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2013年09月26日

第98回:“?”―「(本の売れ行きは?)」(ビクトル・ユーゴー)

(本文3779文字、読み終わるまでの目安:9分27秒)


こんにちは! ジム佐伯です。
英語の名言・格言やちょっといい言葉をご紹介しています。

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Image Copyright by naka, Used under license from PIXTA Inc.

第98回の今日はこの言葉です。
“?”
何でしょう、これ。
疑問符であるクエスチョン・マーク(question mark)がただ一つだけです。
格言でも、ちょっといい言葉でもありません。
実はこれ、世界で一番短い手紙と言われています。
ギネスブック(The Guinness Book of Records, 現在はGuinness World Records)の公式記録にはないようですが、かつては公式記録として掲載されたこともあったそうです。


ギネス世界記録2014 (単行本), クレイグ・グレンディ (編集)

これは、フランスの小説家で政治家でもあったヴィクトル・ユーゴー(Victor-Marie Hugo, 1802-1885)の言葉です。
彼は1862年に大河小説『レ・ミゼラブル(Les Misérables)』を発表します。
1本のパンを盗んだせいで19年間もの監獄生活を送ったジャン・ヴァルジャン(Jean Valjean)の生涯を描いた大作で、日本では邦題の『あゝ無情』としても知られています。
ユーゴー自身の最高傑作であり、フランス文学屈指の名作の一つであるとも言われてます。

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ヴィクトル・ユーゴー(Victor-Marie Hugo, 1802-1885)
By Etienne Carjat (1828-1906), 1876; published in 1885 (http://www.argentic-photo.com/product-3692.html) [Public domain], via Wikimedia Commons

ユーゴーはルイ・ナポレオン(後のナポレオン3世, Napoléon III, 1808-1873)の独裁政治を批判したことで弾圧にあい、ベルギーに亡命した後に英仏海峡に浮かぶイギリス領チャネル諸島へと移住します。そしてフランス第二帝政の皇帝についたナポレオン3世を痛烈に批判する文章を次々に発表するのです。
そんな中、『レ・ミゼラブル』も祖国フランスだけでなく、ベルギーのブリュッセルでも発売されます。


レ・ミゼラブル (上) (角川文庫), ヴィクトル・ユゴー (著), 永山 篤一 (翻訳)

ユーゴーは休暇旅行中でしたが、売れ行きが心配で心配でたまりません。
もし売れ行きが悪ければ、ユーゴーはペンを置く覚悟でした。
そこで出版社へ問い合わせます。
“?”
というただ一文字で、「レ・ミゼラブルの売れ行きはどうか?」と問い合せたのです。

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Image courtesy of David Castillo Dominici, published on 06 January 2013 / FreeDigitalPhotos.net

実際、発売当日は長蛇の列ができ、作品は飛ぶように売れたそうです。
出版社は直ちに返事を出しました。
“!”
感嘆符であるエクスクラメーション・マーク(exclamation mark)がただ一つだけです。
「大いに売れてますよ!」という意味の返事です。
これは世界で最も短い問合せのやりとりと言われています。

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Image Copyright by Friedberg, Used under license from Links Co., Ltd.

Wikipediaの英語版では、「電報で」問い合せたと書かれています。一方でWikipediaの日本語版では、「手紙を」書いたと書かれています。
Wikipediaではありませんが、
「大きな白い紙の真ん中に、ただ一つ、“?”と書いた手紙を送った」
などと、まるで見て来たかのように書かれている文章もあります。
歴史的にも貴重なこの手紙がもしあったら、出版社は大事にとっておく筈なのですが、今は残っていないようです。

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Image courtesy of pakorn, published on 23 June 2012 / FreeDigitalPhotos.net

僕は「電報」説をとります。
証拠となる手紙が残っていないこともありますが、当時の電報は高価だったこともあり、できるだけ短い文が使われていたからです。
ただ電報こそ証拠が残っていてもよさそうですが、そのあたりの事情はよくわかりません。

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Image Copyright by emmeci74, Used under license from Links Co., Ltd.

