン(Sir Isaac Newton, 1642-1727)
Painted by Sir Godfrey Kneller, 1689 [Public domain], via Wikimedia Commons

アイザック・ニュートンは1642年にイングランドの東海岸にあるウールスソープ・バイ・カールスターワース(Woolsthorpe-by-Colsterworth)という小さな村に生まれます。奇しくもあのガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei, 1564-1642)が没した年です。まるでガリレオの生まれ変わりのようですね。
農園主だった父親はアイザックが生まれた時には既に亡くなっており、母親は牧師と再婚してアイザックのもとを離れ、アイザックは祖母の手で育てられます。親類がニュートンの才能に気づき、アイザックは近隣の小都市であるグランサム(Grantham)の中等学校に進学します。再婚相手にも先立たれた母親はアイザックに農園を継いでほしいと思っていましたが、進学させることを受け入れます。ニュートンは18歳の頃にケンブリッジ大学(University of Cambridge)のトリニティカレッジ(Trinity College)へ進学します。

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トリニティカレッジ
Photograph (c) Andrew Dunn, 8 September 2004 [CC BY-SA 2.0], via Wikipedia Commons

当時の大学教育は古代ギリシアのアリストテレスらの学説に基づくスコラ哲学を教えていましたが、ニュートンは比較的新しい学問である自然哲学と呼ばれた物理学に夢中になり、デカルトやガリレオ、コペルニクス、ケプラーなどの著作を好んで学びます。
トリニティカレッジの多くの学生は自費で学費を払う「フェロー・コモナー(Fellow commoners)」でした。しかし貧しいニュートンは「サイザー(Sizar)」いう、講師の助手をするかわりに授業料や食費を免除される立場だったため、肩身の狭い思いをしたといいます。
しかし数学者のアイザック・バロー教授(Isaac Barrow, 1630-1677)はニュートンの才能を高く評価します。ニュートンは入学3年目にして奨学金が与えられる「スカラー(Scholar)」にしてもらい、さらに翌年に学位を授与されます。よき師、よき理解者に巡り合えたものです。

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ニュートンの恩師アイザック・バロー(Isaac Barrow, 1630-1677)
By William Holl the Younger (1807-1871) after Isaac Whood (1689-1752) [Public domain], via Wikimedia Commons

ちょうどこの頃、ロンドンではペストが何度目かの大流行をしていました。かつて14世紀にヨーロッパの人口の1/3以上が死亡したという恐ろしい伝染病です。そのためケンブリッジ大学も休校となり、ニュートンは故郷のウールスソープに戻ってじっくりと思索する時間を得ることになります。
このわずか1年半の間に、ニュートンは万有引力の法則を発見し、後の微分積分学につながる二項定理を発見し、プリズムによる分光の実験を行って光学の基礎を固めました。
ニュートンの三大業績と呼ばれる研究の発見や証明はほぼこの期間、ニュートンが25歳の頃に行われています。「驚異の年(wonderful years, ラテン語でanni mirabiles)」と呼ばれています。

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プリズムによる分光の実験
By Dispersive_Prism_Illustration_by_Spigget.jpg: Spigget derivative work: Cepheiden, 2010-11-19 [CC-BY-SA-3.0 or GFDL], via Wikimedia Commons

特に凄いのは万有引力の法則の発見です。
前回ご紹介したヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler, 1571-1630)の功績により、惑星は太陽を中心とする楕円軌道を描くことが明らかになっています。しかしケプラーは、惑星が太陽からの距離の2乗に反比例するという、磁力に似た性質を持つ力によって太陽に引かれているところまで解明しましたが、その力の正体まではわかりませんでした。

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ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler, 1571-1630)
Painted by Unknown, 1610 [Public domain], via Wikimedia Commons

ニュートンは、夜空の月を眺めます。月もまた、地球のまわりを楕円軌道を描いて回っています。
そこでニュートンはひらめくのです。
地球の重力が月の軌道にまで及んでいるのだと。
重力は一定ではなく、地球の中心からの距離の2乗に反比例する力であるのだと。
そして実際に計算してみると、月を軌道に保つのに必要な力と地球の表面における重力はこの仮説にかなりよくあてはまりました。
ニュートンはこの力を「万有引力(universal gravitation)」と名づけます。「作用・反作用の法則」により地球もまた月に引かれているからです。

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By Frode Steen (Own work), 26 October 2007 [GFDL or CC-BY-3.0], via Wikimedia Commons

ニュートンが座って考え事をしている時、地面に落ちるリンゴの実を見てこのアイディアをひらめいたという話は有名です。「なぜリンゴは横や上へ行かず、常に地球の中心に向かって落ちるのか」とニュートンは自問自答したといいます。
しかしこれは後年の創作であるとも言われています。

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Image courtesy of Tom Curtis, published on 13 March 2009 / FreeDigitalPhotos.net

余談ですが、「ニュートンのリンゴの木」が世界各地で栽培されているのは以前もご紹介したことがありますね。その木そのものは既に枯れてしまったそうなのですが、接木をして増やした2世代以降の木は世界各地で今でも栽培されているそうなのです。僕は東京都文京区小石川にある東京大学の附属植物園で「ニュートンのリンゴの木」を見たことがあります。

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小石川の東京大学附属植物園にある「ニュートンのリンゴの木」
By ZCU (Own work), 13 August 1999 [GFDL or CC-BY-SA-3.0-2.5-2.0-1.0], via Wikimedia Commons