また、この「世界一短い電報」は、ユーゴーではなくアイルランドの作家オスカー・ワイルド(Oscar Wilde, 1854-1900)が打ったという説もあります。(どちらもWikipediaに記載)
ユーゴーの『レ・ミゼラブル』は1862年発表ですから、年代からいってもユーゴーが先の筈です。
ただ、オスカー・ワイルドの電報の説明には「世界一短い英語の電報(The shortest telegram in the English language)」と書いています。
ユーゴーはフランス語で、オスカー・ワイルドは英語ということなのでしょうか。
どちらも同じ“?”なのに、おかしな話ですね。

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オスカー・ワイルド(Oscar Wilde, 1854-1900)
Photo by Napoleon Sarony, circa 1882, cropped by Jim Saeki on 26 September 2013 [Public domain], via Wikimedia Commons

それにしても、ユーゴーがナポレオン3世の弾圧で亡命していたとは、僕は今回調べて初めて知りました。
この時代の前後のフランスは、長い間の絶対王政がフランス革命で倒れた後、体制がめまぐるしく変化します。細かくすると書ききれませんが、主なものだけを年表風に並べてみます。

1789年:フランス革命はじまる、ルイ16世は処刑され絶対王政が終焉する
1792年:フランス初の共和政治による第一共和制はじまる
1804年:ナポレオン・ボナパルトが皇帝につき、第一帝政はじまる
1814年:皇帝ナポレオン1世が失脚、ルイ18世によるブルボン第一復古王政はじまる
1815年:ナポレオン帝位に復活、短期間のため「百日天下」とよばれる
1815年:ルイ18世が復位、ブルボン第二復古王政はじまる
1830年:フランス七月革命でルイ・フィリップが王位につき、七月王政はじまる
1848年:フランス二月革命で王政が完全に打倒され、第二共和制はじまる
1852年:ルイ=ナポレオン(ナポレオン3世)が帝位につき、第二帝政はじまる
1870年:普仏戦争でナポレオン3世が捕虜になり、パリ・コミューンを経て第三共和政はじまる
(第三共和政は、第二次世界大戦でのナチス・ドイツ侵攻によるパリ占領まで続く)

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若き日のユーゴー
Painted by Unknown, cropped by Jim Saeki on 26 September 2013 [Public domain], via Wikimedia Commons

ヴィクトル・ユーゴーはこのような激動の時代を生きました。
子供の頃にはナポレオン・ボナパルトの台頭と没落を目の当たりにします。
作家としての業績が評価され、ルイ18世から下賜金や年金を受けます。
七月王政の時にルイ・フィリップ王から子爵を授けられ、貴族になります。
二月革命の後の第二共和政では、立憲議会に立候補して当選します。
同年の大統領選挙では、共和主義者だったルイ=ナポレオンを支持します。
しかしルイ=ナポレオンは次第に独裁化し、批判したユーゴーは弾圧を受けて亡命します。
『レ・ミゼラブル』はそんな時に発表されたのです。

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1853年、50歳ぐらいのユーゴー(『レ・ミゼラブル』の発表は1862年)
By Hugo, Charles (attributed) (1826-1871) or Vacquerie, Auguste (attributed) (1819-1895) (George Eastman House), 1853 [Public domain], via Wikimedia Commons

『レ・ミゼラブル』の作中で、ヒロインの一人コゼット(Cosette)と愛し合う青年マリウス・ポンメルシー(Marius Pontmercy)が七月王政打倒の暴動に参加します。
これは実在の事件で、「六月暴動(June Rebellion)」あるいは「1832年のパリ蜂起(Paris Uprising of 1832)」と呼ばれています。
この時、ユーゴーはテュイルリー宮殿(Palais des Tuileries)で戯曲を執筆していましたが、宮殿を出て銃声の方向に向かいます。通りのほとんどはバリケードで封鎖されており、ユーゴーは路地裏を通って進みます。両側から銃弾が飛び交う中を建物の壁の柱の間で難を逃れたりします。
このような体験にもとづき、暴動のシーンは真に迫るリアリティをもって描かれています。
しかもユーゴーは活動的な共和主義者でしたので、蜂起側に同情的に描かれています。

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六月暴動(June Rebellion)
By E. Frère (wood engraving, designed by Beval), 1870 [Public domain], via Wikimedia Commons

フランスの画家ドラクロワ(Eugéne Delacroix, 1798-1863)がフランス七月革命を描いた絵画『民衆を導く自由の女神(La Liberté guidant le peuple)』(1830)は、今でもパリのルーブル美術館に展示されています。この絵の中で、女神の右前にいる少年が銃を掲げています。
ユーゴーはこの少年をモデルに、暴動に参加した浮浪児ガヴローシュ(Gavroche)を創作したと言われます。

この暴動は結果的に失敗し、多くの参加者が命を落とします。
しかしその時の教訓をもとに二月革命が軍事的にも成功したのだという説もあります。
そしてその二月革命により、今度こそ王政は完全に打倒されます。

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ドラクロワが描いた『民衆を導く自由の女神(La Liberté guidant le peuple)』(1830)
Eugène Delacroix, 1830 [Public domain], via Wikimedia Commons

『レ・ミゼラブル』はフランスの音楽家クロード=ミシェル・シェーンベルク(Claude-Michel Schönberg, 1944-)の手でミュージカル化されました。
1980年にロンドンで初上演され、1987年からニューヨークのブロードウェイで16年間の大ロングランヒットとなります。2006年にリバイバル公演が始まり、現在までも続いています。
最近はミュージカルそのままの音楽を使った映画も公開されましたね。
日本語では『レ・ミゼ』、英語では“Les Mis(レ・ミズ)と省略されて親しまれています。
僕もアメリカでこのミュージカルを見たことがあります。本当に素晴らしい作品でした。
暴動のシーンがクライマックスの一つとなっており、その時に歌われる「民衆の歌(Do You Hear the People Sing?)」がとても印象的です。
劇が終わって帰る夜道で、アメリカ人の男女のグループが歩きながらこの歌を鼻歌で歌っていました。
アメリカの都会に多いリベラルな人たちにはたまらない内容なのでしょう。


【動画】“Les Misérables | Do You Hear the People Sing?(レ・ミゼラブル - 民衆の歌)”, by Universal Pictures, YouTube, 2014/08/31


【動画】“Les Misérables - International Trailer (レ・ミゼラブル - 国際版予告編)”, by LesMiserablesFilm, YouTube, 2012/11/09

“?”

作品の売れ行きが心配で世界一短い電報を打ったヴィクトル・ユーゴー。
それに世界一短い電報で答えた出版社。
何とも粋なやりとりですね。
しかし出版社はその後ミュージカルがこれだけ大ヒットになることまでは予想できませんでした。
“!!!!!!!!!!”
もし知っていたら世界一短い返事にはならなかったかもしれませんね。

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By Jim Saeki, 2012

それでは今日はこのへんで。
またお会いしましょう! ジム佐伯でした。

【関連記事】第87回:“To err is human.”―「過ちは人の常」(ことわざ、アレキサンダー・ポープほか), ジム佐伯のEnglish Maxims, 2013年09月07日

【参考】Wikipedia(日本語版英語版
【参考】“What Was the Shortest Letter Ever Written?(これまで書かれた最も短い手紙は?)”, By Karen Hill, Big Site of Amazing Facts
【参考】“Ten famous telegrams(10通の有名な電報)”, By Harriet Alexander, The Telegraph, 04 Nov 2009

【動画】“Les Misérables | Do You Hear the People Sing?(レ・ミゼラブル - 民衆の歌)”, by Universal Pictures, YouTube, 2014/08/31
【動画】“Les Misérables - International Trailer (レ・ミゼラブル - 国際版予告編)”, by LesMiserablesFilm, YouTube, 2012/11/09



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