話を元にもどします。
ペストの流行によって1665年から1666年まで閉鎖されていた大学が、翌1667年にようやく再開されます。ちょうど大学のフェローの職に欠員ができたため、卒業していたニュートンはフェローの職に就き、研究費を支給されるようになります。さらに2年後、ニュートンの師であるバロー教授はニュートンに教授職を譲り、自らは引退して聖職者になります。ニュートンはわずか26歳にして教授になるのです。
ニュートンは自らが開拓した光学の講義を担当します。しかし難しすぎたためか教え方が上手でなかったためか、講義に学生が一人も来ないこともあったそうです。今考えると天下のニュートンの講義に欠席するとは、何とももったいない話です。

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エドモント・ハレー(Edmond Halley, 1656-1742)
Thomas Murray, circa 1687 [Public domain], via Wikimedia Commons

1684年、イギリスの若き天文学者エドモント・ハレー(Edmond Halley, 1656-1742)がニュートンのもとに訪れます。ハレーは1682年に出現した大彗星が、1607年にケプラーが観測したものと同一であると推測しました。有名なハレー彗星です。訪問時ハレーは28歳、ニュートンは41歳でした。

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1986年に回帰したハレー彗星
By NASA/W. Liller, 8 March 1986 [Public domain], via Wikimedia Commons

ハレーは惑星の軌道についてニュートンと議論を交わし、ニュートンが天体の運動を物理学で完全に解明していることを理解します。ニュートンは数ヶ月後にハレーへ論文を送ります。ハレーはニュートンに、この論文も含めて力学研究の成果を出版するように薦めます。
ニュートンは2年以上かけて著作をまとめ、ハレーの資金援助も得て出版します。『自然哲学の数学的諸原理(Mathematical Principles of Natural Philosophy)』(1687年)です。ラテン語原題のなかの「原理(Principles)」を表す言葉“Principia”からとられた『プリンキピア』という略称でも有名です。
この書の中でニュートンは万有引力の法則と運動方程式について解説します。惑星運動の完全な解明と古典力学(ニュートン力学)の完成です。ニュートンが44歳の頃です。


The Principia (Great Minds), Sir Isaac Newton (著)

この時期、ニュートンはイギリスの科学者ロバート・フック(Robert Hooke, 1635-1703)と論争を起こします。どちらが先に万有引力のアイディアを考え出したかという争いです。
実はニュートンがフックと論争したのはこれが初めてではありません。15年以上前の1672年も光の分散と干渉の理論とどちらが先に発見したかで論争になりました。
フックとの論争の往復書簡は、多くが公開されています。
1675年にニュートンがフックに宛てた手紙の中にあるのが、今日の言葉です。
“If I have seen further it is by standing on the shoulders of Giants.”
「私がより遠くを見ることができたのだとしたら、それは巨人たちの肩に乗っていたからです。」
一見なかなか謙虚な言葉に感じます。しかしフックとの論争の中で、どのように使われたのでしょうか。小男のフックを揶揄したものだという説もあるようです。

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ロバート・フック(Robert Hooke, 1635-1703)
By Rita Greer, 2004 [FAL], via Wikimedia Commons

しかし僕は文字通りの意味にとりたいです。
巨人とはコペルニクスであり、ガリレオであり、ケプラーでした。
もしニュートンがもっと早く生まれていたら、彼らの発見や発想の蓄積による恩恵を受けることはできなかったことでしょう。
もし逆にもっと遅く生まれていたら、それこそフックらの研究が先に完成し、科学史に名を残すことはできなかったことでしょう。
ニュートンが素晴らしい才能の持ち主で努力の人でもあることには異論の余地はありませんが、実にラッキーな時期に生まれたことも確かなのです。
ニュートンが巨人の肩に乗って大きな功績を残せたのはとてもラッキーなことでもあるのです。

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Jim Champion [CC-BY-SA-2.0], via Wikimedia Commons

“It is by standing on the shoulders of Giants.”
巨人の肩に乗っていたから。

かつては何年も勉強しないと、巨人の肩に乗ることはできませんでした。
今では誰でも簡単に巨人の肩に乗ることができます。
小学校や中学校でニュートンの肩に乗ることができますし、ニュートン以降の様々な分野の巨人にも乗ることができます。
しかもネットで検索すれば簡単に望みの巨人を探すこともできます。
僕たちはこの幸運に感謝しつつ、さらに遠くを見る努力を続けなければいけませんね。

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By LecomteB (Own work), September 2009, cropped by Jim Saeki on 7 November 2013 [GFDL or CC-BY-SA-3.0-2.5-2.0-1.0], via Wikimedia Commons

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第119回:“In the midst of all dwells the Sun.”―「すべての中心に太陽が住まう」(コペルニクス), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年11月02日
【関連記事】第120回:“And yet it moves.”―「それでも地球は動いている」(ガリレオ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年11月03日
【関連記事】第121回:“Planets move in ellipses.”―「惑星は楕円を描く」(ケプラー), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年11月05日
【関連記事】第73回:“An apple a day keeps a doctor away.”―「一日に一個のリンゴで医者いらず」(ことわざ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年08月13日
【関連記事】第51回:“No rain, no rainbow.”―「雨がなければ虹はない」(ハワイのことわざ), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年07月06日

【参考】Wikipedia(日本語版,英語版)
【参考】“英語の名言・格言【アイザック・ニュートン】”, by 癒しのガイド, 癒しツアー ― 自然・音楽・名言で心も元気!, 2013年4月25日
【参考】“巨人の肩に乗ったニュートン”, 橘 英三郎, 株式会社JSOL, コラム-column 橘サイバー研究室, 2010-01-21

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posted by ジム佐伯 at 12:00 | 科学者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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